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第621.10話 √6-9 『ユキ視点』『四月一日~二十一日』



 私、篠文ユキはすべてを覚えている。



四月一日



 普通に目が覚めたんだ。 

 春休みの途中、高校の入学式を控えた四月のはじめのこと。


 昨日までのことが、それっぽく作られた(・・・・・・・・・)記憶なことに気づいてしまった。


 本来の私は篠ノ井(しののい)雪華ゆきかという名前をしていた。

 雪華せっか模様――雪を花に見立てて名付けた雪の結晶模様。

 私の本当の名前は篠ノ井ユキカ――雪の華と書いて雪華ユキカ

 

 篠文ユキの誕生日は十二月十二日だけど。

 篠ノ井雪華の誕生日は三月九日だった。


 たぶん普通の女の子だったと思う、普通に友達が出来て普通に学校にも行ってる――ただ私はきっとみんなよりも記憶力が良かった。

 些細なことも覚えてる、やろうと思えばこれまで熱を出した日も、これまで食べたごはんの三食献立も、いつ誰とどこで出会ったかも。

 もっと言えば生まれたその日、最初に眩しくておぎゃあと泣き出したことを覚えてる。

 目がちゃんと見え始めて、最初にお母さんの顔を見た日、言葉っぽいものを声に出した日、初めて自分の足で立った日……今も鮮明に覚えていた。

 だから幼少期の途中まで私は”忘れる”ということを知らなかった、どうして皆は覚えていないのだろう? と何度も思った。

 いつからか私が特別なのか、ヘンなのか、病気なのか、少なくとも人とは違うのかもしれないと分かった。

 でも記憶力が良い人とされてる人はいくらでもいるし、ちゃんと言葉を選べばいいだけ、これまでも上手くやってこれた……はず。


 そんな記憶力のいい私の中でも、印象的なことというのはいくつかあって。

 その中にあったのが二人の女の子と、一人の男の子のことだった。


『ユキカちゃん、ひっこしちゃうの?』


 そう私に聞くのは、この頃でも少し小柄でいつも兄の後ろに隠れているような女の子で。

 下之ミユ、ミユちゃん一歳年下で組も違ったのにいつからか一緒に遊んでいたのを覚えてる。


『うん』

『さびしいなあ』

『……うん』

『いつ帰ってくるの?』

『……わかんない』

『そっか』


 ミユちゃんが悲しそうな表情をしているのをお兄ちゃんの男の子が寂しそうに見ている。

 その男の子の隣には女の子がいて、いつも素直じゃないツンツンしてる印象だけど本当は優しい――上野サクラちゃんは涙ぐんでいた。


『元気でね』

『うん……ミユちゃん』


 そうして私はミユちゃんを抱きしめる、この感触も覚えてる。


『サクラちゃんも遊んでくれて、ありがと』

『ううっ、うう』


 ついに泣き出してしまうサクラちゃん、素直になれないから男の子と喧嘩をしてその度に泣いては男の子が折れている。

 そんな場面を近くで私は見てたんだ、知ってたんだ。 

 今なら分かることだろうけど、きっとこの頃からサクラちゃんは男の子のことが好きで、だから突っかかったりしてたんだと思う。


『ユウジくん』


 そうして私は男の子の名前を呼ぶ。

 私もきっとこの頃から、下之ユウジくん――ユウジのことが好きだと思っていて。 


『またいつか会える、きっと大丈夫』

『……っ! うんっ!』

『帰ってくるの待ってる』

『……私、忘れないから! ユウジくんのこと忘れないからっ』


 忘れない、絶対に忘れないからこそユウジのことを私はそれからも今でもちゃんと覚えていて。


『またね、ユキカ』


 ねえ、ユウジ。

 私たち、本当は幼馴染かもしれなかったんだよ。

 それで私の初恋はまだ終わってなかったんだよ。


 その少し前にタクシーに轢かれかけた私を助けてもらったことも覚えてる。 

 たった一年の間だけど私とミユちゃんとサクラちゃんと――ユウジくんとの日々はかけがえのないものだったんだよ。




 でも幼稚園の頃の一年なんて、ちゃんと覚えてるのは私ぐらいだったのかもしれない。

 私がこの町に戻ってきた時には、三人とはクラスも違って私も同じ中学校にいることに気づいたのも少しあとのことで。

 そして三人も私のことを覚えていなかったんだと思う。

 ……本当は覚えていたかもしれない、ちゃんと面と向かって話すべきだったかもしれない。

 けど私が”忘れない”のにみんなに”忘れられているかもしれない”ことを知りたくなかったんだと思う。

 それにふと見た瞬間に分かってしまう、三人のこととその関係性のことを。

 私がいなかった十年近くの間に三人に入る隙なんてなくなっていて……だから私は勝手に諦めたんだ。

 

