第621.03話 √6-2 『ユウジ視点』『四月十七日』
白い便せんが折りたたまれたもの、封筒にすら入っていないという……。
差出人も宛先も無いので一見ただの紙でしかないのだが、わずかに開いたところから便せんの罫線が覗いている。
さすがにスーパーのチラシだったのならいよいよ意図不明の迷宮入りと化すのだが――
そのままここで開くわけにもいかず、あとでユイと見ることとした。
……なんでユイが一緒に見るかと言えば、まぁなんとなくユイになら話してもいいかと、思ったのであって。
「ユウジ氏、では手紙を見に行こうぞ」
「おう……ってまてまてまて普通にお前男子トイレに入ろうとするなよ」
ナチュラルにユイが先行して男子トイレに入ろうとするのを止めた。
「手紙を開けられるような密室の小部屋といえばトイレの個室であるぞ」
「確かにそうだけど仮にも女子だろ」
女子っぽくないが一応生物学上は女子なのだ、女子っぽさ欠片もないけど
「アタシのことを女子だと意識して……(トゥンク)」
「そのまま俺が用を足しづらいし」
「……手紙読む前に手洗ってね」
冗談はさておきこの学校は割と死角が多い上に、少し古い棟に行けば閑散としているので都合がいい。
人通りのほとんどない、階段に腰かけて昼めしをひっかけながら手紙を取り出して読むことにした。
「多分これはラブレターですな!」
「…………」
そうかなあ。
「浮かない顔ですな、もう少し喜んでいいでござるよ?」
「いや、九割イタズラじゃんこれ」
イタズラでも封筒に入れるほどのやる気のないヤツ、なんだか悲しくなってくる。
「んんwwww一割は本命に賭けているでござるなwwww」
「残り一割は俺の知り合いとか友人に告白したいから紹介してくれ的なやつ」
その方がこの雑な感じは説明が付く、封筒もったいないもんね。
「夢も希望もねえ」
「俺は現実主義なんだ」
かといってじゃあ俺の友人というと――ユイとマサヒロしかいないのだが。
ユイに告白……? 百歩譲ってもこのユイにそこまで奥手になる理由がわからないし。
じゃあマサヒロか、なんか最近顔が変わってやたらイケメンになった気がするけどあんま人間味ないし、本当にあいつはマサヒロなんだろうか。
まぁでもいいかマサヒロだし。
ということは顔はいいけどもよくわからないマサヒロ宛も濃厚と見た方が良さそうだ。
「とりあえず読んでみるか」
「プライバシーがあるからアタシはちょっとの間後ろ向いてるぜ」
変なところ気は使えるのがユイだった、まぁ一対一の男女の話の可能性もごくわずかに存在するし、その配慮はありがたく受け取っておこう。
文章としてはこんなものだった――
『今日の放課後体育館倉庫裏にくるように』
……何十行も書ける便せんに一行これだけの、まるで事務的な呼び出し。
文字は割と可愛い字をしているようにも見えるが、急いで書いたかのように筆跡に乱れが見える。
便せん自体も開けば手紙の罫線どころか大学ノートを千切って作ったようなシロモノで簡易、そして判断材料はこれだけ。
「えぇ」
「どした、ドッキリでしたテッテレ~とかでも書いてあったか、悲しいかもしれんが骨は埋めてやる」
悲しさだけで火葬と埋葬をしようとするな。
「誰かもわからないまま”放課後体育館倉庫裏に来い”だと」
「これは……シメられますな」
そこは冗談でも告白と言ってほしかったよ。
「しかし差出人不明というのが……何か恨みでも買いましたかな?」
「そんなことはないと思うんだが……強いて言うなら俺の姉貴はモテそうなのに、俺ばっかりに構ってるからの嫉妬勢」
「ありそうですな」
控え目に言ってシスコンな姉貴は俺に構いまくる傾向にある、たとえ弟が相手だとしても面白くないと思う人間が居てもおかしくない。
「あとは無いな」
「ふむむ、では本当に告白を……?」
「そんな”それはあり得ないだろ”的な顔やめろよ」
「それがありえるかも、ミルク色の異次元♪」
コーヒーカップ覗かねえよ。
「あとはアレだな、実は私男だったんです的なヤツ」
「アタシは女だぞ!?」
別にユイとは言ってないのに。
「気にしてるならもっと身なり女の子らしく可愛くすればいいじゃん、ユイならそんな悪くないだろうし」
「え」
「……なんだよ」
「いや、そっか、ふーん……なるほどね」
グルグル眼鏡越しだがなぜか上機嫌に見えるユイ、俺に言われた・評価されたところで嬉しくないだろうに。
「で、で! 仮にユウジが告白されるとしたら誰と予想するのかぬ!」
「そうだな、いないな」
俺に浮いた噂なんてない、そもそも周りにいるのはユイとマサヒロだけなのだ。
浮いた噂で言うと俺の前からいなくなってしまった幼馴染が最後か……振られたけど。
思い出して悲しくなってきた、ちくしょう……二度も振られる悲しさ悔しさ辛みをすべての日本男児に味わってほしい。
「そんな悲しいことを即答しなくとも」
「この学校可愛い子多いけど俺とは関わりないし」
「それな、この学校レベル高いんだよぬ。まるでギャルゲーのヒロインのような整いっぷり!」
それは言い過ぎ……でもないが特に触れないでおこう。
俺に関わりないっところも含めての「それな」で済ませたところにはちょっとイラっときたし、言い方!
