第742話 √9-2 『ユウジ・ミサキ視点』『???』
「そういえばね、ミキちゃん早くもあなたお姉ちゃんになるのよ」
「「え……?」」
母さんの言ってることがちょっと分からない。
いや言葉の意味は分かるんだよ、なんかお腹を愛しそうに撫でてるし。
「え、相手は」
「ナオトさんだけど」
「ナオトさん女性だよな!?」
母さんの再婚相手ことユイの父親巳原ナオトは、実はユイの母親だったということが判明している。
だから女性同士の結婚になるわけで、じゃあ赤ちゃんはどこからきたの? と当然の疑問である。
「そういえばIPS細胞というので、同性同士でも子供が出来るらしいのよ」
「まだ実用段階じゃなくね!?」
「ほら、聖母マリア様も処女懐胎で――」
「とりあえず母さんワケを話して」
「はい」
== ==
いつものように私とナオで曖昧な世界を旅していると、この世界では稀な生きている人間が目の前に見えた。
茶の間のような空間が白い空間にぽつんとあり、テレビをぼんやりと見ながらちゃぶ台でお茶を飲んでいる妙齢の女性。
しかし私はこの風景に何故か見覚えがあった――
「あ、あのー」
「……お?」
私たちに気付いた彼女はこちらを見て知り合いにあったかのような表情をする。
正直私から見ても年上だと思うのだけど、決して老けているのではなくむしろ若々しい印象で――
「おーミサキか、よくここ見つけたな」
「え」
彼女は少し男勝りな口調で私の名前を呼んだ、私にとっては面識がないはずの彼女は何者だろうかと隣のナオと顔を見合わせる。
「それにナオじゃん、久しぶり」
「あ、はい……?」
どうやらナオのことも知っている彼女の正体がいよいよ分からなくなってしまった。
「あー……分かんないか。俺、って言ってもこのナリじゃ信じられないかもしんないけども――」
そうして彼女は驚きの告白を繰り出して――
「ユウトだよユウト。今は母さんの魂と融合したかなんかで美熟女になっちまったけど」
ユウト、それは私が長い間探し求めた自分の夫の名前だ。
しかし目の前にいるのは――紛れも無い女性だった。
「え、ユウトさん……? 本当にユウトさんなの!?」
「そそ、美樹の魂を送り出したところで力尽きて世界を流されちまってさ。母さん……あ、ミサキにとってはお義母さんのミカコの残った魂と混ざったらこんなことに」
「ええミカコさんと!?」
た、確かに意識してみれば昔見せてもらったユウトさんのお義母さんの若い頃の写真に目の前の彼女はそっくりというか。
というか美人! 上手な年の取り方をした美女といった具合で、ユウトさんのお姉さんと言われても信じてしまう容姿をしている。
そしてよく見れば彼女のいる風景は、私にとっての義母でありユウトさんの実の母であるミカコさんがよく過ごしていた古い家の頃のお茶の間だったのだ。
「俺と母さんの年齢足して二で割った年齢らしいんだけど、それにしては若作りだよな」
「ごめんなさいユウトさん。色々言われても理解が追い付いてなくて……」
「そうか、じゃあここで落ち着いていきなよ」
そうして彼女(ユウトさん?)に招かれたお茶の間に腰をかける、ちなみにユウトさんは私より状況を理解出来ているかあやしい表情のナオも招かれた。
「くくく、しかしユウジも隅におけねえなあ。今家に住んでる女子ほぼ全員以外の女子とも関係持ってるもんなあ」
「……本当にユウトさん、なのね?」
「ああ、このナリだがちゃんと”あるぜ”」
そうしてユウトさんは履いていたスカートを脱ぎ下着をずらすと――
「……これはユウトさんね」
「確かにこれはユウトだ」
「へへ、俺の自慢の息子だからな」
ユウトさんの男の部分は健在だった、ちなみに隣のナオもユウトと関係を持って今下之家で過ごしているユイちゃんを産んでいるので見覚えがあるのだと思う。
