第621.09話 √6-8 『ユウジ視点』『四月二十一日』
四月二十一日
目の前で福島が車に撥ねられた。
「福島っ!?」
鉄の塊が大きな力を以て人間を弾き飛ばす。
その衝撃は人間の体を捻じ曲げ、内臓が破壊されたことにより口から血を吐き出させながら、一人の女子――福島コナツの体は反りながら宙を舞う。
そんな福島と俺はほんの一瞬だけ目が合う、その時彼女は「ユウジ」、と口を動かして俺の名前を呼んだ気がしたが実際に俺に声に出せたのかわからない。
あっという間の出来事のはずなのに、目の前の光景はスローモーションのようにゆっくりと展開する。
俺が現状を理解できないまま、福島と目が合ったことで体も思考も固まっていると――そんな俺に向かって福島、福島の身体が飛んできた。
「あ」
勢いを持って吹き飛んだ人間の体が人間に当たればどうなるか? 事故としては十分ありえる二次災害だった。
ぶつかった福島の身体の衝撃によって俺は弾き飛ばされ、運が悪いことに通学路に点在するコンクリート塀に思い切り後頭部を強打した。
激しい痛みと共に意識が薄らいでいく、ああこれやばいやつ――
「――――――」
少し遠くで声にならないような叫びが聞こえる。
この声は誰だっけ、というかどうして君がここにいて――
「なんで、私じゃなくて――」
それが俺の最後に聴いた言葉だった。
出血で視界が真っ赤に染まり意識が遠のいていく。
どうしてこうなったのだろう、と思う。
四月二十一日
目が覚めると見慣れた天井があった、俺は自室のベッドで寝ていたのだ。
まだ夏でもないのにじっとりと脂汗のようなものをかいている……寝起きは最悪でなんというか、とてつもなく縁起でもない嫌な夢を見た。
「ああ、起きないと」
朝六時半ちょうど、いつもの起床時間より数分早かった。
通常なら目覚ましはこの五分後に鳴り、それで起きなければ五分後の六時四十分頃に桐が起こしに来る。
目覚ましが鳴るよりも先、桐が起こしに来るよりも早くに目を覚ましたようだった。
今日はらしくなくユイが早起きをしている。
そして、こう言うのだ。
「どうしても読みてえマンガがあるんだ! ちょっとコンビニ行ってくりゅ!」
平日のそれも登校前に読みたいマンガがあるからと、ユイは制服に着替え学校鞄も持って漫画雑誌を買うべくコンビニに走って行ってしまった。
基本的に自堕落気味なのにオタク活動においては能動的にして例外的、その情熱を普通の日常にも向けてあげてほしい……まあ気持ちはわからないでもないが。
ということでユイのイレギュラー的行動はさておき、いつも通りの俺の朝のルーティーンのようなものをこなし、身支度を終えて家を出る。
ユイは多分そのままコンビニで立ち読みなり買うなりしてそのまま登校するのだろう、だから今日に関しては桐と途中で別れれば久しぶりの一人登校だ。
ユイが同居する前は基本一人で、生徒会活動が無い時期に姉貴と登校するぐらいだった。
だから通学路で彼女と出くわすのはイレギュラーだったのだ。
「私と巳原、どっちが大事なんだ!」
通学路の中央に仁王立ちするのは福島コナツ、先日俺が一目惚れで告白し玉砕したかと思えば友達から再開したという奇妙な関係性をもつ女子のクラスメイトだ。
友達から始めることになったというか、友達以降があるかはわからないにしても、友人関係になった福島が今はどうにも不機嫌そうな顔をして言い放つようにして俺にそう問いかける。
「……うん? どういう意味なんだ?」
「そのままの意味だぞ! 私はお前と友達になったつもりだった、だから悲しい!」
「……何か俺、気に障ることでもしたか?」
残念ながら心当たりがない。
普通に会えば挨拶する間柄にもなったし、かと思えば授業時間以外では飛び回る福島を捕まえること自体難しいから会う機会はそのままだが。
少なくとも福島を悲しませような、友達であることに疑問を呈すような行動をしたとは思えなかった。
「友達は一人でいいだろっ!」
…………うん? はい?
「私が友達になったのに、未だに巳原と友達でいるなんて……理解できない!」
「ちょっと待ってよくわかんない」
「何がわからないか言ってほしい」
「友達は複数成立するだろ……?」
「知り合いはいくらでもいい、だが真の友達は一人だけだろう!」
……マジかー、そういう考えの持ち主だったか―。
俺からしたらどっちも真の友達だしなぁ、ニセトモとかそういうのではないと認識してたんだが。
「……つまり福島はユイやマサヒロと友達を辞めろと」
「そういうことじゃない」
どういうことだってばよ?
独占欲的な話かと思ったらそうでもないのか――
「異性の友達は一人でいいんだよ」
と言ってカッターを取り出す福島。
まさか、まさかなのか。
そういう方面なのか君は――
「……福島、何をするつもりだ」
やめるんだ、ユイは関係ないだろう!
