黄金比律
––––走馬灯とは。人が自らの死に直面した瞬間、極度の集中状態に陥り、そのなかで人生を追体験するというものである。一説によると脳が過去の経験の中から危機を回避する手段を探している現象らしい。そんな、こじつけた綺麗事の解説をされていることが鼻につく。
鮮やかな命の輝き。ひとりひとりの尊い人生。脈々と続く歴史と培ってきた叡智。
馬鹿馬鹿しい。どうせ死ぬ癖して何が出来るってんだ。
足掻いても、受け入れても、みんな、空っぽじゃないか。
「おい。言っていいことと悪いことがわからないのか!」
その怒号で我に帰ると、ケイが今にも胸ぐらを掴みかかって来そうな剣幕で肩を震わせていた。今、何を言ったっけ。別のことを考えながら反射的に言葉を交わしていたからか、俺は兄の怒りの所在を測ることが出来ないでいる。
「コレノはお前と仲良くしてくれただろう! なんで友達のことをそんな他人事みたいに語れるんだよ!!」
ああ、思い出してきた。コレノは俺の幼なじみで、小さな頃からよく遊んでくれた女の子だ。もう居ない。去年の冬に交差点でトラックに轢かれて死んだ。運転手に非はなく、全てアイツの不注意ということで幕は落ちる。アイツらしい、と。乾いた納得だけ残してコレノは消えてしまった。
そんな既に終わったことで足を引っ張ってくる兄に対して、俺の中でも沸沸と怒りが積もり始める。感情のキャッチボールとは、ときに怒りの応酬であることがある。共感とは中身のない武器であり、大切なのは、その先だ。
「もう死んだんだから関係ないだろ? いちいち突っかかってくんなよバカアニキ」
「はぁ!? お前……」
兄の目は右往左往し、その間も眉間の皺が堀を深くしてゆく。俺が言った言葉の意味を理解するまでもなく、はらわたを煮え滾らせるその様子は、ネットで見た破裂寸前の鯨の死骸を思わせる。
「お前みたいな奴が生きてるから戦争が無くならないんだよ!」
「それこそ関係ないだろ! 勝手に争ってろよ」
ケイはもう怒りが頭に回ってまともな会話が出来なくなり、手当たり次第に罵詈雑言を投げる様になる。関係のないことで怒鳴られているというのは意外にも腹立たしいもので、互いに言葉の凶器は無意味に鋭さを増してゆく。ひとしきり怒鳴った後は、人格攻撃と獣未満の雑な鳴き声だけが残った。
「お前みたいな奴を養ってるのが本当に馬鹿みたいだ。死んだのがコレノじゃなくてお前だったら良かったのに」
別にその言葉が刺さったわけではない。ただ、これ以上兄の声を聞きたくないと思ったのだ。
「うぜえんだよ。うぜえうぜえ。無意味なたらればでしか語れない馬鹿が感染る」
俺は中学の鞄を背負ってリビングを出る。言葉の内側に込められたものが発芽しない、投げ込めるものを投げ込んで流れてゆくだけの会話は、本当に無意味なものだ。
「おい! アキ! 話はまだ終わってないぞ!!」
始まってもないんだよ。バーカ。
苛立ちは指にまで伝わり、ドアを閉じるときの衝撃で、俺は自分がものに八つ当たりをしたことに気付く。廊下の湿った空気が肌をなぞると、鼻腔にはわずかに木の匂いが囁いた。
「うぜえ」
落ち着け、と言われている様な気がした俺は、その感覚に逆撫され、怒りをより強く胸の中に固めてゆく。
玄関で靴を履く。ただそれだけが、頭がおかしくなりそうなほどに腹立たしい。情動は先遣する。今なら道端の雀をも呪えそうだ。どろりと煮え固まったマントルが、器を求めて喉を焼いている。
ドアノブを捻って押す。射し込んだ陽光が目を貫き、眩しさのコントラストに一人佇んでいる。視野が広げられ、俺は、少しだけ、冷静さを取り戻した。
滑稽なのは自分も同じだ。そう思ったところで、背後に視線を一つ感じた気がした。
ケイかと思って振り向くが、そこには誰も居ない。それを確認してもなお、不吉な予感が消えることはなかった。
もしかしたら、コレノの幽霊でも居たのだろうか、などと、自分らしくないことを考える。それこそあり得ない。兄の馬鹿が感染ったのだ。
