4 ちょっとよく分からないかな
『カヴィナ様ー!そろそろ始めるので来て下さいなのですよー!!』
『分かったよー!』
チャットでミーから連絡が来たので、待機場所から出てステージの方に向かう。
リーとその部下たちは、今日の朝、急いで荷物をまとめてラテの村に向かった。
こちらとしては、リーが今度魔王様に会わせることを約束してくれたので嬉しい限りだ。
何が嬉しいって、ルー君を鍛えられる。
魔王様は強い闇属性の持ち主だから、私じゃ分からないこととか、同じ闇属性の人としての意見とかも聞いてみたい。
私も闇属性は持っているけど、他の属性を持ちすぎているらしく、魔法の感覚的な使い方はいまいちよく分からないんだよね。
「ふぁあ~……」
伸びをしながら歩いていたら欠伸が出てしまった。
……昨日夜更かししすぎたかな?
定時報告の後の私の日課として、受験のための一日30分の勉強、ToDoリストの見直しと物語の黙読っていうのがあるけど、昨日はそれに加えてルー君との“喧嘩”のために作戦会議をしてたから、寝たのは0時過ぎだったんだよね。
ちなみに起きたのは7時。
滅茶苦茶眠いね。
あっそう、時間は日本の小説なだけあって24時間制だったし、もっと言うなら時計が存在した。
6時から20時まで、一時間ごとに鐘が鳴るので、普通の平民はそれを基に生活する。
稼いでいる商人なんかは時計を持っているけど、当然安いはずがないので、魔法を創った時、中に時計の機能を入れた。
別にテディ―魔法は信頼できると判断した子、各店舗の代表と幹部以外誰にも教えていないというわけじゃなく、3ヵ月に数人の頻度で、時間とチャットの権能だけ与え、様子見をしてから定時報告やマップや収納庫などの機能を追加していく形で部下を増やしている。
大体、そもそもの機能が現在進行形で増えてるしね。
「ぼすぅ……?」
「ん、ピティおはよー?」
「おはよぉ……」
十字になっている分かれ道の左の廊下からピティが歩いてきた。
この道を右に曲がれば客席なので、見に来てくれたんだろう。
ここは同じくテディー魔法に仕込んでいる闘技場の中。
私やルー君、メノウなんかは本気で戦おうとすると尋常じゃない被害が出るので、従業員の中でも強い、特に幹部なんかのストレス発散用に創ったものであった。
そしてここで今日は何をするかというと、勿論ルー君との“喧嘩”である。
ルー君が売ってきた喧嘩だし、やっぱりしっかり買ってあげるのが筋ってものだよね。
「あ、ルークじゃん」
「げぇっ」
噂をすれば、である。
私が歩いてきた通路の向かい側のすぐそこにある扉からルー君と、最近第四号点の代表になることが決まった、テディー商会では第2期生とでも言おうか、商会を立てたあとに募集した従業員の中でも最初の方に入ってくれたラリーが一緒に出てきた。
いやルーク?
げぇってなんだげぇって。
女の子にそれはないでしょう。
「店長、お久しぶりっす!」
「相変わらずラリーは元気だねー?」
「はいっす!」
「うるさいぃ……」
「ピティ先輩も変わらず朝が苦手なようでなによりっす!」
「だまれらりぃ……」
「分かりましたっす!」
「ぼすぅ……」
「席に行ってくる?帰って寝ててもいーよ?」
「いくぅ……」
いやなんというか、この状態のピティは通路で寝てしまわないか心配である。
「ラリ、ピティと一緒に客席に行ってもらってもいい?」
「いいっすよ!」
「ありがと、助かる!」
「ぼすぅ、がんばれぇ……」
「頑張ってくださいっす!」
「うん、じゃあねー!」
客席の方に歩いていった二人を見届け、くるっと後ろを向くとルークが足早に入口の方の廊下に歩いていこうとしていたので、肩を掴む。
「――ルー?どこ行くの?」
「いやいや、どこにも行きませんよ?」
じいっとルー君の目を見つめる。
「今、帰ろうとしてなかった?」
「してませんって」
「……うん!そうだよね!そもそもルー君が売ってきた“喧嘩”だもんね!じゃあ行こっか、ルーク?」
「うわぁ……」
「ん?なーに?ルーク?」
「いえ、何も……」
ルー君の肩をグイグイと押してステージ方面の廊下に進ませる。
しばらくすると抵抗を諦めたのか、自分で歩いていった。
