2 仕方ないよね、正当防衛だし
「おいおい嬢ちゃん、こんなとこで何してんだよ?」
「ここは危ないぞ、特に嬢ちゃんのような可愛い子はなァ?」
「警備隊なんかも駆けつけてくれなからな!」
「ここで何があっても文句言えねーぞ~?」
「あーすみません、今日はちょっと人を探してまして……」
いわゆる貧民街というところで、腰当たりまである白髪を二つ結びにした少女がむさ苦しい男どもに囲まれてたじろいでいました。
「あの、カロナディアという女の子をご存知ですか?」
「あァ?カロナディア?誰だよそいつァ?」
「チッ、んだよハズレか……おいお前ら行くぞ!」
「失望させてしまったのは申し訳ないんですが、質問にお答えいただけませんか?」
「へーへー知らねーよ、んな貴族のご令嬢みてーな名前なんぞ」
「大体、俺らがそいつを隠してどう得するってんだ?」
「……本当に?お答えいただけないと少々暴力的な手段を選ばなければならないのですが」
「知らねーっつってんだろしつけーなァ!」
男どもの一人がとうとう腕を振り上げ少女に殴り掛かります。
しかし少女もタダでやられるわけにはいきません。
「……仕方ないよね、正当防衛だし」
そう小さな声で呟いた言葉が男どもに聞こえることはありませんでした。
何故なら――。
「制圧完了っと」
少女が飛び跳ねたかと思えば、男どもは全員倒れていたからです。
自分より小さな女の子一人に大勢で挑んでやられるなんて(笑)。
……ところで。
「ふう、チートも悪いもんじゃないなあ」
自身の長い白髪を撫でるように触りながらスキップで貧民街を歩く、先程男どもを秒でぶちのめした通りかかる人全てが二度見するようなこちらの美少女は一体誰でしょう?
「――そう、私です……なんてね?」
私の名前はカヴィナ・テディー。
一年ほど前に改名して『リリアンヌ(仮)』なんていうふざけた名前から『ベリー』になり、その三か月後、ちょっとやらかしてもう一度改名。
現在は冒険者・商会長・料理人・受験生を兼業して色々と頑張っている外見9〜10歳、精神年齢18歳の一歳児!
……文字にすると存外ヤバい奴だったりする?
まあ気のせいだな。
私並みの奴なんて石ころみたいにそこら中に転がってるよね、と。
「お、お姉ちゃん大丈夫だった?」
「痛いとこない?」
「あーうん、大丈――」
駆けつけてくれた子どもたちの中私は思わず口を手で封じてそこにしゃがみこんだ。
けれど吐きそうだったとかそういうわけじゃない。
「痛い?苦しいの?」
「お、お母さん!お姉ちゃんが――!!」
「お姉ちゃん?お姉ちゃん聞こえてる?」
そう苦しい。
とても苦しいけども、そういうことじゃないんだ。
――ちょっとビックリして叫びそうになっただけだから。
「やっと……やっと、みつけた……な、なでぃーだ……まじもんの……」
「お姉ちゃん?今なんか言った――」
「大丈夫、ちょっと貧血なだけだから……」
「本当?本当に大丈夫?」
「もう痛くない?」
「大丈夫だよ。けどごめんね、この後お姉ちゃん用事があって行かなくちゃいけないから、今日は遊べないんだ」
「えーー!?遊べないの?」
「ねえ、もう悪いとこないよね?」
未だに私の体を心配してくれている子の頭を撫でながら立ち上がり私は笑う。
「大丈夫だって!明日また来るから、その時遊ぼうね!」
「うー……」
「あーそーぼー!!」
「うーん、明日はクッキー作って持ってきたいんだけどなー!材料を買わなきゃいけないから急がないといけないんだけどなー?」
「えっ」
「ゆるす!いってきなせ、おねーちゃ!」
「クッキー……?」
「だっ駄目だよ!今日は遊ぶの!」
「早く用事を済ませないとクッキー作ってこれないかなー?」
「あっ、い、いっていーよ!」
「ううー!絶対だよー!?」
「沢山クッキー作ってきてね!」
「はーい!」
そうして子どもたちに手を振って駆け出した。
ちびっ子らには貧血と言ったが、もちろんあれは嘘だ。
「“メニュー”」
唱えて、現れたプレートからマップを選択する。
するとプレートの大きさが四倍程に肥大化し、膨大な情報が広がる。
「咄嗟に“ピン”打てた私を褒めてあげたい……」
地図の中心となっている白い丸は私の現在地。
そして、ここを右に行って突き当りにいるのが――。
「ナディー……!」
少し黒ずんだピンクの強いストロベリーブロンド。
髪は伸び放題、骨しかないんじゃないかってくらい全身が細く、肌も不健康だと一目でわかるほど青白い、が。
同じくそれでも一目でわかるほど私の推しであるカロナディアは可愛かった。
「……何?あたしに何の用?」
「声まで可愛いっ!!」
しかしまあ当然ながら彼女は引いている。
困惑している、が正しいかもしれないけど、戸惑っているのは確かで、その証拠に私がナディ―のもとへ近づいて行けば行くほど行き止まりの角に逃げていく。
そう、何を隠そう彼女こそが私がさっいいからき失神しかけた原因で、私が貧民街をふらふらしていた理由である。
しゃがんで目線を合わせると彼女はお化けでも見るような目で私から離れようとする。
しかしそこはもう行き止まりで逃げようがなく、そして私にはそんな様子すら可愛く見えてしまい、口角を上げすぎることのないように顔の筋肉を精一杯酷使するのだった。
「私の名前はカヴィナ。あなたの名前を教えてくれるかな?」
「……知らないわ。こんなところに居ないで早く表通りに戻りなさいよ」
ささやかな優しさもナディ―らしいというかなんというか!
