第621.21話 √6-20 『ユウジ・ミユ視点』『五月一日』
「ベタなイベントほど恋愛フラグが立ちやすいのよ!」
いつかの放課後生徒会室にて、小柄で平坦な胸を張りながら事務作業や定期報告などを終えてそう宣言するアス会長。
「三年生の修学旅行のイベントで肝試しをするから、私たちでデモンストレーションをしましょうという意味よ」
補足どころか翻訳レベルで説明するチサさん、どうやらユイの話していた肝試し企画のことらしい。
「参加者だけど生徒会メンバーは出来たら・どうしても無理じゃないなら・努力義務的に参加してほしいのと、友達やクラスメイトも事前に教えてもらえれば参加は大歓迎だよ!」
生徒会メンバー外はともかく、生徒会メンバーのそれはもう断るのが難しいレベルなのでは。
チサさんの追加説明によれば、現生徒会と一部他生徒参加によるお試し企画で実際に修学旅行へ組み込むかの是非を決めるようだ。
……というのは半分建前で、本音半分ほどはアス会長が学校イベントっぽいことを体験したかった的なこともチサさんにバラされていた。
肝試しに用いる機材・進行など実体験した上でレポートを作成、三年生修学旅行実行委員に提出して最終決定をするとのこと。
本質的には修学旅行のイベントデモンストレーションと生徒会主催レクリエーションを兼ねている感じかもしれない。
「ちなみに前生徒会メンバーがモニタリングとして参加するけど、特に声出しも顔出しもしないから安心していいよ!」
別に今更キャラ設定するのが面倒なわけじゃないんだよ、本当だよ! などとよくわからないことをアス会長は言っていたがキニシナイ。
それにしてもユイのリーク通りである、肝試しイベント自体や修学旅行デモンストレーションに友人を誘うのも良いというところまで一致である。
……実はユイって隠れ生徒会役員なんじゃないか? 情報収集担当・諜報部・生徒会隠密的な。
そして肝試し開催の日付は”五月一日”今週土曜日の夕方からに決まった。
五月一日
肝試し、怖い場所へ行っても恐怖に耐えうる力を試す夏の風物詩なものでようは恐怖体験だ。
お化け屋敷やらホラーゲームやら怪奇現象番組やら、人は怖いものに興味・関心から触れたいと思いコンテンツを生み出している、肝試しもその一つだろう。
事前に発表された肝試しの概要としては、使用許可を得た土地の山林・墓地・寺において少々ホラーギミックなどを仕込んだ一本道を”二人組”で進み寺に突き当たったら右折、少し歩いたところにある”神石”前にお供えものを置いて帰ってくるという流れだ。
あくまでレクリエーションなことから厳密さは求めず、何かを競うわけでもないので怖いと思ったら引き返していいことになっている。
”お供えものを置いてくるだけ”というのが肝試しの完走条件ではあるものの、神石前までにたどり着いた証明はルール上しようがないので各人の良識に任せる形にするらしい。
肝試し当日までに生徒会メンバー以外の参加者を募った……わけではなく「外部協力者の友人です」とリストアップされたのは俺の知る友人とクラスメイトだった。
「うっすうっす」
巳原ユイ、俺のクラスメイトにして悪友にして最近義妹になった長身系グルグルメガネ女子……女子? だ。
一応俺が誘った体をしているものの「肝試しね、把握してるオッケーオッケー。え、ほかにも数人呼べりゅ? お任せあれぃ」とのことでリーク情報も含めて口ぶりからして外部協力者とはユイその人と思っていいかもしれない。
ちなみに今回の肝試しへのスタンスとしては「肝試しイベントはラブコメとギャルゲーには欠かせねえ!」とのことで恐怖を体験したいというよりはイベント参加勢・一種の娯楽として考えているようだ。
そしてユイが誘ったクラスメイトというのも――
「た、楽しみだなー」「よろしくねー」「よろしくお願いします」
まずは篠文ユキさん、何故か棒演技っぽいのはクラスメイトにしてクラスからの男子人気の高いポニーテール系女子だ。
肝試しへの参加理由は「ユ……ユイに誘われたから!」とのことで、友人に誘われだけで肝試しというコンテンツに特別関心があるわけではないのかもしれない。
続いでは嵩鳥マナカこと委員長、ごく自然体にして軽くこちらへ手を振るクラスメイトにして俺の知る限りずっと”学級委員長”だったこともあって大半の同級生から委員長呼びで定着しているメガネ系女子だ。
肝試しにおいては「面白そうだったので」と単純明快、イベントへの関心なのかホラーコンテンツへの関心なのかはわからなかった。
最後に姫城マイさん、礼儀正しく頭を下げるのはクラスメイトにしてミステリアスな雰囲気漂う黒髪ロング系女子だ。
肝試しについては「ユウジ様が参加するとのことで」なぜか俺が理由になっていた、あんまり面識ないのに、なぜ……? 何かやらかして恨まれてる……?
