第703話 √7-36 『ユウジ視点』『↓』
現在ストック:17話分・720話まで初稿完成済み・721話執筆中
風呂を上がってしまえば、あとはコテージで過ごすのみになる。
キャンプさはまるでなかったが、皆で合宿みたいで楽しくはあった。
そう思うと明日の朝九時にはこのコテージからチェックアウトするのがちょっと惜しい気もする。
「……そういえば、深夜のテンション↑で組んだテントどうするかな」
委員長から何かテントを使ったアクティビティの提案が今日はあるかと思えばそんなこともなく、結局持ってき損損な気がする。
だからせめて持ってきたからせめて使いたいと、自分の意思で絶好の人工芝があるからとこのテントを組み立てたのだった。
「まぁ、最終日ぐらいキャンプ気分味わうのもいいか」
コテージ備え付けの、おそらく夜間用ランタンと寝袋と積みラノベを持ってサンダルを履き例の部屋に入って照明のスイッチを押す。
相変わらず程よく空調が効き、天井には満点の星空っぽいもの、壁紙には芝生の緑と適当な景色、そして二脚の折りたたみチェアに俺が組み立てた二人は寝れるであろうテント。
ここで写真をパシャリと場面を切り取るものなら完全にキャンプ風景と誤魔化せるかもしれない……実際は完全に屋内なんだが。
とりあえず持ってきた寝袋をテントの中に放り込んで、折りたたみチェアに腰を掛けた。
「おー……」
天井のは模様でしかないと分かっていても、意外と見上げた星空は様になっている。
秋冬ならリアルの星空が見えたんだろうかとか、今も外に出れば見えるんだろうけど暑くて蒸してそうだしこれでいいや、と結局落ち着く。
……ランタンを置くテーブルがあったら良かったんだが流石に無さそうだ、仕方ないので人工芝の上に直置きしておく。
「こうしてぼーっとするのもアリかもしれんな」
この場でラノベを読むのにはランタンだけの灯りだけでは頼りないということを抜きにしても、そんなのに頼らなくても時間が過ぎていく気がする。
少しだけここでぼーっとしてから、寝袋に入って今日は寝るとするかな。
そう思っていた矢先、突然壁紙の縦長の一部分が動き出し、扉状に開き始めたかと思うと――
「お邪魔しまーす……あれ?」
「え」
そこにはユキが立っていた…………んんん?
「なんでユキが?」
「いやいや! それより、何この部屋……」
「これ? なんか……屋内キャンプ風施設?」
「なにそれ」
俺も良く分からん。
「というか、ユキどっから出てきたんだ? ここって俺のいるコテージにあるはずなんだが」
「えっ? 私たちのコテージから来たけど……なんか委員長がその部屋に行ってみるといいですよ、って」
「え?」
「えっ?」
…………つまりはアレか。
思えば男女が使うコテージは隣り合っていたのは知っていたが、もしかするとその間の場所にこの部屋はあるのではないかと、理屈で考えるなら共用スペース的なものとして。
「部屋、繋がってたんだな」
「そう、みたいだね」
ならここ通ればコテージを合鍵で開ける展開いらなかったじゃんとか、特に鍵もかかってないのは防犯上どうなのかとか、まぁそれはおいておいて。
「とりあえず……座るか?」
「う、うん」
そうしてユキは俺の隣の折り畳みチェアに座る。
そして俺が空を見上げていたからなのか、ユキも見上げると――
「わぁ綺麗! これ星空みたいな天井だね」
「だよな、良く出来てるわ」
プラネタリウムみたいな技術なんだろうか、そんな星空の天井は屋内キャンプ気分をちょっと盛り上げてくれる。
「というかユキ、それ」
「うん? あー、委員長に寝袋持ってきたならこの部屋で持って行った方がいいですよ、って」
…………あー、これ完全に委員長の手の平の上だわ。
思えばさっきユキはここに来るよう委員長に促されたという、テント・寝袋の手配といい委員長の作戦だったのだろう。
なんかしてやられた気がしてちょっと悔しいんだが?
