第2話 知覚
「誰だよ、お前。」
鏡の中から覗いてきた顔は、怪訝そうな目でこちらを見ていた。僕が瞬きをすると鏡の中の顔も同じように瞬きをする。頭を傾げたり手を挙げてみても同じように動く。この顔は間違いなく僕自身の顔のようだ。
僕の顔は美少年といっても過言ないほどに整っており、血をより濃くしたような赤い赤い深紅の瞳は、光を受けると宝石のように輝いていた。髪は目に少しかかるぐらいの長さで、瞳の色に呼応するような金色の髪色をしている。染髪した髪とは違う、綺麗な色艶をしていてサラサラと油気の少ない髪は、寝起きだからか少しボサボサとしていた。
年はおよそ6歳か7歳ぐらい。身長は110cmぐらいしかなく、身体つきは華奢で筋肉は少ない。まだ成長期にも入っていない子どもの体だ。
服装は、おそらくパジャマと思われる柔らかい素材の服とズボン。どちらも天井と同じように、裾や襟などところどころに豪華な装飾が施されていて、高級感が溢れている。
『これが僕なのか?』
そんな疑問を持ちながら受け入れ難い現実を前に、姿見に向かいながら四苦八苦していると、不意に部屋の扉が開いた。
開いた扉から入ってきた人物はメイドと思われる服装をしており、手には高級そうなトレーの上に水の入ったボウルとタオルがのっているものを持っていた。おそらく、寝たきりであったぼくの体を拭きにでもきたのだろう。そんなことを思って眺めていると、そのメイドと目が合った。
「パリンッ」
メイドが手に持っていたトレーを思わず落としたようで、激しい音と共に水の入ったボウルが割れた。暫くの間、驚いた顔をしたメイドと見つめ合っていたが、数秒の後メイドは慌てた様子で部屋の外へと駆けて行った。
この豪華な部屋と世話係であろうメイド。僕はどこぞの貴族か何かに転生したのだろうか。貴族じゃなくても相当財力のある家に転生したことは間違いない。元の世界ではあまり裕福な家庭ではなかったから嬉しいと言えば嬉しいが、折角転生したのだから自由に暮らしたいというのが本音だ。権力争いとか跡取り争いとはできるだけ無縁でいたい。統治とかしたくない。王家とかもっての他だ。
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あのメイドが出て行った後十数分。部屋を出て探索でもしに行こうかと思ったが、むやみやたらに歩き回って戻れなくなっても嫌なので、あのメイドが戻って来るまで、大人しく部屋に待つことにした。暇だったので、メイドが落としていってそのままだった割れたボウルや溢れた水を片付けて暇を潰していると、複数人が廊下を走ってくる足音がした。
結構な人数が集まってきているようで、足音や喋り声、甲冑のようなものの「カシャカシャ」という音がして煩い。てか、何人いるんだ?これ。ホームルームの始まる前のクラスより煩いぞ。
ぼくが廊下の煩さに嫌気がさしてくるほどになった後、突如として煩かった廊下は静まり返った。
少し経った後甲冑の音が一斉に鳴り、それと同時に勢いよく部屋の扉が開かれた。
「目が覚めたのか!!レインフォルト!!!!」
部屋に飛び込んできたのは、豪華で絢爛な服と様々な宝石で装飾の施された金色の王冠を被った豚。その豚は豚ではなく、丸々と太った汗で顔や肌がギトギトとしていて生理的にキツい、豚のような人間だった。部屋に飛び込んできた勢いそのまま、ベッドに寝直していたぼくに抱きついてきた。抱きついたまま頭を撫でられ、あまりの不快感に一瞬殴り飛ばしそうになったが、この体の持ち主との関係性も分からないので、何とか踏みとどまった。
「ん~。我が愛しの息子!!レインフォルトよ!!久しぶりに会えて嬉しいぞ!!一週間も目を覚ましていないと聞いたので心配しておったのだ!!」
レインフォルト。この人間はぼくのことをそう呼ぶ。おそらく、この「レインフォルト」というのがこの体の名前なのだろう。そして息子と呼ぶということは、この人間はぼくの父親ということになる。
『転生したら豚の息子でした。ってか?夢も理想もあったもんじゃないな。』
などと半分現実逃避じみた考えをしていると。開け放たられていた入り口から、立派な白い髭にフォーマルな黒のロングテールコートとモノクルを身に着けた、「THE・執事」みたいな人がはいってきた。
「陛下。少々落ち着いて下され。そんなに詰め寄ってはレイン坊ちゃまも混乱してしまいますよ。坊ちゃまはまだ目が覚めたばかりですから絶対安静ですよ。」
「それも・・・そうだな・・・。漸く目が覚めたから、やっとレインとたくさん遊べると思ったのだが、しょうがないな。」
「ではレイン、また夜に来るからな。」
陛下と呼ばれたその豚はしょんぼりとした顔をし、少し俯いた後にこちらを向き頭を撫でながらそう言い、部屋を後にした。
「それではレイン坊ちゃん、先ほど宮廷魔術師の医療隊をの方をお呼び致しましたのでそのうちいらっしゃると思います。顔色もいいですしおそらく何ともないかと思いますが、一週間も寝ておられたので一度診察を受けて下さい。その他に何かお困りごとがありましたらいつも通りにメイドの方にお申し付けください。」
と言い、執事であろうその人も、僕に一礼をした後部屋を出ていった。
なんか色々なことが怒濤のように押し寄せたが、僕には聞き捨てならない言葉があった。あの豚、執事から陛下って呼ばれていた。つまりあの豚は王様だということだ。ということは、
『どうやら僕は現世で死んで、異世界の王族に転生したようだ。』