そんなスプラッタ方面俺は望んでない――
「間違えたこっちだった」
カッターを仕舞い……ってそんなもの常備しない方がいいと思いながらも取り出したのはボールペンとハンコと何かの紙だ。
「ちゃんと紙で残してもらう、お前と友達契約だ」
婚姻届けとハンコとボールペンだった。
「それ……何か分かってるか?」
「婚姻届けだが」
「いや、それも間違って出したんじゃないのか」
「何を言うんだ。友達になった時点でそういうものだろ」
そういうものと言われましても……俺の知ってる友達と違う。
「……俺とは付き合わないんじゃ」
「ばっ、そんな――気が早いだろっ」
婚姻届けの方が何段飛ばしレベルで気が早いんじゃないでしょうか?
俺、福島の価値観がわかんない。
「その理屈だと俺はユイと結婚するつもりと思われてるのか」
ユイはともかく……ともかく?
ユイと結婚というより交際とかいよいよ想像できない、悪友から今は義妹だぜ? リーム―よ。
「そんなわけないだろ」
もう、どういうわけだよ。
「福島あのな。なんでこのタイミングで婚姻届けが出てくるのか、俺には理由がわからないんだが」
「わかれよ!」
わかんねえよ!?
「とにかく書けえええ! 末永く友達契約しろおおお!」
「無茶苦茶言うなああああああああ!」
と福島に追われる、始業もしてないのに急いでいるわけでもないのに俺は全力ダッシュしている、なぜか逃げている。
運動部でもない俺が福島を撒けるはずもなく、だんだんと距離が詰まっていき――どうしてこうなったのか。
「逃がさないぞ、私とは友達になってもらう!」
「もう友達だって!」
その時だったのだ。
後方を確認しようと振り返った瞬間目の前で福島が車に撥ねられ、飛んできた福島の衝撃で俺も後頭部を強打した。
そう、なぜか目の前にはクラスメイトの篠文さんが居て――
「またユウジと福島さんなんだ――」
ああ……ここまでがほぼデジャブだったんだ。
四月二十一日
そうして見慣れた天井、自室のベッドでまた目が覚める。
「…………」
状況を整理しよう。
まず目覚ましの日付と時間を見る、さっきとその前に見た悪夢の日と同じだ。
そして朝起きてから福島が車に撥ねられるまでの流れはまったく同じで二回目で、同じシーンをすべて繰り返す形になった。
近しいもので考えたのは夢であることを自覚した状態の夢を見る”明晰夢”だが、それにしては死んだ時の痛みや感情のリアリティがありすぎる、果たしてあれらの二度の死の経験は夢だったのだろうか?
「これは……ループってやつか」
そうファンタジー的な非現実的なことで俺は結論付けることにする、理由はわからないがそれが何故かしっくりきてしまった。
漫画とかアニメにありがちな、ループするやつ!
で、条件クリアしないと前に進めないやつ!
とりあえず俺が死ぬのがトリガーなのか、福島が撥ねられるところがトリガーなのかわからないがその先にはこのままでは進めないらしい。
ただそんな中でも一つのズレがあった。
『またユウジと福島さんなんだ』
という、どういうわけか近くにいた篠文さんの言葉で、覚えている限りたったそれだけが最初に死んだ時の流れと違った。
繋ぎ合わせることで最初は聞こえなかった言葉の続きが聞こえた気がしたのだ。
『なんで、私じゃなくて――ユウジと福島さんなんだ』
という流れがあったとする、というのも今回の”また”という言葉が気になった。
そして何故か特に交流もないはずの俺の苗字ではなく名前を呼んでいて、更に二度目か複数回遭遇したかのような言い方だった。
最初の”私じゃなくて”という言葉も気になる、気が動転して言っただけかもしれないが引っかかる。
まるで本来は自分が遭遇するはずだったことのような、それを予見していたかのような。
仮に俺がループしていたとして、どういうわけか篠文さんはそれを知って目の前で見ていたことになる。
これは一体どういうことか。
とりあえず篠文さんが何者かはおいておくとしても、これまで二度も見た光景を悪夢とはやっぱり切り捨てられる気はしなかった。
果たしてこのループに次はあるのかどうか……なにより死にそうな痛みとかは今でも思い出せてしまうわけで、再現性の為にもう一度好んで事故に遭うなんて御免である。
もちろん福島が撥ねられるような場面を二度も……三度も見たいとは思わない、回避出来るならしたい。
光景の再現になってしまったのは俺が特に考えず流れに身を任せていたせいもあると思う、自発的に何かしようとは考えなかった。
目の前のことを夢か何かと切り捨てて思い、特に行動を起こすことなく過ごしていたところがカギならば……前回と違う行動をとるべきだと思う。
「考えろ……そもそもあの事故につながったのはどうしてか」
福島が通学路に現れて友達について論争したところがポイントかもしれない。
そして婚姻届けというものに逃げ出したことに原因があるのならば――
「いやー……でもなー……」
なんで友達契約の為に婚姻届けを書くことになるんだ。
いや、別に告白した身としては交際のち結婚まで考え……そこまではやっぱり考えてないわ。
福島の極端な行動ではあるが、何か意味があるはずだ――
「ちゃんと紙で残してもらう、お前と友達契約だ」
福島がカッターの代わりに取り出したのは婚姻届けとハンコとボールペンだった。
ここまで完全に同じ流れが再現された、ここでの行動で何か変わるのなら――
覚悟を決めろ、よくわからないが覚悟を決めろ俺!