「そういえば私たちキャンプに来たんだもんね、ようやくそれっぽい感じ?」
「だな」
広い高原にいるわけでもない四角い部屋の中、空があるわけでもなく天井があり、床は純粋な土草一つ無い人工の芝だったとしても、なんとなくキャンプ気分をようやく味わえた気はして
俺が膝に置いていた手に、ユキが手を伸ばしてきて――二人顔を合わせるわけでもなく、手と手を繋ぐ。
ちょっと、いい雰囲気かもしれない。
ユキの少しだけ小さくて冷たい手と繋がっている、やばい……俺もちょっとドキドキしてきた。
「ねぇユウジ」
「ん?」
「覚えてる? こうして、二人で夜空を見たこと」
「……ああ」
そうした少し前の緊張から来るもの胸の高鳴りは、あまりにあっけなく引いて行くのだった。
別にユキが悪いわけじゃない、ユキが言ったこと自体が変なわけじゃない、でもこればっかりはしょうがない。
もちろん俺の表情は出来る限り楽しそうに懐かしむようにしている、多分心でも読まれない限りユキには分からないはずだ。
「小さい頃、二人で見たことあったな……小学生ぐらいだっけか」
「そうそう、こうして家族同士でキャンプ来てさ」
これは――作られた思い出。
いわゆるユキの話すこと俺が答えることは、原作のギャルゲーに存在していたエピソードなのだ。
それは「俺とユキがこれまでずっと幼馴染で、その間にあった出来事」というもの。
少なくとも現実に存在しなく、実際の時系列と照らし合わせば今年の四月一日から「幼馴染」という間柄になっている俺たちには存在しえない思い出だった。
しかしその思い出を俺は覚えていて、ユキから話し出したと言うことはユキももちろん覚えている。
二人にとって共通の思い出のはずなのに、作られた記憶だということを考えるだけですっかり醒めてしまう。
この世界が二次元と現実のハイブリッドであることを、改めて意識させられて。
俺がこのゲームを攻略するために存在しキャラメイクがされた主人公、であることをも再認識させられる。
そしてユキはそんな”主人公と付き合う女の子”で、俺という存在ではなくあくまで主人公が対象なのだと。
今更のことだろう。
ふとしたことで冷静になっただけでしかない、だから別に傷ついたわけでもない。
ただちょっと、普通に恋をしているという夢から覚めて”錯覚”を認識しただけだ。
「今度は二人で来よう」
「それ、いいな」
俺は考える間もなくポンポンと出てくる思い出をもとに上辺だけで会話しているような気がしてくる。
でも傍から見ればそれは恋仲に発展するまでに仲の良い幼馴染の会話に違いないのだ。
「……そういえば寝袋持ってきたんだよな」
「……うん」
「一緒に、テントで寝るか?」
「…………」
ユキは黙ってうなずいた、少しだけ頬を紅潮させているのが俺も意識させられてしまう。
こうして二人の進展が進む為のイベントなのだから、ある程度冷静になっていてもユキと同衾というのは……期待と緊張に胸が高鳴る。
もしかしたらこの胸の高鳴りも仕組まれたことで、そういう風に出来ているだけだとしても――今はそれを楽しんだっていいだろう。
まだ寝袋には寝ず、テント内部に横になった俺たちは顔を見合わせながら話す。
「意外と狭いな」
「そう、かな――こ、こうすれば狭くないよ」
「っ! お、おう……」
そうしてユキは俺の腕を抱き寄せる、確かにこれなら省スペース化している。
そして俺の腕にはユキの身体が密着している、なんだかやわらかい。
「ユウジ……」
そして数日以来の、キス。
前に会った時はキャンプ前日の買い出しの時で、路地に入ってキスをした。
思えば会う日は結構な割合で俺たちはキスをしていたのを思い出す。
「っ!」
今のロケーションにあてられたのかもしれない、ここでユキは一歩進む。
今までは唇を合わせるだけだったキスが――深いものになった、彼女の舌が俺の口の中に入って来て、突然のことにビクりとしてしまう。
「いや、だった……?」
「いや、なわけない」
「そっか」
そうしてまたキス、俺もヘタれるわけにはいかないとがっつかない程度に舌を入れ込んでいく。
――ユキの味がいつもよりも濃厚に感じられる、そして深く深く深く繋がれたような、ちょっと安心感と気持ちが良くなることからくる興奮。
ユキと俺の舌が絡み合う、唾液が入れ替わり混ざり合う、身体が熱くなっていくのを感じる。
「――ユウジ、好き」
「好きだ」
こうして俺たちは疲れて眠るまで、双方の唇を貪りあったのだ。
例えこれがゲームだったとしても、関係が進展しているという確かなことを感じられたことで、幸福感と満足感を同時に覚えていて――
……もちろんそれ以上のことはありませんでしたよ、ええ。
まったくもって、というか本当に十分だから。