第621.12話 √6-11 『ユウジ視点』『四月二十三日』
一つの授業が終わるごとに彼女は姿を消す。
放課後や昼休みは分かるにしても、授業間の十分間ほどに何が出来るのだろう。
果たして彼女はどこにいるのだろうか。
四月二十三日
今更ながら、俺という人間は福島コナツという人間をよく知らないのである。
実際俺が福島に関心を持ち告白に至ったのも”一目惚れ”だったからこそ、彼女の前情報においては他のクラスメイト以下のことしか知らなかったのも確か。
だからこそ今冷静になると告白し玉砕するのも当然なわけで、なぜあそこまで衝動的になれたのかについては正直わからないでいる。
神の見えざる手か、誰かの暗躍によってそう差し向けられたのか――中二病を経験すると一度は経験する……そんな冗談はさておき。
現在の福島の印象は、やっぱり見た目というか雰囲気とかそういうのが好みだ。
短めの髪に可愛らしいポニーテール、スカートの長さは標準的でそこに膝上までのスパッツでスポーティな印象。
スポーツをやっている時の横顔は凛々しめで、笑顔は歯を少しだけ見せてニカッと笑うところにぐっとくる。
スレンダーながらも女性的なところはちゃんと主張している、どんなスポーツウェアも似合ってしまうような女子である。
それに加えて生徒会役員であること、授業中以外はクラスにいないこと、放課後は生徒会活動と部活動への応援が半々ぐらい。
そこまで聞けば学校の人気者的な、学校にもちゃんと評価されていそうな女子生徒なのに――
『私に友達なんかいねえし!』
とのことらしい、友達沢山百人規模で居そうなのに福島はそう思っていない。
ただそれが他人への拒絶とか軽蔑しているのかというとそうではない。
部活動で付き合いがあるんじゃないかとか聞いてみると――
『何言ってんだよあんた! そんなわけないじゃん! 部活手伝ってくれてるから話してくれるに決まってるじゃん!!』
いやいやモテるだろうと続けて聞いてみる。
『部活動で都合がいいからな』
それから念押しで否定される。
告白もされるけど『打算があるんだ』という思考のようだった。
そして逆に俺の告白に関してはどう思ったか聞いてみると『部活動に入ってないから』ということで打算がないだろうと踏んでのことらしい。
『それでどうなんだ! こんな私なんかと友達は無理ってか! ひと思いに言ってくれ、そしたら心置きなく逝ってくる!』
ここまで聞いた時俺は彼女の認識を少し改めた。
福島コナツ彼女は俺も含めてだが――みんなが思っているのと裏腹に自己評価が低く、そして友人関係においての自信がない。
どうしてここまであべこべになったのかが分からない。
もし俺が部活動に入っていたらと考えると、友達と認めてさえくれなかったかもしれない、そのあたりの基準もやっぱり解せない。
そしてこの時は俺のことをユウジと呼んだのに次に会った時は”お前”呼びに退化していた、かと思えば婚姻届け騒動があった。
フルネームも知らないのに名前呼びはどうかという持論だったが、その一連の流れを考えれば友人及び対人関係への距離感の測り方が微妙なのは確かかもしれない。
それで手を繋いで帰ろうと言ったのも最初の友達になった時だけ、名前呼びに関してもフルネームを知ったことでようやく――
「よ、ユウジ」
「よ、ふ……コナツ」
廊下でのすれ違い様、学校に登校して初めて顔を合わせるタイミングがあった時には名前呼びで挨拶するようになった。
ただそれだけである。
未だに授業以外は教室にいないので何も会話が出来ない、実際に福島と面と向かって話したのは告白時・友達時・通学路婚姻届け騒動時、ぐらいなのだ。
友達ってそういうものだっけ? それぐらいドライなのもあるかもしれないが、いくらなんでも変化が少なすぎる。
もうちょっとこう普段に話したりとか……放課後会ったりとかいうこともなければ、考えてみれば連絡先も知らない。
これが告白玉砕後に友達から始めた男女間の関係の正しい姿か……? やっぱり俺にはよくわからない。
そして話せないからこそ、俺は福島のことを何にも知らない。
と、いうことで女子クラスメイト字引とも言うべき”例のアイツ”に聞いてみることにしたのである。
「なにぃ~福島氏のことについて知りたい?」
巳原ユイ、牛乳瓶底風グルグル眼鏡をかけた長身気味の女子であり俺の悪友……にして義妹。
両親の再婚によって悪友が義妹になったのだから当初は困惑したものだが、今が同い年の弟というか従弟? 従妹?が出来たみたいな感覚でいる。
そしてユイは学校女子のデータを収集する趣味があるようで、そこらへんの情報通として巷で有名だ。
「ああ」
「……友達になったのでは?」
至極まっとうな返しである、ユイの言うことは正しい。
「友達になったはずなのにこれまで話したのは三回ほどだ」
「……やはり伝説のポケ〇ンか」
告白前のユイの第一評でそう言っていた、遭遇の難しさはその通りだと思う。
実際これまでの間に福島への接触を俺は試みていた、しかし授業が終わればあちらこちらの導線を使って部活動やた生徒会やらに飛び立って言ってしまうので声をかけるタイミングが皆無。
授業間の予鈴の間も教室からいなくなっているのだからいよいよ何をしているのか分からない、実は陰の実力者で暗躍してたりするのか? ないない。
「アタシの知りえる情報はあくまでも周囲の評判、アンケート的なものだが……それで良いのならば、義妹のよしみで話してやろう」
「ははー義妹様」
その義妹アピールは分からないが、聞けるのはありがたい。
「まずは福島戸夏、誕生日は八月二十七日で出身は藍浜町で血液型はB型、家族構成は両親娘一人の三人家族、身長体重スリーサイズは――」
スリーサイズは……!