ルー君の進行速度より少し遅らせて、私もステージに上がる。
――私の中には、本物の私がいる。
感情がたかぶったときによく出てくる、情緒不安定気味な体の持ち主。
悲しいときとかもよく出てくるけど、生活している中で一番出てきてるなぁと、混ざってるなぁと私が思うのは――“喧嘩”と“授業”の時である。
『それでは、準備は良いのですよー?……よーい、スタートなのです!』
メノウの掛け声で一応始まったけど、私もルー君も特に構えることなく突っ立ったままである。
「……先手は譲るよ?」
「カヴィナ様にボコボコにされる未来しか見えないのでもう少し譲歩してくれませんか?」
「うーん、じゃあ……1枚だけ結界を張ったから、一番自信があるやつを一つだけ撃って、破れたら考えてあげる!」
ニコニコ微笑んでそう言うあたしを軽く睨み、
「……“闇の玉よ出ろ”」
ルー君が唱えたのは闇属性の魔法の中でも特に役に立たない、ただのボールを出す魔法。
それでもパリンと音を立てて結界は破れた。
「……凄いね、何でわかったの?」
「性格の悪いカヴィナ様の考えそうなことだと思いまして」
「ふふっ、正解、流石私の弟子とでも言おうかしら?」
突如雰囲気と口調を変えて話し始めたあたしに客席の人たちが一斉に戦闘態勢になる。
「あら酷いわね、傷つくわよ?あたしは私じゃないけれど、あたしの気分は私次第で、あたしの怒りは私の怒りだもの……あなたたちを傷つけるのは私が拒否するから無理だし、そもそも私があたしを呼んだのよ?」
「倒せってことですか?」
「ええそう、前に言ったあたしのストレス発散も兼ねてくれてるみたいだけどね」
「すとれす……?」
「いえ、何でもないわ。あと、一応言っておくとあたしの使える魔法は今の脆い結界くらいよ」
「えっ」
「……しょうがないじゃない、あたしってば箱入り娘だったの――よっ!」
私が全属性を使えるからだとは思うけれど、驚かれたことに腹が立って蹴りを入れたのに、余裕で避けられて余計に腹が立つ。
ストレス発散のためにとは書いていたけど、あたしが魔法をろくに使えないの、知ってて言ってるのかしら?
……いえ、私はあたしの感情以外を読めないのだったわ。
不便ね。
死ぬのを回避できたとはいえ、結局あのクソ男の言う通りになってるのがムカつくわ。
「ちょっ、どこが箱入り娘なんですか――っ!?」
「当たってないのに何言ってるの――よっ!嫌味!?」
「いやこれ足に結界貼ってるじゃないですか!絶対っ、痛いですよね!?」
「私とっ、昨日の夜中、あなたのために作戦会議したの!ちゃんとっ、食らいなさい!!」
「カヴィナ様ってばわざわざ夜更かししてやることがそれですか!?」
なんなのよこいつ。
全っ然当たらないわ。
いくら蹴っても余裕で避けられる。
……当たる気がしないわ。
話しながら避けられるとか無理よ、あたし結構本気なのに。
もう息が疲れてきたのに。
しかも余裕をもってやっていた回避行動を、当たるか当たらないかのギリギリを攻めながらやるようになってきた。
「私って存外――っ阿呆なのよ!っ知ってたでしょう!?」
「いや知ってましたけど!」
「――――ハァ」
「え、やめるんですか?」
「……疲れたわ、無理よもう」
顔の汗を袖で拭って、しゃがみ込む。
「大体、私の相手にあなたは過剰戦力よ」
「……そうですか?」
「私が強いからってあたしが強いとは限らないのに、やっぱり阿呆ね」
「それ、自分のこと阿呆って言ってるんですよ?――って、何してるんです?」
「何って、私にメッセージを書いてるのよ」
あたしは私の感情も、記憶も、起きていることをそのまま感じれるのに、あたしの記憶や言葉は私に伝わらないって不公平だわ。
書くことじゃないと伝わらないもの。
だから作戦会議も文面だったし、今も地面に指で文を書いていたのよ。
「……あの、字、汚くないですか?」
「失礼ね……もういいわ。あなた、私に無理だったわって伝えておいて」
「いや、“喧嘩”になってないんですけど……」
「知らないわよ。……“起きなさい、私”」
「……あれ、終わったの?」
「無理だったわ、だそうです」
「えぇ……?」
せっかく作戦会議までしたのに。
意識が薄まる止まりだったし、多分そんなに経ってないよね?