 そしてユウジがサクラちゃんに告白したという噂が流れて、サクラが引っ越して、ユウジが怪我をして入院をして、ミユちゃんが学校に来なくなった。

 色々なことが同じタイミングで起こって頭がどうにかなりそうだった。

 サクラちゃんがユウジのことを好きだと思うのは知っていたし、たぶんユウジもサクラのことを好きだったのもわかっていた。

 叶わぬ恋だということもわかってた、でも悲しかった――それなのにちゃんと失恋させてくれなかった。

 ユウジとサクラちゃんが付き合うなら諦めきれなかった、でも実際ユウジは振られたようでそれにサクラちゃんはいなくなって、ミユちゃんも来なくなって。

  

 そして久しぶりに学校にきたユウジは――別人のようで、誰とも他所他所しくなっていて、いつしか一人になっていて。

  

 何があったのかわからなかった。

 当事者のうちの二人がもういなくて、中心人物のユウジもそのことをはぐらかす……違うかも、それを質問攻めにあって困惑してた。

 本当に何も知らないかのように、覚えていないかのように――すべてを忘れてしまったかのように。


 しばらくしてユウジに友達が出来たようだった。

 私もその間に別の交友関係が出来ていて、そのグループは重ならなかった。

 だから”忘れない”私は、多くの疑問と吹っきり切れなかった恋心をもって過ごしていて――



 突然私はユウジの幼馴染になっていた。



 私の名前もいつの間にか篠文ユキになっていて、お母さんもお父さんの性格も容姿も変わらないのに、苗字だけが変わった。

 加えて私たち篠文家と下之家は”幼少期から家族ぐるみ”の付き合いなことになっていた。

 そして私はその時はじめてこれまでのことを忘れたんだ、忘れるという経験をしてたんだ――代わりのそれっぽく作られたユウジと幼馴染なことの記憶の代わりに。


 それから私は多くの世界を経験することになる。

 その度にユウジは違う女の子と付き合ったり、たまにボロボロになったり――死んだりもする。

 数えるのが嫌なほどに失恋をする、ユウジが傷ついたことをしって心を痛める、それを忘れるのを繰り返してきた。





 それらを今私はすべて思い出した。

 すべてを覚えている私のことを、思い出したんだ。


「はああああ……」


 どうすればいいんだろうこれ……ここで思い出しちゃう? 普通さ……いや、ないない。

 何も知らないままの幼馴染の方が良かった……かは分からないけど、この世界だと私とユウジは幼馴染じゃないみたいだし。

 それなのに名前は篠文ユキのまんまだし、ごっそり幼馴染演出用の記憶がすり替わっているし。


「意味わかんないよー!」


 それから私はすべてを覚えている状態でモヤモヤとした日々を送ることになる。

 だってユキとか変わったクラスメイトとかはそのまんまで、私とユウジの関係性とかがリセットされてるんだもん。

 幼馴染じゃなくて単なるクラスメイトの一人に逆戻りしてるし、だから私からユウジに声かけるのも難しいというか……。


「なんでユウジに対してはこんなに奥手なんだわたしぃ!」


 いいじゃん別に覚えてないんだから、ここから友達になろうでもクラスメイトとして仲良くしようとかでもいいじゃん。

 でもなー……うーん、やっぱり、なんかやだなあ。 

 今思えばなんとも思ってなかった”忘れていた”ユウジと幼馴染なことの設定って本当にありがたかったなぁ。

 

 そうこうしている間に時が過ぎる、中学校と変わらない友人関係のまま過ごしていて――

 それでも私は気になっていることがあって、だから私は行動を起こすことにしたんだ。


 

 この世界が正直よくわからない。

 私はユキのままなのに、ユウジ周りの変化がすべてリセットされてる。

 観察し続けてわかったことだけど、色々あってユウジに関わっていた女の子たちと接点が出来てなかった。

 その割にはユウジは福島さんに告白して玉砕してるし意味わかんないよもおおおおおおお!

