第719話 √7-52 『ユウジ視点』『十一月十一日』
十一月十一日
文化祭が明けて、興奮冷めやらぬ……ということはなく、あっという間にお祭りの空気感は薄れていきいつも通りの日常が戻ってくる。
どちらかといえば振り返ることなく気持ちは未来を向いていて、次のイベントを心待ちにする……そんな校風もとい町民性らしい。
既にクリスマスに大晦日に三が日と、水面下で準備を進めている者も少なくないという、文化祭が終わった頃が勝負とばかりに一部の生徒は忙しなくなるようだ
俺も一応手は打っている、もっとも”チート”と呼ばれても仕方ないかもしれないが……止むを得まい。
ということもあって今のこの俺は基本的に暇しており、以前のように用事が入ったからデートの誘いを断るなんてことにはならないようにしている。
それとは関係無しではあるが、放課後の下校デートというのはこれまでもちょくちょくあったことで、今日もまた一緒に帰ることとしている。
「じゃあまたねー」
「それではまたユウジ様、ユキ」
「じゃあぬー」
「うんまた明日」
俺とユキはいつもの面々に挨拶をすると、何の躊躇もなく二人で教室を出た――教室の扉をくぐった時点で手をつなぐほどである。
実際俺たちの関係は学校公認と言っても過言ではない、なにせ多くの生徒が居る前で交際を告白して知れ渡っているのだ。
そんなこともあり臆面もなく俺たちはイチャイチャ……とする感じではないにしても、校内で手を繋ぐぐらいなら遠慮することもない。
そして下校と名ばかりに、寄り道をしながら二人デートとなるのだった。
いつもの流れとしては二人そのまま商店街に向かう。
デートと言ってもそれぞれ気合が入ったものではなく、それぞれや二人が行きたい店に寄ったりするぐらいである。
「あー! 新しいの入荷してる!」
まずやってきたのは文具屋だった。
藍浜の学校生とも贔屓にしている店で、品ぞろえはなかなかのもの。
いつから売っているんだという年季の入った物から、ネットで話題になった最新商品まで手広く扱っている。
そんな中でユキが食いついたのがマスキングテープのコーナーだった。
マスキングテープとだけ聞くと、プラモデルなどの塗装をする最に色の境界をはっきり別けるべくテープを貼って塗装しない部分を覆う”養生”に使うイメージではあるが。
軽くカルチャーギャップ、色とりどりどころか複雑なデザインなものも少なくない何十種類ものマスキングテープが売り場には売られていた。
「今ってマスキングテープこんなにあるんだな」
「あるよー、今月だけで十種類ぐらい増えたかも! 女子は色々買ってるよ」
「へぇ、そんなに皆プラモデルとかに塗装するんだな」
プラモデル女子も増えているのだろうか、養生にもオシャレしたいとは女子だなぁ。
「? ぷらもでる?」
「え、プラモデルの塗装の養生とかに使うんじゃないのか?」
「違うよ! 例えばね――じゃん!」
「おお可愛いペンケース……ん? お、これ貼ってあるのマスキングテープなのか」
「そうそう! 今こうやってデコレーションに便利なんだよ! 沢山種類あるし、テープだから使いやすいしね!」
……なるほどマスキングテープを単なる養生として使うのではなく、デコレーションのシールとして活用しているわけだ。
そのデコレーション目的に色々なデザインが出ていると、確かにこれは考えたな。
「組み合わせるのもいいんだー」
「ほう」
更にユキが取り出したノートの表紙には何種類ものマスキングテープが組み合わされて、さながら売っていそうなオシャレノートが出来上がっている。
「ということは通販の小さなダンボールにも貼って組み合わせれば、オシャレな小物入れみたいのが出来るわけだ」
「うん、うん!」
男心にもなかなか楽しそうではある。
デコレーションというとラメラメピンクピンクしたものだと思っていたが、色の組み合わせ次第ではカッコイイものも出来るかもしれない。
