第3話 第十三王子 アルクス・フォン・レインフォルト
あれから7日ほど経った。
結局あの日は王様達が出ていった後、「THE魔法使い」のような白くて長い整えられた髭と鍔の大きな帽子を纏ったおじいさんが長い木製の杖を持って入ってきた。その魔法使いは、その後に入ってきた似た装束を着た50代くらいの二人のおばさんと共に、ぶつぶつと呪文か何か言いながら杖を使って空中に光る文字や魔法陣のようなものを描き、色々と体を調べられた。
体感15分ほど行使された後、彼らは「身体のどこにも異常はありません。無事回復されております」と伝えたのち、そそくさと出ていった。
空を舞う光る文字に魔法陣。
そう。つまり、この世界には魔法というものが存在している。
僕自体が転生している訳だから、魔法があると言っても特段驚くことではないかもしれないが、それでもアニメや漫画の世界にしかないファンタジーなものだと思っていたから、実際目にした時の興奮は言い表し難いものだった。
この7日間でこの世界や僕自身のことが色々とわかった。
まず、先週この部屋にやってきたあの豚は確かにこの国の国王で間違いないようだ。
この国の名前はアルクスト王国と言い、この世界の人類が数多く生活している中央大陸において、広大な国土とおよそ一億人の人口を有している最も勢力のある大国である。悠久の昔、魔王を討伐した勇者が建国した国で、かつては大陸全土を治めていたため、国としての歴史も長く今の国王でちょうど70代目だそうだ。
けれど近年は王族や貴族達が権力を盾に私腹を肥やしており、頻繁に各国と戦争を起こしたり、悪法を施行し膨大にな税金を徴収するなど、内政も外交もまともに機能していない状態となっており、各地域で国の独立や、国民の反乱が跋扈してしまっている。それに加えて、嘗てこの国が建国されてからずっと禁止されていた奴隷制度を認可し、不可侵条約を結んでいたエルフや人魚などの種族をも奴隷とし楽しむ者も現れる始末だ。
そんな国に産まれた僕、アルクス・フォン・レインフォルトはあの豚の第25子で13男、つまりアルクスト王国十三王子として産まれたようだ。年齢は6歳で、兄弟は兄12人に姉10人、弟と妹が1人ずつ。皆僕とは母親が違う腹違いの兄弟だが、父は皆同じため血の繋がった家族であるということになる。
最初王族と知った時は王位継承争いとかに巻き込まれたらどうしようと思ったが、十三王子だというから王位継承権も無いと同然だろうと安堵したのだが、どうやら現在僕の王位継承権は第一位らしい。なぜ十三王子が一位なんだ。普通王位継承権とかは年功序列で第一王子からとかじゃないのか。継承権を争ううにしても精々第五王子ぐらいまでじゃないのか。
何でも、僕を産んだ母はあの王の正妻、つまりこの国の第一王妃だったようで、母のことが好きで好きで堪らなかった王は、二人の子どもを次の国王にとしたらしい。
けれど二人は長い間子宝に恵まれず、十数年がたった後、漸く僕が産まれたようだ。けれど、それなりに年をとってからの出産だったことと、元々体が虚弱なことが祟り、母は僕を産んだ後ほぼ寝たきりになるほど弱ってしまい、僕が産まれて3年ほどで息を引き取ったらしい。僕の体は今6歳だからおよそ3年ほど前の話だ。
母が亡くなったあと国王は、それはそれは大いに悲しみ、三日三晩部屋に籠りきりだったようだが、突然部屋から飛び出してきて、城の中庭に母の銅像を建てたらしい。初めあの像を見たときは、「なんて悪趣味な銅像なんだ」と思ったものだが、あれが自分の母だと思うとなんとも変な感じがした。
銅像を建てた後は、小説などでよくある展開の『母が死んだことを僕のせいにして蔑む』なんてこともなく、寧ろ母と同じ髪色で母と似た整った容姿であったことから、寧ろ前より一層愛され可愛がられるようになった。あの王がわざわざ目覚めたての僕のもとにすぐに訪れたのは、あの王が僕のことを大層好いているからだったらしい。
しかし当然ながら、十三王子である僕が王位を継ぐことをよく思わない人間は多く、母の死亡以来、度々暗殺者が送り込まれたり食事に毒薬が盛られたりしたようで、僕は何度も命の危険に晒されてきた。実際に毒見役の奴隷は何人も盛られた毒によって全身麻痺や臓器不全に陥っており、死ぬものも後を絶たなかった。それでもあの国王が、直属の騎士団の精鋭を護衛に充ててくれたおかげで、何とか生き抜くことができていたのだが、今からおよそ一か月ほど前にやってきた暗殺者によって僕は、凶刃に倒れたようだ。
その時の暗殺者はかなり周到に準備をしていたようで、刃物で胸部から腹部にかけて切られた傷は回復魔法によって瞬時に治癒されたが、刃物には未知の毒も塗られており、国トップの治癒術師でも未知の毒の解毒は困難だったようで、僕はしばらく眠り続けることになったのだが、僕が目覚めたのはそんな時だったようだ。
ここで勘違いしがちなことだが、僕が転生する前のアルクス・フォン・レインフォルトと今のアレクス・フォン・レインフォルトは人格が異なる別人というわけではなく、どちらも同一の雨宮零が転生したアレクス・フォン・レインフォルトということだ。
