第707話 √7-40 『ユウジ視点』『八月二十四日』
八月二十四日
夏休みもあと一週間を切る頃、俺たちは今年最後の縁日こと夏祭りに足を運んでいた。
六・七・八月の『四』の付く日に行われる夏祭りで、今年は八月に関しては毎回来ていた。
というのも雨季とも言える六月の夏祭りは雨天中止になることも多く、縁日が開催されるのが学校が休みの日とも限らないこともあってあまり行かないのだ。
七月も一学期終わりの期末試験などを控えるとあまり行く気に慣れず、夏休みに突入している七月三回目の縁日もキャンプしていたのでもちろん行っていない。
そして八月と言えば夏休み真っ只中で友人たちも集まりやすく、学校で会わないからと積極的に皆来ている……と言った具合だった。
ちなみに夏祭りの基本面子だが、いつものメンバーはインドア性質を思い出したのか「見ろ、人混みはゴミのようだ!」「僕はパス」とユイとマサヒロは不参加。
基本的に家族と、ユキや姫城や委員長と出店を回るのがメインだったりする。
アイシアはどちらかというとクランナに連れ出されている印象で、桐とホニさんはよくセットで、引きこもりを卒業しているミユは姉貴と一緒にいる。
そんなわけで俺とユキと姫城と委員長の四人で回ることが多い……って委員長本当にこの世界ではよく絡んでくるな。
一応彼女だった子に絡んでくるってのは凄い失礼というか酷いんだけど、まぁなんかイベントの殆どにいる印象なもんだから……。
「ひほのふん! わはしはへんひひをへんひょいするほへおきひにははらす!(下之君! 私たちは縁日をエンジョイするのでお気になさらず!)」
何言ってんだよ委員長、桐から貰った能力にあった字幕機能無いと危うく分からんところだったぞ。
というかイカ焼き食べながらソース焼きそばのパック片手に、もう片手にはリンゴ飴に綿あめに焼とうもろこしと欲張りすぎだろ、はま●ぜの夏グラかよ。
「ユキ、ジャンケンしましょう」
「えっ、マイ?」
「最初はチョキ、あ、負けましたね私。今日のところは”今は”親友のユウジ様をお譲りしましょう、それでは」
突然のジャンケン勝負を挑み勝手に負けて、委員長の後を追って消えていく姫城……もしかして俺たちを気遣ってくれたのか?
「敵に塩を送られる、ってこんな気分なんだ……塩おいしいです」
なに言ってんだろこの子。
「ヒマラヤピンク岩塩並においしいです……ありがとうマイ」
ポケットに入っていた包みから取り出した岩塩本当に舐めてるし……さすがスパイス職人の俺の彼女だ、時々行動がよくわかんねえぜ。
割と突発的に姫城に譲られたことでユキもパニくってるのかな、俺も面食らってるし。
「ユウジユウジ! これを出店のから揚げにかけたら美味しいと思う!」
「確かに美味いかもしれんが! って……おろし金持ち歩いてんの!?」
いやいや、そんなこと突っ込んでる場合じゃなかった!
「とりあえず二人きりになれたんだし出店回ろうぜ!」
「う、うん!」
そうして二人夏祭りの喧騒の中を歩きだす――
「ユウジ見て見て、お面売ってる!」
「おー」
隣を歩くユキはというと、青地にスノードロップをあしらった模様の浴衣姿で髪型は珍しくポニーテールでなくお団子にして、丸っこいデザインのゲタを履いている。
基本的にポニーテールなユキなのだが、この縁日の日に限ってはこれまでもフレンチクルーラーにしていたり、アップにしてかんざしを付けている時もあった。
今日はお団子、もこっとしているのがなかなか見ていて可愛らしい。
「ドラ―――とか、ピカ―――とかもやっぱ売れるのかな?」
「国民的キャタクターだからなあ」
ユキは正直俺とユイとマサヒロほどはアニメマンガに嵌っているわけではなく、とはいっても否定的ではなく許容してくれている、寛容な彼女である。
もっとも別に俺もアニメのことを四六時中話していないと死ぬ病気にはかかっていないので、普通に学校のことやテレビやネットなどの共通の話題もいくらかあるのだった。
「な、なんかリアルなのも売ってるね」
「……そ、そうだな」
そのお面屋でひたすら異彩というか、確実に半端ないレベルの負のオーラを放っている石な仮面が普通に売っているのはどういうことなのか。
顔に付けようものなら人間を辞めれてしまいそうである。
「ユウジこれ! なんか面白そう」
「おお、これなら」
ユキが目を付けたのは顔半分が隠れる仮面で、目元が空きツノが生えデコの中心に模様が描かれたうたわれていそうな仮面である。
見た目はそこまでおどろおどろしくもなく、もしかしたらケモっ子ハーレムが出来るかもしれない……ラストについては触れないぞ!
