第735話 √8-1 『ユウジ視点』『???日』
%%年##月&&日
「あっ」
以前の世界は四月一日を迎えることなく終わり、一緒に過ごしていたユキも瞬き一つで姿を消していた。
ただそれ自体はそこまでおかしなことじゃない、一年前の状況に戻れば俺とユキが同じ部屋で一夜を共にすることはないわけだ。
しかし、俺は妙な違和感……既視感を覚え始める。
「今日は――!?」
目覚まし時計に映し出された年月日と時間を見るのは習慣化している上に、なんとなく覗いてみたのだが――
「どういうことだよこれ……」
そこに目覚ましはある、手にとってもみる、しかし――見えない、のだ。
日付や時間にあたる部分にモザイクがかかったようになって見ることが出来ないのだった。
「……嫌な予感がする」
俺は自分の部屋を飛び出した。
俺のその嫌な予感というものが的中しないよう祈りながら、俺は声をあげて家族の名前を呼びながらそれぞれの部屋の扉を叩く。
「ミユ! ユイ! 姉貴! クランナ! アイシア!」
しかしあたりは不自然なほど静まり返っていて、本当に人気が無い。
そして俺は勝手に入るのゴメンと手を合わせて、試しにユイの部屋の扉を開く。
「……ユイ」
そこにユイはいなかった。
しかしそこはユイの部屋に違いなく、ついさっきまで人が過ごしていたような生活感が残っていたのだ。
それからも他の部屋を覗いてみたが誰もいない、そして桐の部屋の扉のドアノブに手をかけると――
「……ん?」
その部屋だけ鍵が締まっているように開かない……いや正確には違う、そもそもドアノブがうんともすんとも動かないのだった。
この部屋だけが他の解放されたままの他の部屋と違うことに疑問を覚え、俺は――
「桐……?」
「なあに、お兄ちゃん」
「っ!? き、桐!?」
「うん、桐だよ」
振り返るとそこには桐の容姿をして、桐の声をした少女が立っていた。
しかし――
「本当に桐か……?」
「うーん。私は桐は桐だけど、きっとお兄ちゃんの知る桐じゃないよ」
「っ! それって、どういう――」
「うん、じゃあユウジお兄ちゃんに教えたげるね――お兄ちゃんの知る桐のこと」
そうして桐なのに桐じゃない少女は自分の部屋の扉のドアノブに手をかけると――男の力でも動かなかったのが回って開く。
いとも簡単に開く扉に面喰らって、少女が「入って入って」と手招きするので桐の部屋に足を踏み入れると。
「これ」
「これ……?」
少女に手渡されたのは一冊の母子手帳だった。
正直これを渡されてもピンと来ないというか――
「ここ、見て」
「ああ…………下之美樹?」
少女の言うページには赤ちゃんに名づける名前が書かれていて、そこには「美樹」と記されていた。
美樹という名前に心当たりがある気がする、ああ……そうだ!
夢の古いテレビ越しに見た俺の忘れていた記憶、その中に――母さんが「ミキ」という名前の赤子を産めなかった出来事があったはずだった。
ミナ・ミユ・ミキと来れば我が家の三女となるはずだったのだろう、美樹という名前も思えば母さんが酔った表紙に呟いていたこともあった。
だが、それを少女に……いや、桐に手渡される意味は――
「うん、私は桐であって――下之美樹に”なりたかった”女の子なんだよ」
「っ! それって……!」
それは、委員長が言っていたような「ギャルゲーの原作にはモデルが存在する」ということを当てはめるならば。
桐というキャラクターにはモデルが存在して、そのモデルが――母さんが産めなかった美樹ならば。
「まぁそれも委員長からミユ姉さんにバレちゃってたけどね」
「ミユは知ってたのか……」
ミユのことを姉さんと呼ぶのは少し新鮮に思え――いや、今はそれどころじゃない!
「そういえば桐! ミユは! 姉貴は! 他の家族はどうなった!?」
「居ないよ」
「居ない……?」
「ユウジお兄ちゃんが好きだった女の子も、そうでない人達も、誰も彼もこの世界には居ないよ」
「っ……!」
ああ、既視感の正体はそういうことだったらしい。
それは雨澄の世界でホニさんが神の力を暴走させた結果世界を滅ぼして、俺とホニさん以外が存在しなくなった世界――終末の世界だった。
「みんな、ちゃんと戻るんだよな?」
「どうかなあ、多分それはお兄ちゃん次第?」
「俺次第って……」
「とりあえずお兄ちゃん、私についてきて?」
そうして桐であって桐でなく、言葉通りなら三女となるはずだったミキに手を引かれながら俺は桐の部屋を出る。
「ユウジお兄ちゃんの知る桐のこと、私のこと、お話するね」
そうして話されるのは、桐の話。
桐が話しているのになんだか他人事のようで、そして――謎ばかりだった桐の正体と秘密を知る。