以外にあの子諦めるの早いな……?
「ていうか、いつの間に変わってたんですか?」
「ん、さっきここに上がった時」
「うわぁ」
「ていうか、え?あの子と話したの?」
「……? はい、話しましたよ?」
「ええー、いいなー!」
「え、逆に話せないんですか?」
「うーん、混ざってる時はなんとなく、気分くらいまで分かるんだけどね……」
「へぇ……」
じーっとルー君の様子を見る。
髪は乱れてるけど、特に怪我とかもないな?
「んーまあ、じゃあ始めようか?」
「えっ?」
「なんか“喧嘩”終わった後って感じがないし……ね?」
「嫌ですけど……」
「んー、拒否権はないかなー?」
全属性持ちっていうのは滅多に現れないので、魔法の申し子と言われるらしい。
どういう特徴があるかと言うと――。
「“雷、火ー、風ー?”」
詠唱が要らない、というかそもそも詠唱って割と人それぞれなんだけど、アバウトでも想像次第で色々できるのである。
論より証拠、とでも言おうか。
ただの単語によって、目を瞑った状態で上にかざした右手のひらの上に、電気を帯びた50センチ以上はある大きな青い人魂のようなものが現れ、風に煽られ徐々に大きくなる。
そしてもう一度目を瞑り、
「“✕1、2、3、4、5……”」
「あの、カヴィナ様――!?」
唱えたあとパチっと目を開く。
上を見るとちゃんと百個くらいの人魂ができてたので、これでよし。
ゆっくりと腕を下ろしていき、飛んでけと思う。
「ちゃんと追尾機能も付けたから安心してね、ルー!?」
「いやどこに安心しろとっ、わわっ、!?」
次々と飛んでく火の玉に逃げ回るルー君。
当然火なので熱いし雷なので当たったら痛いが寸止めなんてしてやらない。
まあ、喧嘩ってこういうものだし、服が軽く燃えるくらいならいいだろう。
「ほらほら、反撃してよルー君?」
「無理ですって!」
「ん、まだ喋れる?余裕だねー?」
「いや、全っ然!」
ちなみに一般人から見ると火の玉もルー君も目で追えない速さになっている。
んー、流石にこれ以上の火の玉は不味いかな?
……あ、いいこと考えた。
一旦目を瞑る。
「水を……丸く……縮めて……?で、」
手の形を銃みたいにして、片目を開けてルー君に人差し指と中指をくっつけたまま向ける。
「“ばんっ”」
「――えっ」
イメージしてたのは水鉄砲だけど、ルー君の周りに飛び交ってた火の玉が半分ぐらい鎮火された。
まあルー君に水をかけて燃えないようにするっていうのは結果的に達成できたしいいや。
「ん。やっぱり魔法って難しいなあ……」
「いやカヴィナ様はそのままで十分だと思いますけど?」
「あーそっか、火が消えた分、楽になった感じ?」
「いえ全く……雷が当たったときの威力は増したことになるので余計当たりたくない感じです」
「そう言いつつ内心余裕だってことね?」
「そんなことないですよ、あと雷は危ないんで止めてもらっていいですか?普通に死にますよ?」
「ん!分かった……っと、これで……じゃあその分“土ボコ”を入れようか」
「土ぼこ?ってな――っ!?」
「こういう感じ?時々“落とし穴”も入れよっか」
時々目を瞑って要素を追加していく。
走ってる地面をランダムでボコボコさせて……?
闇魔法でジャンプしようとした時の地面と数メートル上に空間を繋げて……。
パチっと目を開けると、どうやらルー君が走り回りながら人魂たちを闇魔法で取り込んだみたいで、人魂が四分の一くらいに減っていた。
もう30個もないんじゃない?
「あ、ルー君遠慮しなくて良いよ?転移魔法使って?」
「いやここ影がな、いですし、詠唱が間に合わないんです、よ!」
「え?どんだけ長いの……?」
「カヴィナさ、っまが異常なんです!!」
「んー……?」
どうやら遠慮してる訳では無いらしい、けど、ちょっとよくわからないかな?
