第621.02話 √6-1 『ユウジ視点』『四月十二~十七日』
四月十六日 夕方
夕暮れの教室で、二人きりの空間。
絶好のシチュエーションといってもいい。
対面するのは一人の女子で、スポーツ系の活発系の、ムードメーカーでもありそうな、クラスでも男女問わず人気の高い女子。
指定セーラー服に膝上までのスパッツが印象的、短めの髪ながら後ろを結ってミニマムなポニーテール状態になっているのも気になるところ。
まつ毛は長いのに凛々しさもあって、どことなくカッコイイ系女子というか、それでいて髪留めの柑橘類? が女の子らしいそんな彼女。
誰かが開けっ放しにしている教室の窓から吹き込む風に、彼女の髪が揺れて柑橘類の香りがする。
学ラン男子の俺とセーラー服女子の、同じクラスメイト同士が向かい合ったクラスの教室で――
「俺と付き合ってほしい」
「っ!」
俺は一世一代の告白をする……といっても二度目ではあるのだが、というか一度目に関しては聞かないでほしい。
そんな俺の告白から、目の前にいる彼女の動揺が伝わってくる。
そして――
「……そういうのはちょっとなぁ」
彼女は顔を背けて、困ったようにそう答えた。
それが照れているわけでもなく、頬を紅潮させているわけでもなく、ただ単に困惑しているものでしかなくて。
「私、誰とも付き合うつもりないんだ! だから悪い!」
そう手を合わせてゴメン! とばかりに完膚亡きまでに俺は振られた。
俺は当たって砕けて即死したのだった。
ゲームオーバー……。
* *
四月十二日
高校デビュー……というほどではないにしろ、
高校生になったらバラ色の学園ライフ! 彼女なんかも作っちゃったりして! 他のクラスメイトに差をつけるんだ!
と、ばかりに望んでいると――やっぱりそう上手くはいかない。
四月も半ばだというのに彼女が出来る気配はなく、中学校から変わらない悪友二人とつるむ日々。
今日も今日とて大した努力をすることなく、帰りにゲームショップでも寄るかとユイと下校する時のことだった。
「帰るぞユウジ氏~」
「……」
教室の窓越しにグラウンドの風景が見える。
女子サッカーをやっているようで、体操着姿の女子が白黒のボールを追っている。
その中でもひときわ目立つのは――
「ん? 福島氏でござるな」
「あ、ああ……クラスメイト、だよな?」
そう、彼女が目立つ理由は一人学校指定のセーラー服姿だったのだ。
スカートで動き回るとなんとも目にやり場に困りそうだが、意外とこのクラスでは珍しいスパッツ使いの持ち主で、機動性もバッチリという様子。
そんな彼女は福島、クラスメイトながら帰りのホームルームが終わると即教室から出て行ってしまうのであまり印象はなかった。
加えて昼休みも教室におらず、朝の教室入りもいつもギリギリで、いわゆる普通のクラスメイトをしていると接点というのがあまりない人だった。
「今日もサッカー部の応援に行っているようだぬ。彼女、特定の部活には入らない代わり色んな部活の応援を頼まれては行っているようだからの」
「へぇ……」
さっきから聞いていないとはいえアリガタイ情報を喋ってくれるのは友人の巳原ユイ。
スレンダー女子……ではあるもののマンガのようなグルグル眼鏡をかけている、しかしそれは教師に注意も受けない為謎、俺しか認識できていないのではないかと思ってしまう。
それに加えて俺やもう一人の悪友のマサヒロと同じオタク趣味とあって、異性というよりは同い年の友人という感覚の方が強い、少々残念系な女子なのだった。
そしてユイはオタク趣味もさることながら、なぜか学校の女子に詳しい。
全校女子のスリーサイズについても把握しているようだがプライバシー保護の観点から情報公開はしない様子、いや気にならなくはないけどそれを知っているお前は何者なんだよ。
あとあまり関係ないが絵がクソうまい、将来はラノベの絵師あたりになっていたりするのかもしれない。
「福島かぁ」
福島はどういうわけか色々な部活に出ては入ってを繰り返している、ユイの言う通りならば助っ人として各部活を周っているのなら納得だ。
前に見た時は陸上で、昨日はテニスで、今日はサッカー、ふと目にした彼女は決まって活躍をしている。
たまたますれ違った廊下で女子バスケ部から入部の勧誘を受けている場面も目撃している、彼女はモテモテだった。
少なくとも高校に入るまでは気にも留めていなかった同級生の姿を目で追っている、きっと俺は――彼女に惹かれていたのだと思う。
いわゆる一目惚れの類、何が決め手かは分からないにしても俺は彼女のことが好きになってしまったようだった。
「むむむ、ユウジ氏。まさか恋する乙男でござるな」
「その呼称には抗議する」
