美女の町
この町が好きになりそうだ。
出会う人たちは皆気さくで、ちょいと言葉を交わせばすぐに仲良くなってくれる。
中にはまぁ、ナタリーの爺さんのような頑固者もいるが、都会暮らしの頃よりはいいだろう。何しろ間借りしていた事務所の隣にどんなヤツが住んでいるかすら知らなかったからな。
どうやら俺には田舎暮らしのほうが性に合っていたようだ。
田舎とはいえ、小さいがスーパーマーケットもあるし、ドーナツショップだってある。夜になればマダムの店でうまい酒も飲めるし、気のいい飲み友達のダリルだっている。
それに……意外なことにだが、ここは女性がビューティフルな町だった。
住所変更手続きを済ませて郵便局を出たところでナタリーさんにばったり出会った。こんなふうに偶然出会う機会が多いのも田舎のいいところだ。
「あら、ケビンさん。移住のための手続き?」
雪景色を背に、にっこり微笑むエボニーの瞳が太陽のように眩しい。彼女は絵に描いたようなブルネット美女だ。黒髪に白いコートも似合ってる。
彼女は連れと一緒だった。オレンジ色の長髪を都会風のスパイラルパーマにして垂らした、高校生ぐらいの女の子だ。
「やあ、ナタリーさん。そちらは妹さん?」
「ベッキーよ。お友達なの」
10ぐらい年齢差があるように見える上、ベッキーちゃんのちょっと不良がかった感じとナタリーさんの清楚な雰囲気が合わない。どちらかというと女教師と教え子のように見えたが、ツッコむのはやめた。
「ベッキー。こちらはケビン・ハムさん」
ナタリーさんが俺を紹介してくれた。
「昨日この町に越して来られた『何でも屋さん』よ」
「こんにちは、ハムさん」
口を開くと可愛らしい娘だった。
「レベッカ・ボーナムよ。ベッキーって呼んで。何でも屋さんって、何でも出来るの?」
「よろしく、ベッキー。何かして欲しいことがあるのかい?」
「ウチのパパの性格を叩き直して欲しいわ」
「そりゃちょっと難しそうな仕事だな」
ジョークかと思ってそう答えたが、どうやら彼女は本気のようだった。
「あたしのすることに何でも口を出すの。考え方が古いのよ。ボーイフレンドもろくに作れやしない。この髪型だって……」
自分の陽に透けたようなくるくるの髪を愛おしそうにいじくりながら、
「『切れ』ってうるさいの。映画『ゴースト』の中のデミ・ムーアみたいな髪型にさせようとするのよ」
そう言って、ナタリーさんの腕にもたれかかった。
「それも似合うと思うが……」
女性は子供といえど褒めるのがセオリーだ。
「よく似合ってる。それを切れだなんて、あんまりだよな」
「わかってくれる?」
ぱあっと笑顔になると、グリーンの瞳がさらに愛らしく輝く。
「ねぇ、ナタリー! あたし、ハムさんのこと、好きになっていい?」
「恋愛感情は自由よ」
ナタリーがおどけた表情で言った。
「でも、わたしは一目惚れは信じないほう」
残念だ。今の一言で残念な事実が発覚した。ナタリーは昨日、俺に一目惚れはしていない。
「ところで今日は相棒のテキサスさんとは一緒じゃないのね」
「ああ。ビリーは車の登録のほうに行ってもらってる」
急にベッキーが手を振った。彼女の視線の方向を振り向くと、これまたキュートでゴージャスな少女がこちらへ手を振りながらやって来る。
「ケイティよ」
ベッキーが紹介してくれた。
「ハイスクールの同級生で、ゴールドスミス町長の娘なの」
やって来たのは目にも鮮やかなブロンドヘアーの美少女だ。ツンと鼻が高い。
ケイティは俺を見るなり、笑顔で言った。
「あ! パパが招いた何でも屋さんだよね? キャサリン・ゴールドスミスよ。『ケイティ』でいいわ。よろしくね」
気の強そうなお嬢さんだが、それが魅力的に思えた。
「会えて嬉しい、ケイティ。お父さんには感謝してるよ」
俺は紳士ぶって彼女と握手をしたが、顔はニヤけてしまっていたかもしれない。
なんなんだこの町は。ハリウッドの主演女優にしてもおかしくない美女が三人揃ったぞ。しかも清楚なブルネットレディー、ポップでガーリーな少女、高貴なブロンド美少女とタイプも様々だ。これがもし小説ならポリコレ団体に訴えられるところだ。
ビリーがこの場にいないのを気の毒に思うほどだった。
「三人揃ったし、これからスピットファイアー・グリルでお茶でもしない?」
ケイティの言葉にベッキーとナタリーが楽しそうに頷いた。
「いいわね」
「行こう! あたしちょうど喉カラカラだったの」
女三人揃うと俺は蚊帳の外だ。
まぁ、俺みたいなオッサンの交じれるような空気じゃない。
「それじゃ、楽しくやりなよ」
俺が手を振って別れようとすると、ケイティが俺に言った。
「あ! ハムさん。今度パパが歓迎パーティー開くんだって。あなた、主賓だから。来てよね」
「ありがとう。招待状を心待ちにしてるよ」
寒さってのは長年住んでいる人間でも慣れないもののようだ。ナタリーは白い厚手のコート、ベッキーは羽毛のたっぷり入ってそうな黒いダウンジャケット、ケイティは赤い上等そうなコートに身を包み、首元もしっかり固めてた。帽子も耳あても完全装備だった。
ジャケットに鳥打帽、下はジーパンのみの俺のほうが軽装なぐらいだ。寒さに強い自信があるわけじゃなかったが、ますますこの土地は俺に合ってそうだと感じる。
俺たちの事務所に向かって歩いていると、向こうからビリーが帰って来るのが見えた。半袖Tシャツに黒いジーンズ姿だ。思わず遠くから大声でツッコんじまった。
「おいおい! 見てるほうが寒くなるような格好で外を出歩くなよ!」
「へぇ? そんなに美女が多いんけ?」
昼食に買って来たスペアリブサンドを豪快に食べながら、ビリーが言う。
「俺の周りはおばちゃんばっかりだったけんどな?」
ゴールドスミスさんが寄贈してくれた石油ストーブに二人であたりながら、飯を食った。
サンドイッチもうまい。ハンバーガーショップも見つけた。
田舎町でも暮らして行く上で何も不自由はなさそうだった。
何しろ俺たちは自分で何でも出来るしな。