それにもしコレノがいたとして、それが何になるというのだ。
人の生なんて、つねにすでに死の上にある癖に。どうせ最期はみんな死体になるんだよ。馬鹿馬鹿しい。
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屋上には強い風が吹いている。それは輪郭に刺すような抵抗を残し、朝の怒りを冷ましてくれていた。
今日一日、授業には身が入らなかった。固まることのない思案が浮かんでは頭上を回ってゆくことの繰り返し。兄の馬鹿さ加減についてもそうだし、死んだコレノのこともそう。何より、それに囚われている自分自身。
無意味なことに思慮を使うことの不毛さに嫌気がさして、空を眺めて頭を冷やす。
––––そのとき、俺は柔らかい壁に跳ね飛ばされたような気がした。
強い風が吹いたことに気づいたのは、逆さまの視界を捉えたからだ。
頭上に広がる街。深海の様な空。黄金に輝く夕日が、目と同じ高さに鎮座する。背後には校舎の気配。全身が大気に包まれて、接点を求めて引き寄せられる。空が斥力を働かせていると思うほどに、その摂理は絶対的だ。
俺は屋上から落ちている。
なんで? 屋上には金網があったじゃないか。それを押し除けてまで、たかが風なんかに。
––––––––––––––––あり得ない。
真っ先に起こるのは理解の拒絶。それでも、世界はその行為に幾ばくかの価値も与えない。理解で現実は変わらない。事実はそれとは無関係のところで、粛々と動いている。
俺は屋上から落ちて、頭から地面に引き寄せられている。
窮地の中、数多の閃きが脳を走り抜ける。
コレノも最期はこんな感じだったのだろうか。
生理反応よりも早く、涙の匂いが頭を貫く。それには未練という名が張り付いている。
心の整理など体は待ってくれない。次に浮かび上がったのは兄の背中だ。
それを想像した瞬間にまだ見ぬ未来が脳裏に帰結する。得体の知れない後悔が落雷の様に背骨を貫く。
俺の内側で、言葉が溢れてくる。
死にたくない。死にたくない。理解できない。意味がない。わからない。どうしてどうしてなんでどうして。違う。嫌だ。わからない。変えられない? 今じゃない。なんで。
波が輪郭を溢れながら、恐怖は無限の中を駆け抜けて、それでもどこにも届くことはない。すべての溢れた言葉が意味を失った頃、俺の目は夕日の裏側に、俺の命を見つめていた。
一瞬だ。その一瞬の内側に、無限の時間が流れている。
まるで事象の地平線に捉われたかの如く、忘れていた記憶すらも迸る幾星霜に俺は到っていた。自我すらも追いつけない光速の軌跡に、遠く後方で取り残された俺が、乾いた言葉を呟いた。
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空洞の様な瞳と目が合った。これは、俺が生まれたときのことだ。
幾度となく見た光景。光を失った目で冷たく眠る女性が、俺の母親なのだろう。彼女は俺を生んで死に、俺はその代わりに生まれてきた。
親父は不満一つ言わずに俺を受け入れる。彼は男手ひとつで二児を育てて、そして……。
俺はその先を思い浮かべようとしたが、想像は走馬灯に追いつかない。夢が切り替わる様に場面は移り、俺にはその自覚を与えない。
景色には懐かしい公園が広がった。
俺が兄のケイと遊んでいたとき、一人の少女が近づいてくる。
「なにをしているの?」
「木のぼり。てっぺんについたほうが勝ちなんだ」
無意味に高い場所を目指す遊び。普段なら危険だと注意するはずの親父は、ベンチで新聞に覆われ眠っている。これが過去の再演であったとしても、俺はゆっくり休んで欲しい、とささやかな願いを祈る。
ふと目を離した隙に、少女は隣の木のてっぺんにたどり着き、唖然としたまま遅れをとった俺たちを見下ろした。
「お前なんなんだよ!」不満を言う俺に、それをなだめるケイ。
「わたしコレノ! わたしの勝ちだよ!」少女は太陽を背に、嫌味なくそう言った。