ということでそんな仮面を買って見る、作り込みに反して意外とお手頃な値段だった。
ちなみに他の仮面だと黒地に蒼く細目が象られた神栖六十六町あたりで大活躍しそうな呪術師の仮面があったり。
女の子に付けようものなら際どい恰好になりスカンポンタ~ンとかやっておしまい! とか言い出しかねない仮面があったり。
色々見通せそうなこの素晴らしい悪魔デザインの仮面があったり、付ければひとたびムキムキマッチョなメイドなガイになれそうな仮面もある。
…………いやいやこの店なんなんだよ、色々と品揃え豊富すぎるだろ。
「どう?」
「なかなかイカすよ!」
確かにデザインはいいのだが、冷静に考えればこの祭りで顔半分を隠す仮面というのは、仮面舞踏会と会場を間違えたドジっ子かと思われないだろうか。
まぁないな、この町のお祭り気質の高さを舐めてはいけない、こんな中でも仮面を付けてようが地味な方なのである、ヒゲを蓄えセーラー服とスカートに身を包んだ爺さんやスク水(女子用)を着て歩く大男……いや、今のは疑問に思うべきだろ町民!
とはいっても俺は何とも思わないので通報とかしないけどね、まぁ面倒くさいし被害はないだろうし。
買った仮面もせっかくだししばらくは付けておくか。
口の部分は開いてるから普通に出店のジャンクなフードは食べられるし。
それから射的を楽しんだり、輪投げもやってみたり、ヒモクジにも挑戦してみたり、やはりお祭りというのは童心に還ってしまう。
そしてひとときの楽しさと引き換えに財布からお金が消えていく、財布の中身も諸行無常である。
「このフリフリポテト気になる……フルコンプしない!?」
「しないしない、俺も買うからせめて絞り込んで」
スパイスが関わっていると正気でなくなってしまうウチの彼女は、各種味付けもといスパイスをまぶしたフライドポテトに興味津々であった。
さらっとフルコンプと言っていたが十種類もあるポテトを全部試すとなると、お腹と財布が持ちそうにない。
「チョコとバナナの組み合わせって神だよね」
「それはある」
チョコとバナナが組み合わさって何故美味しいのか、バナナの果実的な甘さとほんのりビターなチョコがマッチでーす。
なんというかチョコバナナの組み合わせは、同じフレーバーのパン然りお菓子然り手を伸ばしてしまう魔力を秘めている。
キョロキョロな妹が霞がかってチョコバナナ味たいやきもGJ部と言っていたのを思い出す、それとは関係ないけど極小さな粒のカラフルなチョコがいい仕事してる。
「……おふ」
「っ!」
こ、これは……!
