第708話 √7-41 『ユウジ視点』『九月二十四日・二十五日』
充実していた夏休みも過ぎ、未だ気温はそこそこに熱いまま日々が過ぎていく。
思えば毎週のように友人や家族……恋人と出かけるような夏休みは初めてだったかもしれない。
そんなイベント目白押しなこともあってユキと会える日もなかなかに多く、多少は二人きりの時間というのも作れたのは確かだった。
しかし実は今の今までユキと一対一のデートというのは実現していなかった。
実際俺もこれまでデートに関して全く考えていないわけじゃなかった、むしろ言ってしまえばユキと付き合いだした頃から考え、実行に移そうとして、その度に頓挫していたのだ。
俺が何度か誘うのだが、ちょうどどうしてもユキにとって大事な用事と重なるなどして実現に至らない。
ユキから誘ってもくれるのだが、その日はちょうど俺も遠くに出かけていたり家族が病気するなどで都合が悪くなったり。
これまでいくらでも機会はあったはずなのに、どうしてか噛みあわない。
もちろん俺とユキがデートを嫌がっているわけではない、しかし何故か俺とユキがデートをしようとなると確実に出来ないでいた、
偶然が重なったものだと最初こそ思っていたが、それにしてはあまりにもその偶然が重なりすぎているように思えてならなかったのだ。
その一方で皆で出かけるような時は会えるし、下校デートぐらいならいくらでも実現している。
いわゆる「デートしよう!」といざ意気込むとデート出来ないのだ。
それがどうしてかと考えたものだが、もしかするとギャルゲーと現実のハイブリッドな世界の、ギャルゲーにおける原作の今の時点でユキとデートをすることはなかったのかもしれない。
思えばユキに告白されるタイミングというのも本当は文化祭のはずで、その時点で原作からは確実に外れている。
それでも世界が原作に戻そうと中途半端に強制力を働かせた結果がデートの実現しない背景にあるのではないかと俺は考える。
ちなみにユキとのデートは実はクランナの世界で、縁日に行けなかった埋め合わせに実現している。
それ以降のデートは、デートっぽかったり傍から見ればデートなものはあっても、明確にデートと決めてしたことはなかったのだった。
だからもしユキとのデートが実現するならば、本来ユキから告白される文化祭……正確には文化祭準備期間の一日がXデーなのだが、それ以降になるのではないかと考える。
やっぱりそれまではこれ以上の進展は”この世界では”難しいと考えた方がいいのかもしれない――
九月二十四日
ニガッキデビュー! イメチェンデビュー! ……したクラスメイトがいくらか居た夏休み明けから一か月近くが経とうとしている。
なんとも忙しないもので二学期中間試験が迫っていた、そして放課後の教室を借りて勉強会(あまり勉強会の意味はない)をしていたのだが――
「飽きたね」
「……おう、いきなりどうした」
「学校で勉強するの飽きたなって」
「ああ、そう……」
マサヒロ何言ってんだこいつ……この世界のお前が勉強してるとこ一度も見たことないんだが。
いやでもまぁ、記憶の通りならば姫城の世界の時にマサヒロがこんなことを言い出したことは確かではある。
「でも確かにマンネリ気味かもしれませんね」
「じゃあ他に勉強出来る場所とかあるか?」
いつものメンバーに委員長も普通に混じっている、君原作だとこの場に居なくない?
一応皆に聞いてみるものの、学校の教室ほど自由に使える広い空間は思い当たらない。
……で、このメンバーの中で人が集まりやすい場所にしてある程度広いと言えば――
「そうだねー……うーん、あっ! じゃあさ、ユウジの家なんてどう?」
「確かにユウジの部屋は居間が広いからね」
「アタシとしては家から出なくていいから良いぞ……」
「ユウジ様へのお宅に合法的にお邪魔出来る機会ですね」
「お手洗いの位置が分かっているのでポイント高いかと」
ユキが提案しマサヒロやユイたちが同調するのだが……姫城は合法的言うけど別にこれまでもこれからも違法なわけじゃないから。
そして最後に委員長は地味に何を言っているんだ。
そして姉貴に電話をかけて許可をとるわけだが。
『明日? いいよー。学校もお休みだし、勉強することはいいことだよ!』
とあっさり決まる、ついでに私も混ぜてと言っていたのでもちろんOK。
こうして俺の家での勉強会が決まるのだった――
九月二十五日
学校休みの姉貴との早朝ランニングに関しては、バトルが関係なくなった今でもなんだかんだで続いている。
家から公園までを往復するコースだ、大体所要時間にして往復二十分なので朝にはちょうどいい。
そうして公園のベンチで姉貴と一休みしている時のことだった。
「ユウくんユウくん」
「なんだ?」
「実はねユウくん、今日良い夢見たんだよ!」
「そうなのか、良かったな」
姉貴が嬉しそうに話すので何気ないことでも俺も嬉しくなる。
姉貴は学校ではどうにも肩肘張ってそうで、俺を時折溺愛するぐらいのがツッコミどころぐらいで本当に”出来すぎた”姉だけに、こうした年相応の表情をするとほっとする俺がいた。
「実はね! ユウくんと付き合う夢見ちゃったの! きゃー」
…………なんですと?
