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1 諸悪の権化


――人の人生の大雑把な運命は、生まれた時にはもう大体決まっている。


子供は親を選べない。

生まれたときから決まっている親を見て、子供の人格や思想は変化する。

親は選べない、性格も選べない。

身分があるなら付き合う相手も一定の制限がある。


そうやって生まれた時には決定している者たちの中で生きていて、果たして定まりすぎた運命を変えることなど出来ようか。

――答えは否、できるはずもない。


運命という存在を否定して自分は自分の意志でここにいるんだとそう信じて疑わないような者たちに、決まりすぎた運命を覆す力などあるはずがないのだ。

そう、物語の世界に紛れ込んだ転生者が物語の筋書きを変えていくことができるのには、れっきとした理由がある。


「……異端者である君が、最後の可能性だとは……ごめんね」


神は祈るようにそう呟く。

誰にも聞き届けられない声なのは承知の上で。







「――!お帰りなさいませカヴィナさm――」

「ただいまルー君!」


ルーク・テディー、8歳。

私がこの世界に来て一番最初の街で出会った子で、私の商会のメンバーの一人だ。

要するに大事な従業員である。

何故当時7歳を過ぎたばかりの子をわざわざと思うかも知れないのだけれど、


「ルー君ルー君ルー君ルー君ルー君ルー君!!久しぶり!会いたかったよー!」

「さっさと離れてくださいカヴィナ様」


抱きついたり撫でたりした時のこの冷たい目が好みだったから――なんて訳では勿論なく、ルークも主要人物だからである。


白と黒(モノクロの)の幻想曲(ファンタジア)はその名の通り、と言っていいのかは分からないけども、登場人物たちが大まかに白サイドと黒サイドに分かれる。

聖女や勇者は白、魔王や暗殺者は黒。


物語の流れとしては……そうだな?


白と黒で戦って、結果的に白、勇者側が勝ち、平和が訪れた、かと思いきや。

恐れる共通の敵がいなくなったことで、人類の中で戦争が起こっていき、勇者の友人であった聖女が暗殺される。

そんな人の醜さに嫌気がさした勇者は人類に牙をむく。

後の展開はまあ、テンプレな悲劇である。

人類は滅び(というかその前に世界が滅びる)勇者は自決する。


そして、私の腕の中で未だ可愛くもがいているルークの立ち位置はというと、まさかの黒である。


こんなに!純粋で!努力家の!可愛い!彼が!!

――序盤に魔王の手によって聖女のもとに差し向けられて勇者に返り討ちにされ殺されてしまう暗殺者なんだ、信じられる?


あとね、序盤で死ぬとは言ったけど、モブじゃないんだなこれが。


そして同じく、先程まで手を繋いでいたカロナディアも黒である。

カロナディアの出番は中盤で、学園で聖女に度が過ぎた嫌がらせをする悪役令嬢。


悪役令嬢っていう言葉の通り、本当、読んで字のごとくなのだけど、カロナディアはベラジディント家という貴族家の御令嬢なのであった。


ただ家での立場は当主の婚外子。

これは公然の事実として最初から世間に知られていたことだった。

ベラジディント家の当主がメイドに手を出して産ませた後に行方不明になっていた子で、なんていうか好待遇であるはずがなかった。


実子である優秀な兄と比べられ、性格は暗く黒く染まっていってしまう。

当主を愛している義母から虐待を受け続け、愛というものを知らないまま学園に入り、んでもって庶民なのに聖女ともてはやされているアリスを見て嫉妬に狂い、バッドエンドというわけである。