「……わかった。ここに名前を書けばいいんだな」
「っ! あ、ああ」
そうして俺は道端で婚姻届けを書いた。
冷静になっても状況的にも意味が分からないが、福島と追いかけっこの構図にならなければ事故を回避できるかもしれないと俺は踏んだのだ。
「書き方が分からないから名前だけでいいか?」
「も、もちろん!」
……少しほっとしたような福島の表情を見る。
ちょっとだけ見えてきたかもしれない、婚姻届けとボールペンとハンコの絵面に圧倒されたがそこに福島本来の意図はなかったのかもしれない。
「あとはいつかちゃんと書く」
「わ、わかった! ありがとう」
いつか、ちゃんと書くであって”一果ちゃんと書く”わけではない、緑松は関係ない。
そうして名前を書いたところで婚姻届けを返すと、婚姻届けの俺の名前が書かれていた部分をまじまじと見つめた。
「下之祐二、か」
そうして俺のフルネームを読み上げる。
「下之ユウジ……へへ、下之ユウジか下之ユウジね」
にやにやとしながら俺の名前を連呼する福島、ちょっと気味が悪い。
正直ずっと気味が悪いけど絶対に言わないでおこう。
「わかった! これからよろしくなユウジ!」
…………終わり?
「もしかしてだけど……俺の名前知らなかった?」
「……バレちゃ仕方ないか。知ってたぞ、ユウジだよな」
「知ってたよな!? 最初の友達になった時に俺のことユウジって呼び始めて困惑したの覚えてるよな!?」
「だが――苗字に確証が持てなかった。冷静に考えれば苗字も知らないのに名前呼びとかやべーだろ」
そこなのか!
ヤバいと思うポイントはそこなのか!
「ああ、だが友達に面と向かって苗字なんだっけフルネームなんだっけなんて聞けないだろ?」
友達に婚姻届けを書かせようとする方がびっくりなんだが。
いや聞いてくれよ、普通に言うよ。
「第一俺の名前は知ってたんだな」
「それはユウジの女友達Aがユウジのことユウジって呼んでたのを聞いたからな」
それぐらいの前情報はあったと……まあ、そうなのか?
「俺のフルネームを知るためで、特に婚姻届けに意味なかったり?」
「ないぞ――今は」
……今は? というのは置いておいて……マジかー、すげえなこの子。
発想がぶっ飛んでるよ、異性の友達のフルネーム知らないから婚姻届けに名前書かせて知ろうとするって。
確かにちょっと気になってはいた、俺の告白と福島の友達から始めましょうまでとそれ以降も一度だけ名前呼びしただけで以降俺のことは”お前”呼びだったこと。
関係性が深くないからこそその呼び方に戻ったのかと思ったが、もし単純に俺の苗字でさえ知らなかったのだとしたら――
「生徒会なら名簿見るとか、ほかのクラスメイトに聞くとか……」
「こ、この方が間違いないだろ」
そりゃ間違いようがないけど……。
「友達の名前を間違えるとかありえないからな!」
あハイ、そうですね……。
「もしかして女友達が一人とか言ってたのも――」
「その女友達Aが普通に名前でユウジのことを呼ぶのが気に食わなかったのは確かだ、ちゃんと移行期間が必要だからな」
ああ、そこはマジなんだ。
「じゃあ婚姻届けはもういらない感じか」
「? 何言ってんだ? もしかしたら今後使うかもしれないだろ」
いやいやいや婚姻届け使う機会って一つしかないんじゃ!?
「それまで取っておく! それに友達ユウジの貴重な手書きのブツだからな!」
「お、おう」
そんな有名人のサインじゃないんだから、将来高騰とかしませんよきっと。
「ということでユウジよろしくな!」
「あ、ああ。よろしくな福島」
これで一件落着か――
「ふくしまぁ~? 友達ならコナツって呼べええええええええ」
「なんでだああああああああああああああ!」
俺は激高した福島にカッターで切りつけられて死んでしまった。
なんでだよ。
「なんで!?」
何故か居合わせた篠文さんも驚いてるじゃん。
そういえばさっきと場所違うのになんでいるの篠文さん、俺は篠文さんもなんか怖いよ――
次のループで婚姻届けに名前を書き、俺を名前呼びしたところから福島……ではなくコナツ呼びとしたところでループは回避した。
めでたしめでたし……なのかこれは、前途多難ってやつじゃないのか……?
というか判子使わないんかい!
そもそも福島がこの場で判子押す意味もわからんし、福島が手に持っていたのは誰の判子だったんだアレは――
X周目 ルート6 バッドエンド&リセット回数:3回
内訳 ユウジ事故死・ユウジ事故死・選択肢ミスによるユウジ失血死
ユウジ「そういえばあの判子なんなの」
福島「私の判子だぜ。やっぱり生押しに限る、判子にも鮮度があるからな」
ユウジ「ないと思う」