乙女ならぬ乙男と書いてオトメンと読むらしい、乙女・メルヘン趣味とまではいかないだけに心外である。
そんな風に言われるなら丙男や丁男の方がマシさえある。
「しかしユウジ氏が福島氏とは意外や意外……おうふ、拙者は親友の恋路を応援するでござるよ」
「喋りがいつも以上に気になるけどありがとな」
「いいってことよ、ただ滑ったら骨は拾ってやるぞい」
滑る……意味は正直分からないが、まぁなんとなくニュアンスはわかる。
振られる的な意味だろう、そうなんだろう。
「アタシがユウジをもらってやんよ!」
「よし、本気で彼女作らないとな!」
いやユイは悪い奴ではないけど正直、うーん異性としては、うーん。
身長は高いスレンダーな容姿、なのだがどちらかというと背の高い悪友という印象しかないのだった。
「……冗談じゃないんだけどね」
「え?」
ユイの常のトーンと違った声音でそう呟いただけに思わず聞き返す。
「跳弾じゃないんだけどね、って言ったのだ」
「それは絶対に言ってない」
弾が跳ねているような日常の会話をするような物騒な世界に俺は居たくない。
「まぁとりあえず帰るか」
「うむ」
そう、俺とユイは教室を出て帰路に就く。
俺も高校生男子基準でそこまで身長は低くないのだが、ユイとほぼ一緒の背丈なのでなんとも言えない気持ちになる。
しかしこうふと隣でユイの横顔を覗くと……眼鏡付けてなかったらかなり印象が違うんじゃないか? と思う。
彼女の素顔を見たことはないが、少なくともグルグル眼鏡で誤魔化されているだけで、俺が言うのも難だが整った顔立ちをしているように感じるのだ。
「そんなにアタシのこと見つめてどうした? アタシを攻略するならBJ部24時間耐久に付き合ってもらうお!」
「いや間に合ってますんで」
「なんだと貴様! 関係なくBJ部は見ろ!」
「普通に名作だから知ってるわ、11話リピートしてからの――」
オタク同士の会話は楽しい、かつての幼馴染に振られた俺はヤケクソになって別のことに没頭した、それがアニメやマンガやラノベだった。
俺は少なくともこんなアニメやマンガやラノベのような主人公になれそうもないが、こう恋愛モノならカップルが楽しそうにしているだけで俺もほっこりとする、そんな楽しみ方。
一年間で悪友二人の影響もあってドップリハマった結果、中学から進学しても面子の変わらない高校においては「オタグループ」的な、浮いてこそいないが地味で、ほかのグループともあまり関係を築かない”空気”に俺はいたのだった。
そんな悪友の一人の男・マサヒロは、四月から始まった深夜アニメの新作を風呂を長湯する時間も惜しんで、身体も乾かぬままに視聴タイムに突入したら案の定風邪をひいて学校を病欠で休むに至っている……オタク極まれり。
そうして俺とユイはゲームショップを覗いてから――同じ家に帰る。
かくゆうユイと俺の関係はというと元クラスメイトにして元悪友にして兄妹――この新学期から、母親の再婚で悪友から義妹になった。
そうなればいよいよ異性として認識しづらくなるものだ、しかし悪友もとい親友のような存在としては仲が深まったように俺は思うのだった。
四月十四日
あれから俺は福島のことが気になって仕方がなかった。
というかスポーツ女子の時点でポイント高いのに、各種部活の助っとポジションなのもあって毎度違うユニフォームを身に纏うもので目の保養。
個人的に陸上競技のユニフォームの太ももが眩しかったかな……いかんいかん、これはいかんぞ下之ユウジ。
紳士たれ、紳士たれ……。
前々から決めていた計画を実行に移す――俺は今日、福島に告白する。
授業が終わり帰りのホームルームが終わると速攻教室を飛び出す福島をどうにか呼び止める!
最初はラブレターの類も考えたが流石に男子高校生には荷が重いでござる。
もちろんメールアドレスも知らないし、そもそもクラスで話したことさえない、というか話せない。
なにせ彼女は授業以外でこの教室にいることはほぼ無いと言っていいのだから。
だから彼女からすれば見知らぬ男がいきなり惚れてきたというのだから気味悪がられるかもしれない。
ただこればっかりは一目惚れというほかないのだ、正直見た目が十割である! そりゃ一度も話したことがないのだから!
いつもならそんな無謀なことはやめろと内なる自分に言い聞かされるものだが、今回ばかりはそうもいかない。
当たって砕けたっていい、この気持ちをちゃんと彼女にぶつけたい――そう俺は思ってしまったのだ。
そうして担任教師の帰りのホームルームが終わり、委員長の挨拶を終えると――
「あのさ、福島――」
「皆またな!」
じゃ! と手を上げながら全速力で教室を離脱していく福島、速っ!
