第736話 √8-2 『ユウジ・桐視点』『↓』
そうして桐……と呼ぶにはあまりにもまとも過ぎる子なので、この子のことはモデルとなったミキとすることにする。
そんなミキは俺を連れたかと思うと、すぐに目的地にたどり着き俺は嘆息する。
「俺の部屋じゃん……」
「いいからいいから」
言われたように部屋に入る、まったくもって俺の部屋としか言いようがない。
「じゃあ手繋いだままにしてね」
「それは、どういう――」
そうして流れ込んでくるのは、このミキの記憶ではなく――俺が良く知っている桐の記憶だった。
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わしは気づくと存在しておった。
どのようにして生まれ、どのようにして過ごし、今に至るかをわしは覚えていない。
しかし、わしは知っている。
「うう……」
目の前でうなされるようにしている、わしの兄という”設定”にして主人公のことを、そしてその主人公をとりまくこの世界のことも。
そんなわしの役割はそんな主人公のサポート、わしが何者なのかなどということを考えることもせず、わしは定められた役割をこなすのじゃった。
「おはよう主人公、とりあえず女を攻略。でないと世界は止まったままじゃ」
この世界はいわばゲームじゃった。
現実と美少女恋愛シミュレーションゲームことギャルゲーが混ざり合い、一年間のみしか存在しえないこの世界を抜け出す為のゲーム
目の前の男をギャルゲーの主人公に仕立て上げ、そしてギャルゲーのヒロインと主人公が結ばれる――攻略すこと。
わしはそんな主人公を時折サポートすればよい、そういう役回りなのだとわしは予め分かっておった。
そしてわし自体が何者なのかも、しばらくの間は疑問を抱かせることのないよう出来ていたのじゃった。
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「これって……」
「うん、お兄ちゃんの力を今ちょっと借りてるんだ。私の中にある桐の記憶をお兄ちゃんに送ったの」
なるほど……前の世界では力の使えなくなった桐だったが、この世界でミキとしては使えるらしい。
「じゃあ移動しよっか」
やってきたの家の居間だった。
深夜以外ならば誰かしらいるようなこの場所も、今は誰もいない。
ほんの少し前まで人が居たであろう痕跡だけが生々しく残っている。
「ここで桐と家族みんなでご飯を食べてたんだよね、桐はそれが楽しかったんだって」
「桐が?」
……なんというか、意外ではある。
桐は掴みどころのないこともあって、正直何を考えているのか分からないこともあった。
だから桐が俺たち家族をどう思っているか、本当のところさっぱりだったのだ――
「うん! それに私にとっての夢でもあったから!」
「それは桐じゃなくミキとして、か」
「うんっ」
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わしはよく分からないのじゃが、居間で家族がワイワイと食卓を囲んでいる様を見るのが好きじゃった。
どうしてかは分からぬのだが、ほっとするというか安心するというか、なんとも言えぬな。
ユウジによるゲーム攻略の終盤、わしは想像してしまった……それはわしとユウジとミユとミナとミサキの”本当の家族”が食卓を囲む光景を。
いやいや、わしが”本当の家族”に入るとは到底思えぬのじゃが。
だからこそのそんな想像は良く分からぬ、しかしそんな光景にどこか憧れを抱いていたようで……ますますわしが何者なのか分からなくなった。
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それからやってきたのは家から離れそこそこ歩いたところにある――
「なんか懐かしいな」
「お兄ちゃんも卒業生だもんね」
藍浜小学校、同じ名前を関する学校が小・中・高と存在するのがこの町だった。
思えばこの小学校にも俺たちは通っていた、そして桐も通っているはずだった。
「桐はね、結構小学校楽しんでたんだよ」
「マジか」
「まじ」
なんというか、当人の話を良く知る二人が話しているようなそんな気分だ。
少なくとも目の前にいるこの子を桐とはやっぱり認識できない、至って普通の女の子にしか俺には思えない。
桐の良くも悪くも小憎たらしいような挙動に対して、この年だと利口なんじゃないかと思えるしっかりとしたミキ。
容姿と声が同じなだけで、二人が俺には結びつきそうにもなかった。
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「桐ちゃんおはようございます!」
「きりきりおはおは!」
「おはようっ」
わしは小学校では猫を被る、この世界を普通に過ごすことにおいて地のこの喋りが浮きすぎることは自覚しておったから。
「今日のさんすういやですー」
「わたしもー」
「やだよねー」
友達の二人にも相槌を打つ、何度も繰り返す世界でも必ず友達になってくれる女子じゃった。
一人はメガネっ子のマキで、もう一人はアリスと言って……ちょっとギャルっぽいのう?
小学校ではそんな二人とよく遊んだ、もちろんほかにも友人はおった。
こう見えて猫を被るとわしはみなに好印象なのだ、そんなわしの渾身の猫かぶりをユウジは気味悪がってまったくまったく。
「あー、アリスちゃんそのヘアピン可愛い!」
「わかるー? いいよねー」
「ですです」
わしもアリスの変化に気付いて言ってみる、アリスはギャルっぽく少しだけ化粧をしてアクセサリーなどでチャラいものの実は家庭的で優しい子じゃったりする。
だからわしにとって、最初は”そういう設定だから”と来ていた学校が、いつからか楽しみになっていておったのだ。
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「へえ」
「桐も、わりと女の子!」
わりと、桐相手とはいえ地味にひどい。
桐は自分の小学校事情を話したがらないので、時々小学校のことを聞くものの度々はぐらかされていたのだ。
まさか割とエンジョイしてるとは……というか仲良い子がいるなら家に連れて来てもよかったのに。
猫かぶりしてるから俺とかと話すとボロが出そうとかがあったんだろうか……俺たちに遠慮してってのは無さそうだしなあ。
それにしても意外というか、桐は自分のことを殆ど話そうとしないので割とその生活体系が普通で驚いてしまう。
もっと小学校サボって暗躍してた~とかだと思っていたばっかりに。
食卓と小学校だけで桐のこれまで過ごしてきた日常、というのはなんとなく分かってきたかもしれない。
「お兄ちゃん、次は――」
そうしてミキに連れられて歩いて行く。
思えば今していることといえば、桐のこれまで繰り返してきた世界の中での生活の足跡を辿っているようだった。