第237話 √2-42 G.O.D.
手抜きサーセン2
「…………」
戦う、か。喧嘩なんて生涯でも指で数えられる程に少ないし、なによりも運動経験の乏しい万年帰宅部だ。
主人公補正というものが無ければ可愛く美人なヒロイン達に好意を向けられることもないし、今回も桐が俺に組み込み作動した肉体強化ナノマシンというご都合展開そのものも存在すらしなかっただろう。
俺はきっとユイよマサヒロと出会い、ダラダラとした高校生活を全うして大人になっていったに違いない。
ホニさんが狙われる……そして俺も狙われる。
それはもう決まり切ったことで、狙われた俺たちに向かって桐の言うアイツらは殺しにかかった。
引き返すこと道なんてどこにも有りはしない、桐の挙げた二つの選択肢から俺は選ぶことになる――俺とホニさんが生き残る為には。
こうも解釈を早く、ある種冷静に考えられているのはきっとやっぱり存在する”主人公補正”によるものだ。
かつての俺は少なくとも命を狙われていることなんて知ってしまったら、死の恐怖に怯え動揺し錯乱しただろう……でも守るべき人や物があるならば、少しでも俺は弱者なりに足掻けていたかもしれない。
俺は主人公になり、それが原因とは言いきれないが俺はある種の冷静さを保てていた。
矢が飛んできたその時に。俺はホニさんを狙うといった雨澄からホニさんを抱きかかえて必死に逃げ出した。
あまりに唐突で、理不尽で、飛び道具が相手の絶望的な状況の中で走れたのは何故か――それはきっと主人公になったから。
……主人公という理由が大きくあったのは確かだ。それでも俺は心の奥底からホニさんを失いたくなかった。
だから走り続けられたと思う、自分も狙われることになっても意に反さずひたすら逃げた。
これは主人公だからやったことなのだろうか? それだけじゃない――そう信じたい。
俺はホニさんを大切な家族で、人だと思っている。主人公でなくても、俺はホニさんを守りたいを思ったはずだ。
ここからは決断だ。
こうも主人公として意識して、冷静さを持てている俺はどんな選択をすればいいのか。
「逃げること」逃げても逃げても、その狙われる恐怖から解放されることは桐の言う通りならばないだろう。
「戦うこと」戦っても戦っても、無力さに傷を負って最後には命を落とすかもしれない。
そして桐の言わなかった選択肢「諦める」ホニさんも自分のことも諦めて、ただ死を待つ。
挙げた全てを俺は選択出来ると思う。
でも……何のために狙われて逃げるのか、何で俺たちが諦めなければならないのか。
理不尽に思わないか? 不条理に思わないか? 後悔しないか?
俺はなんで狙われるのか、その理由を知りたい。
訳も分からずに殺されるなんてまっぴらご免だ。それも家族であるホニさんをも。
俺はホニさんを生半可な気持ちで連れてきたのか? ……少なからず理由があったはずだ。
突き放すことも、元の場所に返すことも――非情と思われようが出来ただろう。
俺はなぜそうしなかった?
俺はホニさんに何か繋がりを感じたからだ。
乙女的な言い方ならば運命的な出会いだったとも言える。肝試しの日に神様へと貢物としてお揚げを持っていった――
そこには孤独に過ごしている神様が居た。何年も年百年も――同じ場所ですっと居続けていた、少女の姿をした狼の神様。山から下りればその景色の新鮮さに目を輝かせていた、お茶目な神様。
そんな神様の笑顔が俺は大好きだった。嬉しそうにする姿が俺にはみているだけで幸せになれた。
それを見続けたい、そして俺の家族である彼女を守りたい。そんな理由じゃダメだろうか――
「……桐、俺はどうすればいい」
「だから言うておるじゃろう。お主が戦うか、逃げ――!」
「俺はただの男子高校生だ、運動経験も殆ど無ければ、剣術なんて端くれさえありゃしない。そんな俺はどうすればいい?」
今になってナノマシンとやらの効果が切れてきて、じわりじわりと足の付け根からふくらはぎ、足の裏に至るまで筋肉痛寸前になりつつあった。
でもそんな痛みを感じながらも、俺が出来ることを桐に聞く。
「俺が、守る為に戦うにはどうすればいい」
「……そうか。お主はその選択をしたか」
その答えを期待したかのように、幼女スタイルに似合わない邪悪な笑みを浮かべながら頷いた。
「ならば……特訓じゃな!」
桐は立ち上がり言う。
「少しぐらいならアイツらの眼をごまかすことは可能じゃ、しかしそれも少しじゃ。一週間準備出来るかはほぼ無いに等しいのう」
「……少しぐらいの時間でも今の俺は変われるか?」