あ、そう、この国には平民と貴族が平等に学べる学園がある。

一応物語の前半の舞台。

勿論、平等とは名ばかりであり、クラスごと教師の差とかその他諸々ある。

賄賂もあり。


ただ、クラス分けだけは平等で成績順。

……賄賂を抜けば。


入学も、貴族と同じ試験を受けて合格さえすれば可能。

事実、学園の生徒の二割程は平民である。


だから、って言えるか分かんないが、私の当面の目標は、入学して主要人物全員と接触することだね。


「ちょっといい加減に――!」

「――ただいま、ルーク」

「……お帰りなさいませ、カヴィナ様」


愛を囁くように、幸せを噛みしめるように、そう言った。


……もう一回言っておくけど、好みで雇っている訳ではない。

断じて好みなわけがなく、登場人物だからである。

そう、フラグ回収と愛でるためならしょうがないのだ。


「しょうがない、しょうがない」

「誰に言ってるんです?……あと、こちらが仰っていた?」

「うん、簡単に見つかると思ってたからちょっと焦った。結構ギリギリになっちゃったし……カロナディア、こっちおいで」

「えっと……」


何を恐れているのか、少し小走りになって近づきはしたものの、私の後ろに隠れてルークの方へ出ていこうとしない。


「ナディー?」

「な、なんでもないわ」

「そう?」

「お待ち下さいカヴィナ様、もう名前を決められたのですか?」

「え?うん」


私が答えた後で、しかしナディーは焦ったように顔をあげた。


「ち、違うわよ!あたしは認めてないわ!」

「あ、やだった?カロナディア・テディー。私は結構気に入ってるんだけど……」

「嫌に決まってるじゃない!自分の名前くらい、自分で決めたいわ!!」

「……じゃ、何がいいの?」

「ぁ、う……それは……まだ、決めてなくて……」

「……」


カロナディアの声は段々と小さくなる。

嫌なのだろうけど、迷惑ってことが分かっているからか。

……要するに、遠慮?


私はカロナディアの様子を見て、ちょっと考えて、そうして言葉を探しながら口を開いた。


「ん。あのね、……あなたは今世界に存在しないことになってるの。だからさっさと名前を決めて、あなたが生きていることを証明しないと、あなたを雇うことも匿うことも、誰かに奪われたり攫われたりした時に助けることも、何もできないの。動くのは早いほうがいいから……その辺は分かるよね?」


ナディーは俯いた。

カロナディアっていうのはベラジディント家に……今から一年程後の時間軸で、当主が彼女を見つけて保護したときにつけた名前だったはずだ。


……もしかしたら、物語上のカロナディアは、自分の名前が好きじゃないどころか嫌いだったかもしれない?

そう考えたら悲しくなった。

自分の名前は気に入ったもので呼ばれてもらいたい。


「だけど……うん、そうだね。ここの領主様にあなたの戸籍について話すのは明日って言っちゃってるから今日中になっちゃうけど、考えようか!」

「本当!?」

「うん。けど、名前を決めるまで寝れないからね?」

「ええ、分かったわ!」


彼女は嬉しそうに目を輝かせた。

しかし対象的にルークは“ちょっとイラッときた時の顔”になる。


「カヴィナ様、あなた最近全然そいつを探すために寝てないでしょう。もう日も暮れかけているというのに、明日領主様にクマだらけの顔を見せる気ですか?化粧で誤魔化したからってバレないとでも?」

「うっ。……、バレてたのかあ……。……でも確かに子どもたちにクッキー作るって言っちゃったし、最近余裕なかったのも本当だし……?なら、ルー君が付き合ってあげるってのはどう?」

「は?」

「え?」


今の現状を打破するとてもいい妙案を思いついたと思ったのだが、彼女はたちまち不安と驚きの入り混じった顔になり、ルー君もすごく嫌な顔になった。


「ん、私は寝れるし、名前の相談相手も決まるし、二人の仲を深めるいい機会にもなると思ったんだけど……?一石三鳥以上は行けると思わない?」

「嫌です」

「え、なんで?」

「嫌だからです」

「どーゆー……ね、あなたもやだ?」

「え?あ、あたしは……どっちでもいいわ」


頑固なルークに困った私は彼女……いやもうナディー(仮)ってことにしとこう。

ナディー(仮)にも意見を求めた。


困惑しているのか、なんかもじもじしてて可愛い!!

