第741話 √9-1 『ユウジ視点』『二〇一×年四月一日』
「……ユウ……にい」
「ん……?」
誰かの声に起こされる様にして、俺は目覚めていく。
ボヤけていた視界が鮮明になりはじめ、意識が覚醒していった。
「ユウ兄……おはようのチュウ」
「…………」
どうやら意識は覚醒していなかったらしい。
いや、だって実妹にして下之家次女のミユが寝ている俺に跨ってキスしようとするとか――
「なんだ夢か、おやすみ」
どう考えても夢。
なんというか俺は自分をシスコンじゃないと思っていたが、こればっかりはシスコンのきらいがあるらしい。
ましてや実の妹にキスされる夢を見るとか、いよいよじゃないか――
「っ! ユウ兄ちょっと! なんでキスしにくい横向きになるの! ねえ!」
あまりのうるささに起きてみると……あれ?
「夢……じゃないだと?」
「そうだよ現実だよ! こうして四月最初の日を迎えて真っ先に起こそうとしてきたのに!」
「……四月最初の日? ミユ、今日は――」
「うん、ユウ兄今日は――」
「エイプリルフールだな」
「そうだけど、間違ってないけど! 今の私の行動はそうじゃないよ!」
なん……だと……?
……ちょっとした冗談はさておき四月最初の日ということは一日なことは分かる、しかし俺が本当に気にしているのは――
「二〇一一年四月一日だよ。おはよユウ兄、そして――私たちを選んでくれてありがとっ!」
そうしてミユにキスされる。
どうやら俺は――本当にゲームをクリアして、二〇一一年三月三一日の翌日を迎えられたようだった。
始まりは突然に、終わりも突然に。
ゲームをクリアしたからと盛大にスタッフロールが流れるわけでもなく何気ない日常が始まっていくようだった。
「というか失礼ながら聞いておきたいんだが……ミユと俺って今付き合ってんの?」
「すっごい失礼だけど! そうだよ! 更に正確には私たち、と!」
なるほど……付き合っていなきゃ起き掛けキスなんてしないだろうしな。
俺もまだヤキが回っていないようで安心した。
…………私たち、だよなぁ。
二〇一一年四月一日
ミユは「じゃあ私修羅場は苦手だからっ」とキスしてグッバイである。
「なんだか大変そうだね? お兄ちゃん」
「桐……いやミキか」
「おはよー、お兄ちゃん」
気づけば俺の部屋に音を立てる間もなく桐――の見た目と声をしたミキが立っていた。
「本当にこの選択肢でよかったの?」
「それは後悔ないな」
「そっか、じゃあ大してサクラのこと好きじゃなかったんだね」
「そういうことじゃねえよ! ……いや、そうだな。好きだった、超好きだったけど――”今は”もう好きじゃないだけだ」
俺はある意味では失恋を拗らせた結果廻り回って自分含め他の彼女たちもゲームに巻き込んでしまったとも思うのだ。
そして十数年も時間を繰り返して、そしてその度に好きな人が出来て、時が経てば忘れ……はしなくても。
いい加減諦めがつく、踏ん切りがつく、冷静になって自分で納得できる。
「もう吹っ切れた」
「……そっか、後悔しないならいいよ」
「というかミキはそんなに俺とサクラとくっつけたかったのか」
「ち、ちが……そういう役割だから仕方なかったんだよ!」
老婆喋りな桐に比べると普通だが、俺の隣に並んでちょこんと立つミキも相当しっかりしているというか……小学生らしくない喋りではあって。
まぁたまに、年相応の表情を見せるのは少し可愛いと思うのだ――ロリータなコンプレックスジャナイデスヨ。
それでも、俺は――
「……もう、本当に桐はいないんだな」
「いないよ、もう私は桐じゃないんだ」
桐がいなくなった、消えてしまった。
何も言うことなく、ミキにすべてを託して俺たちの前から姿を消したのである。
……桐相手とはいえさ、そういう突然いなくなることにはトラウマあるから本当はやめてほしいんだがな。
それにしても居るとウザい時もあるけど、居ないと少し物足りない……なんだか不思議なヤツだった。
「それにしても、わしのこと好きすぎじゃろうユウジ」
ミキ――いや桐の横顔を見ようと顔を向けると。
「え?」
「ん? どうしたのお兄ちゃん」
そこにはさっきまでのミキがいる、俺が勢いよく顔を向けたことで不思議がっている様子だった。
「なんでもない」
「なんだか嬉しそうだね?」
「気のせいだよ」
幻聴かもしれない、気のせいかもしれない。
それでも桐のことだから、いつか時間が経って忘れた頃にもしれっと戻って来そうな……そんな気すらする。
そして俺を老婆喋りに小憎たらしくからかうのだ、そんな――夢を見たって悪くないだろう。
身支度を整えて家事に挑もうとすると――
「ユイがこの時間に起きてるとか天変地異の前触れか」
「失礼也」
下之家フルキャストであった。
どうやら留学生として来ているオルリスやアイシアは今もここにホームステイ継続中らしい。
「やっと起きたんですのね、ユウジ」
「ああ、おはよう――オルリス」
「クランナと呼んでいたら卵焼きの刑でしたわ」
なんだよその刑罰、大量摂取によるプリン体が上がるとかそんななのか。
「はい、あーんですわ」
「お、おう…………ん! うまいな! オルリス腕上げたな!」
「そうでしょうそうでしょう、何度もやり直したおかげで卵焼きに関してはプロ並みと自負していますわ」
