第6話 ドラゴン
すごく冬を感じる今日この頃。
まだまだ6話目ですがよろしくお願いします。
眼前のそれは、元の世界で、度々目にしたことのある生き物。
もちろん、現実で見たわけではなく、アニメや漫画、物語の中にだけ登場する、空想上の生き物。
ものによっては、恐怖の象徴や生涯のパートナー、捨て子の育て親として、この生物はあらゆる形で登場してきた。
しかし、そのどれもはただのフィクションであり、人間の創造の中のみで生きているに過ぎない。
だからこそ、空想上のものがいざ目の前に現れると、そのリアルさと恐ろしさに身の毛がよだつ。
ドラゴン。
物語りで語られていた容姿そのままの生き物が、上空で優雅に漂いこちらを睨みおろしていた。
黒光りする漆黒の身体。
全身を覆う鱗は、一つ一つが光を反射して、まるで鋼鉄の壁のように輝き、羽はその体躯を支えるべく巨大で荘厳。
体長は20mを優に超え、尻尾の先まで換算すれば30mにも及ぶだろう。
電車の車両よりも大きい身体を上下左右に揺らしながら、まるで獲物を探すようにぐるぐると蠢くの真紅の瞳は、脆弱な生物に死期を悟らせるには十分であった。
「おい!!!あれはなんだ!!!」
会場から脱出していた1人の男が不意に声をあげる。
男は酷く怯えた様子で尻もちを搗き、上空を指差している。
ヴィルーエにエッカルト、国王などその場いた者は皆同様に、男が指さす方へと視線を向ける。
皆が、上空の脅威に気づくのとほぼ同時に、ドラゴンは急降下を始め、巨大は身体はみるみるうちに迫ってくる。
ドラゴンの動きを皮切りに、僕も魔法の展開の準備を始まる。
周囲に気付かれる訳にはいかないので、バレないよう少しずつ慎重に魔力を込める。
いくら僕があらゆる魔法が使えるからといって、全ての魔法を無詠唱、ノーモーションで繰り出せる訳ではない。
魔法効果の設定や威力の調整などには、まだまだ時間が掛かる。
数学の問題で、解法や式、公式はわかっていても、解いた回数が少なく、解くのに時間が掛かる状態と一緒だ。
上空を見上げ、ドラゴンの存在に気づいたら人々の内、戦闘経験が豊富な者から順に、戦闘準備に入る。
ヴィルーエを始めとした近衛騎士や王宮魔法師に加え、セバスなど一部の使用人など、皆武器を手に開戦を待っていた。
多くの人間の殺気を意に介さず、ドラゴンは悠々自適に降下し、まだ避難が完了していないパーティー会場を踏み潰す形で着地した。
瞬間、辺りに血飛沫が舞う。瓦礫に阻まれ一部しか視認できていないが、量からして十数人は潰れているだろう。
ドラゴンは着地するや否や、鱗に覆われた胸を大きく膨らまし、空気を全て吸い込むかのように息を吸い込む。
辺りに蔓延る緊張で、思わず唾を呑む。
間髪入れず、地面が震え周囲の木々が揺れ動くほどに大きな咆哮が王都中に木霊した。
「グワァァァァァァァオォォォォォォ!」
生き物としての格が違うと言わんばかりの咆哮は、思っていたよりも臭く、肉や草などあらゆるものを食す、怪物そのものの匂いがした。
唾液混じりの生々しい咆哮が終わると同時に、僕も魔法の構築が終わる。
対象は、今この場にいる全ての人々。
ドラゴンを殺すための魔法じゃないのかとか思われるかもしれないが、今この場で僕がこのドラゴンを殺す訳にはいけない。
いくらバレないように細かに魔力を練ったところで、攻撃魔法には使用者の残滓が少なからず残る。
というより、誰が使用した魔法か分かる魔法具が存在すると言った方が分かりやすいかもしれない。
魔法は、ただの刃物や鈍器と違いその痕跡が残りづらく、殺人や強姦などに悪用されることが後を絶たなかった。そのため、犯人特定と犯罪抑制の意味合いを兼ねて開発された。
それに、この場で最も注意すべきなのは、フレンドリーファイア、つまり大多数が同時に魔法などを行使することによって生じる誤爆だ。
当然のことながらだが、今ここにいる者は、この国有数の武力を持った者だ。
配下として、一般の騎士兵団と近衛騎士団に王宮魔法師団。