……とまあそれはさておき。


「ほら、ルー君。君の方がお兄ちゃんで、しかも妹は遠慮してくれてるんだからそれくらい我慢してください!」

「誰がお兄ちゃんですか誰が」

「あなたですルー君」


ビシッと決めて言うとルークはハァ、と溜息をついた。


「お兄ちゃんなんだからなんて言葉が吐けるほどあなたも大人じゃないでしょう」

「うっ」


正論である。いくら私が精神年齢17+1=18歳とはいえ、外見9歳とはいえ、実際はこの世界の地面に足をつけてから一年、よって1歳なのである。

つまるところ、実際にはルー君より、ナディー(仮)より年下な私は、お兄ちゃんなんだからとかいうことをあれこれ言える立場じゃないのであった。


……ま、ルークは1歳しか上じゃないだろって意味で言ったんだと思うけど。


「なら、これ以上のいい案がどこに転がっているって言うので?」

「それはそうですけど……」

「ほらじゃあそれで決まりね!今日の当番私だし、クッキーの材料揃えるついでに買い物行ってこようと思うんだけど……あなた、なにか食べたい物とかある?」

「食べ物……」

「カヴィナ様、そいつ孤児でしょう。まともな食べ物など食ったことがあるとは思えません」

「こーらルー君、口が悪くなってるよ?」


めっ、と人差し指をつきだすと、ルー君は仰け反った。

この店の従業員の教育は私自身が行っている。


我らは平民。

平民の命は軽い。


だからこそ小さなミスもいちいち指摘するし、“授業”の時は心を鬼にして叱る。


平民を数人殺したくらいじゃ貴族は捕まらない。

ちょっとイライラしただけで貴族の人にタメ口など使ってしまったら、我ら平民の首など秒で飛ぶというのを忘れてはいけないのだ。


「まあ、この子の歓迎会とかは今度やるだろうし、とりあえず好きなものと嫌いなものを見つけていけるようにしようかな?……じゃ、ちゃんと妹ちゃんの面倒見てあげるんだよ、ルークお兄ちゃん?」

「チッ、分かりましたよカヴィナ様、行ってらっしゃいませ」

「なんか言ったかな、ルーク?」


バチバチと音を立てるような剣幕で睨み合い……いやていうか、睨んでるのはルー君だけで、私は慈悲の心でニッコニコに微笑んでいた。


……そう、慈悲である。

ここで引くなら許すけど?という最後のチャンス……を、ルークは捨てたので。


「ハァ……頑固だなあ全く。いいよ分かった、じゃあ久しぶりに“喧嘩”をしようかルーク」

「――ええ、カヴィナ様」

「あ、でもでも?私たちの可愛い可愛い妹は悪くないから、“喧嘩”が終わるまでちゃんと面倒見てあげてね?」

「……ええ、分かりましたとも」


(あーあ……、久しぶりに会えたのになあ。“授業”も“喧嘩”も、私本当にやりたくないんだよ?しばらく会えてなかったから楽しみにしてたのに。最近ちょっとイライラが溜まってきてるらしいし……うん。あの子のストレスと魔力発散用のサンドバッグになってもらおうかな?そんな固くないだろうけども……)


