何でも屋ケビン&ビリー
ビリーはテキサス訛りがひどくて言ってることがわかりにくい。
標準的なものならテレビで聞き慣れているが、このオッサンのはそれどころじゃねーんだ。
「なぁ、ケビン。ちびってもーたんやけど、ペットボトルあらへんか? がいな量やあらへん。後でほかしとく」
ペットボトルはないか? というところだけ聞き取れたので、車を運転しながら俺の飲みかけのコーラのペットボトルを渡してやった。
まったく……。5年も一緒に同じ仕事やってんだから、そろそろ標準語で喋りやがれ。
俺より12も歳上のくせにいまだに俺が上司やってんのも……
ふと助手席を見ると、俺の飲みかけのコーラにビリーがチ○ポを突っ込んでやがった。
「ああっ! 何しやがる!」
「ほへ? ほへ〜……。ああ、ションベン出すのって、なしてこがーに気持ちええだや」
ガクンと車が揺れた。
タイヤが何かを巻き取ったような衝撃があった。
びっくりして車を止めると、ビリーが黄色に変わったコーラのペットボトルを外へ投げ捨てる。
車を降り、タイヤを確認すると、雪に混じって何やら赤黒いムカデのようなものが、タイヤにぐるっと巻きついている。ぺしゃんこに潰れているが、それでもそのままでは走行できないほどに、邪魔だ。
「タイヤチェーンの代わりになって、ええんだないだか?」
ビリーが隣でそれを見ながら、言った。
「アホか。邪魔なだけだ。ちゃんと冬タイヤ履いてんだぞ」
道路に雪はないが、車から降りて見渡すと、改めて寒い土地に来たもんだと思わされる。見渡す限りの雪原だぜ。
まったく……。辺鄙な土地に来ちまったもんだ。まぁ、都会で仕事を失った俺たちでも、必要としてくれる人がいるのは有り難い。
ビリーが工具を使い、タイヤにうまく傷をつけないように、ムカデみてぇなヤツの死骸を取り除いた。さすがは腕のいい何でも屋だ。性格のいい加減さにはいつも呆れるが……。
「そいにしても……冬にもムカデっておるんやな?」
ビリーがペンチでつまみ上げたムカデの死骸をまじまじと見ながら言う。
「雪国のことはこれから勉強するんだ。さ、行こうぜ。乗れ」
ビリーはイチローのレーザービームの真似をしてムカデを放り投げた。すぐそこの雪の上に着地したので、悔しかったのかもう一度取りに行き、投げ直した。今度は見事に遠くまで飛んでいった。
ノロノロと助手席に乗り込むビリーを待って、俺は再び雪道に車を発進させた。
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「いらっしゃい、ハムさん」
暖かい部屋の中で、ゴールドスミス氏が俺たち二人を迎えてくれた。こんな田舎にもこんなに立派な紳士がいるんだなと思わせてくれる人だ。彼を頼って来てよかった。
失礼のないようにビリーを後ろに下がらせ、俺は丁寧に挨拶をした。
「お招きいただきありがとうございます、ゴールドスミスさん。私たちを必要としてくれる場所があってよかった」
「ニューヨークは商売敵が多いことでしょう」
「ええ。大企業が片手間にやっている会社に仕事を取られて、商売上がったりだったところです」
「ここではあなた方『何でも屋』を必要としている住人がたくさんいます。まずは町のみんなと仲良くなってください。ところで何でも屋って、ほんとうに何でも出来るんですか?」
「ニューヨークではそうでした」
口だけ野郎にならないよう、俺は言葉に気をつけた。
「ですが、雪には正直、不慣れです。都会にも雪は降るとはいえ、やはり勝手が違います。まずは土地に慣れるところからやって行こうと思います」
「生活に困ったことが少なくなれば、住人たちも喜びます。期待していますよ」
最後にもう一度握手を交わすと、俺たちはゴールドスミスさんと別れた。
