第五章 02 羽ペンを追いかけて
早足で歩くふたりのあとを、なぜか男子たちがゾロゾロとついてくる。仲裁に入ったレオネルはまだわかる。ロザリンの義兄ラルフも保護者として許容範囲だが。
「――なぜ殿下までついてくるのですか?」
「ロザリンの行くところ、私も馳せ参じるまでだ!」
「王太子にあるまじき行為ですわよ?」
「愛とはそういうものなのだ!!」
もう何も言うまい。馬車は王太子アーサーが用意してくれるのだ。何も紋章が入っていない大きめの馬車とくれば乗っかるしかない。けれど乗れるのは六人まで。
ロザリンを押し込んだセレーネが乗り込み、アーサーが我がもの顔で乗る。兄だからとラルフが乗り、乗りかかった舟だからとレオネルが乗った。残る座席はあとひとつ。
馬車の前でブレイズとダルシャンが言い争っている。もうドアを閉めてやりたい。
「悪役令嬢をロザリンの近くに置くのは危険だ! ここは騎士科の自分が!」
「騎士科の人間なら、すでにふたり乗っている。必要ないな」
本来ならばテティスの婚約者であるブレイズが乗るべきなのだが、彼はテティスの名前を聞いてもピクリともしなかった。今もテティスの身を案じているわけではない。そんな人を連れて行っても面倒なだけだ。
決着はダルシャンのひと声で決まった。
「ここは家格を優先していただこう」
子爵家のブレイズが公爵家のダルシャンに勝てるわけがない。走り出した馬車にブレイズの悲痛な雄叫びがあびせられる。アーサーは迷惑そうに眉根を寄せた。
「ブレイズは暑苦しすぎる。近衛に選ぶなら静かな男がいい」
思わず頷いてしまったセレーネだが、ほかの面々も似たような反応だった。唯一ロザリンだけが夢見心地にポワンとしている。頭の中は羽ペンのことでいっぱいなのだろう。
ちなみに席はロザリンとセレーネのあいだにアーサーが割り込んで座り、セレーネの向かいからダルシャン、レオネル、ラルフ。入口側に公爵家が陣取るという身分を無視した並びだが、緊急だったから仕方がない。
向かいの席は窮屈そうだ。学年がひとつ上であることにくわえ、レオネルとラルフの鍛えあげられた体に、細身のダルシャンが押し潰されている。なんとも哀れだ。
(哀れなダルシャン様を見ているのであって、決してレオネル様を見ているんじゃないのよ?)
心の中で言い訳しつつも、セレーネの視線はレオネルの腕に縫い止められた。ダルシャンと並んだ腕は、太さが二倍くらい違う。これは布地代も二倍だろうか。たくましい腕に包まれたことを思い出し、顔に熱が集まっていく。
(だめよセレーネ! はしたないわ!!)
熱を持った頬を扇子であおぐ。ふと視線を上げると、レオネルの瞳とかち合った。心を見透かされたような気がしてバッと顔をそらす。
(はっ、今のってすごく感じ悪いわ……嫌われたかしら?)
