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第六章 02 女神との会合

 まぶしさが落ち着きまぶたをひらくと、白い柱に囲まれた東屋あずまやのような場所にいた。柱のあいだからは青空が見える――というより、空しか見えない。いつの間にか椅子も変化しており、座っていた場所も違う。


 片側だけ高いロココ調の寝椅子に女神たちが優雅に寝そべり、その懐にセレーネたちが座っている。全長四メートル越えの女神たちと並べば、子どもになったような気分だ。


 セレーネが斜め上を見上げると、月の女神シンシアが微笑んだ。


「シンシア、これはどういう状況なのかしら?」

『あなたたちを会合に招待しました。女神の会合を持つには、三人以上の愛し子がそろう必要があります』


 シンシア曰く、この状態においては、ほかの人間に邪魔されることはないという。何しろ、人間界での時は止まっているのだから。


「それで、話があって会合に招待したのよね?」

『ええ、愛の女神ロマティカについてなのですが――』

『それについてはわれから話そう』


 シンシアの言葉を遮ったのは、海の女神メレディスだ。青緑色の髪を空中に漂わせ、マーメイドドレスを着ている。ヒレのような長いドレスの裾から足は見えない。


『ロマティカから神器を取り上げた。よって神格が落ち、女神ではなくなる』

「もしかして、あのときの巨大な手は……」

『我がシンシアから依頼を受けた。水がるところ、常に我が在る』


 セレーネに答えたのち、メレディスは懐に座るテティスの前髪を後ろになでつけた。力が強かったのか、テティスは「へあッ」と叫んで手足をばたつかせた。足の動かし方が完全に男子のそれだ。

 アイリスがハッとしてメレディスを見上げた。


「そういえば、テティス様の様子がおかしいのです。フュージョンに失敗したのでは?」


 そうだった、とセレーネも頷く。けれどメレディスは不思議そうに首をひねった。


『ふゅーじょん? 呪文はハイ(・・)・ジャックだろう?』

「「……」」


 それはたしかに乗っ取られそうな呪文だ。あきれて閉口したセレーネとアイリスの代わりに、虹の女神イリーゼが苦言を呈す。


『メレディス、また呪文を間違えたの? 三百年前にも同じ間違いをしたでしょう?』


 イリーゼの髪は紫がかった銀髪だが、裾へ向かうほど緑色に変わっていくオーロラのようだ。背中には虹色の翼もある。

 叱られたメレディスは頬を掻きながら眉尻を下げた。


『……すまない。やりなおそう』


 寝椅子から身を起こし、メレディスはテティスの手を取った。テティスはギュッと目を閉じる。咳払いをひとつして、メレディスは呪文を唱える。


『ではあらためて…………、――ヘイ(・・)、ジャァァック!!』

『『メレディ――ス!!』』

『な、なんだ⁉ ジャックではなく、マイクだったか?』

『根本的に違います! “フュージョン”ですよ!』


 シンシアの指摘に『ああ』と手を打って、今度こそメレディスは『フュージョン』と唱えた。女神たちの疲れきったため息が宙に溶けていく。

 目をあけたテティスは涙目でつぶやいた。


「よ、よかった、体の自由がきかなくてこわかった。……けど、あれも私なのね」


 ホッとした表情で噛みしめるように胸に手をあてる。あきらかに雰囲気が変わった。もう背中は丸まっていないし、顔をしっかりと上げている。掻き上げた前髪から見えるのは強い眼差し。けれど、額には魚のうろこが一枚貼りついたままだ。

 セレーネの不安は拭えない。


「テティス様、その額の鱗は……」

「ああ、これは一枚だけ残してもらいました。私は体に魚鱗ぎょりんがあらわれる病気にかかっていたんですが、母が最後に言ったんです。『この鱗をきれいだと言ってくれる人を探しなさい』って」

「そうだったの。青に銀が混ざったような、とても美しい鱗だと思うわ」


 納得したセレーネは、心からの言葉を贈る。アイリスも賛同するように頷き、テティスは照れくさそうにしながらも、誇らしげに笑った。

 ――これですべて、丸く収まった。

 セレーネは微笑みながらシンシアを見上げ、けれどその顔が曇っていることに気づく。


「シンシア、浮かない顔ですわね」

『……話はまだ終わっていないのです。メレディス?』

『うむ……、ロマティカを拘束して水牢に閉じ込めておいたのだが…………、逃げ出しおってな』

「「ええ――⁉」」


 とんでもない爆弾を投下してくれたものだ。セレーネは額を押さえる。


「そもそも、どうして愛の女神は半分になったのですか?」

『それはだな……ん? 原因があらわれたぞ』


 ニッと片口を上げたメレディスの視線をたどると、シンシアの後ろにひと柱の女神が立っていた。右手に剣を持ち、左手には天秤。銀髪が流れる背中には白い翼もある。セレーネの記憶が正しければ、この女神は――


