第699話 √7-32 『ユウジ視点』『↓』
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早朝の朝焼けを浴びながら俺は露天風呂を目指す。
というのも着替え場所付き露天風呂はコテージ利用者は無料な上に二十四時間入浴可能という、あまりに都合が……。
もう都合がいいのは良いことじゃないか、気にしない気にしない。
着替え場所付きと言っても、それ以外にも風呂上りの休憩スペースも存在しており、マッサージチェアに扇風機、瓶入り牛乳を売っている自販機も見逃せない。
ほとんど銭湯みたいな造りと言ってもよく、それでいて風呂屋にありがちな見張り用の番台がありながら誰もおらず「コテージ利用者以外は百円です」と書かれた看板とお金を入れる箱があるのみだった。
なんというかアバウトというか、利用者のモラルに任せると言うか、無人販売並の良心に任せているというか……コテージ利用者は無料ではあるものの、早朝利用は悪いと思ってなんとなく百円を入れておいた。
そうして男女別の、男の方の暖簾をかき分けると脱衣所が姿を現す。
竹でも木でもないというトウ製らしい(ググって調べた)脱衣カゴがロッカー内に並んでおり、いよいよ銭湯の風景。
早朝に入りに来るなんて俺ぐらいだと思っていたが、脱いだ服の入ったカゴが一つあることを見るに一人先客がいるようだ。
もしかしすると露天風呂を独り占めできるかとも思っていたが、そこまでこだわってないので気にすることなぃタオルを持って扉を開けて足を踏み入れる。
石が敷き詰められた床を歩き、洗い場で身体を洗う、石鹸他は備え付けのものがあると風呂場に書いてあったことで脱衣所に置いてきた。
しかし早朝はそこまで暑くもないおかげか、ほどほどに外気が丁度良く早朝風呂もなかなか悪くない気がしてくる。
「ん?」
そんな時俺はふと横目に――何かが置いてあることに気付いてしまった。
折りたたまれた肌色の物体という、何か嫌な予感がする代物で……開いてみようかと思ったが堪えることに成功した。
事件性とかないはずだから、きっと全身タイツとかそんなのだろう、なんか髪の毛とか付いてたけど気にしない。
見なかったフリをして、俺も湯船に浸かると――
「あ」
誰かと、目が合った。
「ははは、どうも」
と軽く会釈して、少しだけ場所を変えようとすると――
「み~た~な~?」
「え!?」
その誰かが一瞬で間合いを詰めたかと思うと俺の肩をぎゅっと掴んだのだ、何事かと声をあげる。
何だ!? やっぱさっきのあれヤバいやつなのか!?
「いや見てません見てません」
「いや見たよね、私の化けの皮」
「何も今聞いてませんから」
「とりあえずここまで喋って気づかれないのがちょっと悲しいんだけど」
「え?」
落ち着いてその誰かの顔を覗き込む――
そこには灼眼に銀髪の、見慣れてはいるけども謎の多い女の子。
「アイシア……か?」
「そそ、おはよユーさん」
「おう、おはよう……」
……って!
「ここ男子風呂だよな?」
「うん、ユーさんは間違ってないよ」
よかった……アニメにありがちな男女の暖簾が入れ替わるなんてことはなかったらしい。
だから俺は悪くねえ!
「というかなんでアイシアがここに居るんだ」
「あー、うんそれは、秘密」
こんな山奥に温泉入りに来たとは考えにくいんだが。
「そもそも化けの皮ってなんだ」
「ノーコメントで」
…………相変わらずこの子、謎が多過ぎるだろう。
でもアイシアだしな、聞いたところで欲しい答えは帰ってこないだろうし、もう追及してもしょうがない気がする。
「まあいいか、じゃあ邪魔したな」
「ちょちょちょ、ユーさん! せっかく露天風呂に来たんだから堪能しようよ」
「いやいやいや、そういう状況じゃねえから」
「私と一緒の風呂に入れないってのか!」
「普通は男女一緒に入らねえよ!」
「私が普通じゃないってこと、知らない?」
知ってる、けどそういうことじゃない。
「それとも、一応女の子の私に欲情しちゃう?」
「…………無いとは言いきれないから、俺は風呂を出る」
「へ、へぇ……そうなんだ。一応、女として私を見てくれてはいるんだ」
「当たり前だろ。正直何考えてるかわかんねえけど美人のお前と風呂入ってる俺がのぼせるから、じゃあな」
「え、今なんて言った? 私のことユーさんなんて言ったの?」
「じゃあお先に」
「ごめんごめん聞こえてたから、美人の私ともうちょっと一緒に入って。ちょっとだけでいいから」
何考えてるか分かんねえアイシアだが、今日は妙に必死というか真剣さが見て取れると言うか……間違ってないけど自分で美人とか言うな。
「……そっち見ないからな、あくまで俺はもうちょっと湯船に浸かるだけだから」
「うん、わかった。そういうことにしよう」
そうして少しだけ距離をおき、背中越しに二人湯船に浸かる。
「しかしユーさんが私を美人と口説くとは……気でも迷ったのかな?」
「アイシアはどう思ってるか知らんが、傍から見れば銀髪美少女だぞ」
性格どうなってんのか分かんないけどマジで。
クランナの世界ではアイシアと俺はクランナを奪い合うという、なんだかよくわからない間柄だったが……それ以降はあまり強い関係性こそないが、一緒に同居し始めている。
一緒に住んでいるのに、なんとも掴みどころのない不思議な子というのがこれまでの世界での総じた印象だった。
まぁたまにスク水来て俺の寝床襲いにきたり、本当によくわかんない子なんだけど!
