01 双子と転生
「谷先輩、おはよう、ですっ。今日も素敵ですっ」
「ありがと。そして、おはよ」
「…谷先輩、おはようございます、女神さま」
「ありがと。そして、おはよ」
今日も元気があり余り過ぎている双子の姉の紗百合と、妹の結虹が挨拶をしてくる。本当に天使──だけど、中身が問題。
二人がいそいそと、取り出したのはタブレット。
「「谷先輩、この間のラノベの魔法陣書いてきた!」」
「おぉう」
双子揃ってラノベオタク。その中でも魔法陣・創作魔法オタク。そして、私に見せてくるのは、どうにかしてほしい。
「二人ともしーっ。周りの人が変な目で見てるじゃんか」
「「………谷先輩の邪魔ならやめる」」
性格を除けば、反応も全て同じなのだ。
「きゃっ、この子達がカナデが可愛いって言ってた後輩ちゃん?」
「あ˝ー、そうそう。うん、そうなんだけど」
「谷先輩、俺様、かわいいんですかっ?」
「谷先輩、ボク、かわいいの?」
「そうくるよなぁ」
「いいねぇ、いいなぁ。好かれてるの」
彼女はクラスメイトの海川 葵。たぶん、双子が中二病ってことは知らない。と信じたい。そんな二人に絡まれたら、誤解されかねない。私は平穏な青春を。普通の学園生活が欲しいのだから。
「ねぇ、ねぇ~。蓮くんとさぁ」
「「ラブコメですか?」」
「う、まぁ。長いよ」
こちらを向きながら、信号を渡る葵。
「危ないよ」
「大丈夫だってぇ」
「「あ」」
双子が何か言ったかと思えば、こちらに猛スピードでバスが、近づいてくる。
「「デス、確定」」
双子は瞬時に手を絡めると、ニコリとほほ笑んだ。逃げて、と言う前にバスが近づいて───
私の視界から、双子が、ふっ と消えた。
「………なんなの?」
ギリギリでよけた、葵は茫然と立っている。
「双子は……っ?」
焦る私の声に葵は反応してこう答えた。
『双子ってだれ? というか、カナデは無事っ?!』
何の音も聞こえなくなった。
■■■ 別世界 シュバルツ魔法伯邸にて
「おはよう、クラウディア。女の子が、二人も生まれたのかい?」
「ダレン、おはよう」
「ごめんね、竜討伐の依頼が入ってしまって」
「いいのよ、名前はもう考えてあるというか……」
「どうしたの?」
「この子たちが、自分で魔法を使ってペンで紙に書いたのよ」
「そんなことないだろう?まだ、疲れているんじゃない?」
「そうよね……ありがとう、ダレン」
美しい金髪碧眼の男と、銀色の髪に赤い瞳の女がにこやかに会話している。それを、じっと生まれたての子供は見ていた。
『ゆり。聞こえる?』
『俺様、聞こえてますっ!』
『そっか。ここはどこかな?』
『俺様たちは、異世界転生でも成し遂げたのでしょうっ』
『名前、紙に書いて新しいお母様に教えたの?』
『もちろんっ。俺様が紗百合の百合を取って、リリィ』
『ボクは、結虹の虹を取って、イリスってとこかな?』
こっそりと魔法で二人の心をつないで、会話する。
両親は、やたらと嬉しそうに笑う双子を微笑ましく見ていた。
そこへドタバタと少年二人が入ってくる。
どちらも金髪碧眼の少年だ。
上が、兄 オリヴァー・ガルシア。下が、弟 エリオット。
双子の異世界での兄だ。
「わぁ、可愛い」「女か」
「二人とも、静かに。この子たちが寝れないでしょう?」
母 クラウディアにやんわりと窘められると、じっくりと観察を始めた。
すると、エリオットにむかって双子が水の魔術を放った。
「おわっ! なにすんだよっ」
きゃっきゃっと笑う双子を、家族はじっと見つめた。
「まぁ、まぁ。まだ赤ん坊ですから」
『この人、嫌いですっ』
『なんとなく、谷先輩に嫌がらせしてた人に似てるね』
まさか故意にやったとは、露知らず、両親は微笑む。
「こんなに小さいのに、魔法が使えるとは。将来が楽しみだ」
「父さん、オレが濡れてるんだけど?」
「マーサ、エリオットの服が濡れたの。タオルを持ってきてくれないかしら?」
「まぁた、エリオット坊ちゃんははしゃいでるの?」
「ちっ、ちげぇし。妹がやったんだよっ」
ダレンにつられて、クラウディアがくすくすと笑う。
マーサは母も、シュバルツ魔法伯の家で働いていたため、もはや家族のような存在になっている。それを、オリヴァーも咎めないし、ため口で話しかけられたエリオットもマーサに微かな恋心を寄せているため、怒る様子もない。
そんなやり取りを、オリヴァーはどこか薄っぺらい笑みでそれを見ていた。
『誰かが、ボクたちの会話に侵入しようとしているね』
『そうですかっ?俺様はよくわかりませんっ』
『許可してあげる?』
『許可してやりますっ。でも』
『ダメだったらはじき出すのみ』
プツと何かが繋がった感触があった。双子の意識に違う濃度の魔力が流れ込んでくる。
『『こんにちは』』
『………僕はオリヴァーだよ。君たちは?』
『リリィと』『イリス』
『『君の妹』』
『なんと。ここにいる赤ん坊は君たちの肉体かい?』
きれいな声が流れ来たと思えば、どうやら双子の兄のものだったらしい。魔術から一度浮上して、オリヴァーの顔を確認すると、困惑したように眉が少し下がっているものの、前髪でうまく隠れている。
『そうだよ。オリヴァー……お兄ちゃん』
『そう……君たちはその年でよくそんなに言葉がわかるね?』
『俺様達、天才なんですっ!』
『そう。天才、天才』
オリヴァーが「絶対違うでしょ?」と言おうとすると、魔術の外に反応を感知したため、一度解除する。
『オリヴァー、消えましたねっ』
『こっちの兄は良さそう。だけど感がいいから、ばれるかも』
『でも、俺様たちはもともとの記憶もあるので上手くだませるでしょうっ!』
『そうだね』
なんとも不思議な感覚だった。まだ、喋りもしない子供と魔術を使って話すことができるなんて。オリヴァーは背中を冷や汗が流れていくのを感じた。
「オリヴァー坊ちゃん、家庭教師の先生がいらっしゃいましたよ? ボーっとしてますけど、熱でもありますか?」
「なんでもないよ、マーサ」
(こんなのでは、ダメだ。もっと長男として、いや、オリヴァー・ガルシアとして、しっかりしなくては)
オリヴァーはこぶしを握り締めて、部屋を後にした。
「頑張ってね、オーリ」
『『がんばれ、オリヴァーお兄ちゃん』』
母親の声に重なって、幼い妹たちの声が聞こえる。