第4話 城の外の世界
そろそろ蒸し暑くなってきました。世界はもっと涼しくなるべきだと思います。
城の門をくぐるとその先には、舗装された広い道路を挟み、華やかで豪華な堅牢な外観の貴族街が広がっていた。
街に佇む建物の多くは、元の世界で言うところの中世ヨーロッパの街並みと似たものが多く、街を出歩く人々は皆ふくよかな体形をして豪華な装飾を纏っている。貴族街というだけあって、皆金を持っていることを自慢するかのような装いだ。
石畳の道路の脇には細かな装飾が掘られた街灯が並び、背の低い街路樹も定期的に植えられている。僕たち以外の馬車や竜車も走っており、活気がある街並みに見える。
街道を進むと少し開けた広場のようなところに大きな噴水があり、その近くに華やかな服装をした貴族であろう人物と、傍らには見窄らしい服を身に着け、首輪をつけられている少年がいた。年齢は10歳から12歳ぐらい。髪の毛はぼさぼさで肩にかかるほどに伸びており、身体のところどころには痣や擦り傷などの裂傷が見られる。
彼は所謂、奴隷というものだろう。
人に飼われ、人でありながら家畜同然の扱いを受ける人々。自由とは正反対の生活を強いられる人間を見て、憤りを感じるのは、僕に前世の知識があるからだろうか。少なくとも選民思想の強いこの国の貴族達に、彼らの境遇を憂うものはいないことだけは分かる。
「父上。あの首輪をつけられた者は何か悪いことをしたのですか?」
純粋な疑問。
知識として奴隷になる者たちのことは分かっているつもりではあるが、それでも疑問は持つ。
「ん?あぁ、あの者か。あの者は扱いから犯罪奴隷ではないから、口減らしとして売られたかどこかから攫われて売られた者だろう。レインフォルトも何か奴隷が欲しくなったらいつでもわしに言うんだぞ?」
「では、父上。僕はあの少年が欲しいです!」
「おぉ!早速だな。あの少年が欲しいのか。うむ。分かった。」
すんなりとした承諾。国王はすぐさま竜車の扉を叩き、外に合図をだす。
「おい!あの者のそばに着けろ!」
と国王が竜車を先導している者に指示を出すと、すぐさま竜車の進路が変わる。
「レインフォルトよ。買うのは全然構わないのだが、なぜあの者が欲しいのだ?」
「父上。彼は僕がお城の外で初めて会った奴隷ですよ!記念に欲しいと思ったのですがだめでしたか?」
嘘だ。
全く本心でない出鱈目だが、権力を持った貴族の子どもっぽい傲慢さを醸し出すことができているだろう。
「おぉ。そうであったか。そうであったか。ならば直ぐに手配せねばな。」
竜車が止まり、僕は国王と後ろに続いて竜車を降りる。
竜車から降りた僕の眼前に広がっている少し異様な光景に息を呑む。
先ほどまで人々が行きかい賑わっていいた街は静寂に包まれ、見渡す限り全ての人が膝を突き、首を垂れている。
「お前。その奴隷は私が貰う。よいな?」
竜車より降りた国王は開口一番、笑顔のまま少し威圧的な口調で鎖を握っていた男に話しかける。
「も、もちろんでございます。国王陛下。」
俯いたままの男は、全身を硬直させ震えた声でそう言った。大の大人がまるで蛇に睨まれた蛙のように怯えている。
それほどまでに国王が怖いのだろうか。恐らくだが、この男が本当に怯えているのは、国王ではなく国王の持つ権力だろう。
それほどまでにこの国では権力は絶対だ。
国王はたとえ道すがら人を殺しても、無理やり人を犯したとしても罪に問われることはない。寧ろその行為を咎めた者が逆に反逆罪として罪に問われてしまう。それほどまでにこの国では王家の権力は絶対だ。そのため、国民は例え戯言であろうとも、ただ国王の言いなりとして従うよりほかはない。
「ほれ、レインフォルトよ。これでこの奴隷はおぬしの物だぞ。」
「ありがとうございます!父上。」
喜びを体全体で表現し、国王に抱き付く。独特な香水の匂いと加齢臭の匂いが脂混じりに鼻にくる。