もう少し分かりやすいように言うならば、僕は元の世界で死んでこの世界に転生したが、その転生前の記憶が蘇ったのが7日前だということだ。
その他にもこの7日間はひたすらに情報収集のために城の図書室に行き浸り、元の世界にはなかった魔法について探求するために、魔法書や学術書を読み漁り魔法の実験をしていた。
図書館には、【ファイアーボール】のような初級の魔法の書かれた魔法書から、魔法使いの中でも限られた一握りしか使えないらしい最上級魔法までありとあらゆる魔法の使い方や、魔法と魔力に関する論述が記された論文のようなものが大量に蔵書されていて、その他にも魔物や魔王に関する書物や王国の歴史書などがあった。
この世界の魔法は主に、生活に使う程度の『生活魔法』、魔物の討伐や戦闘に使われる『戦闘魔法』、戦争や広域殲滅に使われる『戦略魔法』などの区分に分けらている他、属性としても区分されている。基本属性としての火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、雷魔法、氷魔法に加えて、希少属性である光魔法、闇魔法、治癒魔法、回復魔法、音魔法、空間魔法、付与魔法等々。その他にも種族による固有魔法や既に失われた古代魔法、などなどかなりの種類があり複雑であった。
よくある異世界もので「生まれながらの才能によって使える魔法の属性が異なる」みたいなものがあるかもしれないが、この世界の魔法は適正によって使える属性と使えない属性があるというわけではなく、基本的にどの属性も練習すれば使えるようにはなるみたいだ。
もちろん誰しもが全属性を簡単に使えるということはなく、人によって属性の得意不得意が存在する。元の世界で例えるならば、「運動神経は良いけど球技は苦手」「数学は得意だけど国語は苦手」みたいなものだ。元の世界と違う点があるとすれば、この得意は家系や種族で引き継がれることが多く、長い期間優れた魔法師を輩出してきた家系であればあるほどその子どもも同じように、優れた才能を秘めている可能性が高くなる。そのため、幼少の頃から教育の施され、才能も秘めている貴族家や王家などに比べると、平民で魔法を扱える者は少なく、扱えたとしても貴族には遥かに劣ってしまうようだ。
あの豚のような姿の国王でさえ、才能自体はそこら辺の一般人に比べると格段に持っているということになる。平民がどれだけ努力しようと簡単に越えられない壁がそこにはあるのだ。
斯く言う僕自身も最たる魔法の才能を持って生まれたようで、それはこの7日間で驚くほどに痛感した。
というのも、僕は魔術所で見たどの属性の魔法も使う事ができたのだ。これは王族家と言えども異常なことで、普通ならば精々基本属性が使える程度のはずなのだが、希少属性と呼ばれるものも全て使うことができた。おそらくだが僕が転生者であるがことが起因しているのだろう。
そもそもだが、この世界の魔法の発動の仕方は、ゲームなどでよくあるコマンドを選択すれば発動される訳ではなく、発動する魔法の効果の設定をしそれに見合った魔力を制御して練り込む、といった作業が必要となる。この「魔法効果の設定」という部分、この効果はかなり自由度が高く基本的にどんな効果でも生み出すことができる。空を飛んだり、炎を生み出したり、風を操ったりとその可能性は無限大だが、その自由さがかえって魔法の難易度をあげてしまっていたらしい。そこで編み出されたのが、魔法の術式化と詠唱だ。魔法の効果の設定から魔力の充填までの一連の動作を形式化し、その誘発を詠唱によって省略するやり方だ。
例えば、【ファイアーボール】の魔法の場合、まず魔法効果の設定として、
「魔力を炎に変換」→「その炎を球状に留める」→「対象に向けて射出する」
というプロセスを踏む必要がある。その際、それぞれに合った魔力量を練り込む必要があり、炎を生み出す魔力+留める魔力+射出する魔力を適切に調整しなければならない。初級魔法でさえかなりのプロセスが必要で、これを戦闘中などの緊迫した状況で瞬時に繰り出すのはなかなか難しい。
そこで、魔法の術式化と詠唱を使えば、例えば【ファイアーボール】の魔法を発動する場合、本来なら効果の設定や魔力の制御などが必要なところを、ほとんどの過程をすっ飛ばして詠唱1つで魔法を発動することが可能となるのだ。そのためこの手軽さと、他者へ教えることが容易なことから、現代では魔法は詠唱をして行使するのが基本となっている。またその際、魔力の流れを安定化させたり魔法の威力を増強させたりするために、ステッフやワンドと呼ばれるような杖を用いる魔法使いがほとんどとなっている。
しかし、この詠唱を用いた魔法の行使は、その手軽さの代わりに汎用性が悪いという欠点がある。固まった形の効果の魔法しか使う事ができず、また口で詠唱する必要があることから同時に複数個の魔法を展開することができない。最も詠唱は慣れさえすれば省略したり無詠唱で魔法を発動することも可能にはなるため、複数個発動できないという欠点は多少解消することが可能だが、この数が二桁や三桁になるとそれも厳しくなるだろう。
