番外編 5 現実ってことを知っている方々
「……どっちなんですか、それは」
ああ、悔しい。
折角この人の思いを聞けそうだったのに、聞けなかった自分の情けなさが。
本当に、恨めしい。
何も知らないと言わんばかりに、気持ち良さそうに眠るこの顔が、実に恨めしい。
なんでこの人の体は、つい先ほどパラルフィニアー領で魔物の行進の相手なんかをしていたのか。
この人はどこまで自分の体について分かっているのか。
……あなたは本当に、何なんですか。
聞きたいのに、聞きたかったのに。
……なのに結局、聞けないのだ。俺は。
髪を結んだままでは寝づらいのではないかと思い、二つに結んである白い毛束をほどく。
結んでいた跡は残らずに、髪が広がった。
首に触れないよう、軽く首を持ち上げて髪を横にはらう。
掛け布団を持ち上げ、上から被せた。
本当に、羨ましいくらいの快眠なようで。
「おやすみなさいませ、カヴィナ様」
どうせこの人は起きないのだろうから、考えるのは止めにして部屋を出た。
『……あれ、神様……何してるの?』
「…………ああ、起きたの?」
『何その言い方、酷いなあ。傷ついたよ?』
鈴を転がすように小刻みの笑い声が響いた。
その声の持ち主である少女は、傷ついた様子など微塵も見せずにそう言う。
「はいはい、後で治すからね」
『100年後とかって言うんでしょ?』
「言わないって」
『うっそだあ……』
少女は目の前にいる彼と自分の時間の感覚がずれていることを良く分かっていたから、彼に留意してもらうため、思い出すごとにそういった話を振っていた。
「それで……記憶は上手く、定着しているかな?」
『ん、今のところは大丈夫』
「不具合があったら教えてくれよ」
『分かってるって』
「本当?」
同じく彼も、彼女が自分のことになると適当になるのをよく分かっていたから、こうして何度も聞いていた。
仲のいいようにとれるこの二人の会話だったが、絵としてみると、睦まじいと言えるほど穏やかな様子ではなかった。
「これも早く取り除けたらいいんだけどね」
『焦らなくて良いからね?』
「うん、分かってる。……でも、そんな訳にもいかないから」
少女は、水晶の中に浮いていた。
……正確には、魔石の中に、である。
少女は元神で、今は人間だった。
神の暮らす領域で快適に過ごせるよう肉体を構築し直すと共に、かつて神であった頃の記憶を思い出しているのだ。
「待ってて、テラティア」
『……うん』
それでも、二人の仲が良いことに変わりはなかった。
彼は共に暮らせるよう、最大限の努力を惜しまなかったし、彼女は記憶を取り戻すと同時に力を使う感覚を取り戻そうと魔石の中でもその実験を試みていた。
……いつか手を取りあえることを信じて。




