第234話 √2-39 G.O.D.
バトル展開なのに手抜き回になってしまった……
世界が壊れた。
それは何の比喩表現でもなく、その言葉通りのこととしか表現できない光景が目の前には広がっていた。
目の前の風景が変わって行く……いや、姿形は変えないで変色していく。
いつもの景色が色を変えるだけでこれほどまでに冷たく不気味なものになるとは想像出来なかった。
俺の見ているものは現実なのだろうか……いや、これは違う。きっと俺は夢をみているんだろう。
現実なら、ここまで色を露骨に塗り間違えたような空や商店群にはならないだろうし――
なによりも、音が消える。そして気付けば周りを歩いていたであろう商店街の人々が姿を消していた。
「おい……なんだよコレ」
当たりを見渡して――すると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「ユウジさんっ!」
「ホニさん!」
ホニさんが状況を把握できていないような表情で駆けよって来る、そして俺も似たような表情をしているだろう。
「ユウジさん、お姉さんは!」
「そうだ、姉貴――」
辺りを見渡しても、そこには人っ子一人いない……背景だけの世界。俺とホニさん以外が故意に除外されたような。
「どうなってんだよ」
「我にも何がなんだか……」
二人回るように商店街の道の中心で辺りに目を向けて行く……しかし、そこには人影はない。
「ユウジさん……なんか嫌いだよ、この風景」
「ああ、俺も見てて気持ち悪い」
途方に暮れるその瞬間に、俺たちの声とは別の音が聞こえる。シュッ――空気を切り裂くような、何かが付き抜けるような音。
ガツンッ。
「な……」
「!」
目の前にはアスファルトを砕いて矢が刺さっていた。上方から、ギリギリで俺たちを避けるようなところへ撃ち付けていたように思える。その矢から続けるように――
『……この世の異は消さねばならない』
上の方から聞こえる女性の声……そうだ、この声には僅かに聞き覚えがある。
廊下ですれ違いざまにコトナリと呟いた時、そして世界が壊れる瞬間に。
思えばこの不気味な世界も冷たく。そして俺たち以外の人を拒絶した――
『そして……異に憑かれたものも消さねばならない』
冷淡で起伏の無いこの声には饒舌がひどく似合わない。
空を見上げるように上を見れば地上七メーターほどの二階建て商店の屋根から、矢を放ったであろう弓を構えている深緑色の髪を持つ制服姿の女子生徒。
『だから……二人には死んでもらう』
「!」
衝撃の発言がなされた直後に再び放たれるは矢。今度は俺の横ギリギリを通り過ぎる……少しでも動いたら腕を抉られていただろう。
「ホニさんっ!」
「う、うん!」
俺はホニさんの手引いて走り出す……同じところに留まったら、体を貫かれてても不思議でない。おそらく矢を放つ彼女は――
ガキィンッ、そうしてアスファルトが砕け散る。
俺たちを殺す気でいるのだろう、漫画の読み過ぎでもなんでもなく……明確な死を俺は感じている。
そこまで殺しにかかられるほどの事を俺は何かしたのだろうか、至極まっとうな疑問が沸き上がる。
そもそも彼女の言う”コトナリ”とはなんなのか……そう思う後ろで、ホニさんは――
「きっと、我のことだよ」
”コトナリ”は。と呟いた。ホニさんは沈んだ声で、先程までの周囲に広がる景色に瞳を輝かせていた時の元気はなかった。
「……ああ、ちっくしょう!」
「えっ」
俺は逃げる、ホニさんを抱き上げて走って行く。意味も分からず理不尽に、全てが壊れた世界を俺はひた走る。
矢継ぎ早という表現がそのものな程に矢が次々と前を通り過ぎ、それを寸前で避ける。
『逃げないで』
「誰が聞き入れるか! そもそもお前はなんなんだ! いきなり弓なんか射ってきやがって」
『……私は異を狩るモノ、普通の人間と存在を違え。調和を崩す異は私たちが打ち消す』
「がぁー! 意味分からねえよっ!」
抱きかかえるホニさんの口から「そっか……我は人から見たら、変わってるもんね。異なるもんね」耳も尻尾も……喋り方も知識も何もかも……そう呟いた。
俺はそれに反応したくなかった。彼女らがホニさんを”コトナリ”とみなして狩るというのならば……俺はホニさんを守る。なにせ家族を守るのは当然の義務だからな。
”コトナリ”とは呼ばせねえ、ホニさんていう可愛らしくもどこか立派な名前を持っている……俺はこんな展開認めない、ホニさんを失うことを許さない。
そう胸の奥に確かな決意を潜ませつつも、俺は矢を避けながら走って行く――
* *
「ユウジさん」
「ん、なんだ?」
必死に走る中でホニさんと会話をするものの、やはり自分の息は絶え絶えだ。己の体力の無さを改めて自覚する。
「こんなことに巻き込んで、ごめんなさい」
「ホニさんが謝ってどうする。……そんなことよりも、追っかけてくるこいつらに俺は怒りの矛先は向いてるね」
「ユウジさん……」
「――大丈夫だ、なんとかする」
確証が有るわけでもなく、自信のほどもない。
けれど、護らないと。そんな一心でパンパンになりズキズキと痛む足を前へ前へと持っていく。
脂汗が流れる、流石に軽いホニさんとはいえ人を抱えて走るのは負担が大きい。
どこまで走ればいいのだろう、商店街を今抜けて……壊れたままの世界を必死の思いで駆け抜ける。
そんな時だった――
『ユウジ、聞こえとるかの?』
その声は聞き覚えがあり、憎たらしくも嫌いにはなれない――老婆喋りが特徴の。
『わしじゃ、このまま家の方へと迎え。わしがなんとかする』
桐がいつの設定だよ、と言わんばかりに俺へと”テレパシー”のようなものを通わせて。脳内に桐の声が響いた。