そんな四人にアス会長・チサ書記・姉貴副会長・福島会計・俺の九人である。
そしてこの肝試しの開催場所である墓地にして寺の関係者であるマサヒロは「やりたいゲームがあるからパスね」と欠席とのこと。
そうなるとペアにおいて一人余るか三人グループになりそうだが――
「アタシは運営に回るからみんな楽しんでくれい!」
ユイは運営サイドに回るらしい……ってか決まってた? 完全に中の人のリークだったでござる。
「公正なくじ引きでペアを決めるよ! そこ、私をネコマロ (ネコモチーフのマシュマロ、アス会長の好物) で釣ろうとしない!」
堂々賄賂を渡そうとした姉貴がアス会長に静止させられる、言葉と裏腹に口元には涎が光っていてギリギリセーフだった。
そうこうしてユイが手に持ったくじ箱から各自くじを引く。
折りたたまれた三角形状の紙くじで、開くと番号が書かれている。
「私はチサと一緒のようね!」「よろしくねアスちゃん」といつもの会長・書記コンビが出来上がった。
「……よろしくお願いしますお姉様」「よろしくねー」とペアになったのは姫城さんと姉貴だった……何故お姉さま呼び。
姉貴は賄賂を渡そうとするまでくじの結果に執着するのかと思えば、こうしておそらくはお目当てではないペア相手の後輩ににこにこ接しているのが少し意外だった。
むしろ少々涙目で時折こちらをちらちらと覗く姫城さんの方がショックのようだ。
「むむ残念」「よろしくね委員長」こちらは委員長と篠文さんペア、二人ともあまり接点はなさそうだが最近は姫城さん含めて一緒に居るところを何度か目撃しているので仲良くなったのかもしれない。
ということは――
「お! ユウジとペアか! やったな!」
「ああ、よろしくなコナツ」
俺とのペアは福島となった、女子勢から視線を感じる……がこうするしかなかった!
だってこのくじ引きだけで四回死んでるのだから!
* *
福島と親交を深めるのもアリだが、他の女子とペアになっても問題ない。
正直篠文さんと姫城さんとは面識がないので何とも言えないが、委員長はそこそこ面識があるし他の生徒会メンバーでも問題ないだろう。
そう気軽にくじ引きをした――姫城さんとペアになった。
そうこの時福島は別に怒ったり悲しんだり自殺しようとしたり他殺しようとしたりしていなかったのである、普通に「またなー」とペア相手と肝試しに行ったのだ。
気づいた時には夕焼けが落ちかけても晴れていた空をどんよりと雲が覆い始めていた。
福島が肝試しに先行した数分後、急に轟音が鳴り響いたかと思うと空が光りすぐ近くに落下し地面を揺らす――
五月一日
「……は?」
気づくと俺は自分の部屋で、朝六時半に起床していた。
今日は朝の挨拶活動がないので普通に登校できるのだ……じゃない!
時が巻き戻っている、俺か福島が死ぬことで発動する事象で、今はいつもの戻ってくる時間帯だ。
「え、死んだ? 俺が? いや……福島が?」
何があった?
自殺でも他殺でもないという前提で、戻る前にあったのは雷……。
「福島が雷に打たれて死んだのか……?」
な、な……なんでやねん!
