第710話 √7-43 『ユウジ視点』『十月二日・四日』
十月二日
見切り発車感の目立つ体育祭と打って変わって、文化祭委員・生徒会は二か月前、一般生徒は一か月前から準備を始める文化祭の季節がやってきた。
そしてこの土曜日の午前授業の半分を費やして文化祭の出し物を決める、一見大げさかもしれないがお祭り気質な藍浜魂を持つ藍浜高校生徒にとっては重要なことなのだ。
「ついに文化祭の季節がやってきました。学業よりも文化祭、休日よりも文化祭、三度の飯よりも文化祭、可愛いあの子よりも文化祭! 盛り上がってるかみんなあああああああああ!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」」
さながらライブ会場のような熱気……にいまいち乗れていない俺と一部生徒、それに相反してノリノリな委員長、ほんと君どういうキャラなの。
いや、俺の反応って至って普通だと思うんだが……というか担任教師は『学業よりも文化祭』で深々と頷いちゃダメだろ。
「そして運命を決定づけるうううううううううう! 出し物決めの時間だあああああああああああ」
「「よっしゃああああああああああああああ」」
というか大体似たようなタイミングで他のクラスからも絶叫が聞こえるんだけど、マジでこの学校変だわ。
「牙の鋭い方が勝つ! それが文化祭だああああああああああああああああああああ」
「「うらああああああああああああああああ」」
文化的な祭りなはずなのに牙が鋭い方が勝つとか、実態はアグレッシブにしてアウトドアにしてスポーティでバイオレンスなの?
「はい、それではやりたい種目をあげてください」
いきなり冷静になるのやめてくれよ……なんか怖いよ委員長。
そして上がっていくのは、なんとも無難なチョイスばかり……の中に変なのもあるが。
というかなんだよ”旧型国電72・73形の形態別研究”って、誰も分かんねえし俺も分かんねえよ。
あとは”深夜アニメ中盤話数の作画の良さ・悪さを検証”はユイじゃん、残念だけど俺はそこまでディープじゃねえんだ。
ほかには”私がやりたいのは流しそうめんなんかじゃない。蕎麦屋だ”は福島で……そうめんじゃなくて蕎麦ならいいのかよ。
そして”スクール水着喫茶”は男子の一人が提案していたが女子勢に大ブ―イングだった。
だが待ってほしい、秋の季節に教室内でスクール水着というのは文化祭と言うある種の学校内ながらの非日常感を演出するのにもってこいではないだろうか。
スクール水着を合法的に見ることの出来る環境において皆が思えるのだ、ああこの体のラインはたまらないものだと、ビキニなどの水着には無い魅力があると。
それでいて露出度も少ないおかげで家族対策もバッチリだ。
それにもし、お客様にお出しする飲み物をうっかりこぼしても、水着だから完全防水にしてANZEN!
奇抜な提案と思わせて実は優れた出し物なのではないかと思う、だから俺としては――
「カレー屋やりたい!」
と、ユキが手を上げて提案した。
ええ、もちろんですとも。
自分の彼女の提案する出し物にもちろん賛成ですとも…………スク水カレー屋なんてどうかな?
