第203話 √2-8 G.O.D.
姉貴の気絶で肝試しはお開き、姫城さんやユキには悪いと思った。
最初俺は姉貴とホニさん連れて帰るから、他のメンバーで続けてと促したものの。
気を使ったのかは分からないが結局皆帰ることとなり、実はじわじわと準備していたマサヒロの肝試し仕掛けが完全に徒労に終わった瞬間でもあった。
マサヒロは渋々、他の皆は「ユウジー、夜遊びもいいものだねー」やら「ユウジ様、またぜひ次の機会も……いえ、私が夜間――」と案外楽しそうに帰って行った。
二人の表情通り、こんな風に夜顔を合わせるだけというのも新鮮味があって確かに楽しいかもれない。
しかし俺はそれを考えるよりも、目を「×」にして気絶する姉貴をどうにかしなければならず――
「わー……わー……」
「……(汗)」
本当に神様を拾ってきました。気絶更新中の姉貴を負ぶさりながら下山し家へと向かった。
隣をひょこひょこと歩く自称「神さま」ことホニさんは家までの過ぎゆく風景に目を宝石のように輝かせていた。
聞けばウン百歳の見た目に騙されてはいけない、ご長寿さんなので一応敬語も試みるも「我を助けてくれた恩人だから敬語はナシ!」
と、言われたのでタメ口。しかし流石に呼び捨ては頂けないので”さん”付けで通している。
「ユウジも大変だねえ、まさかミナ姉気絶するとは……重くないか?」
「まあ、ショックに弱すぎな気がしないでもないけども。重くは無いぞ?」
姉貴は思いのほか、というかかなり軽かった。
年上でスラリとした長身なだけに覚悟していたが、そうでもなかった。
「しかしだな、これは……」
……しかしこの背中に当たる柔らかな魅惑の感触に俺の理性はフルボッコ状態でもある。
おい、俺。冷静になれ、相手は姉貴だ、うん、姉貴。姉に貴族の貴と書いて姉貴。うん、染み渡った!
「慣れたっ!」
「何に!?」
そうだ、煩悩よさらば。俺は業務用スポンジでも背負っていると思えばなんと気が楽な事だ。
「それでユウジ殿下、この子はどうするのでせう?」
「いや……当分は家で預かることになるのか?」
絶賛放任中の母親は居ないし、無駄に小分けされた家の二階には使われていない物置代わりと相成った部屋がいくつかある。
掃除して片付けて有る程度の居住空間を確保した後、当分は過ごしてもらおうという考えだ。
「というかユウジしゃんは大胆だねー、まさか落ちてた女の子を拾ってくるなんてー」
「まあな……」
いつもの俺ならこんなことはしない。
いくら無情と非情と鬼畜だ言われようと、流石に少女誘拐紛い……てかガチ誘拐か。実のところは避けたい。
しかしこの子を連れ帰る、連れ帰らなければならない――そう直感が言っていたのだ。
猫を拾って育てるなんてチャチなものじゃないのは分かっている、それでも俺はこの人を連れ帰りたかった。
よろけたセーラー服と少しでも漂う寂しさに思わず、だ。なによりも彼女は強い意志で俺に連れて行ってほしいと言った。
だから……まだ身の上話も何も聞けていないけれども”保護”的な意味合いで、俺が独断で預かることとした。
「悪いか?」
「いや、逆にバッチコイだ! こんなに可愛い子が来るななんて、ユウジグッジョブだ!」
「桐はどう思う?」
「ふふ、別によいではないかの? こやつの意思でもお主の意思でもあるからな、わしは口出しせん」
とまあ、今好評気絶中の姉貴を除いた家族の方々は別に異議を唱えはしないらしい。
そうすると、残るのは一番何か言いだしそうなアンコール気絶中の姉貴である。
身の上もなにも知らない女の子が急に家へと介入するのだから、ある種の理不尽さに怒りたい気持ちは分かる。
しか-し、姉貴の場合はあることで怒りを露わにすることになる――
* *
「ホニです、これからお世話になりますっ!」
「ああ、ということだそうだ」
家につき、目を覚ました姉貴へと簡単な紹介を試みた。
「許しません!」
ああ、やっぱり? というのが俺の感想第一号であった。
「一応聞くけど、なんで?」
「なんで、って……そんな見ず知らずの女の子を連れ帰っちゃ駄目です!」
「っていっても、聞くところ帰る宛てがないらしいし……なあ」
「ごめんなさい、本当にいきなりで我儘だと思うのだけど……でも我は! やっと、こうして外に出れたの! あなたのおかげで……」
外に出る、というのはあの墓地から出るということだろうか。
ただの電波ちゃんでなく、全てを信じるというならば彼女は元土地神で、今は俺に憑く守護神となったらしい。
