5 一日限りの眠り姫
「……終わりなのです?」
「ああ、解散にしてくれ」
『皆さーん!今回の喧嘩は終わりらしいのですよ!仕事をして下さいなので~す!』
会場にメノウの声が響く。
……まったくあの人はなんでこう、急に行動を始めるのか。
想像力や理解力、しまいには行動力まで持ち合わせている故の弊害のようなものだと理解してはいるのだが、それでもたまにヒヤッとする。
ああでも、闇系転移魔法の話についてはとても為になった。
もっと早く教えて欲しかったが。
今度先程の考え方の転移の練習をしよう。
『あと、セレスさんはいるのですー?少し聞きたいことがあるのですよー?』
「はいはい!ここにいますよっ!!なんですか?何かこの私に聞きたいことでもあるんですか?」
自信満々に出てきたセレスにメノウは可哀想な子を見るように目を細めて拡声魔法を切る。
「違うのです、用事があるのはピティさんなのです」
「久しぶりー、セレス?」
「ひっ、ピ、ピティさん!えっ、と、御用件は何でしょうか……?」
「王妃のことを探ってほしいんだよねー?」
「ああ、俺からも頼む」
「ぴぎゃあっ、る、ルークさんまでっ、そっ、それ、拒否権ないじゃないですかぁ……!」
「テディー商会に手を出そうとしてる馬鹿なんだが」
「は?殺せば良いんでしょうかルークさん?」
「急に物騒なのですよ?それに、殺したらカヴィナに怒られるのです」
「そうだな」
「うぅ、でっ、でも、なんでまた王妃が……?」
「知らなーい」
「その辺を探ってくれ」
「あ、はい、分かりました。あと、最近第一の方に探りを入れてきてるやつがいるんですけど、どうしましょうか?」
「誰だ?」
「第二王子です」
「……カヴィナ様に話しておく」
「お願いします」
「他に報告すべきことがある人はあるのです?」
「第二王子は近々引き入れることになるから一応丁重に対応しておいてくれ」
「って、え?パラルフィニアーの子ですよ?」
「……俺が進言した」
「ん?」
「「ルークさん?」」
「ルークってまだ貴族にこだわってるのー?」
「いや王妃だぞ?保険はいくらあったって足りないだろう……」
「軽蔑しますねカヴィナ様の意向を無視するなんて」
「無視というか……その、な」
「その、なんだというのです?」
「……すまん」
「それ、カヴィナ様に言って下さいよ」
「……そうだな」
「「ルークさん?」」
「…………分かった」
「じゃあピティ、もうぼすのとこ帰るね?」
「ああ」
「「分かりました」のです」
「ぼす、ぼす、おきて?ぼすー?そろそろごはんだよ?」
「……」
虚ろな頭でむくりと起き上がる。
うるさいわ、誰?
せっかく気持ちよく寝ていたのに。
「何?あたしに何の用?……いえ違うわね、私に何の用?」
「――お前、誰?」
「あたし?あたしはリリアンヌ。名字はないわ。あなたは確か、ピティ・テディ―でしょう?」
「……おいお前、ぼすから出ていけ」
「ん?……ああそういうこと。無理よ、あたしたち、別々に死ねないの」
「は?」
「そうやって設定情報が仕込まれているから、あたしがこの体から出たら、私ごと死ぬわ」
「……あっそ」
「不服そうねえ、あとあたしの名前はリリアンヌよ、覚えなさいな」
「やだ。早くぼすと変われ」
「私、今寝てるのよ」
「……??起きてるだろ」
「寝てるわ。私も眠いの、じゃあね」
「え、おい――」
あいつから埋め込まれた設定情報はいくつもある。
それでも設定情報って便利。
寝たいと思った瞬間に寝れるのだし、時間が無駄にならないのがいいわよね。
けれど一向に起きる気配がないわ、私ったら。
“そろそろ起きなさいよ、私”。
重い瞼を持ち上げて起き上がると、背中あたりの骨がバキバキ鳴った。
窓の外を見ると日が沈みかけてきている。
「……え、今、何時?」
「午後の6時半過ぎです」
ベッドの横で座って読書していたらしいルー君が答えた。
うっそ、8時間も寝てたの?
