3 信じるか信じないかは君次第
カヴィナ→カヴィナ→ティファニー→カヴィナです。
バンッと勢いよく扉が開いた。
優雅に紅茶を飲んでいた壮年の男性は急に扉が開き驚いた様子だったが、手を振りながら入ってきた人物を見てすぐに呆れたような目になった。
「やっほー、私のルーを誑かそうとした間抜けな伯爵?」
「……、君はもう少し私に敬意を持つべきじゃないか?」
「えー?あ、曲がりなりにも伯爵だから?」
「そういうところだ……まあいい、その様子を見るに見つけたのか」
「昨日の、それもギリッギリだったんだけどね?ま、おいで、ステラ」
伯爵の顔を見て話せる反対側のソファにどすっと座り、後方に視線を向けつつその隣を手でポンポンと叩き、急かした。
すると恐る恐るといった感じで、ルー君の後ろからキラキラと輝くストロベリーブロンドの頭が出てきて私の隣に座る。
……可愛いなあ。
思わずにやけてしまう。
ナディ―(仮)はステラとなった。
意味はそのまま、夜空の星から取ったらしい。
「こちらからの要求は前に伝えた通り、二つだよ」
「……聞こうか」
右腕を持ち上げて人差し指を立てる。
「うん、一つ、この子、ステラの戸籍」
中指も上げる。
「二つ、関税・及び非在住者への税の軽減」
「……それは予定通りでいいのか?」
「うーん、そのつもりだったんだけど……遊民所得についてはもうちょっと、いけるよね?」
「……14?」
「10で」
「それは無理だ、さすがにやっていけない」
「うん、知ってる……でも、私たちが店を出す以上、損することはないと思うんだけどなあ……」
「……14」
「11」
「…………13」
嬉しくなって、ついニコッと笑顔になる。
「なら間を取って12%だね!」
「……ああ、分かったとも」
「やったっ、ノルマ達成ー!」
「ハァ……」
伯爵がため息をつきながら胃のあたりを押さえる。
いやあ、この人もだいぶ苦労人だよなぁ。
可哀そう、本当に。
領主なんかになったせいで私と関わらなくちゃいけなくなったんだから。
「あ、あと第二王子と阿保で間抜けな侯爵とやらを紹介してくれない?」
「それは、今回の取引と関係あるのか?」
「んにゃ、完全に別件。……お礼はするよ?」
「第二王子様はともかく、侯爵の方は無理だ……君の従者を何とかしてから言ってくれ」
伯爵に言われて後ろを振り向くとルー君が冷たい目で伯爵を睨んでいて、でも目が合ったし、ちょっと笑ってくれたのが嬉しかったので見逃してあげようか。
ほっこりして笑顔になるが、まあルー君は案の定譲ってくれない。
「……ルー君、大丈夫だって」
「カヴィナ様の大丈夫は大抵大丈夫じゃありません」
「……危害を加えたり、脅したり、仲間を買収したりなんてしないから」
「駄目です」
「……どうしても?」
「駄目です」
うーん困ったぞ、大分困った。
教えてくれないと対策のとりようがない。
「んー……?もしかして、後ろに偉い人がいるの?」
「……」
滅茶苦茶露骨に目を逸らされる。
「伯爵?」
「……なんのことだか」
いや目を見て言え、目を。
「……あ、分かった」
思わずルー君の方を振り向く。
「「――?」」
「王妃様、でしょ?」
「……凄く答えたくないですね」
「ふふっ、そっかそっかぁ、そういうことかぁ」
笑いが零れるけど、まあなんてことはない。
これはどちらかというと嬉しい時の笑いだから。
「余計大丈夫だよルー君、王妃様は、すごーく可愛いんだから」
「……はい?」
「ただいまー」
「お帰りなさいませなのですよー!」
「ふふっ、ただいま、久しぶりだねメノウ。元気にしてた?」
「ミーはやっとカヴィナ様に会えてとってもとっても元気になったのです!!」
ドアを開けると、素早くメノウが抱き着いてくる。
メノウ・ミー・テディ―。
名前と名字の間に名前が存在するのは魔族のみ。
つまるところ、ミーは魔族というわけで、頭に二本の渦巻き状の丸い角が生えている。
光属性の幻影で見えないようにしてるけどね。
小説では出てこないモブAだったみたいだけどはっきり言って滅茶苦茶才能がある。
この世界、基本的に一人が持つ属性って一つで、持ってても実用に足らないレベル止まりなんだけど、ミーは魔族なのも相まってか水に風に光もちょっと持ってる。
そのため髪の色は白の混じった青が強めのエメラルドグリーン。
拾った当初はただの青色だったんだけど、だんだんエメラルドグリーンっぽくなっていったんだよね。
ふわふわした髪の毛を撫でると嬉しそうに頭をすり寄せる。
ふと、メノウが何かに気付いたように顔を上げた。
「む?むむむ?カヴィナ様、ルークさんにキスとかしたのです?」
「……ハァ」
後ろでルー君のため息が聞こえて、思わず苦笑する。