顔色を変えずに抱き付いた後、同行していたセバスが奴隷を所有者していた男と話し、奴隷の所有者の変更の手続きを始める。
「殿下こちらにお手をお貸しください。」
セバスに言われ、右手を差し出す。
セバスが僕の右手と奴隷の首輪に手を翳し、小さく何かを唱えると紫色の魔法陣が展開される。
奴隷を従わせるための魔法だ。主従関係を魔法により強制させるもので、奴隷となったものは所有者の指示なしには勝手な行動が許されない。昨今の奴隷は皆この魔法で縛られており、所有者を傷つけることはもちろん、逃げ出すことすらも不可能という質の悪いものとなっている。
魔法陣に呼応するように首輪が光る。
「殿下。これにてこの奴隷は殿下のものとなりました。」
「よくやった、セバス。」
セバスから奴隷を繋ぐ鎖を渡され、奴隷の少年と面と向かう。
無作為に伸びた漆黒の髪にはところどころにフケや虱が付き、服はぼろ布のように汚く、少し離れていても酷く匂う。奴隷に対する衛生管理の酷さが窺い知れる。
「おい、お前。名は何という?」
少し威圧気味に奴隷の少年に問う。
少年は僕の言葉に怯えた様子を隠しながら、きりっとした目つきでこちらを睨む。髪と同じ漆黒の瞳は、人の奥底まで丸裸にするようなそんな瞳をしている。
少しの沈黙の後、奴隷の少年が口を開く。
「ア、アルス。」
「そうか。では、アルス。今日から僕が君の主人だ。」
アルス。そう名乗った少年は、主人が僕に替わることを不安に感じているのか、怪訝な表情を浮かべる。
「殿下それでは、この奴隷は先に城の方に送っておきます。少々汚れているので、綺麗にしてから殿下の部屋に向かわせますね。」
「うん、よろしく。これはもう僕の所有物だから、奴隷だからって粗雑に扱わないでね。」
「もちろんでございます。担当する者にもお伝えしておきます。」
セバスがアルスを他の従者に渡したのを確認し、国王と共に再び竜車に乗る。
奴隷を買うという用事が増えたが、今日の目的は僕の7歳の誕生日を祝うパーティーに参加することだ。
王家に産まれた、男児は皆7歳になると、生誕を祝うパーティーを行うのが主流だ。このパーティーを行うまでは王城の範囲内からは出てはいけないという仕来りがあるため、このパーティーは所謂、お披露目会も兼ねているということになる。
竜車に揺られること数分。貴族達が暮らす住宅街を抜け、パーティーが行われる会場に着く。ここは、王族の中でも、王家の血を継いでいない者、つまり国王の妻や妾が暮らす、所謂後宮と呼ばれる場所だ。
僕のイメージでは、国王が主催のパーティーなのだから、多くの人間を王城に集めてそこでやるものだと思っていたが、どうやら今の国王が王になってからは、王城ではなく後宮で行うようになったみたいだ。なんでも、公務を行う場所で楽しいパーティーを行うのは嫌だとかいう理由で王城でパーティーをしなくなったようだ。
会場である大きな屋敷に到着すると、先ほど街で止まった時と同じように、見渡す限り全ての人間が膝を突き頭をたれて座っていた。
「お待ちしておりました、国王陛下。そしてレインフォルト王太子殿下、この度は7歳の御誕生日おめでとうございます。」
竜車から降りると、屋敷の巨大な扉の前にいたガタイのいい男が、膝を突き頭を下げたままこちらに話しかける。
「面を上げよ。」
国王がそう一言発すると、ガタイのいい男が「はっ!」という声と共に立ち上がる。
「祝いの準備はしっかりとできておるか?今宵は盛大に盛り上がるものであると期待しているぞ。」
「もちろんでございます、国王陛下。装飾もお食事も最上級のものご用意しております。本日は思う存分お楽しみ下さい。」
男に案内され、屋敷の扉をくぐる。
中に入るのと同時に後ろで跪いていた奴らが一斉に立ち上がり移動し始める。
閉まる扉から目線を感じる。
針を刺すようにこちらを品定めしているようで気持ち悪い。
小心者なら吐いてしまいそうなほどの視線をこの小さな背に受け、僕はパーティー会場へと足を進めた。
頭痛が痛い。