「そんなに寝てたんだ……」
「はい、ほぼ丸一日」
「ん?」
「――?」
「え、今日って何日?」
「5月17日です」
「“喧嘩”は?」
「5月16日の朝です」
おっと、まさかの8+24時間。
「……何で起こさなかったの?」
「何回声をかけても起きませんでした」
「ええ……そんな疲れてたのかな?」
「思い当たる節とかないんですか?」
「ないよ?……多分だけど」
「……そろそろ夕飯だと思うので、さっさと出て行って下さい」
「ん?ルーってば食べないの?」
「食べました。明日からちょっと遠出するので、早めに寝ます」
「え、早くない?そんなに忙しい?」
「……第五号店の予定地を探すんですが、希望とかあります?」
「んー?王都とか?」
「考えておきます」
「こら、目を逸らさない。絶対聞く気ないじゃん……それ、癖?」
「カヴィナ様に言われたくないです」
指をさされて、ベッドから出していた足を見るとまた組んでしまっていた。
そっと掛布団に足をしまう。
「……まあいいや」
「話逸らしましたね?」
「ううん?全然そんなことないよ?」
「……そうですか」
「っふ」
「――?」
「や?滅茶苦茶不満そうだなって」
「……」
「ほら、また目逸らした」
「逸らしてないです」
指摘されて途端にこっちを振り向くルー君。
……でもそっか、またしばらく会えないのか。
「――っ!ちょっとカヴィナ様!?」
「あ、こら反らないの。背もたれないんだし、落ちるよ?」
「いやいや前触れなくするのやめてもらっていいですか?」
「……前触れあればいいんだ?」
ぼんっと効果音がつきそうなくらい、平常だったルークの顔が急に赤くなる。
かっわい。
「……なんかルー君ってキスとかより言葉で攻められる方が好きだよね?」
「やめてください……さりげなく背中にまわしてる手もですよカヴィナ様」
「いいじゃん、今度会えるのがいつか分からないんだしぃ……匂い付け、みたいな?虫よけだよ、魔族にしか効かないけど」
「意味ないじゃないですか」
「あと私がハグしたい」
「そっちですよね?」
目を逸らすけど、視線が痛い。
そろそろ降りようか。
「――って、あれ?ここ私の部屋だよね?」
「話逸らしましたね?」
「いや、それもあるんだけど、さっき出て行けって言ったよね?」
「……ええそうです、ここはカヴィナ様の部屋じゃありません」
気まずそうにルー君が目を逸らした。
だって……よく見てみたら、棚にある物が私のじゃない。
勉強するところとか本とかは共用にしてるから、基本部屋があんま変わらないけど、間取りが私の部屋と完璧に同じなせいで気付かなかった。
「スーーッ……当てていい?」
「どうぞ」
「ルー君」
「正解です」
「……ごめん」
「いえいえ」
やばい、顔が熱い。
「わーっ、恥ずかしっ、えっ、昨日どうしたの?」
「リビングのソファで」
「ごめん!本っ当にごめん!!」
「別にいいですけど……カヴィナ様こそ、照れるところ可笑しくないですか?」
「いやいや……匂い付けは駄目なのにベッド使われるのは良いって、ルー君こそおかしいよ?」
「そんなわけありません」
「あるって……ほらほら、こっちきて?」
すっと両手を受け入れるような形に広げた。
「嫌ですけど」
「同じベッドで寝たら結果的には変わることなんてないと思うんだけど?」
「嫌ですって」
「ん~……?私のこと泣かせてお願いを聞かせたのはどこの誰だったっけ?」
「……すみませんでした」
「いいでしょう。あ、ルー君、手を貸しなさい?」
「?はい」
右手を差し出してきたので、左手で手を握ったまま頭のほうまで引っ張った。
同時に、後ろに倒れこむ感じで寝っ転がったので、必然的にルー君は私に覆いかぶさる形でベッドの上に引っ張り出される。
「……あの、カヴィナ様?」
「ふふんっ、次に会えるのがいつかは分からないけど、楽しみにしてるね」
右手で頬を軽く撫でるとする寄せてきて、不意打ちで射抜かれそうになる。
「……俺も、次は多分3か月後くらいですけど、待ってますね」
「かーっわい」
「はい?」
反応されて困ったが、どうやら口に出ていたらしかった。
「ううんなんでも。あとね、ルー君赤くなるだろうなっていう怒り方見つけたかも」
「……急ですね」
「ん、ちょっとごめんね?」
「え、あ、はい」
頬に当てていた右手で頭を抱き寄せ、ちょうど私の口元にルー君の耳がくるぐらいまで近づけた。
耳元で息を吐いただけで赤くなっている時点でお察しだが、
「次、もしもまた自分のことを人質にするような真似した時は……何されても文句言えないと思ってね?」
「~~っ!!?」
悶えて悶えて、私がベッドから出ようとしたときも、よっぽど顔を見られたくなかったみたいで、ハグの状態のまま掛け布団を上から被せてほしいと頼まれた。
とはいえ、明日はもう会えないかもしれないし、ご愛嬌だろう。
下に降りた途端、練習したのかってくらい重ねて「カヴィナ様!?」と驚かれたことについては、長いので割愛させてもらう。
読んでくれてありがとう!
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