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第五章 03 凶悪な女神

 セレーネの声に肩を揺らしたテティスは、持っていた羽ペンを後ろに隠す。何か様子がおかしい。息は荒いし顔が赤い。よくよく見れば服が濡れている。


「テティス様! お風邪を引いたのではなくて⁉」


 もしかして、入水自殺を図ろうとしたのか。湖は底が浅いからげられなかったのだろう。セレーネが飛び石に近づくと、テティスが叫んだ。


「こっ、来ないでください!! 羽ペンを壊しますよ⁉」


 羽ペンを目にしたロザリンが「ああ~!!」と叫んで人差し指を突きつけた。


「それはロザリンの、とってもとっても大事なものですっ! その神器があれば天に帰れるのっ! 返してっ!!」

「「――天に帰る⁉」」


 焦ったのはアーサーたちだ。愛の女神と言ってはばからないロザリンなら、本当に天に昇ってしまうかもしれない。そうなれば二度と会えなくなるだろう。湖に近づこうとするロザリンをアーサーとダルシャンが引き止める。


「ロザリン、待て!!」

「行かないでくれ!!」

「だめですっ! ロザリンは愛の女神なんですからっ、戻らないと!」


 アーサーたちの腕に阻まれつつも、ロザリンが手をかざす。それはテティスに向けられており、持っていた羽ペンがパタパタと動きはじめた。

 あっ、と声をあげたテティスの腕から飛び出して、羽ペンはロザリンに向かって必死に羽ばたく。片翼では大変なのだろう。空中で何度も向きを変え、落ちそうになりながらもロザリンへ少しずつ近づいていく。


 その健気さに思わず応援しそうになったアーサーたちだったが、ハッとして我先に羽ペンをつかもうと走り出した。おどろいた王太子付きの近衛もあとに続く。

 ロザリンも慌てて追いかけ、皆が手を伸ばしたとき――水中から何かが飛び出してきた。


「きゃあぁぁ⁉」


 ロザリンは悲鳴をあげて湖に尻餅をつく。アーサーたちも湖に足を取られて転び、近衛たちは剣を抜いた。

 ずっと傍観ぼうかんしていたラルフはロザリンを、レオネルはアーサーとダルシャンをすばやく湖から引き上げる。騎士科とはいえまだ騎士でない彼らは丸腰だ。できることなどない。


 水中からあらわれたのは、ロザリンと同じローズピンク色の髪をした美しい少女だった。年はセレーネと同じくらいだろうか。その体は宙に浮いており、右手にはロザリンの羽ペンが握られている。


『これはわらわの翼じゃ。やっとそろうた』


 少女が左手を上に向けると、手の平から同じ形の羽ペンが出現した。両手にそれぞれの羽ペンを持ち、何事かを唱えると一本の杖に変化した。それは神殿にある愛の女神像が持っているロッドと同じもの。

 ロザリンが涙声で叫んだ。


「ああ~~っ、ロザリンの神器がぁっ!!」

『お前のものではない。妾の半身も返してもらおう』


 冷たさを感じるほど美しい少女は、優雅に杖を振りあげる。杖頭のハートから翼が伸びて円を作り、その中心にピンク色の珠があらわれた。少女が杖をロザリンにかざすと、途端にロザリンが苦しみはじめた。


「うっ……あっ、いやぁぁ……」

「「ロザリン⁉」」


 ロザリンの体からピンク色の光が滲み出て、それは珠に吸収されていく。


(まさか、力を吸い取っているの⁉)


 セレーネは女神の空間から黒いローブを取り出して身にまとい、黒扇子を構えた。少女の持つ杖に向かって思いきり雷を落とす。直撃はしたが、少女は手をはたかれたくらいの反応だ。


『くっ、人間ごときが、妾に刃向かう気か⁉』

「失礼! 愛の女神ロマティカとお見受けしますが」

『そうじゃ。わかっているなら邪魔をするな』

「ずいぶんと愛のないことをおっしゃるのね」


 話をしながら、セレーネはローブの後ろで「行け」と手を振る。誰か気づいてくれるだろうか。ロザリンは気絶している。今のうちに運び出してほしい。


「女神ロマティカ、神の力は人々の信仰によっても増すはずです。ここは一旦引いていただけませんか?」

『半身を失うということがどういうことか、人間にはわからんのじゃ!』

「そう……ですわね」


 セレーネと月衣に分かれていたときは、何かを渇望かつぼうしていたように思う。月衣には怜央がいて心の隙間を埋めてくれたが、セレーネはひとりぼっちだった。その孤独は何をしても埋まることはない。知らないときには耐えられた。ひとつになって満ち足りた今、また離ればなれになるのは耐えられそうにない。


「ですがロマティカ、あなたは強い御方ですわ。どうか、ロザリンが寿命を迎えるまで、耐えていただきたいのです」

『妾とてそう思っていたが……もう、猶予がないのじゃ』

「えっ?」

『このままではエロイーズに座を奪われる。――さぁ、妾の半身を返すのじゃ!!』


 セレーネの手に誰かが気づいてくれたらしい。話をしているうちに、ロザリンたちはかなり後ろまで下がっている。ラルフの腕の中にはテティスも回収されていた。

 これなら巻き込む心配もない。

 ロマティカの杖から発せられるピンク色の光は、まるで太陽光を絞ったかのような熱を発している。危険を感じて防御結界を張り、セレーネは心の中で強く願った。


(女神シンシア、力を貸して!! ロマティカを引き取ってちょうだい!)


 防御にすべての力を集中して耐える。それでも女神の力は圧倒的だった。ロッドから発せられる熱が洞窟内を満たしていく。これで半分の力とはおそれ入る。何重にも展開した結界が愛の熱で溶けていく。だが、そう長くは続かなかった。

 水中からあらわれた巨大な手に足をつかまれ、ロマティカは湖の底へと引きずり込まれていく。


『なっ、何⁉ まさかお前は――』


 ロマティカの言葉は途中で聞こえなくなった。渦水かすいが治まった洞窟内には滝の流れる音だけが響く。安堵あんどして膝をつくと、レオネルが駆け寄ってきた。


「大丈夫か⁉ 無茶をして……あせったぞ!!」


 飾り気のない言葉をかけられて、思わず涙ぐむ。好きな人に心配してもらえるのは幸せなことだと、不謹慎にも思ってしまった。

 アーサーやダルシャンは必死にロザリンへ声をかけている。レオネルだってロザリンのそばにいたいはずだ。だから泣くわけにはいかない。


(涙よ、止まれ!!)


 まばたきをして水分を散らす。必死に涙をこらえたというのに、レオネルの優しい手がセレーネの頭をなでた途端、苦労は水の泡となる。


「うっ……なんで」

「よくがんばったな。セレーネ嬢のおかげでみんな助かった。ありがとう」


 涙をこぼすセレーネに戸惑うこともなく、笑うこともない。落ち着くまでずっとそばにいるつもりだろうか。皆からは見えないように大きな体で隠してくれる。おまけにハンカチまで差し出す紳士ぶりだ。


(なんで優しくするのよ……、あきらめきれなくなるじゃない!)


 女たらしとはただの噂ではなかったようだ。好きでもない女の頭をなで、こんなに優しくするなんて。そう考えれば、だんだん腹が立ってきた。



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