「福島ー!」
追いかけようとして廊下に向かうと人込みに紛れて福島は姿を消していた。
「まじか」
それもそのはず、福島というクラスメイトはいつも気づけば教室からいなくなっている。
毎日が今日のような高速離脱で、部活動なりに向かっているのだった。
「どうしたもんかな……」
四月十五日
油断せずに俺もフライングスタートも辞さないばかりに、挨拶時点で帰宅準備を終えていく。
油断が命取り、今日こそは告白を成功させる!
「起立、礼」
「じゃ!」
「は!?」
すぐさま福島は駆け出したかと思うと、教室の廊下側の扉ではなくグラウンドに面する窓枠に手をかけ――
そのままベランダから飛び降りた。
「あー、今日はコナツはパルクール部の日なんだね」
「だから今日はベランダからなんだー、納得」
「!?」
クラスメイトが世間話風に、さぞ当たり前かのように話している、んなアホな。
パルクール……アニメで見たことあるような、ないような。
走ったり、飛んだり、登ったりするスポーツだったような――いや、でもここ三階なんだが!?
「まぁなんだ、ユウジ……ドンマイ!」
「…………」
果たして俺が相手にしようとしているのはスポーツ女子なのだろうか、超人高校生だったりしないんだろうか。
四月十六日
もう諦めた。
というのは福島をあきらめたわけでなく、プライドとかしょうもないものを金繰り捨てた。
まずは俺の存在を、俺が福島と話したいことを伝えるのがまず第一なわけだ。
そうすると結果的にラブレターのようなものになってしまった。
「くくく……男子高校生のラブレター、レアじゃんよ」
「背に腹は代えられん!」
登校時にユイに話したら案の定笑われた、しかしユイはその時笑う・楽しむだけで引きづらずネタにしてきたりもしないので話易い相手ではあるのだ。
「まぁ福島氏は伝説のポケ〇ンみたいなものだぬ」
ホ〇エン地方飛び回るラ〇ィアス・ラ〇ィオス的なのを思い出した。
「難易度高い故、ユウジ氏のこんぐらいの王道的行動は仕方あるまーに」
「まぁユイがそう言うなら少しは気が楽だが」
そうして登校すぐに福島の下駄箱に手紙を入れた。
手紙の内容は放課後教室で待っている的なラブレターな手紙である……いよいよ俺も乙男なのかもしれない。
差出人も一応書いてあるが「誰だコイツシラネ、帰る」ってなる可能性もある、さすがにそれをされると心が折れそう。
そうして放課後待ち人を待っている、というよりも教室で構えていると――
「…………」
福島が教室を出ていなかった。
そしてどうやら手紙の主を探しているらしい。
ああ、俺のことクラスメイトとして認識すらされていないのね……一目惚れする前までの俺も似たようなものだが。
そうして生徒が減っていき――
「っ!」
目が合った。
「違ったらごめんなんだけどさ、手紙書いたのって……」
「俺」
「そっか……」
ここでようやく差出人の下之ユウジと俺の顔を一致させてくれた、のだと思う。
「これからバレーの助っ人やるからさ……」
「じゃあ待ってるかな」
「いや、でも二時間ぐらいは余裕でかかるぞ」
「適当に時間潰してるわ」
「いや、でもなー、うーん」
「福島は毎日忙しいから、他の日も変わらないだろ?」
「…………」
澄ましているが内心心臓バクバクである、というか強気にいかないとメンタルが逆にしぬ。
「じゃあ……悪いけど待っててくれるか?」
「もちろん」
余裕たれ、余裕たれ……。
「じゃあ悪い! 出来る限り早く戻ってくるからさ! 待たせる!」
「おう」
そうして福島は助っ人に駆り出していった。
バレー部ということは体操服か、それともカラフルなユニフォームか……などと健全な方向で妄想したりラノベを読みながら時間を潰す。
それから福島の努力の賜物か、想像よりも速い二時間弱後――
「悪い、待たせた! それで、私に話したいことって――」
俺の告白は見事爆死を決めるのだった。
* *
四月十七日
土曜日登校というだけで鬱なのに、昨日こっぴどく振られたからの現在。
「学校行きたくないンゴ」
「ならアタシも学校休むンゴねえ」
「お前はいけよ」
「一蓮托生だってばよ」
ユイとそんな登校風景、ユイには爆死したことを話してある。
特に同情しすぎることもない、いつものノリがなんだがアリガタイ。
「無事ユウジ氏は滑り台と相成ったわけだが」
「滑るって聞いてから滑り台の意味調べたけど……おしろ色シンフォニーって最高だな! 先輩ぐう可愛い」
「同志よ! だがユウジ氏にはこっぴどい滑り芸を披露した友人Aがヒロインとして輝くゲーム版をオススメしたい――」
そうこうしてオタトークを繰り広げていると昇降口にやってくる。
そしていつものように下駄箱を開けると――
「おや」
「ほう」
そこには差出人不明、宛先不明の白い便せんが折りたたまれたものが入っていた。




