湖畔のパーティー
殺された動物はやはりヤギだった。
ベルーシさんの牧場で飼っていたヤギが昨日から行方不明になっていたらしく、つけていた首輪からそのヤギだということが判明した。
現場には足跡ひとつなく、つまりはヤギの足跡すらなかった。警察は、後から降り積もった雪が隠したのだろうとしたそうだ。しかし、そいつが倒れていた場所は車の通らない原っぱのようなところだったとはいえ、そんなに跡形もなく何もかもが隠れるものだろうか?
何より不思議なことは、現場とベルーシ牧場は80kmも離れているそうなのだ。そんな距離を一日でヤギが走破できるとは思えない。
また、それだけの距離を移動しておきながら、そのヤギを目撃した人間は一人もなかった。人間に攫われて車で連れて来られたのだとしても、そんなよそ者がこの田舎町を走っていたら、気づかないわけがない。
一番の謎はヤギの頭部がミンチのように潰れていたことだ。
一体、誰が、どんな目的でそんなことをしたのか?
どうやったらそんな殺し方ができる?
俺にはどうも宇宙人による犯行だとしか思えなかった。宇宙人がUFOで攫って、何かの実験のためにヤギの頭部をミンチにし、空からあそこへ投げ捨てたのだとしか。
その話をビリーにすると、やつはあまり興味なさそうに、言った。
「へえ……。ヤギ肉なんて臭くて食えたもんじゃなーだかいな。宇宙人にはうめぇと感じるんかな」
そして次にはワクワクするように、
「そんただことよりパーティーだがや! パーティー行ったらうまい肉がぎょーさん食えるで! 早く行くでや!」
元気よくそう言って、とっておきの半袖Tシャツの裾を翻した。
□ □ □ □
二人で車に乗り、招待された場所まで行った。
時間は18時前。もう日は暮れかけ、オレンジ色の空が湖を染めていた。
「湖畔のコテージでパーティーって……」
助手席で足を投げ出しながら、俺は呟いてしまった。
「映画なら死人が出るパターンだよな」
あの邸宅でやるのかと思っていたら、ゴールドスミス氏の湖畔の別荘がパーティー会場だった。俺たちが走る道路は綺麗に除雪され、左側に雪の壁が出来ている。右側は湖で、雪はすべて湖畔に落とされており、湖の景観がよく見える。
「縁起でもねぇこと言うなや」
運転するビリーは笑い飛ばした。
「俺らのため開いてくれた歓迎パーティーだで。せめて『ロマンチックなことが起こりそうだあ』って言ってくれや」
こぢんまりとしたログハウスを予想していたら、結構大きなレストランのような建物だった。二階建ての窓にはほぼすべて灯りが点いていて、中が既に賑やかなことになっているのを窺わせる。
「楽しげやー!」
見えて来たそのコテージを見て、ビリーが浮かれた声をあげる。
「どがぁしたや、ケビン? もっと楽しそうにせんかいや」
何やら胸騒ぎがした。今朝ナタリーさんと見たヤギのことがどうにも気にかかっていた。何かよくないことが、これから起きようとしているような……。
しかし、そんなのは俺のアホな予感に過ぎない。何の根拠もない。
「そうだな」
俺は投げ出していた足を引くと、姿勢を正した。
「ミステリー好きの悪いクセだ、物騒な想像力をかき立てられると深刻になっちまうのは」
「やあ、いらっしゃい。君たちを歓迎したい人々でもう会場は賑わっているよ」
笑顔で迎えてくれたゴールドスミス氏と握手をした。
「今夜はありがとうございます。ほんとうにここはいい町だ」
俺が言うと、隣のビリーもゴールドスミス氏と握手を交わし、
「ヤギ肉は出さんでくだせーよ? あれ、臭いらしいよな」
失礼なことを言った。
「いらっしゃい、ハムさん、ビリーさん」
そう言いながら出て来たケイティを見て、少し目が眩みそうになってしまった。
真っ赤なナイトドレスにブロンドヘアーの輝きが今夜は一層だ。けしからんな、高校生のくせにこの色気は。
「けしからんな、高校生のくせにその色気は」
ビリーが俺の考えていたことをそのまま口に出した。
ケイティに続いてベッキーも出て来た。こちらは普段着…。っていうかこの娘はいつも黒いダウンジャケットを着ているな。
「今晩は、ハムさん。この間はどうもありがとう」
俺はただ笑って、首を横に振った。
彼女のパパから依頼されていたのに、彼氏とベッキーを引き離せなかったどころかくっつける手助けをしてしまったから、照れ隠しだ。
「いよう、ベッキーちゃん」
ビリーが彼女に話しかけた。
「彼氏は今夜は、身を隠してんのか?」
「もちろん、一緒よ」
ベッキーがそう言うと、パリッとしたスーツ姿の東洋人がその後から姿を現した。
「今晩は、豚肉の燻製さん」と、俺の名前を言い間違えた。いや、正しく俺のセカンドネームは『Ham』なのだからいいのだが、なんだかそんなニュアンスで聞こえた。
「パパは?」
俺が聞くと、ベッキーは答えた。
「一緒よ。中でみんなとお話してるわ」
大丈夫なのかな。
なんかパーティーが修羅場になったりしないのかな。
そんな心配をしていると、タックンの後ろから月の女神が現れた。
「ハムさん、今晩は」
「やあ、ナタリー」
月の色のシルクのナイトドレスに身を包んだ彼女は、まさに女神という他なかった。自分を褒めたかった。こんな美しい女性を目の前にして、ちゃんと挨拶の言葉を口に出来た自分をだ。言葉を失ってしまっていてもおかしくなかった。