「…………他の料理は?」
「…………ユウジに教えてもらえればいいですわ」
ああ、これ複数料理取得に何十年もかかるやつだ……。
「卵焼きしか作れない身体にして……せ、責任はとってもらいますわよ」
「その身体にしたのは俺じゃない! が、まぁオルリスの責任は取らせてもらおう。料理練習したい時は言ってくれ」
「本当ですの!? さすが私のダーリンですわ!」
「っ!?」
そしてオルリス、下之フルキャストの前で俺に本気チューである。
……いや、さっきまで”スルースキル”を使って「ユウ兄なにイチャついてんの」「ユウくん!」「ぬぬぬアタシの好きになった男はハーレム主人公ですぞ……」と聞かなかったことにしていたのだが。
オルリスの行動によってスキルでどうにもならないほどに炎上してしまった。
「「あーーーーーーーーーーっっ!」」
「あらあらまあ」
ヒロインの指をさした上での絶叫と、普通にいる母さんがめっちゃ嬉しそうにしてる、かおすな食卓。
「クランナ! これでユウくんへの一日の”キスポイント”使い切りだから!」
「ぬ、抜け駆け禁止!」
「ぬう、アグレッシブなのん」
「だ、大胆です」
「お兄ちゃんモテモテだ」
姉貴・ミユ・ユイ・ホニさん・ミキが各々言う。
「……明日の前借りは良くて?」
「「よくない! (ダメ)」」
というかキスポイントってなんだよ、良く分からない点数基準の青春ポイントとかそんななのか。
『ちなみにミユも下之ユウジの唇を奪っているので、今日のポイントは消費済みです』
「ちょ! なんでチクるのユミジ!」
「……抜け駆けしてるのミユちゃんじゃない」
チクられたくなければユミジの入ったゲーム機持って来なければいいのに、姉貴がツッコミを入れてるのが珍しい。
……普通に認識してしまったが、どうやらユミジも普通に存在しているようだ。
「……大体みんないるんだな」
「うん、お兄ちゃんが望んだことだからね。ただ――」
「ただ?」
「ナタリーはもういないけどね」
「……そうか」
かつての中原アオにして鉈の妖精ナタリーはいなくなったようだった。
戦いの時には俺の相棒として、時折一分の一スケールになっては話したり遊んだりと結構好きだったんだがな。
「暗い顔しなくてもだいじょうぶ、たぶんまた会えるよ」
「それはどういう――」
「チュー」
聞こうとしたらミキに唇を塞がれる。
「「あああああああああああああああ!」」
「私のファーストキス、大事にしてねお兄ちゃん」
「……ならこんなタイミングでするなよ」
そのあと姉貴にもキスされ、ユイは「アタシはポイント溜めておく派だから」と、ホニさん「……ここでは恥ずかしいので!」としなかった。
いや、せがんでいるわけじゃないんだが……というかキスポイントって溜められるもんなの。
それから少しして、俺たちの関係にある程度察しがついていたらしい母さんが俺とミキだけを呼び出した。
「ごほん、二人を呼んだのはね」
「ああ」
「うんっ」
「――二人はどこまでいってるの?」
「そこ!?」
「ざんねんだけどAまでだよ、お母さん」
残念なのかよ、というかミキが俺にキスしたのが予想外で仕方なかったのだが。
「母さん、ほんとはそこじゃないんだろ」
「……息子にはバレちゃうねえ」
母さんが俺とミキを呼び出したのは他でもなく――
「あなたが、ミキちゃんなのね」
「はいっ」
「私の娘、でいいのよね?」
「お母さんの娘だよ?」
「……ユウトさんが連れて来てくれた、ミキちゃんなのね」
「うん……お父さんに救い出してもらった、ミキだよ」
「少し……抱きしめていいかしら」
「もちろんっ」
「美樹……っ!」
「お母さん…………」
母さんはこれまでミキがミキになる前は、桐として、三女として存在している”そういうものだと”認識していたらしい。
だからこの子がミキであり美樹であり、親父が救い出したという自分が産むことが叶わなかった娘であるとは分かっていなかったのだった。
ユキをユキカと認識出来ていても、もしかしたら桐に対してミキの思い当たるフシがこれまであったとしても、それでも避けてきたのだという。
「産んであげられなかったのに、生まれてきてくれて、ありがとうね……」
「うん……うん……」
その時涙を流す母さんに抱きしめられるミキの瞳に涙が見えた気がしたが、俺は見ないフリをして二人の十数年ぶりの奇跡の巡り合いの場に居合わせているのだった。
少しして二人は泣きやみ、現状の話をし始める。
「ミキちゃんは桐ちゃんだったのね」
「そうだよ、でも桐はもういないんだ」
「そうなの……もう少し私も話せればよかったわね、家を放ってばかりでごめんなさい」
「ううん、桐はお母さんの顔を見れただけでわりと満足してた」
「そう……!」
なんだかまた抱きしめ泣きモードに入りそうなんで、俺は気まずいから出てっていいかな。
「それにしてみミキちゃんは大きくなると、可愛くなるのねえ」
「えへへ、そうですか」
「私の小さい頃にそっくり」
「それはわかりません」
そりゃそうだ、が正直すぎるミキである。
「そういえばね、ミキちゃん早くもあなたお姉ちゃんになるのよ」
「「え……?」」
そしてさらっととんでもないことを言う母さんに、俺だけでなく比較的表情を崩さないミキでさえも口をぽかんと開けて驚くほかなかったのだった。