第204話 √2-9 G.O.D.
書き方が変になった
俺はこうして姉貴がせっせと片付けているであろう物音のする二階の空き部屋兼物置代わりとなっている部屋へと足を運んだ。
それも、一応ホニさんを連れてきた責任が俺にあることにある。いくらそそのかしたとはいえ、丸投げは良くない。
ということで手伝いに来た。姉貴にかかればジョ●ョイのジョ●かもしれないが、なにせ入った記憶が今までで殆どない部屋だ。
姉貴が定期的に手入れしていたとしても限界がある。おそらくは埃がフローリングの上に見事な絨毯をつくり上げているであろう。
と、いうことで数枚の雑巾と水の入ったバケツを持ってやって来た。頭には三角巾を付けて”必勝お掃除人スタイル”である。
「(……入るか)」
しかし、ここでふと考える。この中で本当に片付けているだけなのか、と。
もしかしたら「こんな服あったんだー」と着替えてる嬉しはずかし(姉貴にとって)のイベントの最中かもしれない。
あるいはふいに少年漫画的なエロスシーンに遭遇してしまう可能性もないとはいえない。
ましてや少年誌でも青年誌でもアウトな「赤い核実験場」と呼ばれるコミック誌に連載されている作品の展開のような十八禁一歩手前な光景が展開されているかもしれない。
ちなみにそんな展開に遭遇しても、俺は目を背けることで事足りる。
そう、問題はそんな展開の中心となる姉貴だ。もうノリに乗って「赤い核実験場」と呼ばれるコミック誌でもアウチな展開、いわゆる襲撃をしてくる可能性が満に一つ無いとも言えない。
それほどに、最近の姉貴は危険だ。
生徒会濫用による襲撃に、日常でのあれやこれやアレ。もはや説明したくないほどに驚きな行動を見てしまっては……こういう思考にならざるを得ない
と、この思考〇コンマ五秒のこと。まさ刹那たる時間に考えられたことである。
そうだ、と手を打つと。俺は何の変哲もない木製ドアを右手で軽く叩いた。
「あー姉貴、俺だ。入るぞー」
「えっ、ユウくん!? な、なんで」
「手伝いに来たんだけど……邪魔か?」
「邪魔じゃないよ! いらっしゃいませご主人様!」
「……その出迎えは頂けないな」
「え、ユウくんは……おかえりなさ――」
「さー、入るぞー」
姉貴の謎の出迎えの言葉を半ば制して扉を開けると、目の前にはダンボール箱が迫っていた。
「……はぁー、出オチレベルだな」
思いのほか荷物量が多い。おいおい、これでホニさん用に部屋を空けれるのか?
「ユウくーん、こっちー」
「あ、ああ」
出オチと言わんばかりに積み上げられたダンボール群に圧倒されながら、人一人通れる合い間を縫って姉貴の声の元へと進んでいく。
ダンボール群のせいで打ち消された証明の灯りが次第に明るみを増し、開けた場所へと出る。
まさに姉貴を中心に片付けが行われていたようで、周りだけが綺麗にかつ床はかつての輝きを取り戻していた。
「わざわざごめんねー、ユウくん」
「いやいや、姉貴にまかせっきりじゃ悪いからな」
さっきの脅迫まがいのことはいいのかと言われればどうしようもないがそれは水に流して欲しい、水量大で。
「ユウくん……」
親孝行ならぬ姉孝行に感動したか、目を潤ませる姉貴。俺を相手にすると大体オーバーリアクションがデフォな姉貴であった。
「あるだろうけど、一応水と雑巾な」
「ユウくん……」
しかし姉貴のことだろうから、と思い床を見るとやはり余分に多く持ってきた雑巾とバケツ三杯分の水が置かれていた。
流石姉貴。しかし下でホニさんと話していた時間はごくわずかであり、二階は水周りはあるものの使用できないところにある為に水汲みに一階には一度下りなければならない。
しかし聞こえた足音は一度きりで、仮に忍び足をしたとしても少しは何か音が聞こえても不思議じゃない。
……どうやってこんな量の水と雑巾を短時間かつ、音もたてずに運んだのか。
謎が残る行動ではあったが、対して考えても意味が無いことを知ってすぐさま思考放棄をすることとした。
「じゃあ、俺はどこから……とりあえずダンボールはどこに――」
「……やっと二人きりになれたね」
うん? ああ……聞き間違えか。
「姉貴、あのさ。ダンボールはどこ――」
「やっと二人きりだね、ユウくん」
……あー、最近耳掃除してないな。
「だから、姉貴? ダンボールの退避場所を」
「ユウくんと私……二人だけの部屋」
……おかしいな、そんなギャルゲー脳だっけか俺。
「ダンボール箱をですね」
「ここが全ての関係の始まり、ユウくんと私の……」
幻聴か、聞き間違えか、はたまた暗号か。
「姉貴、何言ってるのかわかんないんだが」
「ユウくん。ここなら誰も邪魔は入らないよ?」
「えーと……ミナ姉さん?」
「……ここではミナでいいのっ」
「…………」
嬉しくないギャルゲ展開キター。
いや、本当に嬉しくないって。姉貴だよ? いくら美人でも姉貴。
そう簡単にヨスガっちゃだめでしょう、というか俺掃除しに来たはずなんだが……そうだ、掃除だ! クリーニングだ! ホテルで言うベッドメイキングだ!
「ユウくん心配しないで……音はあまりたてないようにするから、きっと誰も気づかないよ?」
伏線だった! さっきの水運びうんたらは伏線だった!
