番外編 2−8 『可哀そうに』(ステラ視点)
「私の名前はカヴィナ。あなたの名前を教えてくれるかな?」
「……知らないわ。こんなところに居ないで早く表通りに戻りなさいよ」
しゃがんだまま、ぞっとする笑顔を浮かべたまま、白髪はそんなことをほざいた。
名前ですって?
あるわけないじゃない。
ここは貧民街で、あたしは孤児なのよ?
「……そう?ちなみにあなたは何でここにいるの?」
そう返事が下されるまでの間にピンク色の目が楽しそうに輝いたのを、あたしの目は見逃さなかった。
本当に何なのこいつ。
そして、白髪の言ったことを理解した瞬間に、あたしは戸惑いの感情すら脱ぎ捨てて怒りに染まった。
「生まれた時からここにいたのよ、何?可哀そうだとでも言うつもり?」
少し語気が強くなってしまったけど、それでも理性で押しとどめて、心の中のもやもやは処理した。
けれどそうやって溜まり始めていたはずの煙は、次の瞬間一斉に霧散した。
「うーん……どうなんだろうね?」
「はあ?」
思っていたよりも気の抜けた声が出た。
なんなのよその答えは。
そういうところくらいはっきりして欲しいわ。
「私があなたの人生を可哀そうと言ったところであなたの人生が何か変わるわけでもないし?」
まあ、そうね。
「ぶっちゃけ幸せってのは満たされていることだから、自分自身がどう感じるかで同じ境遇でも不幸かなんて変わるわけでしょ?」
そう、確かに。
……でも、なんだかこいつにこの顔で正論言われると腹立つわね。
「ちょっとその質問には答えられない……というか否だね、あなたが人生にどう感じてるかが分からないから……。だから、教えてくれるかな?あなたはここで過ごすことに、今の人生に、満足しているの?」
あたしはまたも固まった。
……は?
「それ、満足してるって言ったらどうなるの」
「何も言わずにここを去って、バイバイかな?」
なら、あたしもこいつも、今まで通りの生活に戻るってこと。
……あたしを、連れ出そうとしてる?
理由は分からないけれど、とりあえず白髪の目的はあたしを連れていくこと、みたいな。
そんな気がした。
「満足してないって言ったら?」
「可哀そうって言ってここから連れ出そうかな」
へえ、そう。
そういうこと言うのね。
見直し始めてたのに。
ちょっとは良い奴かも、とか思ったあたしが馬鹿だったわ。
可哀そう?あたしが?
ふざけないで?
あたしが選んだわけじゃないのに。
あたしは迷った。
こいつの手を取るか否か。
「最悪の二択ね。貴女性根が腐ってるわ」
「よく言われる、とまではいかないけど自覚済みかな」
睨んでやったと言うのに、白髪に傷ついた様子はなかった。
そればかりか、笑顔で返される始末。
なんなの、本当に、こいつ!
しかも、答えることを躊躇うあたしに焦れてか、白髪はこんなことまで言い出した。
「……じゃあこういう言い方をしようかな。これからも屈辱なここでの生活と、一瞬凄く屈辱だけど最低限これからの生活が保障されるの、どっちがいー?」
一瞬考えて、諦めた。
「――っ二番目っ!!」
嫌だ。
聞きたくない。
気持ち悪い。
あたしはここにいたくているんじゃない。
生まれに恵まれただけの癖に。
色んな感情がぶつかって、あたしは目を瞑った。
……けれども、待っても棘のある言葉は振ってこなくて。
「うん、良かった」
そればかりか、そんな幻聴さえ聞こえてくるのだ。
目を開けてみた。
あたしの頭はどれだけお花畑なの、って。
「――っぇ」
そして、分かったのはそれが幻聴でも何でもないただの現実だったということ。
白髪は、今度は心底嬉しそうに微笑んでいた。
……は?
「……あ、何だっけ。えっと、『可哀そうに』?」
くるくると、嬉しそうな顔から、間抜けな顔から、真剣そうな顔へと表情が変わる。
あたしは戸惑っていた。
戸惑って、戸惑いすぎたから逆に冷静になっていた。
「絶対適当に言ったでしょう」
「うっ」
今にして思えば、あんなに怖かった白髪に、どうしてそれほど大胆な行動がとれたのか分からない。
「私が一瞬屈辱な思いをする代わりに私の生活を保障するんでしょう!私はタダで恩を受け取るつもりはないわよ!」
そんな間抜けなことを口走るくらいには混乱していた。
タダで貰っておけば良かったのに。
貰えるものは貰っておけばいいのに。
「ナディ―にそんなこと言えるかあ……?」
「何?今なんて言ったの?」
「なんでもないよ、うん」
「あっそう?なら早く!」
「うう……分かった、分かったから」
あたしはちょっと調子に乗って白髪を急かしていた。
なんかこう、一周まわって気分が良かったのだ。
「可哀そうに」
大分カチカチになりながら言う白髪は、見ていてとても面白かった。
嫌な気分にもならなかった。
不満があるとすれば……。
「……ほら言ったよ!何か文句ある!?」
「もうちょっとこう……馬鹿にする感じ?を出して欲しいの」
おかしなことに、あたしはこいつが好きになり始めていた。
きっかけは分からない。
こいつは不気味だ、気持ち悪い。
けれど、よく分からないけれど……。
「無理ですぅー!ほら帰るから、付いてきて」
やっぱりいい奴なのかなって、思い始めていたのだ。
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