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第三章 03 失態

 我がセイクリッド王国の神殿は正面玄関に大きな太い柱が四本並んでいるだけで、その後ろに続く建物は、前世でいう教会のようなスタイルだ。中に入ると人々が祈りを捧げるための長椅子があり、奥の祭壇には女神像がまつられている。

 ひとつの神殿につき、ひと柱の女神像を置くと定められ、この神殿に祀られているのはおきての女神ユスティアだった。我が国の法律にも口を出したという伝説が残っており、人々の信仰も厚い。


 ラルフがひとりの神官を捕まえ、依頼書を見せた。


「ええ、これはたしかに我が神殿からの依頼ですが……」


 年嵩の神官は三人を見て不安そうな顔をした。えらく若いのが来たとでも思っているのだろう。それもレオネルが名乗るまでの話。途端に神官の顔色が変わった。


「剣術の名門、レグルス家の方でしたか。大変失礼を致しました。どうぞこちらへ」


 祭壇横のドアから奥の部屋に入り、裏庭へと抜ける。庭に敷かれた石畳を歩いて行くと、裏山の一角に洞窟があった。神殿の結界からははずれている場所だ。


「ここは食料を貯蓄するのに使っていたのですが、四年ほど前から嘆き鳥が住み着いてしまい……」


 食料は食い荒らされて全滅。神官が姿を確認できたのは二羽。仲間同士でケンカすることもあるらしく、鳴き声とともに地面まで揺れるという。

 レオネルは気の毒そうに眉を下げた。


「四年も前から……」

「討伐依頼は出していたのですが、誰も来てくれなくて」

「嘆き鳥は厄介ですからね。僕たちも掲示板の隅に追いやられているのを、たまたま見つけたんです」


 嘆き鳥は名前のとおり、いつも何かを嘆き叫んでいるような鳴き声で、至近距離で聞くと耳がやられるどころか、下手をすると気絶する。大きさも鳥の魔獣では最大級。人間の子どもなど簡単に連れ去り、そのまま巣に持ち帰られてしまう。

 神官は深々と頭を下げた。


「どうか、よろしくお願いします」

「善処します」


 任せてくれなどと軽口を叩ける案件ではない。一羽ならまだしも数が不明なのだ。

 洞窟の前で作戦を立てる。神官が言うには、洞窟を二十メートルほど進むと広くひらけた場所に出る。そこは丸い作りになっていて天井が高く、上部の山肌にできた亀裂から鳥たちが出入りしている。


「――ということだから、気づかれないように近づいて先制攻撃を仕掛けるしかないな」

「具体的にはどうするんだ?」

「セレーネ嬢には魔獣を見つけ次第、麻痺の呪文をかけてもらいたい。落ちてきたところを、僕とラルフで始末する」

「お安い御用ですわ」

「待て待て! 呪文の詠唱中に気づかれて鳴かれるだろ」


 ラルフの指摘はもっともだ。無詠唱で魔法がかけられるのは上級魔術師だけ。中級魔術師でも「ファイヤーボール!」といった短い呪文を唱える。それ以外の、ほとんどの魔術師は詩のような長い呪文を唱えて魔力を魔法に変換するのだ。


「ラルフ様、心配には及びませんわ。わたくし、無詠唱で魔法が使えますから」

「いやいや、まだ二年生だろ。そんなこと――」

「――シリウス家の者なら当然です。十四歳の弟だって、すでに短縮魔法を使いこなしておりますわ」

「…………。わかった、信じるからな? 本当に大丈夫なんだな?」


 ――まったく信じてない。

 セレーネは口を固く引き結び、三人に身体強化魔法と防御魔法、それに気配が薄くなる認識阻害魔法をかけた。の当たりにしたラルフは、軽くなった自分の体とセレーネを交互に見て、目を瞬かせる。

 レオネルは笑いながらラルフの背を叩いた。


「だから言っただろう? セレーネ嬢はすごいんだって」

「疑ってすまなかった」


 セレーネは胸を張って頷き、謝罪を受け入れた。


 洞窟内部は真っ暗だが、明かりをつけるわけにはいかない。嘆き鳥に気づかれてしまう。鳴かれると厄介だからといって、耳栓をすれば連携が取れない。長年組んでいるならまだしも、出会ったばかりの即席パーティーだ。


 気配を消して壁伝いに歩いていく。ひらけた場所に出ると、斜め上の岩肌に大きな亀裂が入っていた。ここから出入りしているのだろう。わずかな光が差し込んでいる。

 薄暗さにも目が慣れてきたころ、亀裂とは反対側の岩肌に、赤く光る双眸そうぼうを見つけた。とっさにセレーネは黒扇子を振りかざし、麻痺をかける。麻痺はうまくいったものの、場所が悪かった。高さ五メートルはある崖の上でピクピクしている。


「「…………」」


 セレーネは申し訳なくなり、顔の前で手を合わせた。声を出すわけにはいかない。あと一羽は必ずいるし、さらにいるかもしれないのだから。


 レオネルは口をひらきかけ、しかしすぐに閉じた。ラルフの肩をトンと叩き、頷き合って壁をのぼる。足場はたくさんあるようで、見ていて気持ちがいいほどスイスイと登っていく。


 剣を鞘から抜く音がわずかに聞こえた。次の瞬間――容赦のない斬撃が嘆き鳥の首を落とす。五メートル下に首が落下したため、結構な音がした。が、それ以降は静まっている。どうやらもう一羽は留守のようだ。


 崖上でヒソヒソと話しているのが聞こえ、セレーネも参加するべく風魔法で空を飛ぶ。崖上は男子ふたりと、ダチョウのように大きな嘆き鳥の体で埋まっている。足を置く場所すらなさそうなので、そのまま空中にとどまった。

 男子たちから表情が抜け落ちる。


「「シリウス家って、何でもアリか」」

「?」


 セレーネが首をかしげた直後、鳥の羽ばたきが聞こえた。向かいのくぼみからスルリと入り込んだ鳥は、今倒したそれよりひとまわり大きい。しかも、セレーネが振り返るのと嘆き鳥が奇声をあげるのは、ほぼ同時のことだった。


(――しまった!!)



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