第227話 √2-32 G.O.D.
最初のジャンルの中に「アクション」があったことを覚えているだろうか? ――つまりはそんな感じ。 後半一部にマイ編ラスト並みの猟奇表現あり、各自で飛ばすことを宜しくお願いします。
その夜は、常より静かで常より深い闇色に染まっている。
灯りは半分の月が照らすだけ、そんな月明かりを背景に二つの影が住宅街の屋根群を飛び移る。
「人にしてはやるな」
一人は女性。その声は大人びているがしかし容姿は比較すれば幼い、少女と言ってもいいでしょう。
もう一人は男性。声はハキハキとしながらも落ちついた好青年で、スラリとした長身ですね。
「君も僕が出会った異の中ではマシな方だよ、三分近くも持つなんてね」
飛びながらも向き合う二人は双方で挑発するように言う。
その戦いの場は狭く、同じ家の屋根を何度も何度も二人は踏みつけ飛ぶ。
「……私を馬鹿にしていると、後悔するぞ」
「どんな風に僕は後悔するのかな?」
青年は片手片腕を何故か真っすぐに体に平行に伸ばしながら、襲いかかる厄病神に対峙する。
青年のの言葉には厄病神は声で答えず、行動でまずは示す。動きを止め、屋根に向かって人差し指を向け。
「例えば、こうだ」
ギギギギギギ、ガタァンッ。厄病神の指した屋根に突然大きな力が加わり金属屋根が空き箱を潰すように簡単にひしゃげた。
そこからご丁寧にチェーンソーでカットしたかのような長さ二メートル薄さ数センチの金属製の板を一瞬に加工、手に握る。
犠牲になった家屋は他の部位も悲鳴をあげ、ガラス窓は割れ雨どいは宙へと浮いた。
「……こんなことをするから僕たちは異を消すしかないんだよね」
内なる想いを誰にも悟られない、ポーカーフェイスで厄病神を見据えて呟く。
「喧嘩をふっかけた本人が良く言うものだ」
ひしゃげた屋根をクラウチングスタートのスターティングブロックにするように、勢いを付け青年へと金属板を構えながら飛び向かう。
長さ二メートルでいくら薄いからと言っても、重量はまがりなりにも金属製なように重さを有しそれを体に打ちつければ、普通の人間ならば骨の数本はおろか内臓を破裂させるのも、そこに”金属の板”を軽快に振りまわせるほどの力があれば容易なことだった。
そして彼女はそれだけの力がある。その板を片手で、それでいて重心が取れないであろう端を持って、更にはそれをホースでも振りまわすように。
しなる金属板は真っ先に居る青年を捉える。振り幅の大きいそれはほぼ確実に青年の体を捉える事がほぼ約束されていた、しかし――
「僕をそんな板ごときでどうにか出来ると思ったら大間違いだよ?」
「なっ」
早かった。厄病神が遅い訳ではない、少なくとも五メートルはある屋根間をものの一秒足らずで移動するのだから破格だった。
しかし青年はそれを分かっていて、あえて待っていたかのような余裕を見せながらも後ずさって避ける。青年は常軌を逸すほどの速さがあった。
目標を捉え損ねた金属板は民家の屋根へと衝突し、けたたましいほどの金属音と衝撃を繰り出した本人へと伝えた。
「まだだ」
空いた非利き手を何もない場所で大きく開いてから――ギシギシと手の先にある電柱が嫌な音を立てた、その瞬間。
「お遊びはここまで、で。”虚界”」
「!?」
厄病神が呆気に取られている間に周りの景色が前触れもなく変わって行く。
それは町の姿をしていながらも、ひどく空虚で月は赤く、景色は黒い。
血に染められた月が、暗い大地を照らす――この世のものではない異常に溢れた光景。
「き、きさまは何をした!」
「ちょっと、ね。まあ、いわゆる結界のようなものを張っていた……というところかな?」
「結界だと? そんなもの何時の間に――」