「俺は掃除をですね」
「掃除の前にユウくんとカンケイを築きたいです」
「……一応お聞きしますが、姉弟という関係なら俺の熟知する限り出来上がっているはずなのですが」
「もう、ユウくんっ。……お姉ちゃんに言わせるの?」
上気した肌、粗い吐息、据わった目。鑑みて分かることは――おそらくこれから訪れるのは最悪の展開ということだ。
「いやー、自慢じゃないけど鈍いからさ、俺。はっきりと――」
「結婚しよう、ユウくん」
俺の予想はあくまで、ヨスガる程度だった。いわゆる家族から恋人どうしへとランクアップ……まあ、これでも大問題には違いなく、今までならブン殴って解決するところなのだが。
いやあはっきりだね、はっきりですねえ! それも予想を付き抜けて……結婚ですか! これは笑えますなあ、なあ? ははは……って軽快に笑えるかボケエ!
「落ちつけ姉貴、なんだその発言は。俺達姉弟じゃないか、法律上は――」
「法なんて私たちの愛の前では障害でさえないわ」
まさかの法破壊宣言。
「いや、でもモラルというものは」
「私たちの愛で、そんな小さいことは目の前の塵と消えるの」
消しちゃった! モラル完全消滅! 常識という二文字が姉貴の頭の中から確実に崩れ去っている事実を確信する瞬間であった。
「いや、姉貴。そもそも私たちとか言わなれても、そもそも俺は――」
「……昔の王族間では、血を深める為に近親間での――」
「言うな!」
まずいぞー、ひっじょーにまずい。
何がまずいって、ここは姉貴が造り出したフィールドであり、姉貴のどこにも隙がないことだ。
揚句の果にさりげなく、俺の来た道はあとあとご丁寧にも塞がれている、流石姉貴。認めたくは無いが抜け目がないぜ。
「ユウーくーん!」
「待て、待て! お座り! ええい、やめろおおおおおおお」
ルパンダイブ(もちろん服は着用)よろしくのジャンプで俺へと襲いかかる姉貴。
しかし生存本能が働いたか、俺は寸前で体を横へと倒して丸太のように転がった。
「っぶねー、な! って……ん?」
そして、その姉貴が近づいた瞬間に香る……鼻に着く果実系の香りと、アルコール臭。
俺が避けたことで呆気に取られている姉貴を裏目に、俺は体を起して言い放つ。
「姉貴、酔ってるだろ」
「……ユウくんは、何を言い出すのかな? 私は酔ってなんか――」
タガが外れたかのように発情状態の姉貴、理性の欠片も感じられず、俺の聞いた質問は十割九分返って来ない。そして姉貴から発せられた果実とアルコールの香り――
「……ワインか?」
「飲んでないよー!? ただ、そこに瓶入りのぶどうジュースが――」
「素晴らしいほどにベタなボケですねえ!」
なんだその在り来りなボケは……そう思っているふつふつと苛立ちが沸き上がって来る。
なんで、片付けるだけでこれほどまでに手を患らわされなかればならないのか。
いくら半ば脅しでも良心の呵責で手伝いに来たというのに、姉貴本人は曰くぶどうジュースでぶっ倒れていると来た。
さあ、俺。どう行動する? 貞操の危機ごときでビビってどうする、男だろ? そうだ、俺がまずすべきことは――
「姉貴目を覚ませ」
と言って、持ってきたバケツの水をぶっかけた。
一応弁明するが、これは水道から入れてきたばかりの綺麗の水でありバケツも一応綺麗なものだ。
間違っても、家庭内暴力の発端ではないこと。弟から姉への虐待の現場と勘違いされないことを祈るばかりだ。
それにこれは正当防衛でもある訳だ。そんなところで、神様仏様と一応親への弁解を終わらせたところで。
濡れに濡れた姉貴を見る。どうやら冷水で一気に酔いが醒めたか、辺りを見渡し自分の濡れた服を見下ろす姉貴。
ちなみにこのとき”濡れたせいで下着が透けてたんじゃね?”とかいうくだらない疑問については受け付けるつもりは一切ない。
「……はれ、私どうしてた? あれ、なんで私濡れてるの?」
「分かりやすい惚け方だなあ」
「?」
どうやら酔っていた時のことは覚えていないようだ。
「とりあえず、それじゃ風邪ひくから風呂シャワー浴びてきたら?」
「ユウくんといっしょに?」
「……姉貴覚えてそうだな」
なんとも都合のいい話だ。
「いいからシャワー行ってこいー、着替えは……」
「ユウくんのがいいな」
……まあ姉貴の服探しの為に部屋を探るのも気が引けるから、とりあえずは。
「……短パンとTシャツでいいか?」
「うん! 出来れば、今ユウくんが来ている奴が――」
「行けっつうの」
「ああ、もったいない……」と渋々自分で塞いだ道を開けて風呂へと向かった姉貴を見送ったところで、俺は自分の部屋へと向かう。
部屋にある時計を見て気付いたのは、これで三〇分も消費していることであった。
「……気が遠くなるな」
もしかしたら、今止めなかったら姉貴酔い潰れてたまんまとか?
……襲撃未遂にあったことを抜いても、俺が手伝いに行ったのは正解だったようだ。
しかし、このペースで……いいのか?
「はぁ」
引き出しから化学繊維の安い短パンと、畳まれた絵柄未指定のTシャツを取りだすと俺も姉貴を追って風呂場へと向かう。
「はぁ」
今日何度目も分からないため息をついた。