 その間に”ある出来事の日”が近づいていく。

 私が繰り返してきた世界でほぼ必ず起こっていたこと、ユウジと一緒に必ず遭遇すること。


 それは私がタクシーに轢かれること。


 死ぬときの痛みも覚えてるんだよね……ああ、やだなぁ。

 というかなんで私毎回轢かれるか轢かれかけるかするの、ユウジに助けてもらわないと私死んじゃうし。

 ユウジに助けてもらって私は毎回どきどきできゅんきゅんするのにそのあと別に私と恋仲になるとか無いし、本当になんなのあの一連の出来事。

 ……むかついてきた、というかこの世界の場合はどうなるの? 私が勝手に死ぬの? 嫌がらせというか拷問か何かだよそれ。


 だから私がいつものタイミングでその現場に居合わせたらユウジが助けてくれるんじゃないかとか、そんなことを思ってしまったんだ。

 どうせ死ぬのは私だしね……私も割とおかしいのかもしれないなぁ、はは……。



四月二十一日



 目の前で福島さんが撥ねられて、巻き込まれてユウジが死んだ。

 意味がわからなかった。

 なんでそうなるの、私が死ぬのは別に……良くはないけど、ユウジが死ぬのは聞いてない。

 そんなことになるのなら、私が来てそうなるのなら来なければ良かった。


「なんで、私じゃなくてユウジと福島さんなの……」



四月二十一日


 

 さっきまで制服を着て通学路にいたのに、私はパジャマを着てベッドに寝ていて、今目覚めたようだった。


「……あー、世界を繰り返したんだ」

 

 あれ? これまでのパターンだと……ユウジか福島さん死ぬ度に時戻るやつ?

 今の私は覚えている、私が轢かれてから世界が巻き戻って朝に戻されることを。

 ちょっと前の私は知らずに死んで、知らずに生き返って、下手すれば何度も死んで生き返ってを繰り返してた。

 

「それがユウジか福島さんにズレたってこと……?」


 私が死ぬのも嫌だけど、ユウジも福島さんも死ぬのはやめてほしいんだけどなあ……。

 ただこの世界の私はどうすることも出来ないようで――


「また……ユウジと福島さんなんだ」


 目の前で二人が死んで、世界が巻き戻る。

 


四月二十一日



「……きっつ」


 フラッシュバックして吐きそう、でも吐かないのはさっき散々吐きそうな場面を思い出してしまったのかもしれない。

 慣れたくないけど慣れてしまうのも仕方ない。


「私に何か出来ないかな……」


 結果的に言えば前の世界では何もできなかった。

 福島さんより先回りしようとしたのに、どういうわけか私は福島さんより早くたどり着けなかった。

 家を早くに出た、でも家でお母さんに呼ばれたり、信号に捕まったりしていたらだいたい同じ時間同じ場所にたどり着いた。

 もう少しで福島さんにユウジが追われてやってきて、その最中に福島さんが車に撥ねられて巻き込まれてユウジも死ぬんだ。


「……あれ?」


 本来轢くはずの車が通りすぎていく、それなのに福島さんが走ってくる様子もユウジが追われている様子もない。


「回避出来た……のかな?」


 そう思って興味本位でユウジの家に向かったところだった。


『ふくしまぁ~? 友達ならコナツって呼べええええええええ』

『なんでだああああああああああああああ!』


 ユウジは激高した福島さんにカッターで切りつけられて死んでしまった。


「なんで!?」


 本当になんでそうなるの――


  

四月二十一日



「はぁ……」


 というか婚姻届けみたいなものに書かせて、そのあとカッターで切りかかってたんだけど福島さん。

 なにあの子……なに?


 そのあと事故は起こらず、福島さんも怒って事件が起きることもなく二人は登校していったことで――


「回避した……のかな?」


 しかしこの世界何かヘンだ、今までと色々違う気がする。


 今朝だけでユウジが死ぬところを三回も見てからユウジと福島さんと遅れて登校。

 し、しんどい……!

 というかあんな一連の出来事あって名前呼びし始めたのに福島さん「じゃ! 学校でな!」って言ってユウジ置いて先に登校してるし――福島さんの距離感!

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