03 父親と双子の妹
今回はダレンとイリス回です
「お父様! おかえりですっ」
「ダレンさん、おかえり」
「ダレン、おかえりなさい」
「旦那様、おかえりなさいませ」
「父上、おかえりなさい」
「父上、おかえりなさい!」
「え、なぜみんなで? いや、嬉しいけどさ」
それは【日】の曜日の朝に竜討伐から帰ってきたときのことだった。家族とマーサで「おかえり」と言われて、ダレンは喜びつつも困惑していた。
鞄をマーサへ渡すと、ばふっ、と誰かの体重がのしかかる。
「おわっ。え、だれ?」
ダレンがキョロキョロとしていると、ふわりと、家族とマーサの形が消える。何を見ているのだろうか。
「…………ダレンさん、おかえりなさい」
控えめに聞こえたのは、幼さの残る声。後ろを向くと、彼女──イリスにしては珍しいいたずらっ子のような顔で、ニヤリと笑っていた。
「……………〈幻影魔術〉上手くなったね。クラウディアとオリヴァー、エリオットは、カイラ侯爵家のパーティーだったけ」
「そうだよ……ボク、お勉強したの。オリヴァーさんと、エリオットに負けたくないから。でも、リリィには負けてもいい。いつか、ダレンさんにも勝ってみせる」
「まってるよ。でも、簡単に【アレン】を超えられても困るかなぁ」
「………………む」
小さい頬を膨らませた、イリスは少しおとなしい、双子の姉の後ろに隠れている十一歳にしか見えない。
ダレンは、羽織っていたラディア王国のトップの魔術師集団 【アレン】としてのトーブを脱ぐ。
ダレンの書斎に入ると、すかさず防音魔術を張る。
ピク、とイリスの眉が動く。この魔力の波長が彼女には合わないのだろう。
(──きっと、僕の魔力濃度がイリスには低すぎる)
前、イリスの魔力量を調べたら約340だった。それはリリィも同じ。同じ数字をたたき出した。
平均的な魔術師で200程度だ。280あれば【アレン】に入るための条件は一つクリアしている。そして、ダレンは294だった。
「……オーリとアーデルハイト嬢との仲は?」
「ぼちぼち。アーデルハイトさんは、うん。オリヴァーさんを好いているようにも、嫌っているようにも見えない」
「そう。まぁ、アーデルハイト嬢がオーリを好いているかは、そこまで重要じゃないからいいんだけど。イリス」
ジッと椅子に座るイリスに優しい口調で話しかける。
「怪しい教師が一名。ハイディ・カーターさん。高等学校三年生担任。科目は魔法地理科。年齢は25歳。最近、アーデルハイト嬢と庶民の方、ティナさんとの接触が目立つ」
「ありがとう。こっちでも調べておくよ」
イリスは、父親のダレンと一つの交渉を持ちかけた。
『ボク達は、やりたいことがあるから、そのためにいろいろと協力して。代わりに顔が知れている貴方が潜入できない、学園の情報を渡す。貴方だって気になってはずだ──最近、オリヴァーさんの行動が怪しいことぐらい』
『いい交渉だね。でも、少し足りない。君は、いや。君たちは何者だい?普通の十一歳じゃないだろう?』
『さぁ? リリィにでも聞きなよ。ところで、何が足りない? リリィより、ボクは諜報には向いている。それは、譲れないし、譲らない。リリィにリスクがあることはさせれない』
そして、今の状態がこの親子の交渉結果だ。たしかに、ダレンは有名だ。だから、学園に入ったとしても、人脈の広いオリヴァーのことだ。すぐわかってしまうだろう。
だから、イリス越しに情報を掴めるダレンの方が有利に見える。見えるだけ。
リリィとイリスは何かの目的がある。しかし、ダレンには分からない。
しかし、ダレンの目的をあちらは知っている。
「じゃ、屋敷でくつろぐかい? メイドたちには、僕が終わらせてきたとでも言っておこう」
「……………ダレンさん……」
か細い声が聞こえ、はた、と足を止める。振り向くと、顔を真っ赤にしたイリスが俯いている。
なにごとだろうか、と椅子に座り直すと、イリスは俯いたまま話し始めた。
「明日、ダレンさんは……家にいるでしょ? マーサ姉の提案でクラウディアさんも来て、五人でリスを魔術で投影することになっちゃって……その理由がボクがリリィにそれを送りたいってことになってるんだけど………………」
「ん? 〈投影魔術〉ならもうできるだろう? というか、イリスはさっきみたいに、幻影とか得意分野じゃ」
「だけどっ、計画のためにとっさについた嘘だから! いい感じに誤魔化しておいて!」
そう言ってイリスは扉を豪快に小さく開けて、書斎から出て行った。
しばらく呆然として、ふふっと笑ってしまった。
「あれだから、計画のことも僕にばれたんだろうが」
ダレンはいつもクールなイリスが珍しく恥ずかしがっている顔を、密かに〈投影魔術〉で手帳に写していた。
【アレン】の技術を惜しみなく使った写真はとても綺麗で、とんでもなく娘が可愛く映っていた。
「これはバレたら、上級魔法で潰されそう……だけど、クラウディアには見せるか」
クスリとほほ笑みながら、イリスが待っているであろう食堂へ向かった。
着く前に、平静を装っておかないと敏いイリスにバレる。
「……ダレンさん、まさかさっきの照れた顔、と、投影してないですよね?」
「うん、できなかったんだ」
「………………良かった」
(旦那様……絶対、噓でしょ。さっき廊下で、珍しく心の底から笑ってましたよ?)
(マーサ、言っちゃだめだよ?)
(イリスお嬢様の照れ顔、あとでください)
(いいよ)
イリスお嬢様ファンお二人の眼での会話。