「これって回避できるのかよ!?」
タクシーに轢かれるのも自殺も他殺も回避しようと思えば出来る、自然災害はどうだ。
回避方法はなんだ、避雷針でも立てておけばいいのか……わからない。
「……これに慣れるのもアレだけど、もう一回検証してみるしかないか」
人が死んだら時間が巻き戻る今は決して”正常”ではないはずだ、それでも何もしなければまた人が死んで巻き戻るのだろう。
だから俺はやり直そう、否やり直すしかないのだ。
* *
五月一日
五回目の五月一日、なんとなく分かったかもしれない。
これまでの四回の内訳は福島が雷に打たれて死んだ (と思われる)、俺がなぜか山道に乗り入れてきた暴走トラックに轢かれて――、俺が前に転んでちょうどあった石に頭がクリティカルヒットして――、福島が倒木に押しつぶされて――というもの。
死ぬバリエーションが多すぎる、そしてこれまでのすべてにおいて俺とのペアは福島以外だった。
姫城さん・篠文さん・委員長・姉貴の順にペアになったがどういうわけか被ってはいない、ランダム性があるのか単なる偶然なのか……。
しかし俺が死ぬのも痛いし、福島が死んで痛い思いをするのも回避したい、こうなれば――
* *
くじ箱に細工した。
俺のタイミングはいつでもいいが福島がくじをタイミングを最後にする、俺はあらかじめくじ箱内側面に張られたくじを取る。
そして福島がくじを引く際に箱の二重底状態で隠していたくじを箱内部に出現させて引かせる。
ちなみにユイ全面協力、俺が「コナツと肝試しデートしたいので協力してくれ」と素直に行ったら「応援するぜいえいえい」と引き受けてくれた。
晴れて福島とペアになった俺は肝試しを始めるわけだが――
「おー、なるほどな」
「……なるほど」
怖がらせるギミックに怖がるどころか関心しながら進む俺とどちらかの死を警戒する俺。
正直どんな死が待っているかの方が怖い、肝試しのギミックも気合入っているのにそれどころじゃない。
「お、なんだ? ユウジこういうのダメなのかー」
「ダメかもしれない」
「お、おう……手つなぐか?」
意外な提案に一瞬考えるが、もしかして今までの肝試しにおいて二人同時死亡はなかったの思うと手を繋いで距離を空けないのは良い判断かもしれない。
「頼む」
「え……い、いいぞ!」
そうした福島の手を取る、少し汗ばんでる緊張してる? 俺もある意味緊張してるし、てか思ったより手小さいし――
こうして俺と福島は何事もなく、神石前にお供えの花束を置いて肝試しを乗り切ることとなる。
今思い返せば肝試しにビビる俺はだいぶかっこ悪かった気がするが、福島的にはナシだっただろうか。
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私こと下之ミユは今日も今日とて自室でパソコンのモニター越しに世界を見守っている──
「この世界で我はユウジさんと出会えないんだね……」
さっきまでの画面の中の一連の出来事を見てホニさんがショックを受けていた。
それもそうだ、このまでの世界ではギャルゲーだったら共通ルートで確定イベントだったユウ兄とホニさんとの出会いが今回は起きなかったんだよね。
現状を把握しようとした私は口元に手を当てて深刻そうな表情で考える桐の耳に口を寄せる。
「桐、これって原作でもあったの? 福島ルートだけ共通シナリオじゃないとか?」
「ここは共通じゃから出会うことは必須のはずなんじゃがな……これまでの共通部分で発生するはずのヒロインイベントが一部不発に終わっておるのう」
桐の言うヒロインイベントというと「ユキの轢死回避」「姫城マイとの対話」あたりだと思うけど、両方ともなかったことになってる。
代わりに福島に偏ったイベントの多さで、死亡バッドエンドでのリセットはすべて福島に関わってた。
タイミング的に「ユキの轢死回避」が「福島と婚姻届け」イベントに置き換わっているあたりも気になるな……。
そして今回は桐の言う通りなら必須イベントなはずのホニさんとの出会いもなかったことになる。
更に私が経験した限りだと今回の出会いがないとそもそも神石前にやってくるシチュエーションが以降存在しない、そう考えるとこの世界でユウ兄とホニさんが出会うのは難しいかも……。
『展開的にも設定的にもホニさんはお揚げに釣られる流れで出てくるからねー、それ以外のものをお供えすると出現しないって裏設定があるんだ。分岐用意してたけど実装されなかったんだよね』
さらっと告げられる制作者サイドなアイシアからのネタバレにして情報開示。
「……未実装のはずの分岐が生じてシナリオが進んでるってこと?」
『それもありえるけど、どちらかというとベースになった”現実”に引っ張られてる感じかな? 現実最優先でシナリオが二の次みたいな』
アイシアの言うことを信じるなら、これまでが”ギャルゲーベースの現実”だったとしたら今回は”現実ベースのギャルゲー”ということになるのかもしれない。
「ただコナツのイベントに関しては現実に引っ張られて一部改変されておるが原作通りじゃな。ただ婚姻届けイベントや告白イベントはもっと後のはずじゃから時系列は弄られておる」
管理者サイドで能力の代行も可能だった桐は、これまでならネタバレに関することは言葉にすることを原則出来ないはずで……今の桐はゲームシステムの手から離れてる?