「――おきての女神、ユスティア?」

『いかにも。此度こたびは迷惑をかけた。あれはわれが切り捨てたのだ』

「理由をうかがっても……?」

『構わないが、実にくだらないぞ?』


 ユスティアの話は、愛の女神ロマティカが新しい掟の提案書を持ってきたところから始まった。


 提案書には『真珠華が咲く日を、愛を伝え合う日にする』とあった。天界に夜が訪れることはないが、時の流れはあるらしい。人間界で例えるなら、金曜日は愛を伝え合う日にする――というようなものだ。

 これだけなら問題もなく一考の価値もある。女神たちにとっても“愛”は力であり、大切なものであるから。――だが、その提案書には仕掛けがあった。

 ユスティアが認印を与えたときだった。提案書が光ったような気がして読み返すと、『愛を伝え合う日』の箇所が『愛の女神ロマティカをたたえる日』に書き換えられていたのだ。


 ユスティアが管理する掟の書には、『神をたばかる行為は神格の降下にあたいする』という条項がある。


『――ゆえにロマティカを呼び出し、裁きをくだした。魂を半分にしたのは神格を 下級に落とすためだったが、人間界に半身が落ちたのは我の手落ちだ。またロマティカが迷惑をかけるようなら我が出よう』


 言いたいことだけ言って、ユスティアは消えてしまった。シンシアもメレディスも神妙な顔をしているが、イリーゼだけは楽観的だった。


『神器がないうえに半身、何もできないわよ』


“神器”に引っかかりを覚えたセレーネは、イリーゼを見上げる。


「ひとつ教えてくださいませ。半身を取り戻すには神器が必要ですの?」

『そうよ。人間のうつわに入り込んだ魂を引き離すには、神器がないと無理よ』

「そうですか」


 それならもうロザリンは大丈夫だろう。さすがに神器の管理はちゃんとしていると思いたい。最後にシンシアが念を押した。


『万が一、人間界にあらわれたときには、私たちに願ってください』

「わかりましたわ」


 セレーネの言葉を最後に、女神の会合は終了した。



 まわりの景色は寮の部屋に戻り、セレーネたちは長椅子に座って手をつないでいる。誰からともなくそっと手を放し、三人は笑みをこぼす。


「まさか女神と会合を行えるなんてね……」


 セレーネが天をあおぎ、アイリスの目線も上へ向く。


「本当に。三人集まればひらけるようですわね」

「次にひらくときには、お菓子でも用意したほうがいいかしら? 持って行ければの話だけど」

「ふふ、楽しい女子会になりそうですわね。ねぇ、テティス様?」

「……あっ、はい!」


 どこか緊張気味のテティスを見て、セレーネとアイリスは目配せする。


「テティス様、わたくしたちは聖女仲間です。セレーネと呼んで。これからは気軽に接してほしいわ」

「そうですわ! 聖女は身分など気にしなくていいのですもの」

「み……身分もですが、その……お嬢様言葉を使うのに抵抗が……」


 なんだそういうことか、とふたりは胸をなで下ろす。


「三人のときは自然体で話してくれたらいいわ。敬語も必要なくってよ」

「そうですわ。それに聖女なら、多少の奇行きこうを取っても見過ごされますしね」

「「――えっ⁉」」


 セレーネとテティスの声が合わさった。

 アイリスは教師のように人差し指を立てる。


「この世界で女神の愛し子――聖女は絶対的存在です。ないがしろにすることは許されません。過去の聖女たちが前世の記憶を頼りに、我が国を発展させた功績があってのことですが、言葉遣いが令嬢のそれと違うくらい『聖女だから』ですまされます。さらには貴族としての社交も免除される優遇ぶり!」


 ほうほうと頷くふたりに、アイリスは本棚から大聖女に関する本を数冊抜き出し、ローテーブルの上に置く。


「ですからおふたりには聖女だと公表していただき、どちらかに大聖女に就任していただければ……。はい、これ指南書です」

「「――ん?」」

「そうなれば、わたくしが魔道具師になっても――」

「アイリス様? やけに大聖女を嫌がりますわね? 待遇はよいはずですし、神殿に軟禁されるわけでもないでしょう? 結婚だって普通にできますし」

「ええ、もちろんですわ!」


 力強い言葉とは裏腹に、アイリスはツイッと瞳を逸らす。

 セレーネは見下ろすように目を細めた。


「何か、理由があるのではなくて?」

「いえ、そんな。うふふ」

「――白状なさいっ!」

「は、はいっ」



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