第220話 √2-25 G.O.D.
ところ変わってユウジの家です。
ユウジが気になるあまり語り草を作ってしまった原因であるホニさんはというと――
『ほにさんのいちにち』
こうですか? わかりません。
* *
我の朝は早い。
「ふぁぁ」
――わけではなかった。ユウジさん達に比べると少し遅い。
近くに置いてある時を刻む機械を見るに太く短い針が「7」補足長い針が「6」を指そうとしているところで我は目覚めた。
我はせーらー服と呼ばれる本でいつか見た学校制服を見に纏い、腰をも超えて床につかんばかりの黒い長髪はベッドで生き物ように複雑に寝ていた布団に投げ出されている。
「……起きないと」
元々眠ることが好きだった我にとっては朝はおっくうだった。それでも、ここに住まわしてもらっている以上は努力しなければらならないと我は思う。
「頑張ろう……ファイトだよ、我」
頬をぺちぺちと軽く叩いて、身を起してふかふかのべっどという高床式寝床から立ち上がる。
「昨日ユウジさんに教えてもらったことをやるんだから」
気を引き締めて、ユウジさんを送り出すぐらいの時間には起きないとね。
我はゆっくりとした足取りで部屋を出ようとして、そのさきほどまで寝ていた部屋を見渡す。
「(本当に、我の知らないものばかりだ)」
二日前にユウジさんとユウジのお姉さんからもらった部屋が目新しくて嬉しくて、ついついでんきと言われる灯りを付けてすっかり深い闇の色に窓から覗く空が変わるまで、我は夜更かししてしまった。
ちなみにそのせいで寝不足なのをユウジさんに言われて、今度からは気をつけよう。と意気込んで今日は頑張って起きた。
夢中になるほどにここに来る、来てからの景色は我にとっては興味があり胸を躍らせていた一昨日と昨日の我を振り返って思い出していた。
部屋に別れを告げて、ゆっくりと階段を下って行く。すると――
ギィッギィッギィッ。
何かを引っ張るような、何かを引きずるような音が我の行く先から聞こえる。
そんな我が見たものは――
「……はこ?」
「!」
そこには黒く長い箱……独特な形をしたそれを引っ張るユイが居た。
「おはようホニさん」
「おはようユイ……聞いていい?」
「うっ……な、何をかな?」
「それは何なのかな! 黒くて大きくて固そうなその箱は何かなっ!」
なんだろなんだろ、我の好奇心は次第に強くなっていく。
一体何を入れているのだろう、一体なにを入れる箱なのだろう、一体なんでそこまで黒いのだろう!
気になって気になって仕方ない。我は欲望に正直だから、興味の惹かれるものには遠慮しない。
「こ、これはだな……棺桶というものだぬ」
「かんおけ! これって確か我の記憶が正しければ”死者を入れる棺”だったよね!」
「う、うん。良く知ってるなあ、ホニさんはぁ」
「で、で! 何が入ってるの? 死体、死体っ?」
「ホニさんその発想はかなり偏って――って、まあ本来の使い方としてあってるのか」
「それで入っているのは水死体? 焼死体? 爆死体?」
我が本を読んで学んだことを披露してみる。おおユイが驚いた顔してる!
ふっふっふ、我もただ何百年もあの場所で過ごしたわけじゃないんだよ! これでも地震があるんだ!
「いやいや! 爆死体とか趣味の悪いレベルじゃないから!」
「えー、違う?」
「違うよ。ここに紛れもなく生きた――はっ」
「生きた?」
生きた……そのキーワードだけで我は連想する。そうだ、アレだ。誰かが口ずさんでいた――
「ビフィズス菌だね!」
「なぜにヨーグルトの入れモノにした! バケツでプリンならぬ、棺桶でヨーグルトとか斬新だな!」
「……もしかして違う?」
「うん、でもちょっと急いでいるから正解は……ウェブでなホニさん!」
「えええええ、ウェブってどこ!?」
ユイは走り去って行く、その棺桶と呼ばれる箱も軽くはないはずなのに。
「……んー」
そういえばユイは片手に鞄を持ちながらも、もう片手で棺桶に付いた鉄製の紐で引っ張っていた。
鞄を持っていったということはユイは学校に行ったってことだよね?
「そういえばユウジさんは?」
ユイは学校に早めに行ったけど、ユウジさんは?
我は再び階段を上がり、ユウジさんの部屋をノックする。
コンコン「ユウジさーん」
返事は無い。
コンコン「ユウジさーん、遅刻するよー?」
やっぱり返事は無かった。
コンコン「ユウジさんってばー、起きないと……っと!」
扉の前の丸い鉄具を回すと扉が開き、我が見たのは――
「……もう行っちゃった?」
そこには空虚なユウジさんの部屋。生活感とユウジさんの匂いも残っているけど、そこにはユウジさんの姿はなかった。
「ああ、ユウジさんの部屋かぁ……」
いけないいけない、興味があっても勝手に踏み込んじゃだめだよね! うん、ガマンガマン!
我は興味と好奇心を抑えてユウジさんの部屋を後にし、今度は食卓へと向かう。そこにはユウジのお姉さんが居て。
「おはよう、ホにちゃん」
明るい笑顔のユウジのお姉さんが居た。しかしユウジのお姉さん一人で、ユウジさんの姿は見当たらない。
「あれ、ユウジさんは?」
「ユウくんね、ユイちゃんと先に行ったみたい」
「ユイと先に……?」
おかしいな、ユイは一人で登校したはずなのに。
「ああ、もうこんな時間! ホニちゃん、じゃあ今日からお願いね?」
「あ、うん! 我、頑張りますっ!」
「じゃあ、ホニちゃんよろしくね。いってきますー」
「行ってらっしゃい、お姉さんー」
……食卓を見ると、そこには我の為に作ってくれた食事が並んでいる。
「うれしいなぁ」
こんな風に我の為にしてくれるのは久しぶり――って、あの出会った日を入れたらそんなに経ってないか。
でも、思ってくれるだけで。考えてくれるだけで。
「我は幸せ」
そうして置かれた朝食を食べ始める……やはりユウジのお姉さんの味噌汁は美味しく、ここにやってきた晩に出された時から我のお気に入りだ。