第701話 √7-34 『ユウジ・ユキ視点』『七月二十四日』『ダイヤル3』
未来、とある場所にて。
俺がいつもの研究室を訪れると、モニター画面前に見慣れない物体が鎮座していた
ユウジ「…………」
それは電照灯のスイッチなどにも使われる様なパチンと鳴るスイッチだった。
しかしそのスイッチに書かれている文字と、そのスイッチがこう一つだけポツンと置かれている状況が気になってしまった。
ユウジ「これ……押さないとか無理だろ」
そうして俺はスイッチを押した。
モニターには何故か「送信されました」と出て、一瞬で嫌な予感がした俺は逃亡を試みたのだった。
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俺は白い世界に居る。
そんな白い世界には俺一人と、古いダイヤル式のテレビが一台だけ存在している。
ああ、そうだ。
だいぶ久しぶりな気がするな。
明晰夢にして、俺が本来失っていた……という記憶にして記録映像。
懐かしい感触のダイヤルを俺は回した――
『ダイヤル3』
* *
それは幼稚園からの帰り道、幼稚園から近い”俺たち”はそれぞれ母親に迎えられて家に帰っていく。
家が隣同士で、家族ぐるみでの付き合いにもなったことで子供同士のみならず母親同士で帰り道談笑していた。
というのはあくまでも幼児の目線ながらも内心は高校生な俺という組み合わせによるもので、俺が勝手に見て語っているだけだ。
とはいっても今の俺は当時の俺から目から見えているものがすべてであり、当時の俺は今の俺が入り込んでいるとは露知らず好き勝手にしている……実際俺から当時の俺の制御は出来ないしな。
そして、これぐらいの歳の子供の手を親が少しでも離したりすれば、チョロチョロとどこかに行ってしまうものだが……案の定だった。
×××が走り出す、道の真ん中の割れたアスファルトから生えたタンポポを見つけたかららしい。
そんな×××を俺が追う、当時の俺も関心を抱いたらしい対象へと向かう。
そんな時に、俺はふと少し先から車が走ってくるような音が聞こえたのだ。
×××はちょうどしゃがみ込んでいて、それでいて曲がり角の先にある場所だけに死角となりタクシーから視認は困難だっただろうと今になっては思う。
幼いながら、ぼーっと見るだけという選択肢はなく俺は×××の手を引いて道端の石造りの塀を目指した。
しゃがみ込んでいた為に突然引っ張られた×××はわけが分からなかったみたいだが、結果的に言えば俺が手を引いて少ししてから近くを車が通過していった。
当時の俺が明確な意図を持ってした行動かは判然としない、しかしその後の俺はどうやら微妙に怒っていたようだった。
あとになって思えばぞっとするそんな幼い頃の経験のようなもの。
もしかしたら×××もあとになってヒヤッとしていたかもしれない、実際もしかしたら×××はあの時――タクシーに撥ねられていたかもしれないのだから。
小さな”女児”がタクシーに撥ねられるものなら、死んでしまうことだって十分ありえたのだから。
そんな過去の出来事、俺がこれまですっかり忘れていたその子とのエピソードだった。
= =
七月二十四日
「――――起きて」
夢が覚め、ゆっくりと視界が明るくなり始める。
ああ、そうか。
なんだか熱中してテントを組み立てた後に露天風呂に入ったことで、俺の睡魔はマックスゲージまで溜まり、ベッドで泥のように眠ったのだと……思い出す。
思えばこうして時間も考えず爆睡したのはいつ以来だろうか。
なんだかんだで家事を手伝うというある種の使命感あって、平日は早起き、休みの日も早朝ランニングと。
まぁなんだかすっかり早起きな健康的な生活を送っていた気がする。
家事もなく、実質コテージに一人で誰にも起こされることはなく。
身体が睡眠を欲しいままにすればいくらでも寝れてしまう環境だった。
そんな俺が寝たのは朝だった、じゃあ今は何時だろうとぼんやりと考えていると――
「ユウジ、起きて!」
「……ユキか?」
なんともぼんやりしている、どうしてか男子のみのコテージにユキがいるように思える。
そして俺はユキ”か”と言ったつもりなのだが――
「ユキカ、あの時車に跳ねられなくてよかったなぁ」
ユキカ。
なんだかその言葉の並びは懐かしいような、そんな気がする。
思えば車に撥ねられるとか、完全に夢の内容が抜けきらずに寝ぼけていた……もっともこの夢は一度覚めたところで、記憶にキッチリ残るのだが。
「っ!?」
うっすらとした視界でもユキがとにかく驚いているのが分かる。
手を口で覆って、目を見開いている、信じられない言葉でも聞いたかのようなそんなリアクションをしていた。
そんなユキの様子に俺も流石に目が覚め始めて――
「ああ、ユキおはよう」
「お、おはよう」
と、普通に挨拶している…………なうろーでぃんぐ。
「…………なんでユキがこのコテージに!?」
「それ遅くない!?」
いやいやいやどういうことなんだよ! ここは仮にも男子コテージだぞ!?
そこに女子がいるなんて――あり得るわ、なんか委員長が親戚特権とかで合鍵持ってるんだわ。
クソッ、プライバシーの欠片もねえぜ……。
「ユウジが起きてこないから起こしにきたの!」
「ああ、そうか……十一時半なのか、もう」
強引にも一日を零時スタートと考えれば、キャンプ半日が気づくことなく終わってた……ホワイ!?