来賓として、冒険者ギルドギルド長にS級冒険者。属国である、バラムント共和国、ディディエゴ王国、アジャ国、ドゥラーウダァラ国にその他小国の国王、または国王代理とその護衛。
同盟国である、ラドゥバル帝国、マディアス魔法王国、ジュパラダ連邦国、ママオ公国の主賓とその護衛。
どいつもこいつも「モブ」とは呼び難いほどに、武力や魔法力を持った者たちだ。
全員が仲良く力を合わせれば、国家転覆だって余裕だろう。
最も、ここにいる奴らが協調性の何たるかを理解できているとは思えないが。
魔力の練り上げに時間が掛かったが、そろそろ終わりそうだ。魔法の対象を物体単体や空間ではなく、個々人に合わせるため、余計な魔力と時間を食うがより確実にするためにはしかたない。
込めた魔力を解き放つ。周囲にバレないように遠隔で作用するように発動させる。
【膂力零】
使用した魔法は、【力魔法】と【生命魔法】の混合魔法。
魔法の構造自体は中級魔法と初級魔法の組み合わせ。そこまで難しいものではない。
対象の『膂力』、主に腕を稼働させる力を少しの間奪う魔法だ。
どれだけ猛た者であったとしても、「剣を振るう」「魔法を発動させる」という動作を行うには、必ず予備動作がいる。
魔法を使う時を考えるとわかりやすいが、短杖や長杖を使うにしても、使わずに素手で発動させるにしても必ず、「杖を振るう」「手をかざす」という動作を行わなければならない。
これは、楽器で音を奏でる際の、「ピアノの鍵盤を押す」「トランペットで息を吹く」「ギターの弦を爪弾く」という動作が必要なのと同じで、動作なしで魔法を扱うのは鍵盤を押さずにピアノを弾く事と同義だ。
そのため、僕は魔法でその予備動作を潰す。
予備動作さえ潰してしまえば、どれだけの力を持っていても何もすることはできない。
この魔法の対象は、「この場にいる全ての者」と言ったが、正確には「1人を除いたそれ以外の者」という方が正しい。
いくら、魔法や剣の混合による誤爆が危険だとしても、ドラゴンを放置する訳にはいかない。ドラゴンのにも同じ魔法を掛けられれば良かったのだが、如何せん時間がない。ドラゴンは普通の魔物や人間と違い、魔法耐性がとても高い。人間に作用するものと同程度の魔法だと、対した効力は期待できない。
それにもう死ぬ定めの生き物だ。わざわざ魔法を使う必要もない。
この黒い大きなトカゲドラゴンは十数人は殺しているのだ。まあ最も、敵意を向けた時点で彼にとってただの駆除対象でしかない。
僕の魔法が発動するよりもコンマ数秒早く、彼は一歩を踏み出す。
僕の魔法が発動し、周囲の人間の行動が制限されていることは気にも留めず、ドラゴンとの距離を一気に縮めたかと思えば、鞘から出された光を金色に反射する剣を一振り。
気付けば、先ほどまでその口臭をばら撒き、鼓膜を破るほどに吠えていたドラゴンの口からは血が噴き出し、白目を剥いた顔は長年を共にしたであろうその巨躯と、産まれて初めての解離を経験していた。
強靭な鱗を紙切れのように扱い、ドラゴンの高いプライドの証であったその煌めく身体に、文字通り泥を付け、その首を一刀両断にしたこの男。
彼の名は、『バルダハルト・ルトブルク』。
国王直属の近衛騎士の1人であり、アルクスト王国近衛騎士団及び王宮騎士団の総団長の座に就き、「世界最強」の二つ名を冠する男だ。
齢52にして、未だその衰えを感じさせず、今まで参戦した戦争では一太刀も浴びることなく敵を圧倒し、「無傷無敗の伝説」を未だ更新し続けている。
「国王陛下。陛下の命を脅かす怨敵であるドラゴンめを、討ち取りました。こちらの首をどうぞお納めください。」
バルダハルトは自らの手で切り落とした、巨大なドラゴンの首を、赤子を引きずるかのごとく引っ張り、未だ防御魔法の中で腰を抜かしている、国王の元まで歩み寄ってきた。
国王は防御魔法の中で怯えたまま受け答えをする。
「お、おぉ!よ、よくぞやってくれた。さすがであるぞ、バルダハルトよ。」
「ありがたきお言葉、感謝いたします。では、一度王城のほうへ戻りましょう。」
「あ、あぁ、そうであるな。かなりの揺れであったからな城の方も心配であるしな。よし。