飛び移る屋根がほぼ定まり、伸ばした腕の先から結界を展開する為の要素を飛ばす。
「ふん、結界を張ってもお前を倒せば消えうせる。今の自分にはさほど影響は無さそうだな」
「果たしてそうと言いきるには早い気がするけども」
青年はすると学生ポケットから何か指でつまめるほどの小さい物体を取り出して、両手指の間に計六つほど挟んでから一気に手を払うような仕草で飛ばす。
飛ばす先には厄病神はいない――かつてまでは。
「先読み!? ぐあっ」
厄病神の行く先を完全に予想し、百発百中に捉えた。
「くっ、なんだこれは!」
飛ばされたのは見た目は何の変哲もない球だった。しかし体のいずれかに触れた途端に厄病神の動きの自由が失われていく。
ロウで固められたようにガチガチに体は固まり一切の自由を喪失した。
「最後は……後腐れなく、後始末に困らないようにっと」
「き、きさまはっ」
青年は背中へと手を伸ばし、しっかりと利き手である左手に掴んだ。
前へと現れるのは体長を超える長剣で腕三本分ほどの幅広で肉厚な真っ直ぐな両刃の刃、レプリカなどとは口が裂けても言えない程に磨き抜かれた鏡のような金属光沢を誇る。
装飾の少ないその姿は、ひどく淡泊で。それでいて機能性に溢れているが、その強大さが全てを凌駕していて人を寄せ付けることのない圧倒的な風格を持つ。
それを構え始める青年は、剣に気圧されるならまだしも対等かそれ以上の青年の全身の何倍、何十倍もの存在感を解き放っている。
「これで切れば、お仕事終わりっと」
「やめろ! それ以上刃を近づけるな、やめ――」
言いきる前に刃は疫病神の少女の体を真っ二つに両断した。切れめはあざやかな断面図のようで、その切れ味と綻びの無さを物語っている。
精気が抜け、離れ離れになる体は屋根を滑り落ちてアスファルトの地面へとぶつかって弾けた。
「この”虚界”を解いてっと――」
景色が元へと戻る。そして壊された家も屋根も全てが元へと戻っていく。
外れたパズルをまた見つけて埋めるような、簡単な仕草と僅かな時間で。
先程の肉体は見る影もなく、ここに戦いというものがあったのかさえあやふやになるほどに元へと回帰していた。
そして青年の手にはちりがみを丸めたかのようにくしゃくしゃにされた球体。それを非利き手で握り潰し――
「今度こそ、終わりかな」
非利き手は自由に、利き手は持っていた長剣を背中という元の場所へと戻す。
「……まったく、この町には異が訪れすげて困るねー」
困った様子は微塵もなく、人通りの少ない住宅街を何もなかったかのように青年は再び歩き出す――
* *
ナレーション切り替えっと……ふぅ。なんですか、あの超過激な表現。聞いてませんよ?
私がホラースキーじゃなかったら卒倒確実ですよ。にしても、疲れますね。
なんというか、見るのは好きでも自分がアナウンスするのは勝手が違いますからね。
そして舞台はまたユウジ家へと戻る。
居間のガラス戸から庭を眺めていた桐が、突然に表情を固くしました。
「…………!?」
「桐?」
そのずっと見つめる桐に、不審に思ってユウジは聞きます。
「顔、真っ青だぞ? 風邪なら早く寝た方が」
「いや……なんでもないぞ」
そして「じゃあわしは自分の部屋に戻るからの」と言い残して去って行く。
「お、おう――どうしたんだ? アイツ」
訝しげに桐が去った居間の扉をユウジは見つめていました。
「もう、来たか」
桐の実は淡泊な様子の部屋で一人呟く。
まるで、これから先の暗い未来を考えるような、何かが訪れることを思いだしたかのような虚ろな表情で。
「ユウジ、頑張るのじゃぞ」
その聞き手がいるはずもなく、夜の静けさに打ち消されていく。