赤い影
ナタリーさんは俺に近づいて来ると、声を潜めて言った。
「ダリル・コナーズも来てるの」
そして俺にその美しいブラウンの瞳で訴えかけて来る。
何も言わなくてもわかる。前に『無料サービスでダリルのストーカー行為に釘を刺してあける』と言ったからな。
俺が無言で微笑み、『任せて』と表情で言うと、彼女も頼もしそうに笑う。
その彼女の後ろから、俺に罵声が浴びせられた。
「まだおったんか、よそ者が!」
「おじいちゃん……!」
ナタリーさんが振り向き、罵声の主をなだめる。
「歓迎パーティーなのよ。空気を読んで」
今日はライフルこそ持っていなかったが、ナタリーさんの祖父上の俺たちに対する激しい敵意は相変わらずだった。
俺には喧嘩する気なんてない。フレンドリーな微笑みを作ってみせ、挨拶をする。
「やあ、ナタリーさんのお爺さん。ご機嫌はいかがですか?」
ご機嫌麗しいわけがないのは見てすぐにわかったが、社交辞令でそう言うと、俺の後ろからビリーが飛び出して、爺さんに掴みかかった。
「こらジジイ! なしてアンタはそがんに喧嘩腰だや? シバクぞ、ゴラァ!」
いや、シバかないでくれ。俺の惚れている女性の祖父上なんだ。やめろ。
ビリーを引っ張って、愛想笑いを残してその場を離れると、既に準備の出来ているビュッフェ・コーナーを前に立ってじっとこちらを眺めていたらしきダリルを見つけた。
「おい、ダリル」
「やあ、主賓のケビン。歓迎しに来たよ」
シャンパングラスを片手に気障ったらしい動作でヤツはそう言った。
「ここからナタリーさんをじっと見ていたのか?」
「何のことだい?」
「貴様、ナタリーさんの婚約者だなんて嘘ばっかりじゃねぇか。本当はストーカーか? ただじゃおかんぞ、何でも屋として!」
「いや、本当だよ。俺、このパーティーが終わったら彼女と結婚するんだ」
俺はヤツの胸ぐらを掴んでやった。
「ナタリーさんに頼まれた。しつこいストーカー野郎に釘を刺してやってくれってな。五寸釘ぶち込んでやろうか?」
「ケツにでも刺し込むのか? ホモ野郎」
殴りかかろうとする俺を、後ろからビリーが止めた。
「やめぇや、ケビン。俺らを歓迎して開きなってごされたパーティーだで? シバいて台無しにしたらあかん」
さっき爺さんをシバきかけたやつに言われるとは思わなかった。
「恋のライバル同士で喧嘩はやめな」
後ろから女性の声がして、ビリーが嬉しそうな声をあげた。
「あっ! マダム!」
振り返ると酒場のマダムが物凄いおめかしをして、そこに立っていた。日本のアニメ『SpiritedAway』に出てくる『YUBABA』かと思った。
「綺麗だぁ! マダム、俺、あんたにまたまた惚れ直してもうだだよ」
「あらMr.テキサス。相変わらずババァ好きだねぇ」
ビリーとマダムのことは無視して、俺はダリルに釘を刺す。
「とにかく……。今後一切ナタリーさんに近づくな!」
「ジョークさ、ジョークもわからないのかニューヨーカーは? 意外と洗練されてないんだな」
ドン! という大きな音とともに、会場が縦に大きく揺れた。
会場が騒然となる。
「ま……また地震か!」
「最近多すぎだぞ」
「今のは特別大きかったな」
「震源がとても近かったような……」
「おい、あれを見ろ!」
みんなが大きな窓の際に集まり、湖のほうを見た。
「なんだ、あれは……」
沈みかかった夕陽が湖畔の雪を赤黒く染めていた。
遠くに巨大なムカデのようなものが、天に向かって聳え立っている。
それは禍々しい影だった。黒い影を透過するように、凶悪な赤い色をその身に浮かべていた。
こちらの灯りを認識しているようだ。こちらに向かってゆっくりとその巨体を倒すと、雪に潜り込んだ。
再びコテージが大きく縦に揺れた。
それの潜り込み方を見て、誰かが叫んだ。
「こっちへ来るぞ!」