俺ピンポイントの神になったことで土地よりも大幅なスケールダウンな気がするがそんなことはどうでもいい。
土地神ということは、ずっと縛り付けられていたということも考えられる訳で、そうなれば――やっとのこと、俺が連れ出せたのかもしれない。
山を下りてからのホニさんはそこら中に広がる日常の風景を、あまりにも新鮮にあまりにも衝撃的に感じていたようにも見えた。
「なあ、ホニさん。本当に帰るとこないんだよな?」
「うん……我の居場所はあの石だけなんだ」
「姉貴は彼女をまた石のところに戻すの? 人通りどころか、誰も居ないあの場所で」
「…………」
「頼む、姉貴非常識なのは分かってる。でもさ、とりあえずはさ。ここで預かることに出来ないか? 頼むよ、姉貴。迷惑はかけないから」
まるで拾ってきた子犬を、自分で育てるからと言って親に懇願するかのように。
俺は姉貴に頼んでいた。なぜ、ここまで俺は出来るのか疑問に思ったが、それは今はどうでもいいことだった。
「……わかったよ、ユウくんの頼みでもあるし。このまま見捨てることは出来ないもんね」
「姉貴……」
「部屋は地下室でどうかな?」
「…………」
姉貴最後の抵抗? ぶっちゃけ嫌がらせですよ、それは。
窓無し、光少なし、通気性悪し。夏はジメジメサウナ状態、冬は寒々と天然冷蔵庫と四季に渡って住めそうな環境ではない。
そのような最高の物件を姉貴は紹介したのだった。部屋は片付けさえすれば沢山あるというのに。
そんな姉貴の大人げさに嫌気がさした俺は、ここで秘策に打って出る。
「姉貴、そりゃないよ。俺が連れてきたから……分かった! よし、分かった、こうしよう! 俺に責任の一端は確実にあるわけだから、いっそ俺の部屋で一緒に。ホニさん、どう思う?」
「我は構わないよ! ここに身を置かせてもらう訳だし、それにあなたの傍に居た方が」
「……お姉ちゃん、空き部屋、掃除してくるね!」
目にもとまらぬ速さで駆け抜け、遠くで階段を駆け上がる音が聞こえる。
作戦は成功に終わった。つまりは姉貴が反対していた理由はおそらく「自分以外の女性が更にこの家に増えるなんて」が大きな理由だと思われる。
だから、自分で言うのは難だが溺愛する俺の頼みなのに、ホニさんには目の敵のように素晴らしい物件を紹介したのだと思う。
そこで俺は、あえて”俺の部屋にホニさんを~”ということを挙げた、すればホニさんが俺と同じ部屋で生活することに危機を感じるであろう。
なぜなら、俺の姉貴は弟をひどく溺愛しているからだ。
例えるならば、まさにテンプレートな父親であろう。
いくら小さくともホニさんは女性、何かの間違いで結びつくことも無きに等しい訳ではない。いや、まあ現時点で俺にはその予定は無いけれども。
娘を嫁に出したくない父親のように、弟を婿に――という表現はかなりおおげさだが、いわゆる独占欲も少し存在するのだろう。
弟を渡したくない。二人が結ばれる、それは二人傍に居れば必ずしもとは言えないが、確率はおそらく跳ね上がる。
それを危険視し、嫌がらせが裏目に出てしまうことを恐れた故の行動だろう。
と、なんだこの腐った解説はと。今更自己嫌悪に陥る、なんだよ結ばれるって。
ほぼ初対面のホニさんと結ばれる妄想をしているのだから、かなりの頭のわきっぷりである。
変態か、俺は年下に平然と手を出そうとする変態なのか! つまりはロリコンなのか、そうなのか!
むむう、少しは自制せねば。姉貴のピンク色の脳内のごとく重度の妄想パラダイスには陥りたいくないからな。
「よっこらせ」
さて、姉貴の手伝いにでも行くかな。
「あ、ホニさんはちょっと待ってて。ちょっと部屋整理してくる」
「……我の為にそこまでしてくれるの?」
「これからはここに住む以上一応は家族だからな」
「…………」
「家族って表現悪かったか? な、なら――」
「ううん、こんなに良くして貰えるなんて思わなかった。自分勝手で付いて来たけど……すごい嬉しいな。我はずっと一人ぼっちだったから、この愛情が温かい――」
きっとウン百歳通りだとしたら、土地神でどれぐらいあの場所ですごしていたのだろうと思う。きっと俺には想像もつかないほどに寂しい――
「……じゃ、ちょっくら行ってくるな」
「我も」
「いーや、まっててな。少しでも歩いて疲れてるだろし、ゆっくりしてて」
「……わかった、じゃあよろしくおねがいします」
俺はそうして慌ただしく物置兼空き部屋を片付けている姉貴の元へと向かった。