「あのユウトさん」
「なんだミサキ」
「ちょっと抱きしめていいかしら」
「聞かなくてもいいのに、俺はいつでもいいぞ」
「ユウトさんっ!」
勢いよく抱きしめたユウトさんは声も体も、ユウトさんらしさは少ない。
けれど彼女はユウトさんに違いないのだ、彼女の根底の魂の基の部分にユウトさんがいるのが分かってしまった。
「ずっと……探したんだから」
「迷惑かけたな。言い訳するとこうしてくつろいでるのも、流し流されてここがどこか見当もつかなくてさ、こう見えて途方に暮れてたんだぜ」
「ばか」
「すまん」
「でも生きてたから許す」
どんな形であってもユウトさんが生きてさえいればいい。
私よりも年上の美熟女になっているぐらい些細なこと、彼が存在してくれていただけで嬉しい。
「あー…………言いにくいんだが。多分俺はこのままこの世界を出れないと思うんだよな」
「え……」
気まずそうに目を伏せてユウトさんは語る。
「この曖昧な空間だからこの形を保てているというか、いわゆるすぐに”俺が”生き返るってことは無理だと思うんだ」
「そ、そんな……」
ユウトさんが言う通りなら、彼はこの世界でしか生きられない……連れ戻すことは叶わないということになってしまう。
…………それでも、ユウトさんはここに居るからいいじゃない。
会いにさえくればいいのだから、それでいい。
「でもそう分かっていても、ミサキに見つけてもらえて現実に戻れないのは悔しいな」
言う通り私よりも彼が悔しい、もどかしい気持ちを抱いているには絶対違いない。
でも彼というより彼女の目をふと見ると――そこに諦めはなかった。
「そこで、ものは相談なんだがな」
そうして彼はまた驚きの言葉を紡ぎ続ける。
「生き返ることは出来なくても、生まれ変わることなら出来るかもしれないんだよな」
「それって……」
「ミサキがよければ、ミサキの子供としてまた産まれることは――」
「いい! いいに決まってる! ユウトさんなら何度だって産んであげる!」
二つ返事どころでない、言い終える前にその可能性に希望を感じて答えてしまった。
「ははは、何度でもか。さすがミサキだな……多分俺が現実で自分を自覚出来るのは当分先になるぞ?」
「そんなのいくらでも待ってあげる! 私はユウジたちが大きくなるこの十数年、あなたを探し続けてたんだから!」
「……そっか、ありがとうな」
多分私たちはとんでもない、突拍子もないことを話している。
それでも私はまた彼と現実で出会えること可能性があるのなら、それに賭けたかった。
「お二人熱くなっているところ水差すようで悪いけど、ボクは一応ユウトの父親扱いになるってことかな」
話題に置いてかれていたナオトさんもといナオは少し不機嫌そうに、ユウトさんに今後の自分の立ち位置を確認をしていた。
「……そういえばお前ら結婚したことになってるんだもんな。わざわざ同性のナオを選ぶあたりミサキも気遣いすぎな気がするけど」
「「ユウト(さん)以外の異性が相手なんてありえない!」」
「お、おう……そうか」
「というかボクもミサキとユウトが結婚したことは認めても、諦めてはいないんだからね」
「……それもそうよね。ナオトさんは事後承諾に近い形でユウトさんと関係持って子供産むこと私に知らせたもんね」
「そうでもしないと君はユウトの隙を見逃さないだろう? 不意を突くぐらいしか出来ないのさ」
「……というか言わせてもらいますけどねナオトさん、私は認めていても許したわけじゃないですからね。ユウトさんも!」
「あれなんで俺責められてんの?」
「「あなたが節操ないせいでしょ(だろう!)」」
「……す、すまん」
私とナオの再婚は、ユウトさんを救い出すまでの協定のようなもの。