片目を瞑ってみて、くるくる移動してるルー君を捕まえにいくような感覚で腕を広げ、
「“ぎゅっ”」
「?――、カヴィナ様!?えっ何で――?」
「“しゅわっ”」
「……うわぁ」
「こんな感じなんだけど、できそう?」
「……無理です、ていうか濡れますよ離れて下さい」
一瞬驚きに染まっていた腕の中のルー君はとても遠い目をしていて、やっぱり私ってチートなんだなあと思い知らされる。
ちなみに、“ぎゅっ”で私がルー君を抱きしめる感じで転移して、“しゅわっ”で周りの魔法を一旦全部消した。
ハグをほどいて土で生み出したベンチもどきに座り、ルー君を横に座らせるついでに服を乾かしておく。
「そういえば闇系転移魔法の想像の仕方、聞いてなかった気がするけどどうやってる?」
「前にも言いましたけど、影に潜って影から出てくる感じ、です」
「言われてないと思うけど……それ、影がないと移動できなくない?」
「言いました。同じことを言われて、どうしたらいいでしょうと言ったら考えておくと言われてそのままです」
「んー?そんなこと言ったかな?」
「言いました!もう一回聞いておきますが、なにかあります?」
「や、シンプルに“クローゼット”の応用でいいんじゃない?」
「えっと……カヴィナ様のアレ、ですか?」
「うん……ちょっと待ってね?」
目を瞑って、ボール的なものを想像する。
「小石、小石……できた、これさ?上に投げても落ちてくるじゃん?」
「そうですね」
「私達も上に行ったら落ちてくるでしょ?さっきの落とし穴みたいな」
「落とし穴?」
「あ、もしかして引っかかってない?あっちの方の……いーや、えいっ!」
「え――っ?」
「ルー?大丈夫?こんな感じの罠も作ってたんだけど、その様子だとやっぱり引っかからなかったのか……」
「いや、え!?何したんですか、今!」
「ん?私達の座ってた椅子ごと10メートルくらい上に転移させたかんじ?」
「……どういうことでしょう?」
なんというか、目が本気な感じだ。
けど説明しづらいな、これ。
「ええっと……?なんて言ったらいいんだろう……“クローゼット”ってさ、私がここから遠いところでしまってもここで出し入れできるでしょ?」
「そうですね」
「あの感じで、影のある場所、なんていう制限つけないで、闇ごと生み出してく感じで転移するというか……ほら、影と違って闇ってどこにでもあるじゃない?」
「……どこにでも、ですか?」
「うんそう、実在するものをわざわざ媒体にして転移する場所を制限するよりも、概念の方が幅が広がるでしょ?」
「いえ、そうではなく……例えば、客席側に転移するとしたら、どこが闇なのでしょう?」
「どこ?……ああ、違う違う!ごめん、説明下手だったね。どこにでもある闇のもとへ行くんじゃなくて、君がどこにでもある闇になって移動するの!」
「……といいますと?」
「ほら、影は現れてもなんだ影かって思うだけで、みんな特に気に留めないよね?」
「はい」
「影になるわけじゃないけど、イメージするのはあれ!君は急に現れるけど、誰も気にしなくって、まるでそこにいたことが、そこにいることが当然みたいな反応をするの。急にいなくなってもそういうものか、みたいなかんじで――」
「なるほど!!」
「ん、分かってくれた?」
「ですがカヴィナ様、その場合の影と闇の違いは何でしょう?」
「……うーんと、影はさ、見えるからあるでしょ?」
「はい」
「闇もね、見えないけどあるの」
「……はい?」
「例えば、貧民街。例えば、誰かの嫉妬心……人がいる以上、明るい光がある以上、暗くてどろどろした闇もあるものでしょ?例えば、私の中のあの子みたいな!」
「……それになるのですか?」
「というより、一体化するみたいな?もとより闇属性は精神論だし、説明しづらいんだよねー……あ、同化って言った方が分かりやすい?」
「……覚えておきます」
「無理はしないでね?」
「はい」
……目を逸らすんじゃない、ルーク。
ルー君もミーもラリーも、うちの従業員たちは基本みんな魔法馬鹿だから、注意しとかないと魔力欠乏症になりかねない。
「じゃ、“ばいばいっ”」
使ったのは転移。
毎度のごとく、私の部屋である。
瞼を閉じながら、ぽすっとベッドに倒れこむ。
……やっぱり眠い。
まだ10時くらいだけど……ちょっとくらい、良いよね。
読んでくれてありがとう!
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