……いや、あんな時間に寝たらそうなるわな、うん。
「とにかく! 昼食の買い出し私とユウジなんだから、行くよ!」
「ちょ、着替えて顔洗ってくるからちょちょちょちょ……」
…………というか買い出しがいつの間にか俺が行くことが決まってる。
まあ男手という点では俺が適しているから文句はないのだが、俺が知らぬ間にユキと一緒に行くことになっているのは驚かざるを得ない。
そりゃあ嬉しいけど、あの四人で何か話しあったのかな、とか。
ジャンケンで負けたヤツがユウジと買いだしな~、みたいな罰ゲーム感覚だったりするんだろうか、とか。
……なんでそうネガティブに考えてるのかと聞かれたら寝起きのせいである。
多分あと少しししたらポジティブになって……経緯は分からなくても、彼女と買い出しに行けるとか最高だぜヒャッハー! 現金である。
「……着替え覗くなよ」
「覗かないよ!」
そうして数分ののち、俺とユキはコテージを出て山を下り始めた。
* *
「昼食はバーベキューらしいものにしたいな」
「う、うん」
ユウジと山を下りてすぐにあるコンビニまでやってきて、一緒に買い物中だと言うのに私の心ここにあらずだった。
そう、私としてはなんとか勝ち取ったユウジとの買い物デート権だったんだよね。
ジャンケン・あっち向いてホイ・腕相撲・指相撲・麻雀……女子全員がだいぶ寝坊して朝食もスルーするぐらいのところで、四人でしつこく争った結果、私が手に入れた権利だった。
昨日の進展の無さを挽回出来る、貴重なチャンスを手に入れられたと内心でガッツポーズを決めたのも確かで。
勝者特権ということでユウジを起こしに行く権利も付いてきて、委員長がユウジのいるコテージのカギをあけて。
そしてゆっくりとユウジの寝ているであろう寝室に迫っていき……そしてユウジが寝ているところをばっちりと目に焼き付ける。
ユウジの寝顔……ちょっとレアかも、ちょっと可愛い。
そんな場合じゃなかった!
私たちが良く分からない女の争いを繰り広げている間も爆睡していたユウジをそろそろ起こして買い出しに出かけないと、昼食がおやつ時間になってしまうことは目に見えていた。
だからこそ私は最初は「ユウジ朝だよー、ってかもう昼目前だよー」「おそよー」「おきてー、ねーおきてー」と最初は声だけで起床を促していたけども、不発。
最終手段として揺すって起こし始めると流石にユウジも目を覚まして、ほっとしたのもつかの間――
『ユキカ、あの時車に跳ねられなくてよかったなぁ』
なーんてことを言ったんだよね、ユウジは。
なんで、どうして、それを――ユウジは覚えてるの?
聞き間違いかもしれない「ユキか」って言ったのかもしれない、でもその後に連なる文言が聞き間違いいを否定するようで。
私はこれまでのことを覚えている、正確には忘れさせられていたことをすべて思い出した。
そして私は今の世界の異常を、あることで確実に認識できている。
私は今は篠文ユキだけど、本当は篠ノ井ユキカだった。
何を言っているのか分からないかもしれないけど、本当のことで。
この世界はある機会をキッカケに大きく変わったんだ、もちろんそのことに気付いたのはその時は誰もいなくて。
今なら思い出した私が、きっと私ぐらいが大きく変わったこと・変わらなかったことをを照らし合わせて比べることが出来るのだと思う。
私にある二つの記憶、二つの記憶の違いは「私がユウジの幼馴染」か「私がユウジの幼馴染に憧れている」というもののほかに――名前も違う。
私は、この世界で幼馴染になってから唐突にも名前が変わった。
別に私が改名したわけでもなくて、まるで私が最初からその名前だったかのように世界は書き換わっていた。
この世界にはもう篠ノ井ユキカという幼い頃ユウジに助けられた女の子はいなくて、居るのは私こと篠文ユキなのだった。
そしてこの世界には私が覚えている女の子で名前が変わった子が何人もいる、マイだった元は×××だし福島さんも○○○だ。
だから変わってしまったこの世界を、私は認識出来てしまっている。
そしてそんなのは私だけかと思っていたのに、ユウジの今まで口に出てきたことのない文言で、ふと考えてしまった――
ユウジは、どこから私のこと覚えているの?
それだけじゃなくて、もしかしてこれまで世界のことも覚えているの?
そんな、疑問がふつふつと噴きあがり、買い物どころではなくなってしまった。
……ということもあって私は、コンビニで普通に具材を調達してスパイスを多用することなくバーベキューをしてしまったという。
スパイスを使わないで料理をするなんて、いよいよ私も混乱しているらしかった――
続・未来、とある場所にて。
マナカ「”ダイヤルデータ送信スイッチ”を”やる気スイッチ”にしたのは誰だああああああああ!」
アイシア「つい出来心で」
マナカ「そりゃ押しますよ! こんなところに怪しげなスイッチあったら押しちゃいますよ、下之君に非は一割ぐらいしかないですよ!」
アイシア「遊び心ってやつ」
マナカ「遊び心で展開変えてどうするんですかあああ!? ダイヤルエピソードも使いどころってものがあるじゃないですか――」