逆光がフィルムに焼き付けるかの様に差し込む。そういえば、出会いはこんなものだったっけ。印象深そうでも、幼少期の思い出など案外覚えていないものだ。
「えー。なんでやめちゃうの」
俺とケイが諦めて地面に降りると、コレノは不満そうに言った。
「てっぺんにつけば勝ちなんでしょ。ふたりともこっちに来てよ」
「一番を決めようとしていたんだ」ケイの言葉に、
「そんなの関係ないでしょ?」コレノはきょとんと返す。
そうして彼らは友達になった。毎日の様に公園で遊び、雨の日は家で遊ぶ。慣れは異質さを前提にしみ込ませ、異質だったものは壊れ、当たり前になる。滲みは濁り、境界を失う。いつのまにか、彼女が俺の世界の一部になっていた。
俺は走馬灯の形式を理解し始める。これは、個人的な歴史であり脳に保管されているものの総合だ。違和感はなく、そして観測者である俺自身が、違和感を得るであろう振る舞いを許されない。映像的である様でも観念的で、具体的なところ以外は夢と言って差し支えないだろう。そしてその理解も遥か彼方へと置き去られ、俺は記憶の川の流れに翻弄されるしかない。
次に景色が切り替わったとき、俺は熱を出して寝込んでいた。隣には心配そうに俺を見るケイの姿があり、うとうとしている様子から長い間そうしていることが想像できた。
「アキ。おかゆを作ってきたぞ。ほら、ケイの分も」
ドアが開き、親父が入ってくる。これはいつの記憶だろうか。既視感が証明するのは事実であったことのみで、俺はこのときを覚えていない。漠として眺める俺は、無性に嫌な気持ちになるしかなかった。
「ごめんなさい。おとうさん」これは俺の声だった。絞り出す様に口を震わせ、苦しそうな息で発声する。
親父はそれを自分ごとの様に辛く受け止めながら、俺の頭をさする。
「何も悪いことなんてないぞ……! お前たちは母さんの残した宝物だからな。だから、なんにも気にしなくていい。早く元気になろう……!」
この頃の父親は頬が痩け、体重も落ちていた。過労も祟っていたが、それ以上に水面下で病気が進行していたのだ。そしてその病気が発覚してすぐ、親父は死んだ。
金がないから治療はできなかった。もちろん葬式もだ。
曇り空の中、コレノが泣いていた。土砂降りの様な顔が、俺を見ている。
この頃兄は中学に上がって一人で遊ぶことが多くなった。今思えば兄も父親の死を整理していたのだろう。だが俺は、涙も流さずに、その事実を受け入れられないでいたのだ。そして、それはきっと……。
「なんでコレノが泣くんだよ……俺の親父だろ」
「……なんでアキは泣かないの?」
「知らねえよ。出ないもんはしょうがないだろ」
「だから私が泣いてるの!」
「意味わかんねえ」
口ではぶっきらぼうなことを言っているが、そのときの俺は少しだけ救われた様な気がしていた。今思えば彼女が泣いてくれたおかげで、父親が素晴らしい存在だった様な気がしていただけだったが、それだけでも俺にとっては意味のあることだったのだ。
景色は移り変わる。次は目が座った兄がそこにいた。場所は中学の屋上。俺が今まさに死に瀕している場所の過去の風景だ。ケイは自分の卒業直前、俺が入学する前に、自分のお気に入りの場所を紹介しようとしていた。
「いいだろ。ここで一人で空を見るのが好きだったんだ」
先生にバレたら鍵を直されちゃうから誰にも内緒な、と付け加えながら、兄は青空を仰ぐ。
「俺、卒業したら働くよ。おじさんやおばさんにいつまでも迷惑をかけられないし」
親父が死んで、兄はいつの間にか大人になっていた。いや、ならなくてはならなかったのだ。そして親父に似た目で俺を見て、俺を呼ぶ。
「一人で下宿するつもりだったんだけど、アキ、お前もついてくるか?」
次の景色にはコレノが映る。
「アキレスと亀って知ってる?」
「知らね」
何気ない談笑だ。それでも、生きていたころの彼女の記憶だった。
「アキレスは亀に追いつけないっていうおもしろいお話なの」
「亀に追いつけない奴がいるの?」