そんな中男心がくすぐられる、国民的な配管工主人公のドット絵が象られたマスキングテープが売られていて思わず俺も買ってしまった。
汚れたり傷が付いたゲームのコントローラーをデコってしまうのも面白いかもしれない、なんてことを考えたのだった。
それから本屋にやってきていた。
マンガ雑誌やマンガの単行本だけでなくライトノベルも置いてくれる、オタクに優しい優秀な本屋である。
「ユウジってアニメ好きだねー」
「まあなー」
もともとは俺の前からサクラとミユが居なくなり俺の記憶が飛んで、一人になってしまった寂しさを紛らわすために買ったのがライトノベルだった。
それが意外に読みやすく楽しく面白かった、それからライトノベルだけでなくそのアニメ化作品などにも触れていき、晴れてオタクの仲間入りを果たしたのだった。
「私も子供の頃見てたなー、プルキュアとか!」
「あー俺もちっちゃい頃少し見てたな。見ると面白いんだけど、それを他の人に話すとからかわれそうで」
「その頃はお年頃だもんね」
なんとなくスーパーなヒーロータイムにしたままにしていたら女児向けのアニメが始まって、気恥ずかしさもあれど見てみるとなかなか面白い……そんな思い出。
子供の頃は子供向けアニメを普通に見ているもので、その内卒業するかインターバルあって違うジャンルなアニメを見始める。
思えばこの国はアニオタ養成に長けた環境にあるのではないか……つまりアニオタになった俺は悪くない環境が悪いのだ。
「ユウジ的に面白いアニメってある?」
ふむ、その面白いアニメというのは今期の話ですかな? それともこれまでの生涯でのベストアニメですかな?
今期だとラステピリオドがのほほんとしながら毒を含んだ造りがなかなかツボでありまして、あとはメカロポクスは硬派にして面白いですな。
生涯で言えばやはり西宮ハルヒの湯鬱は欠かせませんな、ギャグアニメの金字塔としてギャラクシーエンゼルもオススメしたい、個人的には隠れた名作のぽてりやきまよもなかなか――
「春目友人帳とかいい話だな」
「あ、聞いたことあるかも。にゃぬこ先生!」
女子の会話でふと聞いたことアニメを挙げてみる、割と知名度があり可愛いマスコットがいるアニメは受け入れられやすい。
アニオタ的に自分の推しよりも、見易いアニメをすすめてしまうのが性分なのかもしれない……それで引かれるのは悲しいし。
「そういえばユイが『ポポポポポッポは名作!』って言ってたけど」
「あれはやめておこう」
それ、クソアニメだから。
あとは軽くウィンドウショッピングをメインにブティックへ。
やっぱり女の子は服が好きらしく「これ似合うかな?」「これもどう?」と聞いてくる。
正直可愛いユキならどんな服でも似合いそうなもんだが、それを言ってしまうと「テキトー言っちゃだめ!」と怒られそうだ。
それから俺は色んな服やアクセサリーがあるもんだなぁ、と見渡しながらユキを待っていると――
「おまたせー、買ってきた」
「おお、これか」
明るく暖色系の多いユキの私服の印象だったが、今回はあえてモノトーンにしてみたらしい。
試着していた際には可愛い系というよりも大人っぽいオシャレ系になっていてギャップ萌えだった。
「なんか大人っぽく見えたな」
「たまにはこういうのもいいよね!」
上機嫌のユキと並びながら最後に目指す場所は――
藍浜高校生ならお馴染みのファーストフード店にやってきた。
生徒は学校明けてすぐにここに来る場合も多く、色々周ってきたこの時間には生徒の数もだいぶ減っている印象だ。
少し肌寒くなってきたことからポテトとホットコーヒーを俺は頼む、ユキはアップルパイとホットティーを頼んだようだった。
「ここ、ここにしよ!」
「そうだな」
窓際のカウンター席で、数人分の空きがあったことからユキは目星を付けたようだった。