ユキがチョコバナナを食べてるところを見ると、なんだか<自主規制>。
「ユウジのもちょうだい」
「あ」
俺が食べていたピンク色のチョコバナナに被りつくユキ、なにこれエr<自主規制>。
「んー、味変わらないね」
「まぁそういうもんだろ」
ユキが食べていた水色のチョコバナナもおそらくフレーバーな味ではない、色付きチョコレートを使っているのだろう。
「わ、私のも食べる?」
味同じだしなぁ、と言おうとしてユキが少しだけ熱っぽい視線で俺を見ているのが分かった。
「頂こう……ほんのりユキ風味」
「私風味ってなに!? 例えるとどんな味!?」
「俺がユキ風味を説明するには俺の表現力が足りていない……」
「そんなに複雑な味なの!?」
まぁ実際はユキが口を付けていたから、なんだか美味しく感じただけどな……一応は。
そして俺も、もしかしたら今の行為が間接キスになることは気づいていて――このあと路地裏でメチャクチャ普通にキスをした、もちろんチョコバナナの味がした。
最初こそ家族や友人と集まって来ていた夏祭りも各々散会してはいるものの、一応の待ち合わせ場所や時間などは決まっていた。
この夏祭りもとい縁日が開かれる意味であり、そもそもの神仏の祭りであることから来る商店街の途中から伸びる縁の神社が集合場所だった。
ちなみに俺たちは少し熱くなっていたこともあって僅かに遅刻気味に向かっている。
相変わらず色々と食べ物をもっさもさと持っている委員長や姫城、ほか家族も集まっていた。
近くに神社に関連する以外の高い建物もなく少しひらけた場所になる待ち合わせ場所には、少なからず人が集まっていた。
「おっそーい!」
「すまんすまん」
そう姉貴と一緒にいるミユに言われてしまい謝る、その直後に――空に炸裂音が響いた。
「おお」
「わあ!」
俺とユキ、他の皆も見つめる先には夜空を彩る火花が散っている――打ち上げ花火だ。
夏休み最後の縁日だからタイミングを合わせてか、おそらく海岸の砂浜を拠点に花火を打ちあげているのだろう。
夏祭りに来ているとどうしても見辛い花火だが、ひらけたこの場所では良く花火が見える。
おそらくこの花火はキャンプ地でも、または遊園地の観覧車からも、真ん前とも言える海岸からも見上げるように綺麗に見えることだろう。
色鮮やかな火花が夜空に開いては消えていく、炸裂音と共に周囲からは歓声が上がり、この夏の最後を盛り上げてくれる。
「綺麗だね」
「ああ」
お前の方がきれいだよ――なんてことを花火に照らされるユキの横顔を見て思いついてしまったが口には出せない。
そうして俺たち皆は花火を見上げていた、打ち上げ花火は下から見るか横から見るかと言えば俺とユキは下から手を繋いで見ていたのだった――
そうして帰り道、俺はというと――
「ご、ごめんねユウジ」
「いいってことよ」
江戸っ子みたいな言い方になっているが俺とて割とドキドキしているのだった。
というのも今俺は――
「重くない?」
「そこそこ」
「こらこら」
ユキをお姫様だっこ――しているわけではなく、おんぶしている。
縁日三日間は耐えたものの、夏の終わりを示したかのようにユキの右足の下駄の鼻緒が切れてしまったのだった。
ユキは最初鼻緒を結び直そうと試みたりしたのだが予備の布もなく難しく、けんけんぱで帰ろうとしたところを俺がおぶることを提案したのだった。
そうして打ち上げ花火がとっくに消え去った静かな夜空のもと、他の皆と別れてユキを送り届けるべく道を歩いていた。
「冗談冗談、気にすんなって」
「もう……」
ユキは俺の肩に手を付き、俺がユキの太ももから腕を通して宙に浮かせるようにしておぶっている。
正直ユキ自体は普通の女子と比べても痩せている方な上に、これまでの世界で鍛えられた経験に基づき早朝ランニングなどで体力が付いていることもあって苦ではなかった。
むしろ後頭部にユキの吐息を感じるところか、浴衣越しにもユキが俺の背中に密着しているとかの方がドキドキとする。
「楽しかったね、縁日」
「そうだな」
「また来たいね」
「また来ような」
「……約束だよ」
「ああ、また来年な」
俺は今嘘をついているのだろうか、それとも不確定なことを約束してしまっているのだろうか。
きっとまだこの世界に来年の夏が訪れることはないは分かっているのに、それでもいずれ来年の夏になることを俺は願っている。
その時俺はまた、ユキと夏祭りに来たいとは本当に心の底から思うのだ。
もっともその時に俺は、ユキは、それぞれ今のままであるかの保証はないからこその後ろめたさがあって――
そして未だにこれまで付き合った女の子の中から一人を選ぶことも出来そうもない優柔不断な俺が情けなく思うも、曲げられない気持ちでもあって。
「絶対……だよ」
それからユキを家まで送り届ける、ユキにお礼を言われて最後に別れのキスをして帰路に就く。
そうして、これまでにも類を見ないほどに充実した俺たちの夏休みはあと数日のロスタイムのような時間を残して終わりを迎えたのだった。
未来某所、何故か当事者が席を外しているタイミングにて
アイシア「……キスばっかしてるなこの二人」
マナカ「もう作中キス描写回数で最多な勢いな気がするんですけど」
アイシア「ここまで盛ってるのに未だ<自主規制>もないとか、逆にリアリティがないんじゃないかと」
マナカ「その言葉は自分のルートで<自主規制>っぽいのを匂わせておいて寸止めなのがバレてしまった私に効きます……」