6 よし、セレ、行こっか?
「――第二王子?」
「はいなのです。セレスさんが言っていたのですが、店舗まで来ているらしく、第一の方が困っているみたいなのです」
「そっかそっか、そろそろ不味いよなあ……」
ルー君とその下にいる従業員たちは一斉に今日の早朝、出発したらしい。
今日は定住地を持たない遊民として、税金の関係上、さっさと前期の売上の計算を始めた方がいいと思ったのでメノウとやっていたのだが、そういえばと思い出し、机に突っ伏す。
「やだなぁ……」
「……嫌なのでしたら、ルークさんの言っていることも無視したって良いと思うのです。カヴィナ様は私達の我儘を聞きすぎなのですよ」
「んー、それはまあさ、お飾りでも商会長だしね?」
「――カヴィナ様」
「ん?」
顔を上げ、息が止まりかけた。
「お飾りなんて、言わないで欲しいのです。カヴィナ様がいなくなったら、誰がその座に座ったって、テディーベアはみんないなくなってカヴィナ様を探しに行っちゃうに決まってるのです」
「――」
俯きながらも、スカートの裾をぎゅっと握りながらも、悲しそうにメノウはそう言う。
なるほど、私が今どれだけ大きな地雷を踏んだのかはよく分かった。
「メノウ」
名前を呼ぶと、少しビクッと体が動く。
怒られると思ったのかもしれない。
椅子から立ち、メノウの座っているソファの端に腰掛け、手を広げる。
「……おいで?」
「――ぁ、もっ、申し訳ありませんなのです!!」
「?」
「あ、いえ、あのっ、なんでもな――」
「ミー?」
「――」
もう一度呼び、手でおいで、と示した。
今度は涙ぐみながらも唇をふるふると震わせ、ぎゅっと私に抱きついてくれる。
……どこが地雷だったかな。
「うぅ~!!カヴィナさまぁ〜!」
「よーしよし、大丈夫だよ……」
ミーが泣いている間、ハンカチをポケットから取り出し、魔法で冷たい水に塗らし、ある程度まで絞る。
「ミー、目擦っちゃ駄目だよ」
「ん……」
ハンカチを瞼にあてると、冷たいのが気持ちよかったのか、ミーの体から力が抜けてく。
少し待つと、ミーは泣き止んだ。
「……私が、そのうちフラッといなくなるのかとか思った?」
「ぅ……はい。お目汚し、失礼しましたのです」
「ふっ」
「――……?」
ハンカチを“クローゼット”にポイっとしまう。
「それね、前にセレにも言われたの」
「セレスさんですか?あの鈍感が……?」
「セレとかピティは変なとこで勘が強いんだよねぇ、その点ルー君の鈍感さと言ったらないんだけど」
「のー……」
ミーがすごい納得したというか、呆れに近い感じの目になった。
ルー君はなぁ、強いのか弱いのか分かんないよね。
「あのね、メノウ?」
「の?」
すっと、ミーの左手を右手で取り、手首にキスをする。
途端、メノウは真っ赤になった。
「ひぇ、あっ、ご、誤魔化されないのですよ、カヴィナ様!!」
「ん。断言させてもらうけど、いなくなるのはないよ」
「――」
「一時的に会えなくなったり、喋ったりすることができなくなっても――『またね』が『さようなら』になるのは、君たちが死ぬときだけ。私が君たちを置いてどこかに消えてしまったとしても、それが私の意思っていうのは絶対に、ない」
ぱっと手を離した。
私は、死なない。
試したけど、死ねない。
いつここを去ることになるのかは分からないけど、ちゃんと、君たちの幸せを見届けるまではここにいたい。
「……ねぇメノウ?」
「え、あ、なにか御用なのです、カヴィナ様?」
「ちゃんと幸せになりなよ?」
「……はい」
「あと、セレって今どこにいるか分かる?」
「あ、えっと……お出かけしていなければここにいるはずなのです」
「分かった。ちょっと話し通してくるね?遊んでていーよ」
「……了解したのです」
「うん、またあとでね!」
「――うことで、その件は――!!?」
ザッ、と効果音が立ちそうなほど(正確にはなんの音もしてない)素早くセレと側にいた従業員たちが跪いた。
「んーはいはい、顔上げて立ってその辺座りな?」
「はいっ、喜んで!」
いや本当、慌てに慌ててどうしたらいいのか分からず困っていたあの頃が懐かしい。
「ミーに第二王子が押しかけてきてるって聞いたけど、どんな感じ?」
「いえ、あの、それがですね?商会長に会わせろ、の一点張りで……」
「……会わせろ?」
「はいぃ……」
「フム、フム?営業妨害しといてそういう態度なんだ」
「身分が身分のお方でして、追い払えず……」
「――よし、セレ」
「……?」
「行こっか?」
「えっ」
読んでくれてありがとう!
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