「そう?ちなみにあなたは何でここにいるの?」
「生まれた時からここにいたのよ、何?可哀そうだとでも言うつもり?」
「うーん……どうなんだろうね?」
「はあ?」
「私があなたの人生を可哀そうと言ったところであなたの人生が何か変わるわけでもないし?ぶっちゃけ幸せってのは満たされていることだから、自分自身がどう感じるかで同じ境遇でも不幸かなんて変わるわけでしょ?」
私はナディーが幸せになってくれればいいから、幸せだと感じてくれればいいから。
「ちょっとその質問には答えられない……というか否だね、あなたが人生にどう感じてるかが分からないから……。だから、教えてくれるかな?あなたはここで過ごすことに、今の人生に、満足しているの?」
「……それ、満足してるって言ったらどうなるの」
「何も言わずにここを去って、バイバイかな?」
けれど私はここでの生活から脱して表通りを歩きたいとナディ―が望んでいることを知っている。
「満足してないって言ったら?」
「可哀そうって言ってここから連れ出そうかな」
同時に、可哀そうと言われるのが死ぬほど嫌だってことも知っている。
「最悪の二択ね。貴女性根が腐ってるわ」
「よく言われる、とまではいかないけど自覚済みかな」
私はナディ―に一時でも私の手を取ってもらうためにナディ―のその感情を利用する。
ナディ―に幸せの表通りを歩いてもらうためなら、ナディ―に嫌われるくらいどうってことないのである。
嫌だけど。
できれば嫌われたくなかったけど!
だがしかしそうまでしてもカロナディアは未だ悩んでいるようだった。
「……じゃあこういう言い方をしようかな。これからも屈辱なここでの生活と、一瞬凄く屈辱だけど最低限これからの生活が保障されるの、どっちがいー?」
「うぅ――っっ二番目っ!!」
せめて嘲笑う目を見たくないと思ってか、目をギュッと瞑って俯くナディ―がもう本っっ当に可愛くて。
笑ってしまったのはもう不可抗力だろう。
「うん、良かった」
「――っぇ」
「……あ、何だっけ。えっと、『可哀そうに』?」
思わずカロナディアの顔に見入ってしまったが、そうだ言わないといけなかったんだと思い出した。
けれど最初から言いたくなかった、はっきり言って不本意な言葉に感情が乗るはずもなく。
「絶対適当に言ったでしょう」
「うっ」
「私が一瞬屈辱な思いをする代わりに私の生活を保障するんでしょう!私はタダで恩を受け取るつもりはないわよ!」
そう、こういう義理堅いというか疑い深いのがナディ―の長所で短所なのであった。
だから『あなたが大好きなので取り合えず最低限の生活ぐらい受け取ってください』なんて言っても後で何を要求されるかが分からないからって絶対に受け取ってくれない。
だから対等な取引として成り立たせないといけなかったのだ、が。
「ナディ―にそんなこと言えるかあ……?」
「何?今なんて言ったの?」
「なんでもないよ、うん」
「あっそう?なら早く!」
「うう……分かった、分かったから」
深呼吸をして心を落ち着かせて、それでも心臓はバックンバックンに拒否反応を起こしていた。
「可哀そうに」
そうして滅茶苦茶に頑張って言った一言だったのに、カロナディアは不満そうだった。
「……ほら言ったよ!何か文句ある!?」
「もうちょっとこう……馬鹿にする感じ?を出して欲しいの」
「無理ですぅー!ほら帰るから、付いてきて」
立ち上がって手を出すと大人しく手を繋いでくれた。
……かわい。
まあ、これでひとまずナディーを見つけるっていう第一段階はクリアだ。
――この子達の破滅は私が防いで見せる。
読んでくれてありがとう!
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