「やっぱり分かるんだね、ミーは鼻が良いなあ」
「褒めたって誤魔化されないのですよカヴィナ様!ちゃんとミーにもキスをしてくださいなのです!」
前髪を手でかきあげて、さあ!と言わんばかりに顔を近づけてくるのが可愛くてしょうがない。
前にルー君の手首にキスをした時は手首を差し出してきたので、どこにキスしたかまで分かるとは、羊族も侮れないなぁと思う。
「分かった分かった……ん、これでいーい?」
「――っ!!い、良いのですよ……」
「ミーったら可愛いー!!」
そのくせ、本当にキスをすると耳まで真っ赤になって、その後しばらく顔を覆って悶えているのが本当に可愛い。
思わず抱きしめ、片手で後ろ頭を撫でる。
「……存外早かったな、カヴィナ」
「あ、リー……もしかしてまだ寝てたの?」
シェアハウスに繋がる裏口から出てきたし、髪の毛の寝癖も酷い。
「悪いか?ここのベッドの心地が良すぎるんだ」
「そう……かな?私的には全然まだまだお貴族様の布団とかの方がふわふわだと思うけど」
「これの先を求めると?お前は変なところで強欲だな。……ん?お前、もしかして魔族か?」
「魔族……ミーのこと?」
チラッと腕の中にいるミーを見る。
正しくは、ミーに生えている角を見る。
私、幻覚を見せるとか眠らせるとかの魔法が効かないみたいなんだよね。
「そうだ。それにしても……お前の従業員の中に魔族がいるとは思わなかったな」
「え、何悪い?奴隷市場を放置しておいてどの口で言うの?」
「奴隷……?」
奴隷という言葉に反応したのかミーがピクッと動く。
そう、メノウは奴隷として売られていた。
……いや、これは本人に聞かせることじゃないな。
そっと両手でミーの耳を塞ぐ。
まあ当然、少女漫画じゃないんだからこれで全く聞こえなくなるなんて訳ないので、周囲の音が聞こえなくなる魔法をかけた。
「の……カヴィナ様?」
それを感じ取ったのか、不安げに上目遣いで見つめてくる。
外に出てもらっても良いんだけど、何を話されているのか考えちゃうだろうし、もうそういうことは思い出してほしくない。
……うん。
「ん……」
「――ぇ」
とりあえずミーには幸せなことを考えていて欲しいので頬にキスをする。
だいっぶ唇に当たるか当たらないかのギリギリを攻めたのでこれで余計なことを考えないでくれるだろう。
案の定メノウは真っ赤になってあわあわと唇を手で覆っている。
……ルー君の視線が痛いけど、まあ割愛しよう。
「んー、私ね、メノウがどうして奴隷になってたとか、家族はどうしてるとか、はっきり言ってなんにも知らないし、聞くつもりもないんだけど……」
もう一度、ミーの前髪をかきあげ、おでこにキスを落とした。
反対の空いている手で、ミーを抱き寄せる。
「聞いていいかな、リー?何で魔族の奴隷制度を放っておいてるの?……まさか、知らないとは言わないよね?」
お前魔族の貴族で偉いやつだろ、という批難の意味も込めると、リーは気まずそうに目を逸らした。
「……ああ、勿論知っている……」
「え、そうなの?知ってたんだ。言い訳使って逃げなかったのは良いと思うけど、ねえ、何で?」
「ねえ、何で?」
何で。
無邪気に聞こえるその言葉には残酷なまでの貴族に対する憎悪が感じられた。
「リーはさ、大分マシな奴だと思うんだ、あたし。権力振りかざしてやることといえば制裁ばかりだったでしょう?だから、余計に分からないの。あなたが牙を抜かれた魔族を取り返さないのは、何で?」
薄い青緑の髪色の魔族を腕に抱いたまま、見せつけるようにその首に口づけをする。
……カヴィナは、口調が完全に変わるときがあった。
それはまるで人族の貴族のようで、普段の明るく砕けた口調とは打って変わったようにどす黒く、それでいて純粋な子供のようにも感じられる。
気味が悪いと思うが、同時に興味深くもあった。
「人族が魔族を攫うように、魔族が人族を攫っているせいだ。……ふざけるな、返せと言っても、ならお前らも返せと言われると奴隷商を取り締まらなくてはならない。今魔族は新たに誕生した魔王様の捜索で手一杯の状態だ。それに魔王様が奴隷商売に関してどう思われるかが分からない以上、簡単に決められることではない」
「――」
聞かれたから答えたというのに、カヴィナは驚いたように目を丸くした。
そして再度彼女の頬に口づける。
「……なんだ?」
「いいえ?随分話してくれるなと思っただけよ。もしかして相談の内容ってそれかしら?」
「ああそうだ、協力してくれないかと思ってな」
「いいわ」
「まあどうせ断――ん?いいのか?」
「ええ、たしか今、あなたたちの愛する魔王様はこの国の南の方にある――ラテの村っていうとこの孤児院に拾われてたと思うよ」
「……何故知っている?」