「そ、そりゃ凄いな」
「そうなの! それで、何故か私がユウくんの幼馴染になっちゃってるの! すごいよね!」
それは凄いというより、夢じゃなくてだな……いや言えないんだけども。
そして姉貴は俺にも身に覚えのある、神楽坂ミナとしての出来事をつらつらと話してくれた。
……やっぱりこの世界で、明確にこれまでのことを覚えているのは俺とおそらくユキと桐たちだけなのだろうが――それ以外の子は夢としてかつての世界を知っているらしい。
多発的に起こっているこの現象に俺はどうにも胸騒ぎを覚えざるを得なかったのだった。
そんな早朝ランニングを姉貴と終えて帰ってきてシャワーを浴び、シャワー上がりに居間で扇風機に当たりながら涼む。
なんとも残暑の休日的に朝的な空気を味わっていた頃――玄関がガチャガチャガチャリと開いた。
まさか委員長が俺の家の合鍵を……?
……キャンプのコテージの合鍵のこともあって、委員長が実は私の親が大家なんですとか言い出し始めるとかで。
なまじあり得ないと言い切れないのが怖いところだったが、その鍵を開けた主は委員長ではなかった。
玄関を開けて廊下を歩き、今の扉が開くと――
「ただまー」
「母さん?」
「息子大好き母さんですよー……なんかすっかり育ったユウジから本当にユウトさんの面影が、再婚しない?」
「母さん、とりあえずナオトさんに謝った方がいいと思う」
いやまあもうナオトさんというかナオさんの正体知ってるんだけど、ユイの父親だと思ったら母親だったの巻。
「なんか飲む?」
「ビール」
「朝からはやめなさい」
ぶーたれた母さんの座っているちゃぶ台の前に麦茶を置く、さんきゅと母さんは言ってすぐさま飲み干した。
色々あって母さんは週一、最低でも月に二回ぐらいは家に帰ってくるようになったのだ。
仕事をしていると言っても、あまりに家を空けているので不審に思っていたが異世界で俺の実の父親を捜しているとは思わなんだ。
「そういえば今日友人たちが来るから」
「あらそうなの、じゃあ母さんご飯には腕によりをかけないと」
「仕事終わり(ということにしている)なんだから無理しなくていいよ」
「そう? いやあ母親思いのいい息子を持ったものだ!」
まぁ母さんが料理作ると結果的にマズくはないんだけど、何故か後片付けとか材料の消費が多くて……姉貴の手料理の方がうまいし、もしかしたら俺の方がうまいかもしれないし。
「誰が来るの?」
「えーと――」
そうしてユイとマサヒロとユキと姫城と委員長について話す。
「ほほう……女の子ばかりですな、憎いぞこのこの~」
「そんなんじゃないって……俺の彼女はいるけど」
「えっ! 誰誰!? ミユちゃん? それともミナちゃん? それともわ・た・し?」
なんで家族しかいないんだよ……そして母さん以外は割とシャレにならないのがもう、改めて俺って本当節操ないな。
「……言わない」
「思春期だなー、うんうん。その内紹介してね」
「まぁその内」
こんな感じに母さんと話せるようになったのは、実は割と嬉しかったりする。
まぁ小さい頃は母さんの女手一人で子供三人育てていたわけだし感謝もしている、俺らが幼少期の頃母さんは子育てに奔走していたのを今でもぼんやりとはいえ覚えているのだ。
そんな下之家の生活進行に関してはのちに姉貴が無事継承して、いつからか家を空けるようになったのだが。
親父のことを覚えていないものだから、育ててくれたのは母親なこともあって自然と母親っ子になるのは違いない。
だから今まで母さんが家を空けているのは”普通のことだと”思っていただけで、定期的に帰ってくることに越したことはないのだった。
「……ありがとな、母さん」
「え? なんだって? 今ありがとな、母さんって言った!?」
全部聞こえてんじゃん。
「もう、そういうのポイント高いぞ~! このこの~可愛いやつめ~」
「もう一応俺男子高校生なんだから手加減して」
「何を言ってるの、私の息子はいつまでたっても息子よ!」
「…………いや、そりゃそうだけど! もうちょっと思春期の男子高校生への配慮というか」
「あぁ、はぁはぁ……なんかユウジをわしゃわしゃしてると高校生の頃のユウトさん思い出す感触に香り……カンペ作るから、私の告白の場面再現してもらえない?」
「……やっぱりこの母親だめだわ」
「もっと敬って!」
そうこうして、姉貴がキッチンから微妙に苦笑しつつも生暖かく見守る中の親子のコミュニケーションなのだった。