学生時代にモテにモテたユウトさんを射止めることは出来たものの、ナオに不意を突かれて事実上の不倫をされた。
ナオの性格を知っているので、ユウトさんを罠にはめて”関係を持たざるを得ない”状況を作り込んだのは分かっていたけども。
関係を持ったことと、ユイちゃんのことは認めていても――まだナオを許したとは思っていない。
だから救い出せる可能性が高くなった今、その協定は――
「今でも忘れてないし許してないんだから! 私が目を離した隙に夫を拉致して逆○○○した上で子作りするなんて!」
「諦めが悪いボクの性格を考えればそんなの想像できることじゃないか」
「開き直るな! この泥棒猫!」
「したたか腹黒女!」
「くうううううううううう!」
「なにおおおおおおおおおお」
「……なんか本当にすまん」
しゅんとするユウトさんを横目に私たちは軽く殴り合いをした。
こうして恋敵との久しぶりの喧嘩を終えて、私たちはようやく帰路に就く。
「ところでミカコさんって、今はどういう状況なの?」
「うーん。母さんの魂は半分ずつになって俺と美樹と合わさったからな……あ、記憶と人格の大半は俺の方にあるぞ。気合だせば出てくると思う、というかさっきの風景も俺の中から見てたと思う」
「そ、そうなんだ」
帰る道中にさらっと話されたのは、気づけば家にいた小さな女の子の桐が私が産むはずだった美樹とミカコさんの魂の混ざり合った子なこと。
実際会えば違和感をまるで感じないのに、離れてこういう世界にいると「あの子って悪い感じはしないけど何者だろう……」思う不思議な感覚だったけど。
まさか美樹、だなんて。
「あなたは美樹の為にこんな姿になったものね」
「こんな姿って」
「……ありがとう、ユウトさん」
「……まあな」
自意識過剰かもしれなくとも、たぶん彼は私が嘆いたことを原動力にここまでやってきて美樹を救い出す代わりに自分を喪ったのだ。
彼の行為が報われた、と私は思いたい。
「ただ俺もさっきテレビで見る限りユウジは大変そうだな、モテモテで」
「あなたがそれを言いますか……でも、少し心配だわ。疲れたり背負いこみすぎたりしないといいけど」
「俺の息子だぜ? 多分大丈夫だ…………ってさっき自分で言ったこととはいえ俺の股間部を見るなよ二人とも」
そうして私たちはユウトさんを連れて曖昧な空間の、あの教室に戻ってきたのだった。
そういえばこの教室、ユウトさんと出会った頃の藍浜高校の教室と変わらないのが少し嬉しいのよね――
== ==
「こうして私はユウトさんを産むことになったの」
「「いやいやいや」」
俺とミキ総ツッコミである。
「あ、でも曖昧な空間に行くと女体化ユウトさんに会えるのよ? それはもう美魔女って感じで、私もドキドキしちゃう」
「そこじゃない、いや親父に会えるのは朗報だとしてもそこじゃない」
「最近人気らしいじゃない、異世界転生だっけ? ユウトさん異世界転生して私の子供になるの」
母さんのそれは異世界に転生じゃなくて、異世界から転生だけどな!
しかし母さんも自分の身を投げ出してまで探していたこともあって、親父への愛が凄い。
「本気なんだな」
「もちろん、ユウトさんに会えるなら時間がかかっても姿形が変わってもいいの――それだけ私にとってかけがえのない人だから」
「そっか」
これだけ愛される親父とは幸せ者だろうと思う。
俺もこれだけ愛される存在になれるだろうか――
「まぁでも……良かったな母さん、親父見つかって」
「ええ、本当に……良かったわ。今度紹介したいから曖昧な空間に来てね?」
「お、おう……その内な」
でも、親父に母さんを射止めた秘訣を聞いてみてもいいかもしれない。
親父目線の母さんとの思い出話を知るのも悪く無さそうだ。