「さあ?信じるか信じないかは君次第、ってやつだね」
「ハァ……それはいつものか?」
さっきの不気味さがまるでなかったように、カヴィナはニヤッとと笑った。
「リーのいつものが何を指してるのかは知らないけど、まあそうなんじゃない?」
しかしまあ、いつものとか言われるとギクッとする。
リーは私の予言めいたこの言葉が当たるのを知っているから、余計に勘付かれていないか不安も不安である。
――魔王、ディラン・ラ・ヴィリア。
原作で出てきたときにはもう、救いようがないくらいに人間を憎んでいた。
というのも、誕生してしばらく経ったあとに無理矢理引き取って駒にしようとした、とある人間貴族の家が原因である。
魔王は本来魔力の多いところ、つまり魔族領や森の中に生まれるもので、まして人間領の人族に産まれるなど初めてのことだった。
魔王は孤児院に務める若い女の院長に拾われ、孤児院の中で孤立しながらも育っていくが、成長するにつれ魔王としての素質が芽生え、膨大な魔力に目をつけられ貴族に引き取られるも、魔王は抵抗し、無理矢理連れて行こうとした貴族を傷つけてしまう。
その結果怒った貴族は魔王と、魔王を庇った院長を殺そうとする。
またも抵抗する魔王だったが、育ちきっていなかったこともあり、誤って何人かに、今度は重症を負わせ、自分の力に怖くなりその場を逃げ出して森に駆け込んだ。
数時間彷徨って、罪悪感が生まれ、戻ることを決意、しかしそこには殺された院長や孤児院の子どもたちの死体、そして宴の準備をする貴族と村人たちの図があった。
そのまま魔王は怒り狂って村の人達ごと貴族を惨殺する。
それによって魔族に見つけてもらうことができ、自分が魔王だということを知った。
強大な自分の力を使わずに、なんの罪もない院長たちを死なせてしまったことを後悔すると同時に、魔王は大きな悲しみと怒りを抱えて人間との戦争に挑むのだ。
それを止めるのがリーで、リーを魔族領から追い出すのが魔王である。
……よく考えたら、今後のリーのためにも魔王もろとも孤児院の院長とかも助けたほうが良いな?
今の時点じゃ貴族に目をつけられているってことはないだろうし、さっさと片付けないと。
とりあえずミーにかけていた魔法を解いて、頭を撫でた。
「ねえ、リー?」
「なんだ?」
「ついでに言っておくと、甘いお菓子と少しの寄付金を持ってリー自身が行った方がいいと思うよ」
「……分かった、覚えておこう」
「んじゃ、私は可愛い子どもたちにクッキーを配ってくるねー?」
「行ってらっしゃいませカヴィナ様」
「えっ、あ、行ってらっしゃいませなのですよー?」
ルー君とリーは本当に思いやりが上手だと思う。
『私』という存在の歪さに気づいていながら触れないでいてくれてるし、根拠のない発言でも一旦検討はしてくれる。
(でも実のところ、私もいまいち分からないんだよな……)
この体は誰のものだろうと、考えたことがある。
神様は、体の準備が間に合っていないと言っていた。
だが転生して少し経った後に、別にこの体で放り出せばそれで良かったんじゃないのか、と思ったのだ。
何も不便に思うことなんてなかったから。
しかしリーに会うちょっと前、ルー君に会ったあと。
何故あの人がわざわざ面倒な私の体を創ろうとしていたのかがよく分かる出来事があった。
夢の中で、体の持ち主と思われる人物に会ったのである。
その子を見たのはほんの一瞬で、会話はできなかったし、それ以来一度も会えてないから、あれは偶然の産物だったと思うことにしてるけどね。
8才と言われてもハテナが浮かぶくらい、小さくて儚げな美少女だった。
その後神殿に行く機会が会った時に神様に聞いたけど、私の体の持ち主はまだ生きているらしい。
そのせいか、時々その子の琴線に触れるようなことがあると、私の意図に反して少女が出てくる。
悲しいこと全般はすぐに涙が出るし、貴族が絡むとすぐにイライラしてくる。
どこかの貴族のせいで家族を失ったとかいう子なのかな?
一応物語が始まる前には体を完成させると言っていたけど、本当不便極まりない。
なにかな?
神様ってば、この子と体を数年貸してくれれば願い事を三つ叶えようみたいな取引でもしたのかな?
「みんなー?クッキー持ってきたよ〜!!」
「あ、お姉ちゃんだー!」
「お母さん、お姉ちゃんだよー!」
「お姉ちゃんお姉ちゃん、今日はたくさん遊ぼーね?」
「お姉ちゃんクッキーちょーだい!!」
「いーよー!多分ね、一人2枚は食べられるから、味わって食べて!」
1年もすれば聖女が家から逃げ出してここを通るし、懸念事項はできるだけ消しておかないと。
読んでくれてありがとう!
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