第712話 √7-45 『ユウジ視点』『十月二十七日』
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十月二十七日
二学期中間試験が明けると、文化祭がいよいよ迫ってくる。
既にこの頃になると文化祭準備に本腰を入れる頃合いで、テスト期間中の午前授業がそのまま続く形で午後は文化祭準備の時間に充てられる。
藍浜町のお祭り気質が影響してか、藍浜高校も文化の祭りにも本気である。
そして、なんとなく意識していたことがある。
姫城の時の世界のユキからの告白は、丁度今日ぐらいだったことを。
とは言っても俺としては既に二回もユキに告白をされており、名実共に恋人同士になっているのにも関わらず、果たしてこの世界でその告白イベントは存在するのかということ。
だから俺の考えだと、特にイベントこそないが文化祭を一緒に回るなどして関係が進展するものだろうと楽観的だった。
とはいっても姫城の世界だとユキの告白を断ったあとにユキファンクラブメンバーとの戦いの末、ボロボロになった俺が保健室で姫城に告白するというものだったが……この場合どうなるんだ?
しかし”告白”という行為自体が、恋愛における愛の告白だけに留まらないことを俺はすっかり忘れていたのである。
一応一年二組の出し物の『わりとおいしーフードカレーや』のレシピ投票で勝ってしまったが為に、流れで総監督を押し付けられてしまった俺なのだが。
比較的入手しやすく配合も分かりやすいスパイスと、安価にして手軽なシーフードミックスを使うことで作り自体もそう難しくないことが功を奏してか、俺やユキ以外の調理担当も結構やってくれているので余裕があるのが助かった。
思えばユキのカレー屋は、カレーが本格的すぎて再現にはユキの監修が欠かせないなどして、俺と委員長の時も余裕はなかった気がする。
部屋の装飾づくりも、必要以上には拘らないものの最低限のが出来上がってきており順調だ。
店内配置レイアウト・装飾・カレー作りの成熟さ含めてスケジュールはかなり良いと言える、おかげで他のクラスにはありがちな夜間残業も必要なかった。
俺とユキも同じぐらいのタイミングで暇になったので、ユキを誘って他のクラスの進捗状態を冷やかしに行こうかと考えていたのだが――
「……んー、いないな。しょうがない」
ユキが居ないからと教室に留まっていたら、休憩時間だというのに仕事を押し付けられそうだし、こうなれば一人でも他教室を回ってくるとするか。
一人教室を抜け出して廊下に出た俺は、物の運びに奔走する生徒から、小休止とばかりに話す生徒に、どこからか仕入れてきた飲み物を比較的安く売ってるテンバイヤーなどが居た……最後のは割とグレーじゃね?
藍浜高校文化祭は中学時代にも普通に見学に来たことがあるが、中学の文化祭と何ら変わらない雰囲気にテンションである。
例えば教室からは「お客様は神様です!」「「お客様は神様です!」」「私たちはその上位の神です!」「「私たちは更に神っとる!」」一見どこかの会社でやっていそうな点呼だと思ったら、よく聞いたらアブナイ発想をしていた……関わらないでおこう。
更には「絵コンテまだ上がらねのーのかよ! 演出が出来ねえだろおせーぞカス!」「なんだとテメー! ならテメーがコンテ書けや!」「ああ、制作進行が逃げたー!」「これは総集編かも分からんね」……よく分からんが現場が修羅場らしい。
後は「休憩スペースとか私たち頭いーよね」「超楽だわー」「置いておくのもベッドと暗幕とテーブルとカラオケセットぐらいでいいっしょ?」「ご休憩一時間だといくらぐらいが相場?」休憩場所で、ベッドで、一時間いくら……聞かなかったことにしよう、これぞ超法規的措置。
ほかには「きゃああああああアイシア様ああああああああ」「アイシアってこんなにも男装が似合いますのね」「惚れちゃっていいんだよ」「それは結構ですわ」……サウンドオンリーだが演劇の衣装合わせらしい、クランナとアイシアの演劇なら見に行くとしよう。
そんな具合に廊下を歩いているだけで文化祭を少し先取り出来ている気分になって、幾らか楽しんでいると――
「――Uらめしや」
「うおっ!?」
すると突然目の前に身体中に矢が刺さった血だらけの制服姿の女子生徒が現れたもんで、俺も思わず驚いてしまう。
「な、なんだ雨澄か」
「――おは」
よく見るとその血は血糊のようで、身体中に刺さる矢もハリボテのようだった。
「――これは人に刺さった矢の気分になれる」
「お、おう」
なかなか斬新な視点だな……そういえば雨澄は雨澄の世界では弓使いだったっけ、矢が刺さっているのも思うところがあった結果がこれなのか。
「――そういえばカレーごちそうさま。文化祭当日にも十杯は余裕で食べに行く」
「おお、ありがとう。雨澄が客として来るなら有難い」
というか十杯余裕とは雨澄はブレなくて安心する、思えばよく食べる子だった。
そういえばこの世界で雨澄は井口とよく遊んでいるのを目にするが、異との戦いは無い世界なのだろうか――
「――ところで、そろそろUの弁当が食べたい」
などと考えていたらとんでもないことを言ってきた。
「俺の弁当、とは」
「――以前は週に三回は作ってくれていたU弁当。彼女を放置するのは少しぷんぷん」
……これ夢とかに見てこれまでの世界の覚えてるやつじゃん、呼び方も独特のUって発音だし。
それも俺がやり直した世界での提案なのだ、週三回弁当とは。
というか彼女ってことになってるのか、それで今の今まで俺と雨澄は殆ど接触もなく……雨澄の中で夢と現実がごっちゃになって変な認識になっているのだろう。
「……雨澄よく思い出してほしいんだが、俺と会ったのって肝試しぐらいだよな」
「――? 確かに、そうかもしれない」
「だよな、多分何かと勘違いしてるんだろう」
「――しかしUが学校に作ってきてくれたカレーはまさしくカレー弁当の味」
学校にカレー弁当とかマジださーい、とか言わないで。
週三回弁当作ろうとするとレパートリー尽きたり楽したいと思っちゃうもんなんだよ。
「きっと夢にみたんだよ」
「――なるほど、確かに夢だったかもしれない。なら正夢にすればいい」
そうきたかー……。
「――夢の中では私たちは交際していた。現実でも付き合って欲しい」
「いや、俺実は付き合ってる人が――」
「――うばいとる」
「やめて!」
やべーよ、ここに来て雨澄さんという伏兵がいたよ。
そして一応彼女もまた夢の延長線上で俺を捉えているらしい、やっぱこの世界俺含めて変になってんな。
「――冗談」
冗談に聞こえないからやめてほしい。
「――でも、私があなたに興味を抱いてることは忘れないでほしい」
「……っ! でも、すまん」
「――Uが幸せならそれでいい、じゃ」
そうして雨澄は少しだけ寂しそうな表情をすると、自分の教室に戻っていく。
いや、さ。
好意を抱かれているということ、嬉しくないわけじゃないんだ。
それでも俺はこの世界ではユキと恋人同士であって、だから雨澄の好意に答えることは出来なくて。
そして俺のことを気にかけてくれる雨澄は優しくて、それが俺にとっては少し辛くて。
なんだか複雑な心境でとぼとぼ歩いていた俺は、とある送り主からの携帯の着信に気付いていなかったのだ。
そして俺と雨澄の二人の会話のほぼ一部始終を見ていた人にもまた、俺は気づくことが出来なかったのだった。