では、皆の者!悪しきドラゴンはこのバルダハルトが見事討伐した!突然のことで驚いたことではあったが、本日のパーティーはこれにて終了とする!」
バルダハルトに諭され、国王はそう言って場を締めくくった後、防御魔法を展開していた魔法師を殴りつけ、強引に魔法を解かせ、僕の下目掛け、短い脚を目一杯に動かしながら突進してきた。
「レインフォルトよ!!無事であるか!?もう心配あるまいぞ、父上が来たからのう。」
「父上〜!!こわかったです!」
突進してくる国王に向かい両手を広げて向かい打つ。目を潤ますことも忘れない。
「よしよし。怖かったのう。さあ、さっさとお城に帰るとしようぞ。」
そう言うやいなや、特に指示だした様子もないのに、いつの間にか来た時と同じ竜車がすぐそこに控えていて、僕と国王を乗せた。
国王に抱かれながら竜車に乗り窓から外を見ると、先ほどまでドラゴンが暴れていた広場は、会場にいたであろう人々が皆一様に跪き、異様な光景であった。
ドラゴンと地震の影響で辺りには瓦礫が散乱し、十数名の軽傷者と数名の死者が出ているにもかかわらず、この忠誠心には、恐れ入るものがある。
いや、どちらかと言うと、「忠誠」というより「隷属」というべきか。
貴族であろうと王家の機嫌を損なうことは憚られるということだろう。道理でどいつもこいつもごますり顔で僕の機嫌を取ろうとしてくるわけだ。
最もその多くは、玉の輿を狙う同年代から十数、数十歳の離れた女性がほとんどではあったが。
中には、媚薬や惚れ薬をこっそり盛って、既成事実を作ってしまおうとする者まで現れる始末だ。全く、7歳の男児にすることじゃあない。
竜車に揺られ、帰路につく。あれだけ大きな地震であったのに、竜車は対して揺れず問題なく動いている。
一瞬、大した被害もなかったのかという考えが過ったが、窓から視える惨状に愚かな思考であったと思い知らされる。
目に入った小さな家という家は全て崩壊し、下敷きとなった人々は手を伸ばし助けを求めている。
にも拘わらず、人々は救助の手を止め、僕たちの乗った竜車に向かって膝を突き頭を垂れる。
国王も護衛の騎士も、「救助を優先しろ。」なんて言う奴はおらず、当たり前かのように過ぎ去る。
歴史書や法律書を読んだ知識と、王族やメイドの言動から理解していたつもりだったが、いざこういう場面に立ち会うと、度し難いほどの気持ち悪さに駆られる。
今ここで竜車を止め、護衛にも執事にも民衆の救助をさせることは、可か不可かで問われれば可である。
ただ、可であるというだけ。
今朝、ここに来る途中で拾った奴隷の少年を救ったのも、「初めての外の世界で興味を持った奴隷が欲しい」という言い訳を偶々思いついたから。
今この場で、彼ら全てを救えるような大義名分はない。
まあ、例え建前があったとしても見ず知らずの人間を助ける義理もない。
薄情だと言われればそれまでだが、僕だってこの世界にきてから、まだ数日しか経っていない。
文化や価値観が違うどころじゃない。世界すらも異なる見知らぬ土地で、日々暗殺や貴族同士の政略に巻き込まれる。ある程度、自分の立場や世界について慣れはしたが、元は非凡な高校生活を送っていただけの学生。この国と平和ボケした国との落差を考えると、剣と魔法のファンタジーが実在する異世界を楽しむという訳にもいかず、今はただ我が身を守ることで精一杯だ。
魔法の習得もその一貫。
魔法学や魔術式構成法、基礎魔法論から応用魔法論といった具合に、この世界は『魔法』という文化が非常に発達している。この数日で、魔法の基礎的な部分は理解できたし、実際理解できた範囲の魔法は問題なく使用することができた。
しかしそれも全体の10%ほど。覚えておくに越したことはないが、なにせ時間が足りない。
同じような効果の魔法だったとしても、構築術式から必要魔力量、属性や効果などの小さな違いで細かく種類分けされている。
例えば、同じ「ほのおの壁」を出現させる魔法でも、地面から伸ばし展開する【炎の壁】と空中に展開する【炎の障壁】で、別の魔法として登録されている。