「いやー照れちゃうな。彼女持ちのユウさんに口説かれるとか、いよいよ私の魅惑度も相当なものかな」
「……彼女持ち、か。知ってるんだな」
「まあね。でも誰にも言いふらすつもりはないよ、というか言いふらす友達がいない」
聞いてて悲しいこと言うなよ。
「それにしてもアイシアとこんなに話すとか、もしかして初めてだな」
「だね。こう見えて私忙しいからね」
「……山奥まで風呂に入りに来てるのに?」
「いけない、暇だとバレてしまった」
こう話していると、アイシアもそんな思ったより謎が多いだけ子……ではないのかもしれない。
以外にも普通に話せる子なのだと、何度も世界をやり直して今になって初めて気づかされる。
世界のやり直し、で思い出してしまったが――
「デリカシー無いかもしれんが……そういえばアイシアってさ、もしかしてクランナのこと好きなのか?」
「デリカシーないねえ」
そう言ってはいるが、口調的にはアイシアは別に何も思っていないご様子だった。
「世界で二番目に好き」
「一番目がいるんだな」
「誰だと思う?」
「見当もつかない」
アイシアはあまり誰とも関わり合いを持っていない気がする、しかし俺が知らないだけで好きな人がいるのかもしれんな。
もしかしたら生まれた国に、またはこの留学先の学校で。
「ユーさん、だって言ったらどうする」
「冗談にしか聞こえない」
「そっかー、そうだよねー」
「あんまそういう事軽々しく言うなよな、時と場合によっては俺でも本気にしてるとこだぞ」
「へえ……」
女の子に好かれている、ということ自体もちろん悪い気がするわけじゃない。
もっとも本当かと疑ってしまうことはあるかもしれないが、特にアイシアみたいな子の言葉は。
「ま、先に上がるねユーさん。着衣シーン覗いちゃダメだよ」
「覗かねえよ」
シーンってなんだよそもそも。
「じゃあねユーさん、もう少し頑張って」
「え?」
そうしてアイシアが言ったのでつい振り返ってしまったが、そこにはアイシアも、洗い場の横に畳まれていた謎の物体も既になかった。
「もう少し頑張って、か」
そういえばヨリの世界で、なんか海で気になること言ってたな。
なんだっけ……因果律の操作とか言ってたような。
もしかすると、もしかしなくてもアイシアは委員長側の存在だったり?
いや……考えるのはよそう。
それから俺は少しだけゆっくり風呂に入ってからコテージに戻り、少しの眠りに就いた。
既に露天風呂の帰り道睡魔に襲われていた為、はっきりしないものの。
コテージに戻った際、何故かコテージの玄関あたりで石鹸の匂いがしたような気がするが、多分自分の石鹸の匂いだろうしきっと気のせいだろう。
ちなみにアイシアとの混浴で、実は露天風呂は朝焼けで展望バッチリ、藍浜町の一部を見渡せる絶好のロケーションも味わえなかったのだった。
明日早朝入りに来れなくても、夜に来て夜景ぐらい見たいものだと思ったのは内緒である。
未来、とある場所にて
アイシア「わ た し で す」
マナカ「はぁ」
井口「そうですか」
アイシア「まさかユーさんと温泉入れるなんてなあ、いやいや~」
マナカ「そうなんだ、じゃあ私委員会行くね」
井口「主人公と一緒にお風呂に入ってヒロインになれなかったアニメがあった気がします」
アイシア「……もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃん」
委員長「作品終盤のサブヒロイン補完にしか<管理>」