『正直この世界で何が起こってるのかわかんない、<マネージャー>のはずの私もこんな風に弾かれて無力だしね。”ルートをハッピーエンドで迎えると次のルートに移動する”ってプログラムが生きてることを祈るしかないかな』
「”主人公かヒロインの死亡によるバッドエンドでのリセット”と”リセット時の再開はイベント当日起床時”のプログラムは生きておるから期待したいものじゃが……」
彼女アイシアの自称を信じるならゲームと現実が混ざってしまった元凶こと”創造神”のうちの一人、<マネージャー>こと管理者のアイシアがお手上げのポーズを画面内でする。
未実装の分岐からシナリオが続いているイレギュラーな状況の一方で、これまでのプログラムは機能しているっぽい。
そんな事態を把握している代行の桐とその上位的な創造神の一人のアイシアが干渉出来ないとなると――
「……少なくともユウ兄がこのルートをクリアしないとこの状況は改善しないってこと?」
『それでも”ユウさんがルートをクリアすることで既存のプログラムが機能する”って希望的観測が入ってるけどそう考えるしかないかな。現時点で介入しないor出来ない他の”創造神”にも期待出来ないからね』
「少なくともわしやアイシアが介入することも出来ぬが、唯一介入出来るとすれば……」
すると桐と画面越しのアイシアが私の方をじっと見つめる。
「そ、そりゃ! この部屋で唯一私だけはこの部屋から出れるけど!」
桐・ホニさん・ナタリー・アイシアはこの部屋から出ることが出来ない幽閉状態だけど、私はたまに部屋を出ては風呂に入ったり食料を調達できている。
そう、私の気持ち次第……勇気があれば部屋を出てユウ兄と話すことが出来るかもしれない。
かもしれない、だけで……やっぱり私はまだユウ兄に会わせる顔がなくて、まだ逃げ続けていて、謝ることも出来なくて……。
『まぁこのギリギリ成り立っているバグ世界で主人公の行動に干渉すると何が起きるかわかんないし、ノータッチで様子見の方がいいかな?』
私への助け舟か、それとも創造神視点の発言か……アイシア曰くは不安定な現状に下手に触れるより静観した方がいいという。
「まぁ非現実的じゃな。ミユに世界に干渉出来る能力があれば考えようがあるかもしれぬが」
「え、いや……私に能力なんてあるわけないじゃん」
そう、この世界には能力者がいる。
ただギャルゲーに引っ張られているだけであってゲームの設定上能力を有しているだけだと思う。
ミナ姉の予知夢っぽいのとかユキの完全記憶とかがそうなんだろうけど──
『どうせこの世界のログは消去されるからぶっちゃけちゃうけど。この世界、というか藍浜町の藍浜幼稚園出身の子供は全員能力持ちになるかな?』
「……え? それはゲームの設定上の話?」
『うんにゃ。幼稚園時点で開発済みだから漏れなく能力者だから妹ちゃんにもあるはずだよ。ただ発現状態が分からないし自覚出来ないことの方が多いかな? というか──』
私にも能力がある……?
『この世界の能力持ちは全員現実通りなんだよね』
え、えええええええええ!!??
急に情報開示するのやめて! というかリアル藍浜幼稚園で開発済みってどゆこと!? 私も何かされたってことで……超怖いんだけど!?
「例えば時陽子が<自然操作>、ミサキが<異空間渡航>、ナオトが<時間渡航>、マナカが<読心>、ナナミが<ライター>じゃな」
「……え、我じゃなくてヨーコ? ヨーコが自然操作出来てたの!?」
ショックを受けている暇もなく衝撃の事実にホニさんも反応せざるを得なかったようで。
……しれっとお母さんと巳原のお父さんもとい私のお義父さんも能力持ちってことになってるし! <異空間渡航>って何!?
「ホニさんが同居したことで発現したことは確かじゃが、能力自体はヨーコの時点で持っておったな」
「じゃあ我って精神的に長生きしてるだけの神様……? 我、今存在もあいでんてぃてぃも否定された気がする……」
「いやヨーコだけでは花一本咲かす程度の力しかないはずじゃ、ホニさんの”神力”が自然災害級まで底上げする形になるのう」
よかった……よかった?
「それはそれで複雑だよ……というか我が悪用してるみたいでごめんなさいヨーコ!」
桐が言う通りならホニさんの神能力ブーストと乗っ取りでヨーコの能力で一度世界が滅んでいることに……うん、そこは考えても意味ないな!
「ところで桐、アイシア。私の能力ってなんだと思う?」
「『わからぬ(わからないかな)』」
わからないらしい……。
「能力が発現していない場合は窓口に複数書類を申請しないとわからぬからな……そして結果が分かるのも一年後じゃ」
窓口ってなに、お役所なの?
そしてこの世界で一年後は全く意味が無い、お役所仕事すぎる!
『現実でもまだ判明してない能力だからね、分かってたならシナリオに反映してただろうからわからない。ただ──』
「ただ?」
『ハイブリッド時に主人公設定のユウさんの部屋、ゲーム起動時にミユさんの部屋の座標が特殊化したのは確かだけど……この空間だけ世界から否定されたものが存在出来るのは気になるかな。調べる術はないけどね』
「そっか……」
私に能力あるとしたら<保存>的な……? 今度部屋の外の食材で試してみる……?
既に今のこの部屋の中だと否応なく劣化しないし、もう効いてるのかも……?
X周目 ルート6 バッドエンド&リセット回数:10回
内訳 福島コナツ落雷感電死、ユウジ轢死、ユウジ事故死、コナツ事故死