他にも、「飴を造形する魔法」や「虫が寄り付かなくなる魔法」、「粘土から小石を取り出す魔法」に「髪の毛を結う魔法」などといった使いどころが限定的な魔法も存在する。
これらの魔法は、一般に「生活魔法」として分類され、魔法全体の70%ぐらいはこの「生活魔法」に該当する。
習得難易度も必要魔力量も大して高くないから、一度見ればどれでも再現できるだろうが、優先的に覚えておく価値はないので、後回しにしているのが現状だ。
魔法だけじゃなく、剣術や体術も習得しておきたいが、こればっかりは「理解」していたとしても一朝一夕にはいかない。
まだ筋力も碌にない、誕生日を迎えたばかりの7歳児だ。
今いくら鍛えようとも、大人のそれには到底かなわない。
生前、亡き母に連れられ、剣道教室や空手教室なんかに何度か連れていかれたことがある。
結局どれも合わず、体験だけでやめてしまったが、当時の僕は子どもさながら期待感とワクワクから、体験の前には本や動画を見漁っていた記憶がある。
そのため、知識としては前世と合わせてそれなりにあるが、竹刀と鉄剣では勝手が違う。
持つだけでもやっとで、そこから構えて振るなんて、到底できない。
だからこそ、今は魔法の習得を急がなければいけない。
我が身を守れるのは我が身だけ。
ヴィルーエや護衛達に守られるのも限界がある。
現にこの身体は一度暗殺されているのだから、力をつけるのが早いに越したことはない。
それで言うと、今日実際に魔法を使う機会を得られたのは不幸中の幸いだった。
今回は隠密にことを収める事を意識して、派手な魔法を使うことはできなかったが、多人数の人間、それも実力がある人間、数十人単位に掛ける、範囲魔法。
今まで、虫や鳥なんかの動物で実験していたが、対象が人間でも上手く作用することが確認できた。
ただ欲を言えば、「世界最強」のバルダハルトや「最強の生物」と呼ばれるドラゴンにも、どれくらいの効果があるのか確認したかったが、仕方がない。
などと、物思いに耽っていたら、気づいたら王城まで戻ってきていた。
鬱陶しいほどに喋りかけ続けていた国王を適当に往なし、巨大な門をくぐり、城へと戻る。
幸い城は大きく崩れてはおらず、小さな綻びがある程度。夜、寒さに震えることはないだろう。
だが、家が崩壊し、碌に魔法も使えない人々はそうはいかない。
国王は何か支援や対策はするのだろうか。
兵士や騎士の一部は、既に救助活動を行なっているようだったが、国として動いてる気配はなかった。
あの国王の僕への態度から気がいい人間だと勘違いしてしまいそうだが、あの男はどがつくほどの王族至上主義者。
王国法の条項に、「国王及び王家の血を引く人間は神と同等の存在であり、それに背くことは神に対する反逆と同義である。」というものを作るほどに王族を贔屓している。
そんな人間が、市民のためにどうこうするとは到底考えられない。
実際、城内で誤って僕にぶつかってしまった兵士が、国王の怒りに触れ処刑されてしまうことがあった。
全く、元の世界の某海賊漫画の奴かよって、思わずツッコミたくなるぐらいのクソっぷりだ。
あれから、城内を移動するだけで兵士やメイドからビクビク怯えられ、一定の距離を置いて接さられるようになったのだから、堪ったもんじゃない。
己の一挙手一投足に人の命がかかる身にもなって欲しい。
国王と別れ自室にむかう。
メイドがしてくれる、入浴や着替えなど諸々の寝支度に身を任せつつ、少し夢現となる。
流石は7歳児の身体だ。眠くなるまでとなったから寝るまでが早い。
あっという間に寝支度は済まされ、キングサイズよりふた回りはでかい天蓋付きのふかふかのベットで、肌触りや感触の素晴らしい布団に軽く包まれる。
抗えぬほどの睡魔に意識を奪われ、目を瞑る。
明日は何をしようか。
子ども宛らのワクワクと期待感を胸に僕は眠りについた。
秋というものを感じることなく、気づいたら冬になってました。あっという間に年末で歳を取ったんだの感じています。
歳食うたびに一年が短くなっていっているので、明日にはおばあちゃんになっているかもしれません。
次回もよろしくお願いします。