第731話 √7-64 『ユキ視点』『三月九日』
何気なく見たニュースの天気予報コーナー。
『明日三月九日は――地方において山沿いと沿岸沿いを中心に雪が降る恐れがあります。外出時にお気を付けください』
そんな、私にとっては心躍るような言葉が並んでいて――
三月九日
朝目覚めて部屋のカーテンを開けると――
「わ」
空には薄っすらと雲がかかり、あたりには一面の銀世界……とは行かなくても、二階の私の部屋からは雪の積もった屋根が見える。
そして今もしんしんと雪は降り続いているようで。
「雪だ!」
雪。
自分の名前の由来であって、この世界では私の名前そのもの。
雪自体は自分と同じ名前なこともあって妙に意識してしまう、なんだか雪が降ったり積もったりすると他人事じゃないような気がして、というか好きだと思う。
雪は白くてきれいだし、やっぱり雪化粧をした景色はいつもと違って新鮮で、雪遊びだっていつも出来ないことで、好き。
小さい頃は雪が降ると外に出て駆けまわっていた、自分と同じ名前のものに触れるというのはなんだか悪くなくて。
だから雪が降ると私は少しソワソワとしてワクワクとしてしまう、けれど――
「今日は三月九日!」
それは私、ユキの生まれた日。
そして雪が降った日。
季節外れの雪が、私の記憶の中ではこの日に降るのはなかなかなくて。
だからこそ私はこれまでの雪の日よりも心を躍らせて――
「はー」
いつもよりも早くに制服に着替えて支度をして外に出た私は長めのブーツを履いて家を出る。
普通のゴム長靴はちょっと恥ずかしいからと、雪の日用に買っておいたロングブーツで見た目は可愛いけど防水性はちゃんとしてる優れものだ。
雪の日生まれだけどそこそこ寒がりな私はモコモコの手袋をして、コートを着てセーターを着て厚手のストッキングも履いて防寒対策バッチリ。
……あれ、着込み過ぎて太く見えてないよね?
そ、そんなに私太ってないからね!
と言いつつも寒いからここでは脱げないけど。
「ほっほっ」
多くの生徒の登校時間よりも早めに外に出たために、車の通りも少なく雪かきもまだ行き届いていない今は道路にしっかり雪が積もっている。
足首ぐらいまでの積雪があって、普通の靴ならすっかり埋まっているかもしれない。
そんな誰も足を踏み入れていない雪に、足跡を付けるのが小さい頃から私は好きだった。
そうして一人雪にテンションが上がってる中、私以外の一人の足跡が私に近づいてくる――
「よ」
「おはよ!」
学生服にコートを着て……私の作ったマフラーを付けてくれるユウジの姿があった。
……というか自分のマフラーは持ってるけど、寒い日はユウジがもしかしたらマフラー付けて来るかもしれないからとマフラーは付けずに着てるんだよね。
ちょっと首元がさぶい……あと男子の制服は長ズボンが羨ましい。
ユイとか福島さんとかはスカートの下にジャージ履いていて温かそうなのが少しだけ恨めしかったり……でも、ああ私にその勇気はないのですよ!
「雪降ってるなー」
「私が降ってる!」
「ユキが空から降ってきたらそりゃもう天使だろ」
「な、なに言ってんの!」
そ、そういうセリフは気恥ずかしくなっちゃうからダメ!
…………ちょーっとだけ、ユウジにそう言われたのは嬉しかったりするけどね。
チョロいね、何言われても嬉しいのかも、恋は盲目とはよく言ったものだ、別にいいよねそれでも。
「まぁともかく結構降ってるな」
「うんっ! なかなか本降りだねっ」
とにかくはしゃいでしまう……で、少しして我に返って変に思われないかユウジの顔を覗いちゃったり。
「ユキって雪好きなんだ?」
「うん! なんだか親近感あるよねっ」
「俺も雪は結構好きだな、この土地はあまり降らないからワクワクするな」
雪は結構好きだな――!
「わ、私のことが結構好きって……」
「ああ、そっちか。現象としての雪は結構好きであって……そっちは、というか俺の彼女としてのユキのことは超好き」
「っ! 私もユウジと雪超大好き!」
自分好きみたいに聞こえるけど、この日だけは別にいいよね!
なんだか雪が降っていて寒い日に違いないのに、ユウジと話している間は心も身体もポカポカとしていたんだ。
実際ユウジのマフラーに入れてもらって、二人並んでの登校デートだったのは確かなんだけどね。
登校して、教室に着くと灯油ストーブで温かくなった教室がお出迎え。
雪は好きだけど、寒いのは苦手なんだよ~!
灯油ストーブをキャンプファイヤーみたいに囲んであったまる男子中心に、なんか福島さんが混ざってる。
ちょっといいなぁ。
教室の窓越しには登校してきた男子がグラウンドで雪遊びをしている、楽しそう。
でもすっかり冷えた私の身体はしばらくあたたかさを充電しなければならないのです……。
「暖かい雪の日があってもいいのに」
「それは本当に雪なのか」
「だって! 寒いのいや! だけど雪は好き! このジレンマをどうしよう!?」
「超着こんで雪に挑むしかないな」
「そうなるよねー」
…………やろうと思えばいくらでも着こめるけど、女の子としては限界があるんだよね。
例えばユウジから見てギリギリちょっと着こんでるなっていうレベルのライン、むずかしいなぁ!
「結局は窓越しに眺めている雪が一番いいのかも……」
「それは真理かもしれないな……」
雪に恋い焦がれる私は、そうしてなんとも複雑な気持ちで窓越しに雪を眺めるのだった――
* *
それでもユウジの彼女なこの世界で、この日生まれたに、この町に雪が降ってくれたことは私にとって誕生日プレゼントをもらったようで。
季節外れのこの雪は、たぶん世界で一番私が嬉しかったと思うんだ――