「そうじゃなくって、人と亀が一緒に同じ方向に走ってるとき、人が亀に追いついたとき、それと同時に亀も前に進んでるから、本当は追いついていないんだって。それでね、そうなると神話のアキレスでも亀に追いつくことはできないの! 面白くない?」
コレノは楽しそうに知識を披露する。それが面白くなかった俺は、それを考えなしに否定する。
「よくわかんねえ。考え方間違えてるよそれ」
「えー。楽しめないなんてもったいない」
コレノは残念そうに口を膨らます。
「アキはもっと力を抜いて生きようよ。でないと、不思議なことが起きた時に大変だよ」
「起きねえよ」
この世に起きる出来事は全て理解可能であるべきで、面白いかどうかなんてそれこそ関係がない。そんな俺を見たコレノは寂しそうに、微笑みながら言葉を紡いだ。
「でも、私はそう生きて欲しいな」
フィルムの様に連続する記憶。俺はそれを観続け、時を狂わす。現実では今まさに死を待つ刹那。飛び交う感情をくぐり抜けて、走馬灯は流れてゆく。それは俺が生きてきた道のりであり、繰り返した敗北の記録でもあった。揺れる様に幻は舞い、俺にはそこに伸ばす手もない。これは定まった物語。全てが全て過去に踊らされた道化であり、俺が世界から切り離した写像の継ぎ接ぎだ。
たった一人の観客は夢を観る様に廻り、そして避けられない過去を待ち続ける。意識は遠い今に置き去った。けれども、過去は今にいつか追いつくのだ。
だが、俺はここから先の過去を、決して見たくはなかったのだ。
時間は等間隔で過ぎ去っていると思えるほどの無感情な日々。その一日にその日も埋もれる筈だった。
何事もない日は記憶に残らない。人は忘れた記憶を覚えることはない。ゼロを知ることがヌルを知ることと同義でない様に、失った記憶は、もう、ない。
では、この極めて凡庸な景色は何だ?
予定もない、目的もない。自堕落に過ごすただの休日。そのまま何事も起きずに、日々の中に消えてしまえば良かったのだ。
携帯電話が、音を立てた。俺は無造作にそれに手を伸ばし……。
取るな。その電話は––––
忘れもしない。擦り切れるほどに思い出し、そして堀を深くした最後の日。
「あれ、おばさん? どうしたの、突然」
「アキ君。落ち着いて聞いてね…………コレノちゃんが、■■■■■■■■■■■––––■■■……」
聞こえた言葉の意味は理解できなくとも、そのとき確かに俺はその意味を知っていた。いや、ずっと理解を拒んで来ただけだった。母親のときも、親父のときも……そしてコレノのときも。
そのとき、たったひとつ明確に分かっていたことは、もうコレノと会うことは無いということだけだった。
––––だから、もうコレノは俺の人生に関係ないな。
そう、俺の眼前で虚空を凝視める俺は、思った。俺はそれを、まるで自分の様に観ている。
合わせ鏡の様な景色は、矛盾を浮き彫りにする。
多くのものに絡まっていたものが、膨らんで、辺りの絡まったものたちを壊して、萎んだ。意識が広がって、それまで考えたくなかった部分の一つ一つが俺に語りかける。
お前は理解したいことだけを理解しながら、未練から逃げられずに死ぬ。
予言の様な甘美で醜悪な響きを持った意味が俺を貫く。俺はまるで死の寸前に悟りを開いた様な気分で、鮮明なその景色に串刺されていた。
それまであっても気に留めることのなかった生きる希望の一つ一つが、壊れてゆく。足元が影に覆われる。
そして、時は無為に流れ落ちて、最期の朝が訪れる。
「今日は学校終わったら……コレノの墓参りに行かないか?」
ケイの言葉には、俺への気遣いがある様に思えた。新しい記憶だからこそ、その景色は今までよりも密度を持ち、強く語りかける。今に近づいたからこそ、意識が景色に追いつき始める。
「なんで?」
それでももう既にやり直しのできない時間。返事も今朝と変わらない。
「なんでって、お前まだ一度も行ってないだろ」
「いいよ。興味ないから」
空返事と上の空。どうせ皆死ぬなどと考えていても、人が死ぬことには変わらない。たったそれだけの矛盾に気づけないまま、今日この日まで流れて来た。