ないですよね分かっていますとも声に出しませんとも。
実際カレー屋というのは良いアイディアだと思う。
喫茶店などと聞くと連想できるのは飲み物ぐらいで、軽食を出そうにもあまり印象を抱かないものだが、カレー屋と専門に絞ることで来場者の注目を集めやすいだろう。
そしてカレーが織りなすスパイスの香りは非常に強力、教室内に押しとどめておけるものでは到底なく、窓から外に流れ出せば夕食時のなつかしい住宅街の様相だろう。
いわゆる匂いが宣伝を果たしてくれるので、もし対抗店など無ければカレー需要を独り占めできるといっていい、出し物ランキング上位も夢ではないだろう。
そしてユキに賛同する生徒も多い。
実際カレーはレシピ通りに作ればそこまでまずくなることも無く、対象者層をほとんど選ばない料理である、たいていの人はカレーが好きなはずだ。
なによりも野菜を炒めるか煮込んでルーを入れれば出来てしまうお手軽さということが、ユキに賛同する多くのクラスメイトに響いたのだろう。
……しかし俺は知っている、ユキはきっとルーなどのような完成した調味料には頼らないだろうということを。
そんなユキ渾身のスパイス調合による、本格派スパイスカレーを作る算段がユキにはあるのだろう。
実際そのこだわりによってクラスは振り回され、そして振り回された分かなりの結果を出すことになるのは……まぁ知ってるんだよな、俺は。
そうしてユキ人気とカレー人気の甲斐あって、一年二組はカレー屋に決まるのだった。
十月四日
「第一回チキチキ! 誰のカレーが美味しいでしょう猛レース!」
ドンドンパフハフ~とセルフで言ってる委員長が「あ、チキチキって言ったけどチキンにこだわりませんからね!」と、正直どうでもいいことを付け足していた。
ことの発端は、文化祭出し物のカレー屋提案者のユキ考案でカレーのレシピを作るのが既定路線だと思われていたその時。
『私も作ってみたいです』
と、名乗り上げたのがまさかの姫城だった。
なんかこう原作と違う事になってきた気がするぞ……実際今日は原作通りならばユキのレシピをもとにクラスの調理担当が作ってみた――日になるはずだったのだ。
それが出し物を決めた流れで、委員長がユキレシピカレーで推し進めようとしたところを姫城の挙手である。
『なんか面白そうだな、私も作ってみるぜ!』と福島が、『なら私も』とダチョウ伝統芸能ファンクラブ的に参加してきた委員長など含めて複数が自分流レシピを提案。
更には良く分からない流れで男子で唯一料理が出来るとのことで俺も巻き込まれる形で、レシピ決め大会が開かれることになってしまったのだった。
「それではレース参加者のご紹介です!」
参加者は俺とユキと姫城と福島と委員長と……何故かユイ。
というかユイお前料理作れたのか、今の今まで知らなかったぞ、ならもっと家でも働け。
「ルールは簡単! それぞれカレーを作ってもらい審査員のクラスメイトに食べてもらって投票数の多い方の勝利です!」
まぁ分かりやすいけどクラスメイトへの胃への負担が大きい気がする。
「それでは特別審査員のご紹介です。まずは藍浜町最強料理人の異名を持つ――謎のお姉さんです!」
「ユウくん頑張ってー」
顔半分を隠すマスクしてるけどバレバレだよ姉貴……というか自分のクラスはどうしたの。
それよりも藍浜高校どころか町最強なのか姉貴。
「そしてカレーを作ろうとしたらとんでもなく美味しい肉じゃがが出来ました。ホニさんです!」
「よ、よろしくお願いします」
なんでホニさんが来てるの!? というかそれでは歌っていきましょう~の前の歌唱者紹介みたいな文面なんなの。
そしてクラスメイト的にホニさんは初見で「誰?」ってなりそうなものが、何故か「かわええ……」と受け入れられてる、もっともだが。
「最後にいっぱい食べる君が好き! 更には藍浜高校お料理四天王第三席の雨澄ヨリさんにもお越しいただきました」
「――ごっつぁんです」
いや本当に自分のクラスどうしたんすか雨澄さんや。
お料理四天王って何、そして第三席って何マジで(ちなみに何故か俺も第二席に入ってた)。
「それでは役者も揃ったところで、レッツビギンでございます!」
なんだか心がムギムギしてきたが、俺も巻き込まれる形でカレー対決が始まった――
ちなみに調理シーンを細かく描写すると、原作者がそこまで料理をしないことがバレてしまう上ににわか知識で読者を混乱させてしまいかねないので割愛する。