「おっと身長体重スリーサイズはプレミアム会員限定だ、ここからは課金が必要だぜ」
「言い値で買おうか」
「……いや、冗談ぞ。さすがに女子のプライバシー的なことは言えんよ。というか自然に懐から諭吉が出てくるのはどうよ」
と、微妙に引いた様子でそう言われてしまう。
ぐっ……謀ったなユイ!
こんなこともあろうかといつも懐に忍ばせているお年玉の残り諭吉様を召喚しようと思ったというのに。
「せめて体重教えてほしい」
「……冗談だろうけど絶対に本人とか、アタシ以外にそれを聞こうとするなよ」
あのユイにマジ気味にそう言われてしまう、なぜなのか。
「いや何か誤解をしてるな。ほらスーパーで売ってるグラニュー糖とかりんご何個分の重さかぁとか知りたくならない? 再現に必要だぞ」
「ちょっときもい」
何気ないユイの一言に俺は傷ついた。
「半分冗談はさておき。ほかにはだぬ――」
そうしてユイから聞かされたのは福島コナツという人物像である。
ボーイッシュより故か女子生徒からの人気がかなり高い、実はファンクラブが存在する。
部活動で一緒になる男子生徒からも評判はいい、呼んだら来てくれるしスポーツ万能で助かるし話した感じも爽快感がある。
サッカー・バスケ・野球・ソフトボール・陸上・水泳……どの部活動にも出没し、大会時にタイミングが合えばピンチヒッターとして活躍を見ることが出来るという。
中学校時代から週に一回ぐらいのペースで女子から告白されていた、その度にふわっとして
、それでいて告白側が傷つかないような曖昧な形で断られていた。
……俺は割と傷ついたのに。
「このアンケートはアタシ調べのサンプルによって抽出した評価である、サンプル数は百人ほどから」
「頑張ったな!?」
この類のアンケート母数が少なかったりするのが普通なのに、全校生徒レベルで情報収集をしている……何気にすごいなこいつ。
一方で「実は連絡先を誰も知らない」「部活動やってる時に近くにいるからその時に応援にきてもらう」俺も福島の連絡先を知らないが、みんな同じようだった。
「あんまり普通に話したことはないかも」「会いたいけど会えない」「レアキャラ」「伝説のポ〇モン」「オリョールのジョ〇ストン」という評もあり会おうと思って会えないし話すことも難しいようだ。
加えて俺が注目したのは「手紙を出すと会える」「告白する時とか応援の言葉を伝えたい時とかも下駄箱や机に手紙を出すと来てくれる」とのこと。
「なるほどな……」
俺が何気なくやった告白時のラブレターは有効だったということになる、会おうとするならば手紙の手段に頼るしかないようだ。
または逆に俺が友達から始めようと言われたようにあちらから呼び出されるパターンか、これまでは遭遇条件がわからなかったがちょっとわかってきたぞ。
「そしてやっぱり不可思議なのは、福島氏はここまで特定の誰かと交友関係のようなものを持っていないということだの。広く浅くというか、深入りしないというか、友達や告白に関してもそれっぽく断られたり流されたりしているとのことだぜ」
周囲の評価からも福島が言っていた通りらしく、やっぱり友達と呼べるものがいなかったそうで。
普通ならば告白も友達も断れば波風の一つも立ちそうなものだが、そこは回避できる技術があるらしい。
「でも告白断ったり、友達にならなかったりしたら逆恨み的なことにならないのか?」
「なんとかなるし、告白失敗・友達になれなかったあとの印象も悪くないっぽい。すごい技術じゃんよ」
ということは絶妙なラインで「付き合いが悪いやつ」にはならず「人気者なのにレアキャラ」という立ち位置を獲得していることになる。
……十分友達百人出来そうなポテンシャルはありそうというか、そこは本人の自己評価の低さと自信のなさが悪さしているのかもしれない。
「参考になった、ありがとう」
「おうよ! あと、これは……そうだなあ、一応ユウジは福島氏と友達になったから言えることだけども――」
ユイが少しだけ悩んでから俺に聞かせてくれたのは、もしかすると福島が友達の距離感を測れなくなった理由、ルーツの話だった。
「……なんというかすれ違いだな」
「こればっかりは福島氏もやりすぎのきらいもあったのは確かだけども、言った本人らはふと声に出て何気なく言ったことで悪気とか全部が本気で言っているわけではなかった、的なことは言ってるんだもねえ」
「…………」
『なんか福島ちゃんと一緒にいると疲れるね』
それを聞いてから福島は一線を引き始めたのではないか、とユイは語る。
小学校時代の低学年、それも福島が毎日のように仲が良いと思っていた女子を連れまわしていた時、ふとしたタイミングで聞いてしまったことらしかった。
夏休みの朝から晩まで、親に怒られるレベルで遅くなるまで一緒に遊んでのある日言って・聞かれてしまったことだという。
そういう意味じゃなくて、べつに福島ちゃんが嫌なんじゃなくて、少しだけ抑えてくれるといいな的なことを聞いて和解、誤解が解けた――ことになっていた。
しかしそれから福島は毎日遊ぶことをやめ、ほどほどにして、それからも遊んでいた友達との表面上の関係は続いたというが中学校で進路が分かれてからはそれっきりらしい。
今は違う中学に通うそのことを言った女子当人が、それを後悔していることも人伝手にユイが仕入れた情報らしかった。
本来福島の家が少し離れた別の中学の方が近いこと、わざわざ距離のある藍浜町に通っていることもユイの調べで分かっていた。