とまあ、そんな風に心のなかで静かにメラメラしてる私の感情を感じとったのか、ナディー(仮)はビクッとして私から離れてしまった。


「あ、あの……」

「ん、じゃあ行ってくるね!ご飯楽しみにしてて!」


怖がられるのに居た堪れなくなった私は、できる限りのニコニコでそう言い飛び出した。







「えっと、小麦粉はあったし……バターもあったな?卵は……一応買おう。あーでも、夜ご飯どーしよっかな?今日は私と、ルー君と、ナディー(仮)と……?」


ぶつぶつと呟きながらにぎやかな市場を通る。


にしても失敗だったなぁ。

何も考えずに出てきてしまったから確認すべきことをしないままで出てきてしまったので、今日夕飯を家で食べる人が何人いるのか分からない。

……やってしまった。


「んーいいや、“不思議な不思議なテディ―の魔法”」


諦めて魔法を唱える。


これは私の作ってきた魔法の中でも自信作。

“条件”さえ満たせば唱えるだけで誰でも使える魔法。


魔力を使わないから魔法って言っていいのかは分からないけど、本当に便利だと思う。


これで近況報告だとか作戦会議だとか日程の組み合わせだとか、まとめて全部できちゃうからね。

要はスマホの実体ないバージョンってこと。


『――テディ―・ベアは可愛いだけじゃない』


まずその文字が書かれた“メニュー”のボードと似たものが現れる。

続いて現れるのは、『何をしますか?』という文字。


「“私の可愛いベアとお話がしたいわ”」


この時言うべき言葉はある程度決まっている。


一人一人語尾や口調に差異があるので、文を固定しているわけじゃないんだけど、それでも必要なキーワードは同じだからだ。


そのため、テディ―商会に入った者の最初にすることは、キーワードの把握と魔法を使えるように頑張ることであった。


そしてその内のあるキーワードを唱えたことで、今度は『start』という文字が現れたので、それを押す。


「『あー、あー……マイクテス、マイクテス。もしもしベアのみんなー?定期報告前に悪いんだけど、赤とかじゃないからとりま安心して?でね、要件なんだけど、3つくらいあって……一つ目が例の女の子が見つかったのでそろそろ本格的に第四号店に取り掛かろうと思います。第一と二、三の人はあんまし関係ないけど、近々またバタバタしだすと思うのでよろしくってのと……その例の女の子をめぐってルー君と“喧嘩”をすることになったので、ルー君側につく人は申請してね!後は観覧したい人も!それで最後、はっきり言って一番重要なので本気で聞き逃さないでほしいんだけど……!……あの、第四予定地で今日ご飯を食べる人って何人いますか?台所の板を見ておくの忘れちゃったんだよね、悪いんだけどいる人はチャットで教えてくれっ!あ、ちなみに今日の夕飯はグラタンとトマトスープの予定だよ!』」


言いたいことを言い終わり、『stop』に変わっていた文字を再度押す。

すると画面はまた『何をしますか?』に移り変わった。

そして今度はまた別の鍵言葉(キーワード)


「“お茶会のお手紙は来てる?”」


いちいち独特なキーワードだが、これは初期の従業員たちがふざけた。

覚えやすいが他人の記憶には残らないもの……という趣旨で頼んだのだが、独特にも限度があるだろうに。


だってこちとら平民様なのに、広い通路なんかでこういうこと言ったら貴族だと思われれて攫われる。

貴族の前で使って色々言われるのも避けたい。


要するに人前で使えない。

……何のための便利魔法なんだ。


そしてこのキーワードではメッセージ機能が使える。

ふむふむ?


(1・2・3……5+私、ルー君、ナディー(仮)で、8人か。良かったそんなに多くな――)


「――ん?お前、カヴィナか?」

「わあああああああああああああああ!?」

「うるさい」

「やばい、すっごいびっくりした心臓止まりかけた……本当、私がそういうのヤダって分かっててやってるでしょリー!?」


私からしたらまだ復活して間もなく、私が余裕で勝てるであろう魔王なんぞよりよっぽど諸悪の権化。

黄色というより金髪の、一見愛らしそうに見える外見なのに、顔だけは良いのに、性格がひん曲がってるせいで台無し。


「顔()()はいいんだけどな……」

「いちいちだけを強調するんじゃない」

「いや事実でしょ」

「さあどうなんだろうな?」


こういう時顔がいいのってむかつく……。

嫌いな奴だから尚のこと。


「それにお前だって不細工でない程度の顔は持ってるだろう」

「……お生憎様、私鏡を見れないから。出来心で一度見て時失神しかけた時から一回も見てないせいで自分の顔なんて忘れたもん」

「へえ、それは意外な弱点だな?今度試してみよう」

「多分狂ってオーバーキルしちゃうから止めて……あと、私に何か用?」

「実はお前を探しててな、パラルフィニアーの従業員に聞いたところこちらに来ていると言うので馬車を走らせたまでだ」

「あーはいはい、知ってるよ。だけど明後日とかでいい?今日と明日は先約が――」

「……待て、今何と?」

「え?だから明後日でいいかって――」

「そちらではない。俺は急ぎの用のため馬車に乗せた馬と交代で夜も走らせようやく小二時間程前にここに着いたのだぞ?それなのに、知っているとはどういうことだ」

「ん……あ」


やっば詰んだかも。




読んでくれてありがとう!

いいね、ブックマーク、コメントなど、このお話を少しでも面白いと思ってもらえたら(主に作者のやる気アップに繋がるので)、評価の方よろしくお願いします。

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