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ケイティとパパ

 地震が収まると、俺はビリーを探した。


「おい、どこにいる?」

 スマートフォンのGPSですぐに見つかりはしたが、心配だったので電話してみた。

「無事か? 二人と一緒か?」


『マダムの店に戻ってらよ』

 ビリーの声はのんびりしていた。

『おめーも来い。はよ来い』



 マダムの店に再び入ると、ビリーとベッキー、タックンが並んでカウンター席から振り向いた。


 俺は刺激しないよう、にっこりと笑いながら二人に近づく。


「依頼を受けちまった」

 ビリーがアホ面で俺に言った。

「若い二人から、あのパパの目の届かないとこに匿ってくれってな」


「そうは行かない」

 俺は正直に言った。

「俺はパパのほうから依頼された。ベッキー、帰るんだ」


 そう言いながら、ちょっと見とれてしまった。

 白人の娘と色の浅黒い東洋人の男の子。並んでこっちを切なそうな顔で見つめる二人は、なんだかとても似合っていた。シェイクスピアの悲劇にでも出て来そうなお似合いっぷりだ。


 俺は東洋人の男の子に話しかけた。

「タックンといったかな」


藤原辰已フジワラタツミです」

 ぺこりと礼儀正しく頭を下げる。

「交換留学で、お世話になっていました、ボーナムさんの家に」


 日本人の名前は発音が難しい。

「タ……タトゥーミィ?」


「タツミです」


「Takだぁよ、Tak。B'zのTak・マァットゥーモォトゥと同じ発音」

 ビリーが明らかに間違ったことを言う。


「とりあえず……タックンと呼ばせてくれ」

 俺は発音を諦めた。

「ジェイムズさんを怒らせるのは得策じゃない。俺たちの事務所で一緒に住まないか?」


「駆け落ちするって話してたの」

 敵を睨むように俺を見ながら、ベッキーが言った。

「シカゴに行って二人で生きようって」


「ベッキー……。高校生二人が知らない土地に行って生活が出来ると思うか? 無謀だ」


『それに恋愛感情など一時のものだ』と言おうとしたが、それはやめた。


「ゴールドスミスさんに相談したらどう?」

 カウンターの中からマダムが言い出した。

「困ったことがあれば何でもあの人に相談すべきよ」


 俺は苦笑した。

「これからは何でも屋の俺たちに相談してほしいな」


「ケイティとも仲がいいんでしょ? なら、尚更よ」


「よくわかんねーけど、困った時は友達頼みだよな」

 ビリーが笑う。

そーがいーがん(それがいいや)。な、ケビン? 俺たちもゴールドスミス氏に用あったよな?」


「こんな夜遅くにお邪魔しては……」


 俺がオロオロしている横で、ベッキーが電話をしていた。


「あ、ケイティ? 今から家に行ってもいい?」



 □  □  □  □



 マダムの調子に乗せられた。俺たちは若い二人を護衛するように挟み、ゴールドスミス邸まで並んで辿り着いた。


 町でおそらく一番の立派な門の呼び鈴を押すまでもなく、ケイティが向こうから出て来るのが見えた。


「ベッキー! タックン! 大変だったみたいね」


 ジーンズに赤いダウンジャケット姿のケイティも高貴なブロンド美少女ぶりに変わりはなかった。


 後ろからゴールドスミス氏も続いて出て来た。俺は帽子を脱ぎ、ビリーと並んで挨拶をする。


「今晩は、ゴールドスミスさん。こんな夜遅くにすみません」


「ハムさん、ちょうどお話もあったんです。どうぞ、中へ」





 俺たちはゴージャスでレトロなソファーに、ゴールドスミス氏を前にして並んで座った。


「フフフ。お酒の匂いがしますね」


 ゴールドスミス氏にそう言われ、俺は頭を掻いた。


「すみません。飲んだ帰りにベッキーと会ったもので……」


「マダムの店?」


「はい」


「彼女は昔は美人だったんですよ。私も夢中にさせられたものです」


「そうなんですか」

 ちょっと今の肥大したマダムからは想像もつかなかった。


「やっぱりなあ」

 ビリーが得意そうに言う。

「俺っちの女性を見る目は確かだなあ」


「そして今、ベッキーは彼に夢中なのだね?」

 ゴールドスミス氏は我々にコーヒーをもてなしてくれながら、優しい声で言った。

「好きになる気持ちは止められないものだ」


「パパ」

 ケイティが言った。

「ベッキーを助けてあげて」


「そうしたいのはやまやまだが、ジェイムズの意志も汲まなければならない」

 ゴールドスミス氏は落ち着いた声で言った。

「タツミを私の家で引き受けよう。ベッキーはお家に帰りなさい。学校でいくらでも会えるし、ケイティに会いにここにも来れるだろう?」


「さすがわたしのパパね!」

 ケイティがゴールドスミス氏の首に抱きつき、こめかみにキスをした。

「ね? そうしよう? ベッキー」


 本当にさすがだ。東洋人の難しい発音の名前もさらりと言った。


 タックンもさすがだった。目も眩むほどのブロンド美少女のケイティが目の前にいるのに、隣のベッキーしか見ていない。まぁ、学校で見慣れているんだろうが……。


「構わないですか?」

 タックンが両拳を膝に置き、サムライの感謝のポーズらしきものをゴールドスミス氏にしてみせた。

「ありがとうございます。それはとても助かります」


「うん。それならパパも何も言えない」

 ベッキーも嬉しそうだ。

「ゴールドスミスさんのところにいれば、安全ね」


 イチャイチャしはじめた二人を自由にさせて、俺はゴールドスミス氏と会話を始めた。


「さっきの揺れ……、デカかったですね」


 俺が地震のことを言うと、ゴールドスミス氏は頷いた。


「こんなに地震の多い土地ではないんですがね……。どうしたのかな。とりあえず調査はさせています」


「ナタリーさんとこの爺さんが、俺たちがなんか悪ィものを連れて来たんだなーかや(じゃないのか)って言ってましたわ」

 クッ……! ビリーよ、今は彼女の名前は出さないでくれ。胸がチクチクする。

「ほんとうになんか車にくっつけて連れて来てたりしてな。はっはっは!」


「歓迎パーティーを明晩開くので、ご参加をお願いします」

 ゴールドスミス氏がビリーを鷹揚にスルーして、俺に言った。

「わたしのスケジュールの都合で遅くなってしまい、申し訳ありません」


「ありがとうございます」

 俺は頭を下げ、ビリーにも下げさせた。心から嬉しかった。

「町の皆さんにそこで改めて紹介していただければ、宣伝にもなります」



 ケイティ、ベッキー、タックンの高校生三人組は仲良さそうに会話していた。

 俺はベッキーのパパから依頼された仕事のことなんかすっかり忘れて、微笑んでそれを眺めてしまった。


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