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小さなプレハブ小屋に俺たちは少ない荷物を運び込んだ。ほぼ商売道具ばっかりだ。他はわずかな衣服とラジオ、そして乗って来た中古のMAZDAトリビュート、それだけだ。
「今日からここが俺たちの事務所になるんだな」
5ドルで買った丸椅子を揺らし、小屋の中を眺める。自分の城があるってのはいいもんだ。
ビリーが感度の悪いラジオの雑音を消し、俺に聞いた。
「これからどうすんだ?」
「飲みにでも行くかい? ぼちぼち日が暮れる」
「いいね!」
ビリーの顔に笑いが浮かんだ。
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「お客さん、旅行者かい?」
そう聞いてくれるバーのマダムは恰幅がよかった。化粧は濃いが、なかなか可愛い女だ。ビリーとだったらお似合いな感じ。
「今日、この町に引っ越して来たんだ。ニューヨークからね」
俺がウィスキーを受け取りながらそう言うと、マダムは「ああ」と頷いた。
「何でも屋さんだね? ゴールドスミスさんから話は聞いてるよ。ニューヨークで仕事の具合が悪くなってたところをスカウトされたんだって?」
「便利な時代になったもんさ」
なるべく寂しげにならないよう、笑って答えた。
「ネットで仕事を募ってたら、『ウチの町へ是非来てくれ』ってね」
「世話になーよ」
隣でビリーがニコニコしながら言った。
「オラはビリーだ。仲良くせらでな、おばちゃん!」
「あらまあ! こちらさん、見事なテキサス訛りね」
マダムが大笑いする。
「よろしくね、ビリーさん。でも次『おばちゃん』って呼んだらお仕事お願いしないわよ」
俺たちの会話を聞いていた隣の客が話しかけてきた。
「やあ、ニューヨークから来たのか。遠いところはるばるようこそ」
俺と同じ30歳ぐらいの、気持ちのよさそうな男だった。
「俺はダリル。ダリル・コナーズだ。配管工をやっている」
「ケビンだ。ケビン・ハム」
俺たちは握手をかわした。
「配管工なら商売敵だな。よろしく」
「配管なんかも出来るのか?」
「何でも出来なきゃ『何でも屋』じゃない。地球だってオゾン層に空いた穴から守れるぜ」
「そいつは凄いな。是非みんなのために頼む」
「だが雪国には慣れてない。色々教えを乞うことになると思う。よろしく、ダリル」
「楽しいやつだな。俺も是非、ニューヨークの歩き方をご教授願いたいから情報交換しよう」
いきなり意気投合した俺たちは、ダリルにビリーのことも紹介し、乾杯した。
俺はダリルに聞いた。
「ところで冬にムカデって出るのか?」
「冬は昆虫は冬眠する」
ダリルは即答した。
「当たり前のことさ」
「来る時、タイヤにでっかいムカデが絡みついたんだ」
ビリーが笑いながら、手を広げた。
「こんな、こがぁーなでっけぇムカデやった。俺がイチローみたいにぶん投げてやったけどな」
「ムカデなんてこの季節、いるわけがない」
ジョークと思ったのか、ダリルが笑い飛ばそうとした。
店が、揺れた。
「きゃっ! 地震だわ!」
カウンターの中でマダムが大袈裟に怯える。
「大した揺れじゃない。大丈夫さ」
ダリルがこれも笑い飛ばそうとする。
俺はなぜだか不安を感じ、ダリルに聞いた。
「このへん地震は多いのか?」
「内陸部だから滅多にないが、たまにはあるよ」
結構クールな感じの男だな、とダリルに対して俺は印象をもった。冷静沈着というか、理論派という感じだ。
「地震が来ても、『何でも屋』の俺たちに任せてくれりゃいい」
そう言ったのは、もっと冷静沈着……というか何にも動じないアホさをもった男、ビリーだった。
「何でも退治してくれるのかい?」
ダリルが笑顔をビリーに向ける。
「モンスターが出現しても、ウルトラマンみたいにやっつけてくれる?」