「お主の根気次第じゃな。どうするかの?」
俺はこのままじゃ守るなんて口先ばかりのクソ主人公でしかないだろう。
一週間という付け焼刃でさえない短い期間で……俺が劇的に成長するとは到底思えない。
それでも……何もせず、抗うことなく終わるのはご免被るね。だから俺は少しでも、少しだけでも――強くなりたい。
「基礎体力や腕力などを付けるのが先決じゃな……ユウジの体を見る限りは運動経験はなくとも、どうやら使っていないだけで足腰も腕力もありそうじゃな」
「……いやいや、ないだろ」
「まあ、それは実践あるのみじゃ。お主の決意はしかと受け取った、わしも力こそないが能力面では全力でサポートするつもりじゃが」
「そうか……色々頼む」
「ホニ」
「……え?」
ホニさんは俺が考えていた時間も、桐が話す時間も口を閉ざして俯きながら俺たちの話を聞いていた。ふいに桐に振られて、少し動揺しているように見えた。
* *
「お前はどうするつもりじゃ?」
わしは問う、ホニが今の会話を聞いてどんな考えを示すのか。
「どうするって……」
「ここに居たいか?」
ユウジの居るこの家に日常に。なんだかんだ言っても受け入れてくれたミナに可愛いと愛でるユイの居る世界に。
わしから見てもそれは温かな、それでいてきっとどこにでも溢れている世界。
「でも……そうしたらユウジさんや桐に迷惑をかけちゃうよ」
迷惑……か。
どの口が言うか。ついて来たのもほぼお前が勝手に言いだしてそれをユウジが納得しただけじゃろうに……それに家族で迷惑になるから遠慮するなど、わしは認めないぞ。
「ホニ、それはない」
少し軽蔑するようにわしは言い放つ。
「え、ええっ! 我はユウジさんと桐に傷ついてほしくないよ」
軽々しくそのような気遣いの言葉を使わない方が良いというのに、それではまるで――
「……他人事じゃな」
「!」
少し心外じゃな。あれだけげーむをしたというのに……まあ勝敗は別じゃが、うむ。
「少なくともわしは他人とは思ってはおらぬ、ホニもユウジもわしは家族だと思っておる」
まあ、残念なことにユウジもホニを可愛がっておるしな。
……まったくわしというものが有りながら、ユウジが全力で愛でている対象はホニじゃものな。
お前と遊びながらも少なからず嫉妬しておるのじゃぞ?
じゃが、ホニのつくる味噌汁は旨いしな……なにより言い話し相手で、ゲームの盤上では良きライバル――わしにとってもホニは家族の一人じゃな。
「……家族?」
「ああ、俺も少なくとも家族だと思ってる。大切な存在だ。それにホニさんが悪いことした訳じゃないだろ?」
大切な存在という言葉に反応してしまったわし。そんなことを言ってくれるホニが少し羨ましいかもしれん。
いや少しどころではなく、かなりな。にしてもユウジは本当に優しいのう……まあそれはわしにも皆にも言えることじゃが。
「……でも、でも我は!」
「ユウジは決意したぞ。自分の身と共にお前も守ると。お前はもうここに居ることに飽きたかの?」
飽きたなどとほざいた暁にはギャルゲーも真っ青な本気グーパンチをお見舞いすることじゃろう……というのは冗談じゃが。
だとしてもホニもこの温かい家族を感じてくれていると良いのう。
「! 飽きるなんて! そんなこと有り得ないよ! ここに居れることで、知ることがなかったことを沢山知ることが出来た。そしてユウジさんに桐にユイにお姉さんに――色んな人と出会えたんだ」
「それならば、どうする?」
聞こうじゃないか、そこまで考えて。どうしたいかを。
「我は……まだまだ知りたい、この温かい場所に居たい」
ホニは目を瞑って、心の奥底からそう望むように言う。
「そうか……それが聞けたからには、わしは全力で助力しよう」
「でも、本当に――」
「……ホニはわしらを家族とは思ってくれんのかの?」
「そう思っていい……の?」
「「もちろんじゃ(だ)」」
「ここに居たいから、ユウジさん達とこれからも過ごしたいから――桐、我も」
そう言おうとするのを遮る。
ホニは神様で、わし以上にも力を発揮できることをわしは口言はしないがわしは知っている。
でも、それがホニにとっては――
「そろそろ結界が解ける頃じゃな、戻り次第ミナを呼び出すことを推奨するぞ、ユウジ」
「……ああ、そうだった!」
ユウジはポケットから携帯を取りだす――それと時を同じくして、アイツらの張った結界が解けていく。
日常が戻る一方で考える。ユウジには申し訳ないが戦って貰わないといけない。
そう筋書きをゆっくりゆっくり進める為にも。