「いやいや、興味とかそんな問題じゃないよな。それにお前が会いに行けばコレノもきっと喜ぶって!」
兄の言葉を聞いて俺は笑いを溢す。この日初めて兄に合わせた視線は、心底馬鹿にした、蔑んだ様な瞳だった。そしてすぐ目をそらし、すれ違いざまに吐き捨てる様に言った。
「馬鹿じゃねーの。もう死んでんだよ?」
ケイの言う通り、俺は自分の言葉の意味もわからずに生きていた。生きていたのだ。
記憶と寸分狂わず彼らは喧嘩別れをした。何も、変えられない。存在しない手を伸ばし、手応えのない喉を震わせて、叫んで、やめろと縋り付いた。俺は後悔をしているのだ。この朝に、この過去を。
どれほど叫ぼうとも俺の目は俺を観ることはない。当然だ。それが成立することは、未来が過去に干渉する様なものなのだから。
「うぜえ」
扉から出て来た俺は苛立ちに体を任せて玄関に向かう。俺は、それを諦観に任せて眺めるしかなかった。
玄関を開いたそのとき、俺の背中が振り向いた。その目は何かを探す様に宙を泳ぎ、そして俯瞰する俺を見つける。
この走馬灯の中、初めて俺と目が合った。
それだけだ。特別な何かは起きない。
だが、俺はそれまで語られてきた死神の正体を理解してしまった。首にかかった鎖が歯車に引かれる様に歩く。後はそれを見送る様に眺めるだけだ。
授業が終わり、俺は階段を登る。一歩、また一歩。足取りは重い。まるで結末を知っているかの様な背中は処刑台の階段を登る死刑囚と重なる。
階段を越え、壊れたドアノブを回す。兄から教わった方法で、兄への怒りを込めた手が。それが八つ当たりであることも知らずに。空が広がる。
走馬灯の中に生き延びる術はなかった。そう理解すると同時に、今あのとき理解できなかった感情が言葉になって追いついた。
それは痛みだった。心因性の、予感にも似た悲劇の銛。それを理解するということは、運命が俺の精神を捕まえたことを表している。
ここで俺が死ぬと、兄は自分のせいだと思って後悔するだろう。時間も、場所も、最悪だった。
親父の想い出を思い出し、コレノの死を見つめ直し、そして兄への怒りを覚ました今。諦めたのにもかかわらず溢れ続ける死んではいけない理由。その不協和が俺を捻り回す。
苦しみが未来から流れ込んでくる。涙腺が焼き切れる様に痛み、その痛みに呼吸を乗せて滲ませる。
早く終わって欲しい。死にたくない。
消えてしまいたい。死んではいけない。
別々の脳細胞が別々の悲鳴を上げて、もがきながら、あの死の風が吹くのを待っている。
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永遠にも思える走馬灯の終わりに、理不尽な風が吹いた。
肉体と精神の視野が繋がろうとしている。幾重にもぶれた黄金色の夕陽が俺を焼いて、その数多の像が今まさに重なろうとするとき、糸が切れる様な感覚のなか、俺はアキレスが亀に追いつく瞬間をずっと待っていた。
いつになったら人は死ぬことができるのか。或いは、まだ誰も死ねたことは無い様な気さえしていた。
俺はどこにいるのだろう。コレノはどこへ消えてしまったのだろう。
反芻する疑問が、解消されることはない。
アキレスは、いつ亀を追い越していたのか。まだ君も、どこかで囚われているのだろうか?
君のいない世界は俺の前にいつのまにかずっと広がって、そこは過去のどこを探しても在りはしない。それだけは確かだった。
新たな走馬灯が顔を覗かせる。連鎖の渦が中心へと落下を続ける。ここは、死という確実が、何よりも遠かった。
刹那、景色が変わる。
その伽藍堂は無為の証明。
空洞の様な瞳と、目が合った。
2022年 04月15日
「走馬灯が終わるとどうなる?」
「知らんのか」
「走馬灯が始まる」
走馬灯の終わりに死を追体験するなら、走馬灯の中でn重の走馬灯が発生するのでは?
なんてことだ、走馬灯が終わらない!!
ギャグのつもりがシリアスに。