「ふー! 今日も付き合ってくれてありがとねユウジ!」
「俺も、ありがとなユキ」
今日は文具屋・本屋・ブティックな流れだが、場合によっては家具屋を見たりスーパー隣接の軽い日用品売り場を覗いたりもする。
日によっては普通に家族に頼まれたものをユキと一緒に探しながら買うこともあるぐらいで、日によってまちまちだ。
そういえばユキは日用品売り場で何か買いこんでいたようだが何だろうか、詮索はしないにしても割とそんな個人的な買い物もしているようだった。
「そういえばさ、ユウジ」
「んー?」
ホットコーヒーをちびちび飲んでいると――
「実はここでマイと友達になったんだよ」
「……え? ここで、っていうのはこの店でってことか?」
ホットコーヒーを口元から離して、ユキに顔を向ける。
「それもそうなんだけど、今座っているこの席がね。私とマイが座ったんだ」
「そうなのか」
そういえばいつの間にか名前呼びになっていた二人だが、キッカケはこの場所らしかった。
「ユウジに最初に告白したあとにさ、なんか上手くいかなくて、ここでぼんやりしてたら隣にマイが座ってね」
「あー」
最初の告白というと四月下旬の頃のことだろうか。
ユキに胸を揉まされながらの告白という衝撃の展開から更に、皆にナイショだよと言われてしまえば俺は身動きが取れなかった……そんな頃か。
「私にユウジのことはどう思っているか、とか私がユウジに対して何がしたいのか、とかね」
「ああ」
「で、その時にマイにユウジのこと好きかって聞いたら即答されちゃって。で、私もマイにユウジが好きなこと話してね」
……その頃から、もう姫城は俺たちの関係を察していたのかもしれないってことか。
「それで二人恋のライバル的に宣戦布告したんだ」
「なるほどな…………」
ん?
「友達になる要素どこ!?」
「あー、そのあと二人でユウジの話題になったらヒートアップして『さん付けで呼ぶ必要なんかないぜ!』みたいな」
「お、おう……」
なかなか斬新な友達のなり方だと思えてしょうがない。
「ねぇ、ユウジ」
「うん?」
「今はマイのことどう思ってる?」
やっぱ、そういう質問来るよな。
「……この世界では俺とマイは友人だよ」
「じゃあマイのこと好き?」
こう、来るよなあ。
「…………好き」
「そうだよねえ」
「…………そういう反応?」
「だって私知ってるんだよ? ユウジとマイが付き合った世界のこと、でその世界で私が思い切りユウジに振られたこと」
「…………」
本当ならここで謝るべきだろうか、しかし今も俺としては優柔不断にもクズにも姫城への好意をきれいさっぱり忘れているわけではない以上、嘘は付けなかった。
そして俺がその時にユキが振ったことを謝ってしまえば、じゃあこの世界で俺が振ったマイはどうなるのかと考えてしまうのだ。
自分が考えて導き出した結論に、後悔はなかった。
「さすが……みんなのユウジだね」
「ユキ……」
「で・も! 出来る限りしばらくは私のことだけ見ててよね!
「それは約束する」
「うん、なら良し! 私もね、これからもマイとは友達でいたいしね! きっとマイもユウジと友達でいたいと思ってるから」
「……そういうもんなのか」
「そういうもんだよ、好きな人……好きだった人との関係が全く無くなっちゃう方が怖いから」
俺もそれは、切にそう思う。
恋愛関係に、男女の関係になれなかったからとすべてがなかったことになるのは嫌だった。
俺が告白したことで、サクラが居なくなってしまったことを思い出すと……やっぱり友人関係で我慢しておけばよかった、それなら今も関係は続いたんだろうかと考えるほどに。
「なんかメンドクサイこと話してごめんね。そういえばさ――」
それから至って普通の世間話。
恋人なのに親しい女友達を話しているような、それはそれで心地よい時間が流れていた――