「一緒にパンツも置いてあれば解決も近づくのに」
「ミステリー感が増すからやめろ」
パンツを落としたシンデレラを探すようなのはゴメンだ。
「まあ俺が実際に行ってみればわかるか」
「そりゃそうな」
あまりにも手紙に判断材料が無い故に、ここでの作戦会議的なことはほぼ無意味に終わった。
そうして放課後俺は体育館倉庫裏にやってきたわけで。
「昨日はごめんな」
「私はそういうのまだよくわからないからさ」
「でも別にあんたが嫌いとかじゃないんだよ、そもそもあんたのこと何も知らないわけだし」
「まだ早いというか、そんなお互い知らない内にってのもあるな」
「だからあれから私も結構考えたんだ」
「だから、その……」
「私と友達からはじめてほしい!」
俺は昨日こっぴどく振られた相手――福島コナツにそんな”告白”を受けたのだった。
* *
四月十六日 夕方
「私、誰とも付き合うつもりないんだ! だから悪い!」
そう手を合わせてゴメン! とばかりに完膚亡きまでに俺は振られた。
俺は当たって砕けて即死したのだった。
ゲームオーバー……。
もしゲームならここで視界が暗転してタイトルに戻ってくれる、だが現実はそうはいけない。
振られた俺がどう彼女の前から去っていくかを求められるのだった。
そう俺は食い下がることはしなかった……理由として、福島は俺を振った理由をちゃんと話してくれたことが大きかった。
たとえそれがこの場を切り抜けるための言葉であったとしても「どこが悪かったんだ?」「どうすればいい」などとみっともないマネは出来そうになかった。
もちろん「こんな振り方ふざけやがって!」とキレることもしない、俺としてはわざわざ教室に残ってくれた福島に感謝しこそすれど怒る気持ちは毛頭ない。
だから不思議なことに、俺はショックこそ大きかったが意外にも冷静だった。
実際思いを伝えたところで、特にこれまで関わりのなかった女子とそのまま交際開始出来るなど都合が良すぎるとどこか内心では思っていたのかもしれない。
ということもあって俺は福島に”振られた事実”は受け入れていたのだった。
「…………」
正直福島が「じゃ、私はこれから部活に今から参加してくるから!」と言ってくれた方が無神経でも俺は助かるのだ。
そんな福島は気まずそうに目をそらしながら立っている、俺も気まずいってレベルじゃないのに。
福島並の運動神経があれば、教室の窓めがけて最後のガラスをぶち破りたい気分だが……俺なら確実に死ぬからしない。
だから俺の方から去らないといけないのだ――そうして覚悟を決めた。
「あの、さ――」
「残ってもらってありがとな、ちゃんと答えてくれてありがとうな」
俺としては自分のセリフを言うので精いっぱいで、この時福島が何か言おうとしたことを遮っていたことに気づいていない。
「え、いや、その……」
「引き留めて悪かった、じゃあ」
「あ、ああ……またな!」
そうして出来る限りの苦笑で俺は手をあげ、福島も挨拶を返し俺が先に教室を後にする。
福島が追ってくることはなかった。
そりゃそうだって話なのだが、逆に一人で帰れて内心では助かった。
男は失恋を引きずると聞いたがどうなのだろう。
実際一度目の失恋を俺は一年近く引きずっていたわけだから間違いない。
二度目はというと、なかなかトウラマは刺激されし悲しくもあるが……意外と受け入れられている自分に驚く。
……だからといってすぐさま次の恋に切り替えられるほどの胆力を持ち合わせてはいないが。
それでもこの時の俺は福島をスッパリ「諦めて」いたのである。
残ったのは「また振られた」というショックのみ、そこまで福島に執着していない自分が自分にも不思議で、正直よくわからなかった。
もしこれがゲームなら”そうシナリオや人格が組まれている”ような、違和感を俺は覚えていたのだった。
それでも沈んだ気持ちのまま夕暮れの空を見上げながら一人ぽつぽつ歩く、ここで隣にユイでもいれば多少は気持ちも軽かったのだろうか。