……原作者ってのは委員長のことだよな、でも読者って誰だよ。
そんなこともあり全員のカレーが出揃った。
まずは姫城の”蕎麦屋のカレー”で、何故か姫城が出し物決めの時の福島の言っていた出し物の名前の伏線を微妙に回収してしまたのはいいとしても。そばつゆをベースとした少しさらっとしたカレーで、なんとも日本人テイストにして優しい味わいに仕上がっていた、結構男女に平均的に評価が高かった。
次に委員長の”グリーンカレー”ココナッツミルクやナンプラーを用いたもので、最近女子人気の高いタイ料理に仕上がっている。ココナッツミルクのクリーミーさと独特なナンプラーの香りづけはクセが強いがハマると美味しいもので、賛否あるが女子には人気だった。
その次は福島の”ここが一番カレー”という危ない名前で、チキンカツ・ソーセージ・ハンバーグ・クリームコロッケ・からあげ・ナスを盛ってしまった代物。カレー自体はルーを使っているので無難に美味しいな仕上がりで、とにかく重いトッピングが災いして女子人気はゼロで、運動部な男子には大ウケした。
さらにお次はユイで”レトルトカレー”という舐めてるとしか思えないものを出してきた、頭島風かよ。しかし美味い、ボンボンカレーはどう作ってもうまいのだ。
そしてド本命のユキの”本格スパイスカレー”は何十ものスパイスとじっくり煮込んだ野菜や肉によって作られたもので、カレー専門店のコックも飛びあがりながらスカウトにやって来そうな完成度だった。
実際美味しいしちゃんとカレーらしい辛さもあり、まさに本格的なカレーであり多くのクラスメイトの舌を唸らせた。
一方で一部の女子からは辛すぎるという意見もあり、更に調理サイドからすれば負担が大きすぎるということで、姫城のそば屋のカレーより僅かに下回る投票数という予想外の結果となった。
最後に俺としてもまぁ適当に考えて作った”シーフードカレー”で、冷凍シーフードと姉貴直伝の割と作りやすいスパイスを用いての手作りカレーだった。お肉を使わないことでさっぱりとした仕上がりながらも、魚介のダシが染み出た味わいはしっかりとコクがあるものだ。作り方も俺が出来る程度ということから簡単であり、冷凍シーフードに関しても比較的容易に入手できるのも調理サイドから評判が良かった。
「それでは結果は――下之ユウジの”シーフードカレー”が優勝です!」
「えっ!?」
「ええええええええええ」
そりゃもう驚くのは俺とユキである。
俺としては優勝するつもりは毛頭なかったし、実際冷凍シーフードとか使ってる時点で手抜き感は強かったのだ。
しかし勝因はといえば、クセの無い味わいにして美味しく、そして再現性が高く作りやすいことにあった。
ユキのカレーは確かに美味いし俺好みではあるのだが、俺以外が好みかといえば別問題であり。実際本格的過ぎて辛かったのも一部で評価を下げてしまった、そしてこれを再現出来る気がしないというクラスメイトの調理サイドからも芳しくなく。結果提案者のユキは三位の結果に終わることに……二位は僅差で姫城だった。
いや俺、勝っちゃダメじゃね……? ここはユキが勝つところじゃね……?
かくして、既に原作から更に外れてしまった文化祭が今後どうなっていくのか。なりゆきでカレー屋総監督に仕立て上げられてしまった今の俺は、言いしれない不安に駆られるのだった。
ちなみに審査員は姉貴は俺に入れてくれて、ホニさんはそば屋のカレーが琴線に触れたようで、雨澄はここ一番なカレー推しだったようである。
Q.他のヒロインがカレーを作るとしたらどうなりますか
A.
ホニさん「カレー風味の肉じゃがになりました」
クランナ「ああっ、何故かカレーに卵の殻が入ってしまいましたわ!」
ミナ「ユウくんの為に腕によりをかけてカレーを作ったら知らない人にいきなり”店を開かないか?”って……その人匂いしか嗅いでないはずなのに」
アオ「病院食のカレーを再現すると薄味になります」
ヨリ「――なかなかいける味(さりげにユウジと互角)」
マナカ「普通に悪くないカレーに……いいじゃないですか普通で」
ミユ「普通に美味しいルーを使ったのに普通に微妙なカレーに……」
ユミジ『どう作れと言うのでしょうか』
(井口)ナナミ「カレーを作っていたつもりがホワイトシチューになりました……」
アイシア「コンビニで買って来てレンジでチン」