そろりと扇子からのぞき見る。レオネルは口もとを押さえて震えていた。疑問に思ったのは一瞬のこと。すぐに笑われているのだと気づく。ホッとしたのと同時にやりきれない気持ちが沸き上がる。
ロザリンの前ではあんなに屈託なく笑うのに、セレーネの前では忍び笑い。その差を感じて寂しさが募る。
(狩りのときはもっと、自然に笑ってくれたのに……)
セレーネが思い出に浸るなか、突然ロザリンが声をあげた。
「違いますっ!!」
「「――エッ⁉」」
「こっちじゃないですっ! あっちですぅ!!」
子どものように窓に貼りついたロザリンが、通りすぎた道を目で追いかける。アーサーはすぐに指示を出し、ロザリンの言うがままに馬車を走らせた。
スカーレットから教えてもらった住所はこの先をまっすぐ東に進むのだが、ロザリンは南に向かおうとしている。今はロザリンの勘を信じるべきだろう。馬車は王都の南門をくぐり抜け、さらに南下していく。
「あっち!」というロザリンの声に従って、馬車は小さな村の中を突き進む。
ふいにラルフがつぶやいた。
「ここ、ウチの領じゃねぇか」
どうやらアルドラ男爵領まで来たようだ。
やがて一本道になり、その先には古びて崩れ落ちそうな神殿がポツンとあった。王都にあるような立派なものではない。神殿の形をした石造りの納屋といったところか。
神殿の向こう側は山ばかりで道もない。ここまでかと全員馬車から降りる。すると木陰に隠れていた子どもたちがワラワラと姿をあらわした。五人……六……七人もいる。
「あー! ラルフ様だ!」
「ロザリンもいるー!」
子どもたちにまとわりつかれたラルフが吠える。
「お前ら! 危ないからここでは遊ぶなって言っただろ!」
「だってぇ……」
「建物の中には入ってねぇだろうな? いつ崩れるかわからないんだぞ」
「でもね、おばけが入っていったよ?」
「「おばけ?」」
子どもたちの話をまとめると、昨日の夕方ごろ、青く長い髪をした陰気な少女が神殿の中に入って行くのを見たという。子どもたちが指差した神殿を見て、一同は神妙な面持ちになった。
馬でついて来たアーサーの近衛騎士ふたりが中をあらため、許可がおりたので神殿内に足を踏み入れた。
神殿の屋根には穴がぽっかりとあいており、その真下の床にはドーナツ型の焦げ跡が残っていた。ここで何があったのだろうか。
「わぁ、懐かしいなぁ」
「……懐かしい?」
セレーネに頷いて、ロザリンは焦げ跡の中央に立ち、穴のあいた屋根から空を見上げた。
「昔ここで遊んでたら、お空からピンク色の光が降ってきて……」
話を聞きながら、セレーネは鑑定眼で見たものを思い出す。ロザリンを“構成するもの”の球体にはロザリンの両親と、三人目の影があった。
「それがね」とロザリンは皆に振り返ってにっこり笑う。
「愛の女神様だったの!」
知らない人が聞けば頭がおかしいと思うだろう。幸か不幸か、ここにはロザリンを否定する人間はひとりもいない。セレーネだって、もう信じはじめている。
「どうして、愛の女神は地上に降りてきたの?」
「ほかの女神様とケンカしたみたい。まっぷたつにされて、地上とつながる水鏡に落っこちたんだって」
それで鑑定眼には『愛の女神の半身』と表示されたのか。しかしまっぷたつとは穏やかではない。
「落ちたのは半身よね? もう半分は?」
「う~ん、わかんない。――あっ、こっち!」
走り出したロザリンのあとを追い、神殿の奥にある祭壇へ近づく。祭壇に祀られていたのはきっと、愛の女神なのだろう。土台には“ロマティカ”と刻まれている。
ロザリンが祭壇に手を置くと、石棺のような長方形の祭壇がズズズと横に滑り、床下から階段があらわれた。
「「おお……」」
先に下りようとするロザリンをアーサーたちが止めるも、ロザリンは笑って下りていく。セレーネもサッサとそのあとに続いた。遅れを取った男性陣が後ろでゴチャゴチャとうるさい。
「お静かに!」
セレーネのひと声でアーサーが渋々と後ろにまわった。自覚の足りない王太子が近衛たちと揉めていたようだ。
階段を下りた先は行き止まりで、右手に通路が伸びており、その先には薄く光が差していた。そう長くない通路を抜けると、洞窟のような場所に出た。
先ほどいた神殿の中よりも広い。天井は岩で覆われているが、隙間から日が差し込み、目を凝らせば正面には滝が流れている。緩やかな滝を受け止めるのは澄んだ湖。視線を下ろすと、水面に突出した飛び石があり、何個か渡った先にうずくまる人影を見つけた。
「あれは……、テティス様⁉」