第730話 √7-63 『ユキ視点』『???』
篠文ユキはこの町で生まれ、高校生になるまでこの町で過ごしてきた。
下之ユウジという同い年の幼馴染がいて、中学生の時に町内で家を引っ越す前までは家はすぐ近所で毎日のように会っていたんだ。
私にとっての彼は、自分のことをよく知ってくれている気の知れた男友達。
話すと楽しいし、優しいし、けど時々男らしい、でも親しい幼馴染であってそれ以上ではないと思っていて。
でも現金なもんでね、ユウジが高校生ぐらいになって幼馴染贔屓にもカッコよくなったらモテはじめて。
それが何故か面白くなくて、でもユウジに好意なんてないない……そう思い込んでいた私も、ついに恋心に気付かされて。
そうして私はユウジに告白をして、それで晴れて結ばれる。
それからは幼馴染以上の関係になって、幸せな日々が続いて――
というのが、篠文ユキとしての私のこと。
* *
私、篠ノ井ユキカはこの町で生まれて、幼稚園の年少の間をこの町で過ごした。
年中に上がる前に他の町に引っ越しちゃったんだよね、それはお父さんの転勤というごく普通のことで。
それからは色んな街を転々とする、私は友達が出来ないし、落ち着きもしなくてちょっと疲れちゃったり。
そして中学二年の末頃、生まれたこの町に戻って来た。
お父さんはしばらくここに腰を落ち着けられそうと言っていて、私はそれが嬉しくて仕方なかった。
なにより私の――幼い頃から密かに思い続けている彼にまた会えると思うと胸が高鳴った。
下之ユウジという同い年の男の子がいて、幼稚園の年中になるのを控えて家を引っ越す前までは家はすぐ近所で毎日のように会っていたんだ。
家が近くて幼稚園が一緒で、組が一緒だからと親子で仲が良くなって。
その頃からユウジとミユとサクラはいっしょで、そこに年上のミナさんが時折混ざっているような、そこに私も混ざるようになったんだ。
楽しかったなぁ、同い年でも数か月の生まれの違いで兄妹になったユウジとミユなんだけど、ユウジがお兄ちゃんしててミユが甘えている印象だったかな。
基本妹のミユ第一なユウジを私とサクラが取り合うような、時々ケンカもしたし一緒に仲良く遊んだりもした。
でもそんな空間に居れたのはたったの一年間で、私の引っ越しと共にユウジ達の繋がりもなくなってしまう――
引っ越したくなかった、割とダダをこねたのも恥ずかしいけど覚えてる、でも両親が私を一人置いていけるほど私は大きく成長もしていなかったから。
仕方のないことで、いつしか諦めて、受け入れて、みんなに別れを告げてこの町を私は去ったんだ。
そんな一年間の短い間でもユウジに命の危機を救われていた。
もちろんその時にそんな自覚は全く無くて、今思うとぞっとするようなことなんだけどね。
もしユウジがあの時手を牽いてくれなかったら、私は車に撥ねられて今生きていなかったかもしれない。
それをずっと思い返していて、いつかまたユウジに会えることを心待ちにして、そしたら――また友達になれたら、なんて。
そんなことを思っていたら――願いが叶った! 生まれた町に戻って来れた! ユウジだって同じ学校だしいつでも会える機会があるよね!
でも、私は見てしまった。
ユウジの周りは私が居なくなってから何一つ変わっていなかったことを、ユウジの周りには変わらずミユとサクラが居て、時折ミナさんも居たことを。
その時私は思ってしまった……ああ、私の入れる余地なんてないのかも。
だから勝手に諦めた、勇気がないから諦めた、でもさ、だったらさ――私のこれまで秘めていたユウジへの想いはそんな程度だったんだと。
それはそうじゃなくて、違くて、忘れられない私が想いを忘れられるわけなくて。
私は覚えている、けれどユウジやミユやサクラは覚えているのかな。
知り合い面して、友人面して言って、初対面のように答えられたら嫌だなって、それはなんだか傷ついちゃうなって。
たぶん私の被害妄想で、考えすぎなだけで、もしかしたら覚えているかもしれなくて、覚えていなくてもこれから仲良くなればいいはずなのに。
私の一つのコンプレックス。
もし私が引っ越さなかったら、あのユウジ達の輪の中に何も思うところなく今も居れたかもしれない。
今も私はユウジの幼なじみで居れたかもしれない、ふと思い出話を話すように幼少期に助けてくれてありがとうなんてと言えたかもしれない。
でもそれは結局どうすることも出来ない”もしも”でしかなくて。
私はユウジの幼馴染になれない、名乗れない、傍から見れば大したことじゃないかもしれないけれど――私の中にコンプレックスを植え付けて。
結局ユウジ達とまた友達になれることはなくて、普通にこの町に戻ってきて友達が出来て、私とユウジは誰にも知られることなく別の方向を向いていて。
でも、私は時折振り返ってユウジを見つめていた。
そして私はユウジの周りからミユとサクラが居なくなっても機会を失って、そうしてユウジはユイと高橋君と出会う。
そこでまた新しい関係が出来て私は踏み出せないまま終わる――
いつしか勇気を出して「ユウジと昔遊んだんだよ、あの時助けられたことを忘れてないよ、ありがとう!」……そう打ち明けられたら、そしたら私たちは幼馴染のようになれるかなって。
ユウジがふと思い出して私に「もしかして幼稚園一緒だった?」なんて聞いてくれるかなって、そんな我儘で身勝手な妄想もしちゃって。
そんな私はだからこそユウジの幼なじみに憧れた、時を巻き戻せないから叶うはずのない夢とも願いとも言えることが――叶ってしまった。
私はこの町から出なかった、あれからも関係が続いて、二人は幼馴染の間柄だった――ということになって。
そんな篠ノ井ユキカという名前と記憶を引き換えに、篠文ユキという”作られた”居場所と幼馴染の記憶を持った私になった。
それはユウジが主人公のゲームのヒロインになった私のこと。