だから僕は魔法の術式や詠唱を覚えることと並行して、効果の設定と魔力の制御が必要な古典的な方法も練習していた。詠唱魔法は確かに覚えるのは簡単だったが、やっぱりできることに限りがあるというのが使い勝手が悪く、汎用性にかけていた。そのため、魔法書に書かれていた魔法の詠唱を覚えると同時に、その魔法を簡略化なしに発動し、自らそれを簡略化することも練習した。
結果として僕は魔法書にのっている魔法はどれも基本的に使うことができた。僕はまだこの王城からでたことはないから、城内部にある図書室にある魔法書の数だけではたかが知れているため、精々三桁いく程度の量しかなかった。それでも各属性とも初級魔法から上級魔法まである程度基礎は抑えられたので、そこから応用すれば、どの魔法も使えるだろう。これは、僕が王族であるだけじゃなくて、僕が転生者で前世の知識があるから魔法の効果をイメージすることが容易だったことの2つが起因しているんじゃないだろうか。全ての魔法を使えるかどうかは試していないが、どの魔法の属性も理論自体は理解できているので、基本的に発動できるはずだ。
そんなこんなで今日も同じように図書室に入り浸り、魔術書を読み漁っていると、僕の専属執事、先日王と一緒に部屋に来たあの老紳士から声がかかった。彼の名前はセバステ・バスティアンと言い、代々アレクスト王国の王家に仕える家系に生まれ、僕が産まれた時から専属執事として、僕の身の回りの世話役を担っている。
「レインフォルト殿下、そろそろご出立致します。表の方に竜車のほうを向かわせておきますので。ご準備ください。」
「わかった。この本まだ途中だから、帰ったら続き読む。」
「かしこまりました。では、お部屋の方に運んでおきます。陛下もご一緒なさいますのでお含み下さい。」
そう言ったセバスに連れられ僕は図書室を後にした。
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セバスに連れられ、普段来ている豪勢な服装よりもさらに豪華な装飾の施された服に着替えさせられ、城の正面玄関を抜けて、巨大な門扉の前まで辿り着いた。
「ようやく来たなレインフォルトよ!!待ち望んでおったぞ!!」
城の正門に着くとそこには既に僕の父である国王が待っており、その豊満な肉体を目一杯広げて僕の方に歩み寄ってきた。
「父上!!」
歩み寄ってきた国王に向かい小走りで近づきその肉壁に飛び込む。その際しっかりと満面の笑みを浮かべることを忘れない。少しばかりの抱擁を済ました後、胸の内より飛び降りる。
「レインフォルトよ!今朝は何をしておったのだ?」
「今朝は、図書室の方でご本を読んでおりました。」
「また図書室に行っていたのか。お前は本当に本が好きなのだな。」
「はい!特に魔術について書かれたご本が好きです!」
「そうかそうか。そんなに熱心に読んでいるのならば、将来は立派な魔術師になるに違いない!」
などと少し談笑をする。どれだけ醜い姿で性根が腐っていても一応は僕のことを愛している父親だ。好かれているのならばそれを拒む理由はない。少なくともこの国で一番金と権力を持っていることは違いないのだし。
「今日はレインフォルトの7歳を記念する誕生日パーティーだ!首都に住む貴族だけでなく地方に住む貴族も皆に招待状を出したからな、多くの人間が参加するぞ。美味しい料理もたくさん用意してあるからな」
「ありがとう父上!とっても楽しみ!」
国王と合流し、門の手前に用意されていた竜車に乗り込む。この『竜車』というのは、その名の通り馬車を馬の代わりに竜に引かせたものだ。この竜は、竜といっても物語などでよくお姫様を攫っているドラゴンのような竜ではなく、生体でも全長およそ3メートル前後にしかならない小型の竜種だ。その中でも今回竜車を引いてるのは、安定感が売りの地竜と呼ばれる種で、王都の中を移動する程度ならば気にならないほどほどの速度と、揺れが少なくどっしりとした走行感が魅力だ。この世界には、前の世界の自動車とは違いサスペンションなどの技術はないため、舗装されている道でもかなりの揺れを感じる。そのため、貴族の間では地竜に竜車を引かせるのが主流となっている。
僕と国王が竜車に乗ったのを皮切りに、目測で10メートル程度ある巨大な門扉がゆっくりと開かれる。重厚感を感じるその鉄扉には、国のシンボルであろう文様が刻まれていた。
転生してからの7日間、僕は一度もこの王城の敷地内から出たことはない。
つまり、これがこの世界での初めての外の世界ということだ。
期待に膨らんだ思いを胸に秘め、顔に笑顔を貼り付けることは忘れずに、僕は王城から出立した。
内容は今後の進展次第で予告なく変更されることがあります。ご了承ください。
最近モチベは高いので頑張って書きます。気長に待って頂けると幸いです。