「もちろんだがな!」
ビリーはどんと胸を叩くと、凄い笑顔で言った。
「何が出ようが、何でも屋の俺たちに任せてくれりゃいーが!」
外はもう夜になっていて、風の音がうるさく、建物がキシキシと小刻みに鳴っていた。
■ ■ ■ ■
翌朝、早速仕事が入った。
依頼主はナタリー・ハートマンさん。俺より少しだけ年下の、すげぇ美人だ。
パソコンがすぐに固まるのをどうにかしてくれとのことで、つまりはビリーではなく、俺の出番だった。
「助かるわ」
ナタリーはいい匂いのする部屋に俺たちを遠慮なく入れ、美しい瞳で俺たちを頼もしそうに見てくれた。
「パソコンに詳しい人はいるんだけど、その人でもどうにも出来なかったの」
「はい、直りましたよ」
俺は自分が一番優しそうに見える笑顔を作ると、彼女をパソコンの前に座らせた。
「操作してみてください。どこかまだ悪いところがないか、チェックを……」
「完璧だわ……。凄い」
美しいその瞳を輝かせる。
「ありがとう。おいくらかしら?」
「32ドルになります」
「安いわね」
「ありがとうございます。これでも都会では高いほうなんですよ。仰る通りの破格値だと思うんですが……ね」
「価格競争ね?」
「ええ……。大企業が片手間にやっている会社にはとても敵いませんでした」
「こんなに何でも出来る人たちがやって行けないなんて、都会は酷いところだわ」
「まぁ、器用貧乏なだけなんでね。何でも出来るが、これといって秀でたところはない。……おいビリー! あまり部屋を物色するな! 失礼だぞ!」
その時、一人の老人が、いきなり部屋に入って来るなり、俺たちにライフルの銃口を向けた。
「誰だ? 貴様ら」
いきなりのことに俺はさすがにビビっちまった。必死で手を挙げ、ナタリーさんに目で助けを求めた。
「おじいちゃん」
慌てて俺をかばって前に出てくれたナタリーさんが、老人を安心させようと笑う。
「昨日この町に引っ越して来られた人たちよ。何でも屋さんの……」
老人は孫娘の言葉を聞いても警戒を解かない。西部劇の映画に出て来る保安官のような目つきで、俺たちを信用していない。
犯罪者を見る目つきで、爺さんが引鉄を引く真似をした、その時だった──
「じーさん、それ撃ったらアンタが死ぬことになーぜ?」
ビリーが老人の構えるライフルの銃口に指を当てていた。
「大人しくしまーない。俺らちっとも怪しい者だなーださかい」
ビリーの醸し出す不思議な迫力に圧され、老人がライフルから手を離した。それをサッと受け止めると、安全装置をかけ、ビリーはにっこり笑って老人の手に返す。
「昨日、この町に引っ越して来た、何でも屋のケビン・ハムと……」
俺のことを紹介してから、
「俺はビリー・ビリーだ。よろしくな、爺さん」
自分もそのへんな名を名乗り、またにっこりと笑った。
助かった。ビリーはアホだが、たまにその正体はスーパーヒーローなんじゃないかと思う時がある。頭脳派の俺と、肉体派のビリー。俺たちは最高のコンビだと改めて思う。
大人しくなった爺さんがビリーに求められるまま握手をする。
床が、重たい感じで揺れた。
「あら、また地震だわ」
ナタリーさんが呟いた。
「珍しいわね。こんなに連続で……」
それは何か巨大なミミズでも地中を這っているような震動だった。
──なんだろう。なぜだか嫌な予感がする。
「おまえたちが何か嫌なものを連れて来たんじゃないだろうな?」
敵意を取り戻したように、老人が俺を睨んだ。
「何か嫌なことの前触れのような気がする」
ハハハとビリーが笑った。
「じーさん、さては怖がりやな? あるいはホラー映画の見すぎちゃうか? 俺らはみんなの味方、社会を明るくする二人組、何でも屋のケビン&ビリーやで? 何か嫌なものが襲って来ても、ドンと任せときっしゃい!」